samurai7 | ナノ
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癒しの里の入り口である門を潜れば
別世界と言っても良い程、空気はがらりと変わった。
虹雅峡とはまた違う活気に包まれ、人々の陽気な笑い声が耳に入ってくる。


農民達とカツシロウは目をしばたかせ、落ち着きなく周りを見て歩く。
実際に肌で感じる夜の街はユメカも落ち着かず、きょろきょろと視線を動かした。
するとお店の壁に寄り添い、キセルを吹かしていた女性とぱちりと目が合った。


「お兄さん、寄ってきなよ」


色っぽい笑みを向けられ、ユメカは思わずドキリとする。
どうやったらあんな風に色気を出せるのだろうか。
自分はこうして男装をすれば、女だなんて気付かれない。
それ程に目の前にいる女性と自分の間には女としての魅力に差があるのだろう。
情けないがどきどきしながら苦笑いを返した。



少し歩けば、どこよりも立派な建物である目的の蛍屋に着く。
もうすぐシチロージに逢えるのかと思ったユメカは、今までの疲れなんか吹っ飛んでしまうくらい心を躍らせた。


カンベエが一歩前に出て階段を見上げた。
ユメカもつられて目線を上に向ければ、階上に座り寄り添い合うふたりの男女が視界に入る。
男の方がすぐに人影に気付き、驚きの表情を浮かべた。
視線が合い、初めてカンベエが口を開く。


「元気そうだな、シチロージ」


名を呼ばれた男は立ち上がった。


「これはお久しい…!」
「庇[ひさし]を貸してはくれまいか」
「お安い御用で」


シチロージが笑みを見せる。
その様子に皆一安心し、口々にお世話になりますと挨拶をした。


初めての出逢い。
しかしユメカは一度、夢でシチロージに逢ったことを思い出した。
あまりに現実味を帯びていた夢だったため、今回逢ったのが初めてという風に思えなくなる。


(忘れたい夢なのにな……)


せっかくシチロージに逢えたというのに、気持ちに影が差す。
記憶に残る鮮明な光景を、ユメカは頭を振ることで必死に払った。


蛍屋の広い座敷に一行は通され「どうぞお座りになって下さい」と、
先程シチロージに寄り添っていた女性――ユキノが勧める。


(ユキノさん、本当に素敵な人だなぁ)


今まで見たことが無い、品のある大人の女性の姿にユメカは思わずうっとりとし、畳の香りに安心しながら腰を下ろした。
皆も座り、カンベエがシチロージの隣で口を開く。


「これが儂の古女房のシチロージだ」


するとカツシロウがシチロージの名を反復しながら
頬を俄かに赤らめユキノの方を見たため、カンベエが咳払いをした。


「カツシロウ、こっちだ」


その言葉にはたとカツシロウが金髪の三本髷を持つ男の方を見る。
目の合ったシチロージは、会釈を返した。


カンベエが笑い、長年戦で苦楽を共にした仲を古女房と呼ぶことについて説明する。
カツシロウは理解し、「なるほど…」と頷くように目線を落とした。


そのままユキノの紹介に移り、ユキノがシチロージを川で拾ったという馴れ初めまでも話題に上がった。
その内容に「川で拾ったとは、まるで桃太郎だ」とヘイハチが笑い、共感した皆も笑い合う。
和やかな雰囲気になったが、すぐに本題である状況説明に切り替わった。


都の勅使が斬られたことでサムライ狩りが起こり、アヤマロに追われているという現状。
此処を攻められたらどれ程の間くい止められるかというカンベエの問いに、
シチロージは「ひとたまりもないでしょう」と答える。


「その代わり抜け道があります」と、シチロージが言葉を続けた。
それには式杜人の住家を抜けるという難点があるそうで、確実に通れるという確証は無いという。
その事実に農民達の表情が不安げに曇った。
そのまま沈黙が流れようとした時、


「怖いお話はそこまで」


ユキノが穏やかな表情を浮かべ、手を打ち鳴らす。
すると女中達が続々と豪華な料理を持ち入ってきた。


沢山歩いたためユメカのお腹はもうぺこぺこだ。
期待していましたと言わんばかりに運ばれる料理に目を向け、
不仕付けながら喜びで一気に表情が緩む。
ユキノがその様子に気付き、「ふふっ」と笑みをこぼした。


「さ、蛍屋の料理を味わってもらいますよ」


目の前に鮮やかな料理の数々が並び、嬉々として箸を手に取った。
ヘイハチが一番に食し、あまりの美味しさに褒めちぎる。
それにつられ、それぞれが料理を口に運びだす。
そして口にした者達は皆幸せそうに笑みがこぼれた。


一方ユメカは、まずなにを食べようかと目移りし、一口目に煮物らしいものを取ってみる。
すると口いっぱいに優しい品のある味が広がった。
柚子のような風味もあって、好みの味にほうと息を漏らす。


その時、ゴロベエがシチロージとユキノに、大まかに自分達のことについて説明し始めた。
野伏せりから村を守るためにサムライを集めている農民、
そしてその意気に打たれ野伏せりと戦うために着いてきたサムライ。


その説明に、ユメカはふと疎外感を感じた。
――自分はそのどちらでもない。


でもここでくよくよしていられない……と、更に料理を口に運ぶ。
なんとか自分の存在理由を見つけたかった。それはこれからの行動次第だ。


やはりお腹が満たされると、心にも余裕が出てくるようで、
ユメカは明るく前向きに考えることが出来た。


もくもくと料亭の味に夢中になっていたが
直ぐにあることを思い出し、はっと右隣に目をやった。
そこには俯き、料理に箸をつけていないキララ。


「姉さま、めし食わねぇですか?」


コマチもキララの異変に気付いたようで、
ユメカが話しかける前に疑問の声が投げかけられた。
キララはじっと下を向いたまま答える。


「村の衆が飢えている時に、贅沢はできません」


その様子に今度はヘイハチが「固いことを言うな、うまいぞ」と明るく声をかける。
しかし頑なにキララは箸に手をつけようとしない。


「村ではお頭つきなんて、年に一度しか食べられないんです」


自分を責めるように、発せられた言葉。
楽しくとっていた食事は止まり、場の空気は重たいものになった。


「今の時代、どなた様も苦しいことばかり。
気負ってばかりじゃ、身が持ちませんよ」


ユキノの言葉にキララが顔を上げる。
自分のせいで場の空気を悪くしてしまったということに気付き「ごめんなさい」とキララは謝った。


ユキノが「おまえさん」とシチロージに合図を送る。
「さぁさ、ご陽気に」とシチロージが手を叩いた。
すると部屋の正面にあたる襖が開かれ、
どういう仕組みなのか金屏風の前に座したドクロ達が音楽を奏でる。
襖の向こうから踊り手達も現れ、ヘイハチは嬉々としてそれに加わって好きなように踊りだす。


どんどんと楽しげな雰囲気がこの場を満たしていく。
ユメカもみんなで楽しめる時間にしたいと思い、キララの方を勢い良く振り向いた。
そのことに驚いたキララが目を丸くする。


「キララちゃん!これ食べてみて。
すっごく美味しかったから!」


自分の膳から一口目に食べた煮物を自らの箸ですくい
キララの口元まで持っていく。


「はい、あ〜ん!」
「な…!イチさん…!?
じ、自分で食べられます!」


一気にキララの顔が朱に染まり一同も注目するが、ユメカは引く気は無い。
むしろ反応が可愛らしくてますます図に乗ってしまった。


「いいからいいから」
「ーーっ」


キララの口元までずいと寄せたため、仕方なくといった様子で口を控えめに開いたキララ。
ユメカは笑顔でそこに煮物を運んだ。


口に含んだキララは、直ぐに恥ずかしさなんか忘れ「おいしい……」と驚いたように呟いた。
ユキノが嬉しそうに微笑み「ありがとう」とお礼を言った。

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