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「キュウゾウ!ヘイさんとボーガンとロクタが帰って……あれ?」
戸を叩くのも忘れて家に飛び込んだのだが、そこにキュウゾウの姿が無い。
部屋も冷えきっている様子からして、ずっと前に外に出たのだろうか。すぐさま踵を返して外に出てみる。
「キュウゾウー!」
大きな声で名を呼んでみる。近くにいたら絶対気付くはずだと思ったからだ。案の定すぐに背後に気配を感じ、振り向こうとした瞬間後ろから抱きすくめられる。
「ひゃっ」
外に出ていたキュウゾウの体は冷えきっていて、触れた箇所がぞくりとする。しかしドキドキする心臓。触れられた箇所はすぐに火照ってくる。
「匂う……」
「ええ!?」
胸が高鳴っていた中そんな事を言われてしまい、ショックを受けていると更に言葉が降ってくる。
「ボウガン」
「あ!そうだよ!ボーガンとヘイさんとロクタが帰ってきたの!」
でもよく分かったね、と問いかければ「匂った」と再び返答が返ってくる。匂うというのはボウガンのことだったらしく、キュウゾウの嗅覚は犬並みだと思い恐ろしくなる。
「お昼ごはんの準備もできたから呼びに来たんだ、行こう」
水分りの家へと二人で戻れば、皆思い思いに座り会話をしていて、久しぶりに賑やかな光景が広がる。食事を出すのを手伝おうとキララに駆け寄った時、背後から「イッテエ!」と大きな声が上がる。
振り向けばボウガンが頭を抑え、痛みに耐えている姿。側に立つキュウゾウの手には鞘に入れたままの刀が握られており、それでボウガンの頭を叩いたのは明白だった。
「急に何すんだよキュウゾウ!」
「余計なことをしただろう」
「……ぐぅ」
心当たりのあったボウガンは口をへの字に歪め、ヘイハチは苦笑う。
「だから言わんこっちゃない」
「仕方ねえだろー!抑えられないこともある」
見下ろすキュウゾウの視線が再び鋭くなり、ボウガンは慌てて否定するように両手を振る。
「久しぶりだったんだ!挨拶変わりの軽い抱擁だっての!もうしねーよ!」
フンと鼻であしらったキュウゾウはボウガンの横へ腰を下ろす。何でここに座るんだよと言わんばかりにボウガンは嫌な表情を浮かべる。一連の様子を見ていたコマチはニシシと笑いながら呟く。
「相変わらずユメカちゃんモテモテです。ピンクは早く諦めるですよ」
「へいへい」
舌打ちしたボウガンがコマチに返事をする。話の内容はともかく、仲良く会話しているように思えキララもユメカも顔を見合わせて笑った。その時だった、再び戸が開き、元気の良い声が上がる。
「おっ!皆もう揃ってんじゃねーか!なんだなんだ!主役を忘れんなよ〜!」
「おっちゃま!!」
そこには赤い装甲が輝きを増したキクチヨの姿。コマチは勢いよくその大きな体に飛びつく。
「おー!元気だったかあ!コマチ坊」
「オラは元気ですよ!おっちゃまこそどうなんですか?なんだかピカピカしてるですよ」
「そりゃオメー元気も元気、元気100倍ってな!全部新しくなって快適だぜ!」
「そりゃ良かったです!」
ふたりの様子に豪快に笑ったゴロベエが手を招く。
「キクチヨも早く座れ。お蔭でせっかくの飯が冷めてしまうぞ」
「おっ、それは悪いでござるな。よし、食うぞー!」
キクチヨに遅れてカンベエとシチロージが入ってきて、キララが「おかえりなさいませ」と手ぬぐいを渡す。
「ん、すまないな」
「ありがとよ」
それを受け取ったふたりが体に積もった雪を払う。ユメカもふたりにおかえりなさいと声を掛け、皆で善を囲む。すっかり大所帯となってしまった水分りの家は狭く感じられた。
「昼間だけんど全員そろったんだぁ、酒も出すっべ」
リキチが酒樽を抱えて持ってくる。よ!待ってました!とばかりに男達の声が上がる。杯がサムライ達の手に渡り、宴の仕切り役は皆の希望でカンベエに委ねられた。
カンベエは目を閉じ、再びここに集まる皆を見ようと見開かれた。
「此処にこうして再び生きて集えた事が何よりの肴だ。農民の、そして……我等の勝利を祝って乾杯としよう」
杯が掲げられ、「乾杯!」と皆から大きな声が上がる。ついに迎えた七人のサムライ全員が揃った宴の始まりだった。