samurai7 | ナノ
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ヘイハチは杯よりも先に白いご飯の盛られた椀を持ち、口いっぱいに白飯を頬張る。味わうように何度も噛みしめ、飲み込んだ瞬間声を上げる。

「うまい!うますぎる!やはりカンナ村の米が世界一です!」

そのあまりに嬉しそうな表情といったらない。ユメカにとっても一番見たかった光景。顔を綻ばせてヘイハチを見る。


「カンナ村のお米はヘイさんに食べられて幸せだね。こんなに美味しそうに食べてくれるもん」
「幸せなのは私の方ですよ。こうして再び生きてこの米を味わう事ができたのですから」


心からの言葉。生きることを受け入れ、これから先も前を見て生きて行こうとする様子が見て取れる。
思わず涙ぐみそうになったユメカは慌てて酒の入った徳利を持って立ち上がる。


「さ!どんどん楽しもう!お酒注いで回るよ」


手始めに既に杯が空になっているカンベエの横に座り、どうぞと徳利を傾ける。


「この酒、うまいな」
「これもカンナ村のお米からできたお酒だからね。リキチさんが今年のは特に美味しくできたって言ってたよ。きっとこの日のために美味しくできたんだよ」
「酒は天の美禄と言うからな。有り難く頂こう」


この日をまるで天も祝ってくれているよう、そう思えた。穏やかに杯を傾けるカンベエの隣から、シチロージがひょいと顔を覗かせる。


「ユメカ、アタシにも注いでくれますかい」
「もちろん!」


いそいそとシチロージの隣に行き、酒を注ぐ。勢い良く出た酒は溢れてしまいそうになり、おっとと、とシチロージが杯に口付ける。


「ああっごめんなさい!ユキノさんみたいにスマートにはいかないなぁ」
「いいでげすよ。女性に注いでもらえるだけで有り難いもので」
「あはっ、そういえばふたりは、キクチヨがマサムネさんの所にいる間、どうしてたの?」
「アタシは蛍屋に帰ってましたよ。カンベエ様は……」
「儂は虹雅峡を暫く離れておったな」


三人とも別行動だったのかと思い、はっとする。


「虹雅峡、今回の事が変な感じに伝わってる……よね?」


シチロージが頷いて真剣な眼差しを向ける。


「ユメカの耳にも入りましたか。今回の都との戦は、サムライの謀反によるものだと」
「うん、そんな噂が広まって、これから皆大丈夫かな……」
「なに、都が堕ち、誰がこの世を治めるかで上はてんやわんや。暫くは混乱の世でしょうから、なんとでもなりましょう。只、カンベエ様は面が割れてるから、そうはいかねえでげすが……」
「そうだよね…!打ち首事件で虹雅峡の人達に見られてるから」


会話を聞いていたカンベエがふっと笑む。


「気に病む事はない。これから儂は虹雅峡を離れるつもりだ」
「えっ!じゃあどこに?」
「目的地がある訳ではない。もとより虹雅峡でおぬし等と出会ったのも、放浪の最中だ」
「そっか……せっかく皆集まったのに、また別れ別れになっちゃうのかと思ったら寂しいね……」


気を落とすユメカに、シチロージがけろりと笑ってみせる。


「そんなこと言わずに、今この時を楽しみましょう。これからだってまた集まることが無いと決まった訳ではあるまい」
「そうだよね!辛気くさくなっちゃってごめん!シチさんはこれからユキノさんと蛍屋で過ごすでしょう?」
「そうでげすねぇ、もう待たせる訳にはいかねェ」
「あ、ちゃんとお土産持って帰らないと!桃太郎なんだから」
「その呼び名はよしてくださいよ」


困った様に笑うシチロージだが、幸せが滲み溢れていて。ユキノさん、よかったねと心から思う。


「ユメカ!こっちにも酒を頼む!」


ゴロベエに声を掛けられて、はーいと立ち上がる。ゴロベエの近くにはヘイハチとカツシロウ、キクチヨとコマチが居て、なんとも賑やかだった。カツシロウの笑う姿は暫く見られていなかったが、ゴロベエとヘイハチのペースに巻き込まれていて、当初のやりとりのようで懐かしく、その光景に心が弾む。


「カツの字も今度女装をすればよいのだ!おなごの気持ちを分かるには手っ取り早い方法だと思うぞ!」
「何を馬鹿な…!その様な気持ちなど分かりたくありません!」
「似合うと思うのに勿体ないですねえ、カツシロウ君も一度やってみたら見える世界が変わりますよ」
「似合いたくありませんし!その様な世界になど興味ありません!」


なぜそんな話になったのか分からないが、女装の勧誘が行われている。カツシロウも迷惑そうに声を荒げているが、むすっとした表情が久しぶりで可愛く思えた。


「さ、呑んで呑んで〜!カッツン、良かったら私の服貸すよ?」
「なっ!貸して貰わずとも結構…!」
「私は男装してみて世界が変わって面白かったけどなぁ」
「……っ何と言おうとする気は無い」


拗ねた様に注がれた酒をぐいと飲み込む。ヘイハチとゴロベエがブーブーと文句言う様子に吹き出しながら、ふたりにも酒を注ぐ。するとゴロベエが声をかけてくる。


「おぬしは呑まんのか?」
「私未成年だから……」


ヘイハチに歳を聞かれて十八歳だと答えれば、SAMURAI7の世界では十八から成人らしく、丁度お酒を飲んでも大丈夫なのだと知った。
それならばと思い、渡された杯を受け取る。酒をゴロベエに注がれ、恐る恐る口に含んだ。
途端に広がる風味に美味しいと思う。喉を通る温かい感じにほうと溜め息をもらした。


「おいしいかも……」
「だろう!酒は良いものだぞ。だが呑みやすいからといって飲み過ぎは禁物だ。初めてなのだからな」
「うん、いいね、何だか体がほっとあったまる」
「カンナ村の米に酒…!いやあ実に幸せだ」


少し頬に赤みが射したヘイハチにユメカは口を挟む。


「でもヘイさん病み上がりなんだから、あんまり呑んじゃ駄目なんじゃない?」
「大丈夫ですよ、自分の体のことは、自分が一番よく分かっていますから」


言い訳にしか聞こえない言葉に、しょうがないなと思い立ち上がる。


「倒れたら許さないからね」
「承知」


陽気なこの場を離れて、空になった徳利を換えに行く。再び酒の入った徳利を手に、静かに呑んでいるキュウゾウの元へ行こうと近付けば、ボウガンに呼ばれる。

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