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「お、御天主様!」
「なんだよ!うるさいなあ!!」
ウキョウが振り向けば、開ききった発進口に目を疑う光景が広がっていた。野伏せりの屍が甲板の上に折り重なり、カンベエが光の中に立っている姿だった。あまりの恐怖にウキョウは目を見開き絶叫する。
近衛兵がカンベエに気を取られ、連射銃を構えた。その瞬間、カツシロウ、シチロージ、キュウゾウが動いた。身近な兵を突き、斬り、薙ぎ払う。瞬く間に、ウキョウの周りにいた全ての近衛兵が倒れる。
「あ、あ、ああ……」
「おのれサムライ、御天主様に刃振るえば、撃つ!」
野伏せりが巨大な鉄砲を構え、ウキョウが慌てて声を上げる。
「やめろ!そんなでっかい鉄砲じゃ、僕まで木っ端微塵じゃないかー!」
「しかし…!」
天主の所在が分かり、野伏せりが更に集まってくる。カンベエは野伏せりへ刀を構えたが、カツシロウが前に出た。
「先生!野伏せりは私が!」
カンベエがウキョウへ向き直る。ウキョウは再び後ずさりを始めた。
「ままままま待った!米や女を攫っていったのは全部天主じゃないか!悪いのは前の天主だよ!」
「今はお前が天主だ」
カンベエが刀を構え、近付いていく。
「だってほら!あいつ!あいつが悪いんだ!」
今や息絶えたサネオミを指差す。
「あいつ等、農民や街の連中からうまい汁を吸いたいばっかりに、僕を天主に仕立てて!自分は裏に回って、やりたい放題なんだ!カンナ村を、農民にあるまじき武装をしたからって、潰そうって言ったのはアイツなんだよー!ほんとにいいの!?僕を斬ったら一生逆賊だよ!?」
「構わぬ!」
「わああああああああ!」
手にしていた連射銃をカンベエに向けて撃つ。カンベエは弾丸を刀で弾きながら、一気に距離を詰めると懐へ斬りこんだ。
ウキョウがぐらりと蹌踉めき、血しぶき上げながら倒れる。
「サムライめ!」
野伏せりがカンベエ目掛けて鉄砲を撃ち、カツシロウが飛び掛かりその弾痕を真っ二つにする。宙で爆発が起こった。
「カツシロウ!野伏せりは任せた!」
「はい!」
カンベエに頼まれ、カツシロウは甲板へ飛び出す。膝を付くカンベエに、シチロージは近寄った。
「カンベエ様、傷は…!」
「大事無い。シチロージ、キュウゾウ、我等は都を止めるぞ」
「「承知」」
カチャリ、と小さな音が起こった。倒れた筈のウキョウが銃を構えたまま上体を起こしたのだ。それと同時に装甲が穴だらけになってしまったキクチヨのゴーグルにも光が戻る。
「あははははは!」
カンベエに銃を乱射するウキョウにキクチヨは飛び掛かる。道連れにしようとウキョウを掴み、発進口の外へと飛び出した。
「キクチヨーーッ!!」
発進口に近付き下を見れば、ウキョウは落ちる途中で一機の野伏せりの手に受け止められる。しかしキクチヨは地面へと叩き付けられた。そこにキララ達の乗った運搬船が近付く。
カンベエとシチロージは頷き合い、都の中へと戻る。キュウゾウも下を見て、ユメカの姿を確認するとカンベエの後を追った。
キクチヨが落ちて来て、ボウガンは御座船で都の上部へ向かう。都を斬り崩すために。
運搬船に残ったユメカは、皆でキクチヨを荷台に運んだ。ボロボロになった姿に胸が締め付けられる。
「おっちゃま!おっちゃま!」
「キクチヨ様!」
「キクチヨ!」
皆で声を掛け、再びキクチヨのゴーグルに光が宿った。機械でなければとっくに死んでいただろう。キクチヨは生きている証である痛みを覚え「いてェ……」と口にした。意識のあることに皆一安心したところで、野伏せりが一機近付き、運搬船を掴み止める。
「二人ともみぃつけた」
野伏せりのもう片方の手の上で、ウキョウが姿を見せる。傷口を抑え、その表情には満面の笑みが浮かんでいて。狂気の沙汰としか思えない状態で、キララとコマチが震え上がった。荷台に飛び降り、キララとユメカを血走った目で見る。
「キララくーん、僕を助けに来てくれたんだね、ユメカくんも、僕を待っててくれたんだろう?優しいこ達だねぇ」
コマチは恐怖のあまりキララにしがみつく。キララも震え、コマチを守る様に抱き締めた。ユメカは当初と変わらず訪れたウキョウの未来に、唇をわななかす。
「ウキョウ!なんで……。なんで皆が幸せになる未来は選べなかったの?」
ウキョウは笑顔のまま固まる。そして傷に響くのも構わず大きな声で笑いだす。
「は、あは、あはははは!なんでって、決まってるじゃない!許せないからだよ!こんな僕を粗末にした世界…!何もかも壊してやりたかったんだ!」
ウキョウの背後で、キクチヨが起き上がる。
「しつけーんだよォ!」
拳を渾身の力で頬にお見舞いし、衝撃で飛ばされたウキョウは運搬船から落ちてしまう。その光景を目にした野伏せりは怒り、キクチヨへ拳を振りかざした。キクチヨの体よりも大きな拳を、自らの大太刀で斬り裂く。跳び上がり、野伏せりの急所である胸をも貫いた。キクチヨは野伏せりの爆発を背に、地面に着地する。しかしとうに限界はこえていて、大太刀を地面に突き刺し、膝を折った。そこに運搬船が再び近寄り、コマチが身を乗り出した。
「おっちゃま痛いの……?」
涙目になりながら問うコマチの弱々しい声に、キクチヨは「痛ェもんかよ、コマチ坊」と、顔を上げてみせる。
「リキチ!都の前まで連れていけ!」
キクチヨの言葉を聞いて、ユメカが反応を示す。
「キクチヨ…!何するつもり!?」
「決まってるじゃねーか、都を止めるのよ。このままじゃあ、守ったカンナ村が消えちまうからな」
「でもっ…!他に何か方法を探そう!」
「俺様は、真っ正面から叩っ斬る以外思いつかねぇ。脳みそが単純だからな」
「でも……!」
ユメカの必死な様子に、キクチヨが感づく。
「そうか、オメーは知ってるんだったな。これじゃあ都は止められねーのか?」
都が止められない訳ではない。キクチヨが斬艦刀を使って斬ることで、都は大爆発し、崖の下へと落ちて行くのだから。ふるふると横に首を振ったユメカに、キクチヨは「よっしゃ」と蒸気を噴出する。
「俺様はやってやる!」
「うぅ……」
「いいかユメカ、俺様はサムライでござる。闘って守って、それが役目だ」
「……うん。でも、男としての約束もあるでしょう、コマチちゃんのために、絶対帰って来て」
「おう!コマチ、応援しろよ!」
ユメカとキクチヨのやり取りを不安げに見ていたコマチは、キクチヨに元気よく話をふられ、大きく頷いた。
「勿論です!おっちゃまガンバレ!!」
ユメカも頷いてみせる。ここでコマチを不安にさせてもしょうがない。キクチヨはサムライなのだ。自分の身を顧みず、戦に身を投じる意思は変わらない。キクチヨを都の前まで連れていき、運搬船はその場を離れる。
コマチは遠くなって行くキクチヨを、じっと見つめ続ける。信じて待つ、強い瞳だった。
都が徐々に形を崩しながら、キクチヨの待ち構える場所へと迫っていく。
抑えの利かなくなった主砲が四方八方へ撃たれ、爆発が起こる。地獄を見ているような恐ろしい光景。
キクチヨは斬艦刀を、渾身の力で持ち上げていく。全身から蒸気が上がり、電気がほとばしり、斬艦刀の重さで足が地に埋まっていく。垂直に持ち上げきると、力の限り声を上げた。
「田んぼにぁあ、一寸たりとも近付けねぇぜー!!」
運搬船からは、もうキクチヨの姿は見えなかった。この世の象徴であった大きな塊が、火を噴き、熱を出し、今までで一番激しく爆発していく。
(キクチヨ……どうか…!みんな……キュウゾウ!!)
ユメカは懇願するように両手を握りしめる。
生きている、絶対生きている、皆帰ってくるんだ、そう思いながら。
次の瞬間、強い爆風が辺りを襲った。閃光で目を開けていられない。
瞼に映る光が収まり、恐る恐る目を開いていけば、崖の下から火柱と黒煙が天まで届きそうな程に昇っていた。