27
164 / 177
辺り一面瓦礫の山となり、無数の煙が上がる。先程とは打って変わり、戦の終わりを告げる静寂が訪れていた。
「おっちゃま……」
コマチの呟きを聞いて、リキチが運搬船を走らせた。キクチヨが都に真っ向から立ち向かった場所へ。
しかしそこには誰もいない。赤い装甲で目立つ彼は、すぐに見つけられるはずなのに。
皆が運搬船から飛び降り、辺りを見回す。そして、彼を見つけたのは背が一番低いコマチだった。
「う…うぅ……」
都を止めようと踏ん張った両足。それが地面深くにめり込んでいた。しかしその両足より上は、溶けてしまったように無くなっている。あまりのことに、キララはコマチの震える体を抱き締めた。ユメカは俯き、涙が込み上げる。
(どうしたらよかったの……)
答えの出ない問いを投げかけた時だった。ガシャ、と瓦礫を踏む足音が自分の近くで止まる。視線をずらせば、涙で滲んだ視界に、よく見知った紅が映った。
(まさか……)
顔を上げると、そこにキュウゾウが立っていた。傷だらけになっているが、生きている。そして――。
「おっちゃま!!」
キュウゾウの手には、溶けかかったキクチヨの頭が抱えられていた。コマチが顔を涙でぐちゃぐちゃにしながらキュウゾウに近付く。キュウゾウはその頭をコマチへ差し出した。
「おっちゃま!おっちゃまぁ!!」
キクチヨの家系図をその場に落とし、キクチヨの頭を抱き締める。何度も何度も呼びかけると、ジジ……と、機械音が鳴った。
「……コ、コマ…チ坊、か…ぁ」
「おっちゃま!!そうですよ!大丈夫ですか!?」
「…おう……心配、か、けて……すまねェ」
「死んじゃ嫌ですよ!早くマサムネおじちゃんに治してもらうです…!オラとの約束忘れてないですよね!」
「忘れる訳……ねーじゃ、ねぇか……俺様は、不死身だぜ」
ノイズの入った声だったが、コマチとの会話で元気を取り戻していくようで。
キララが涙ぐみ、リキチも「良かった、良かった…!」と目を擦る。ユメカはキュウゾウに向き直った。
「どうやってキクチヨを……」
「都を斬り崩していて、奴が溶けていくのを目にした。故に首をはねた。奴は首単体で動けただろう」
思いつかなかった打開策。キュウゾウが生きていたから成し得た。カツシロウが約束を守ってくれたのだろう。何もかもが今に繋がっている。
「キュウゾウ……!!」
たまらず、胸に飛び込む。血の匂いが鼻腔をかすめる。キュウゾウもまた、ユメカを抱き締めた。
確かな希望が見え、全員が運搬船に乗ると、全員が生きているのだと信じて辺りを探し回った。
すぐにカンベエとシチロージとカツシロウが見つかる。カツシロウは最後の最後まで野伏せりと戦いを交えていたため、刀を持つ手が震えていた。
「カッツン!約束守ってくれてありがとう!」
ユメカの呼びかけに、カツシロウは刀を仕舞うと、拳を掲げてみせた。腕に付いた導きの石が揺れる。
「こいつのお陰だ。引き金を引く寸前で、留まらせてくれた」
願いを込めた石が自分の変わりをしてくれた。もう巫女では無いという証でしかなかった導きの石が、力になってくれたことを知る。
そこにエンジン音が近付く。ロクタの運転する御座船だった。
「おー、いつの間にかそろってんな」
ボウガンが元気な顔を覗かせる。あとは、ヘイハチとゴロベエ。
ふたりは爆発に巻き込まれていた。主機関を切り離した場所まで遠く、向かっている間不安が募る。やがでリキチは主機関の落ちた場所で止めた。森を押しつぶすように広い範囲に瓦礫が積もる。
「ヘイさん!!ゴロさん!!」
大きな声で呼びかける。しかし返事は返って来ない。皆が頷き合い、手分けをして探した。
やがてキララがヘイハチのてるてる坊主を見つける。近くに居るかもしれない。そう思えた時、瓦礫の隙間からか細い声が聞こえて来た。ゴロベエの声に思え、ユメカが駆け寄る。
「ゴロさん!?この中に居るの?」
とても一人では退けられない大きさの瓦礫で、側に来たキュウゾウが取り除く。するとゴロベエとヘイハチが瓦礫で出来た隙間の中で座り込んでいた。
「すまぬ……助かった」
そう言うゴロベエの腕は、血にまみれていた。隣で俯いたままのヘイハチは、応急処置で包帯を巻いているものの、腹から血を滲ませている。声も出せない様子だが、呼吸で肩が動いていた。
「ふたりとも、大丈夫……じゃないよね」
視界が涙で滲む。早くちゃんとした手当てをしなければ。下手に動かせないと判断し、皆を呼び集めた。大勢の手で傷に障らないように瓦礫の中から助け出すと、運搬船へと運んだ。
ヘイハチは全員の中でも酷い怪我だった。斬艦刀と柱の間に挟まれた時に肋骨を何本も折っているらしく、出血も多い。
「ヘイさん、頑張って……!」
荷台に寝かせたヘイハチにユメカが声を掛けると、ヘイハチは微かに口元を動かす。
「え、何?」
耳を寄せれば、掠れた声を聞き取った。
「米が…食いたい……」
驚いてヘイハチを見返せば、表情に僅かな笑顔が浮かぶ。大丈夫だと言ってくれているようで、張っていた緊張が緩む。
「じゃあ、早く怪我を治さないと。カンナ村の新米食べるためにもね」
もう新米を奪う者は居ない。皆で好きなだけ食べることができるのだ。
ここにいる、全員で、好きなだけ。
→第二十八話へ
12.10.30 tokika