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ユメカとボウガンが最初居た場所まで戻ると、既にカツシロウ達皆の姿は無くなっていた。
「どこ行ったんだあいつら。まさかもう乗り込んじまったんじゃあ」
ボウガンが呟いたのとほぼ同時に「おーい」と、可愛い声が聞こえてきた。その声はまさしくコマチのもの。どこに居るのかと周りにいる人混みを見渡してみるが、小さいコマチは見つからない。
「やっと見つけたです!」
「おっ。ほんとお嬢ちゃんは小さいなぁ。よっと」
脚にタッチしてきたコマチを、ボウガンは軽々と肩の上へと担ぎ上げる。すると「おお、あんたらは居たのかい」と言いながらマサムネが人混みを縫って姿を表した。
「マサムネさん!」
「よお、どんな風になるか拝みに来たぜ。てっきり嬢ちゃんも乗り込んだのかと思ってたんだが」
「ううん、私たちは……」
言いかけたその時、この場がざわめいた。下手人となり、白い着物を身に着けたカンベエが、手械をし繋がれた犬のようにかむろに連れられ、都から続く長い階段を降りて来たからだった。
さらし者にされ、死を目前にしたカンベエ。しかし彼に臆した様子は無く、人々の目には奇異なるものに映る。あれほどまでに冷静に死を受け入れられるのかと。誰もが血も涙も無い罪人と認識をし、息を呑む。
カンベエが首と手を固定する台座の前まで来ると、今度は太鼓が鳴らされた。皆の注目は都の方へと移る。
「やぁ、どうも〜」
軽い挨拶とともに現れたのは、ウキョウだった。何故虹雅峡の差配である彼が都から現れたのだろうかと思うが、周りの扱いは恭しいもの。怪訝に思う人々の思いが辺りにさざ波のように起こっていた。
ユメカの隣に立っていたボウガンも、眉根を寄せて事の成り行きを見守っていた。
ウキョウはカンベエが居る舞台よりも上に用意されていた特等席に、優雅に腰を下ろし肩肘をつく。それを見計らい、脇に控えていた黒い丸眼鏡をした大差配が、スピーカーを手にした。
「聞け。此処におわすは、御天主様にして虹雅峡差配ウキョウ様にあらしゃる」
途端、何故あいつが天主なのかと人々の間に動揺が走る。しかしそれを華麗に飲み込むように大差配サネオミの朗々たる演説は続き、ウキョウの天主着任の挨拶からカンベエの打ち首を実行する時へと手順を踏んでいった。
先代天主の供養のために、罪人を公開処刑するということらしいが、先代の天主であった者はウキョウによって殺められていた。彼の内なる計画は着々と進んでいるということ。清々しい程涼しげな表情のウキョウは、自分の眼下に集まった人々を逆に見世物のように眺めていた。
カンベエが斬首のための台座に首と手首を固定される。すると控えていた黒い覆面の大男が大きな刀を手に近付いた。
地面に膝を付き、体を固定されたカンベエはその者へ視線を向けた。
「顔を隠さねば儂の首が斬れんか」
薄く笑みさえ浮かべ声をかける。長い髪をひとつに束ねているカンベエは、相手に首を晒すように、首筋にかかっていた髪をわざとのけてみせた。
「よいか、ここだぞ」
「…………」
首斬りをする者が覆面の向こうで息を呑み、汗を流す。何故この男はこうも挑発してくるのか。
「外すなよ」
外すわけが無い。身動きひとつ取れない下手人の言葉に挑発され、覆面の男の頭に血が上った。それをカンベエは見逃さない。覆面の男には、もうカンベエの無防備な首しか見えなくなっていた。
斬首の時を表す太鼓の音が鳴り響く。ウキョウも唇を弧に描き、脇に用意されたフルーツを摘みながら眺めて待つ。覆面の男が刀を大きく振りかぶったその時、カンベエは密かに動いた。
手の内に隠し持っていた簪を台座の鍵穴へと挿し、巧みに拘束の鍵を外す。首が落ちたと思えるほどに振り下ろされた刀だったが、カンベエは寸でのところで身を捻り拘束を外し避ける。それどころか自分の手枷の鎖を刀の刃に当て切断し、両手の自由を得た。
未来を知るユメカ以外、誰もが予想しなかった事態に大きな動揺が沸き起こる。カンベエはすかさず覆面の男を拳で払い飛ばし、緊急事態に控えていた銃撃の者が慌ててカンベエへ発砲する。カンベエはその場を跳び避け、首切り用の刀を手にし銃を向ける者へ投げた。刀が胸に深く突き刺さった敵は機械だったらしく、火花を散らして崩れ果てる。刺さった刀を再び引き抜いたカンベエは、捕らえようと近付くかむろ達に刃先を向けた。かむろ達の動きが止まる。
マサムネが「そうきたか」と驚きと感心で声を漏らした。ここは流石のカンベエでもきりぬけられないのでは無いかと思っていたため尚更だ。コマチはボウガンの肩の上で驚きに目を輝かせていた。
カンベエが階上へと目を向ける。視線の先には現天主であるウキョウ。ウキョウに驚いた様子は伺えず、弧を描いた口元はそのままだった。
「やるね〜」
緊迫感の無い声を発したウキョウ。カンベエが刀を手にしたまま険しい表情で階段を上っていく。ウキョウの隣に控えていたテッサイが、主を護るべく刀を手に前へ出る。事態に焦ったサネオミは「御天主様、都へお早く!」と、腰を据えたウキョウへ声をかけ、ウキョウはゆったりと腰を上げ手を叩いた。それは紛れも無い拍手。
「カンベエくん、お見事さん」
テッサイが驚いて振り返る。ウキョウはテッサイの前に出て、スピーカーを通して声を発した。
「いやー、おサムライってのはおっかないねえ!戦するのは、基本的に頭悪い奴のすることだと僕は思うんだ。戦はもう終わったんだよ?なんでそんな戦したいかなぁ」
笑顔のまま、溜息を吐く。
「いいよ。僕は今天主だ。沢山の人の命を預かる身だ。無益な争いは避けなくちゃいけないからね」
そう言うと、注目を集めるように手を大きく上げる。
「みんなー!聞いてよー!」
よくわからない事態に、民衆はただただ注目する。
「この男が先代の天主の刃傷に及んだのは、先代が攫ってきた女達を助けようとしたためなんだよ。だからねえ、いいよ!今までの一切合財不問にして、カンベエくんは特赦として放免にする!」
カンベエの眉間に皺が刻まれる。この目の前の男は何を企んでいるのか。
「それからね〜、女達はみんな解放しだー!」
その言葉を聞いたコマチは笑顔を浮かべて「そんなのありですか!天主良い人です!」と喜ぶ。頭上で喜ぶコマチを他所に、ボウガンは胡散臭いと思い眺めていた。ウキョウほど良い人と程遠い者は居ない。仕えていたからこそ分かるのだ。とぼけたようにしているが、裏で計算しているのだ。何を考えているか分かったものではない。
ウキョウの人の良い言葉は周りの空気を自分のものにしていく。語りが終わる頃には、悪いのは先代の天主だと民衆に植え付け、自分は民のことを一番に考える良い人という像をつくりあげていた。
ウキョウはカンベエを無罪放免にし、女を解放する。それで今回の件は手打ちだとまとめる。
カンベエが「カンナ村はどうなる!」と問えば、
「女達を帰す。それでおしま〜い。カンナ村にももう行かないよ」
そう言葉を返し、カンベエに背を向けて階段を上っていく。階段を上りきったところで、息を切らせ都から飛び出してきたものが居た。それはカンベエを助け出すつもりで来たカツシロウ。
「ああ、キララくんとユメカくんは元気〜?」
ウキョウが友達と会ったかのように軽く声をかける。遠く離れたところで見ているマサムネは、「なんとまぁ、間合いの悪い男よ」と頭を抱えた。カツシロウは事態を理解できず、後ろから自分を追いかけて現れたゴーグル男に抜刀の姿勢をとる。ウキョウはそれを宥めるように両手をひらりと上げた。
「おおっと、やめなよ。君の大将とは話がついてるんだよ。頑張ってるね〜」
意味の分からないことを言われ、怪訝な視線を向けるカツシロウの横を、事もなさげにウキョウはサネオミとゴーグル男を従え通り過ぎていく。
カツシロウは視線を眼下に向け、カンベエを見た。返ってくる視線は、まるで自分の行為を咎めるように見え、カツシロウは口を真横に引き締めた。