samurai7 | ナノ
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人混みを抜けたユメカの視界に入ってきたのは、紛れもなく恋い焦がれている彼の姿だった。


「キュウゾウ…!」


影に潜むように立っていた彼は、伏し目がちの紅い瞳をユメカへと向けた。
突然現れたことに驚いた様子は無く、ただ静かに視線をやる。


逢えた喜びでユメカの心臓の鼓動が早くなるが、まるで拒むように怒られた事実が頭をよぎり不安が大きく膨らむ。早く謝らなければという気持ちばかりが焦り、くしゃりと顔が歪んだ。


「この前はごめんなさい……。キュウゾウの言う通り、私本当に自分の力を過信してたと思う。今度から自分の身を捨てるようなことはしない」


生きて貴方と長く一緒に居たいから。
欲深いことだとしても、これが素直な気持ち。


「だから……」


許して下さい。どうか離れていかないで。
続けるはずの言葉が詰まり、涙が溢れてくる。その涙をこらえるように瞳に溜めたユメカをキュウゾウは見つめ、彼女の頬へ手を伸ばしかけたその時だった。


「テメーは……キュウゾウ!」


ようやく人混みを越えて来たボウガンが目の前に居る人物を見て声を上げる。キュウゾウは出しかけた手を下ろし、新たに現れた人物に鋭い視線を向けた。ボウガンはすっと目を細める。


「……テメーがヒョーゴさんを殺ったんだってなァ」


辺りの空気が張り詰める。相手が発したヒョーゴという名前に、キュウゾウは無言で殺気を向ける。だが、ボウガンもまた噛みつくように睨んでいた。


「理由を聞かせてもらおうか」

「何奴」


キュウゾウの一言に、ピクリと眉間に皺を寄せ、引きつるように口元を歪めた。


「あ゙ーったく。声と顔で分かれっつーの!」


バッと深く被っていたフードを取り去り、ピンクの髪が現れる。その鮮やかな髪で染めるように、辺りに張り詰めていた険悪な空気さえも取り去っていた。
キュウゾウは納得したように口を開く。


「ヒョーゴの腰巾着か」
「テメ!その認識はねーだろ!」


怒りか恥ずかしさでか、ボウガンの頬に朱みが差した。
確かにそう言われてもおかしくないほど、よく後ろを追いかけていたのだから。


「とにかくだ。俺はヒョーゴさんを斬った理由を尋ねたい。
それがくだらない理由であれば、俺が貴様を斬る」

「駄目!」


青竜刀の柄を握ったボウガンを抑えるように、ユメカはその手を握り込んだ。


「斬り合いは駄目だよ!復讐はしないって……!」


必死になるユメカを見て、ボウガンはハッと目を見張った。交わした約束を思い出したから、というわけではなく。


「……泣いてるのか?」


ユメカの瞳に溜まっていた涙は、ボウガンを抑えた衝撃で頬を伝っていた。ボウガンは無意識にその涙を拭おうと、自然と掴まれていない左手を出しかけ、しかしそれは触れる寸でのところで止めざるを得なかった。
首筋にあてがわれた刀の切っ先に身動きを封じられたのだから。


「触れるな」


一瞬のうちに起きた出来事。表情の変わらないキュウゾウだったが、紅い瞳の奥には怒りの炎が確かに存在していた。


「……へぇ。あんたも人間らしい感情持ってるってことかァ」


にやにやとボウガンが挑発する。しかしキュウゾウの視線は何かを見るように一瞬上へと逸れた。ん?と、ボウガンが笑みを潜める。
再び視線を戻したキュウゾウは、ぐっと刀を掴む手に力を入れた。首にちりりと痛みが走り、恨めしげにボウガンはその左手を睨む。ここで首を落とす気なのかとさえ思ったが、そういうわけではないらしい。


「くれぐれも余計なことはするな。その首が地に落ちることになる」


警告。ボウガンに反論する隙を与えず、キュウゾウはまるで何かを追うように跳躍し、上の階層へと着地すると素早くこの場を去っていった。ユメカの耳元に「じきに戻る」と言葉を残し。


「余計なことだぁ?なんだってんだ……」


言葉数が少ないキュウゾウ。よくあれでヒョーゴさんは理解していたものだ、とボウガンは眉根を寄せる。
キュウゾウの左手を睨んだ時、薬指に指輪があることに気付き、そのことも無駄に気になってしまった。身なりに気を遣うヒョーゴと違い、装飾の類を身に付ける奴では無いからだ。理解不能だ、と肩を竦ませるが、唯一分かったこともある。あれで奴はユメカに少なからず好意を寄せているということだ。


「首、大丈夫?」


手拭いを差し出すユメカを見下ろし、フードで再び目立つ髪を隠しながらボウガンは笑みを見せた。


「大したことねーよ」
「でも血が出てるし、一応押さえといたほうが良いよ」


首に宛がおうとするユメカの手を見て、ハッと目を見開き、咄嗟に彼女の手を掴んでいた。急なことに驚いたユメカが「何?」と問うと、彼は盛大に肩を落とした。


「そおゆうことかーー」
「え、え?」


さっきユメカが泣きそうになっていたのも、今嬉しそうになっている気がするのも、納得いく理由と証拠が目の前にあったのだ。
気付きたくなかったもの。しかし目に付いてしまった。キュウゾウと同じ指輪がユメカの薬指にもあることに。
ならば先程キュウゾウが言った「余計なことはするな」というのは……


「俺の女に手を出すな、か」


もう此処まで来る途中、首を落とされてもしかたないことはしてしまった訳だが。自分がしたことを思い出して顔をひきつらせ、ボウガンは長く深い溜息を吐いた。

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