samurai7 | ナノ
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日が沈み、辺りが闇に包まれた。
ユメカは眠ろうと試みたが、眼を瞑れば野伏せりを殺してしまった瞬間を思い出してしまい、とても眠りつくことなんてできなかった。
汚れを落とし綺麗な着物を着ているはずなのに、今の自分はとても汚れている感覚に襲われる。
どうすればこの汚れを落とすことができるのだろうか。そう思いながらふらりと寝床を抜け出し夜道を歩いていると、いつの間にか陳守の森に位置する泉の前に立っていた。


キララが足を浸けていた泉。木漏れ日で輝いていた昼間の綺麗な光景を思い出す。
今は月明りに照らされ、違う美しさを放っていた。


ここで、少しでも身を清められたら……。
そう望みを抱いた時には腰の帯に手を掛けていた。近くの木に脱いだ着物を掛け、襦袢姿で足を水に浸せば、昼間以上の冷たさに身が竦む。しかし勢い良く水の中に身を沈めた。


(冷たい…っ)


この冷たさが自分の戒めのようになり、殺めた瞬間をずっと思い出しているよりも楽なように思えた。
でもそれは一瞬のこと。暗闇に溶け込む水に浸していた体は、何故か更に汚れているように思え、孤独を感じ、震え上がるように屈んでいた身を立ち上がらせた。


(怖い…!怖いよ…!!)


自分が犯してしまった罪に恐怖し、涙が零れ落ちる。
一刻も早く此処から立ち去りたい。しかし何故かそれもできない。
腰まで浸かった水が、まるで身を縛りつけているかのよう。


その時、伝達に走り回り近くまで来ていたカツシロウが、泉の方に人の気配を感じ足を止めた。
かすかに嗚咽のような声も聞こえてくる。そっと木の陰から伺ってみると、泉に入りむせび泣くユメカの姿があった。
カツシロウがあっ、と目線を逸らす。ユメカはまるで一糸纏わぬ姿のように見えたからだった。
水に濡れた襦袢が月明りに照らされ、体の線を露にさせていた。


しかし、ここで黙っているわけにもいかない。カツシロウが脈打つ心臓を押さえ、前に出ようとしたその時だった。
ざばざばと水に入っていく者の姿。カツシロウは足を止め、ユメカはびくりと肩を震わせ、そちらを見た。


「キュウゾ……ッ」


名を呼んだ瞬間、ユメカの華奢な体をキュウゾウは強く抱きしめた。
キュウゾウの胸元に顔を埋めたユメカの表情が、子供のようにくしゃりと歪む。
ユメカは込み上げる気持ちを抑えきれず、先程以上に涙をぽろぽろと零し思いを口にした。


「わ、わたしっ……野伏せりを…殺しちゃったよぉ」
「……いつだ」
「っ、皆が野伏せりと戦ってるとき、社にミミズクが来て…っ」


キュウゾウが眉間に皺を寄せた。いったい何処から村に侵入してきたのか。
しかしそのようなことがあったのならば、気になること。いつもの抑揚の無い低い声で問う。


「怪我は」
「…っ無い……けど」
「そうか」


ならいい、と小さく呟いたキュウゾウ。しかしユメカはよくないと首を横に振る。


「私、導きの巫女で居られなくなったんだよ…!?みんなを守るって決めたのに…!キュウゾウを守るって……んっ」


ユメカの言葉を呑み込むように、キュウゾウはユメカの口を自らの口で塞いだ。
涙を零し、目を見開くユメカ。この場を離れることが出来ず木陰から様子を見ていたカツシロウも、突然の行為に驚き頬を赤く染め双眼を見開いた。


恐怖と悲しみに狂ったまま言葉を発していたユメカは、優しい口付けで呼吸が整えられゆっくりと目を細めた。
呼吸が落ち着いたのに気付いたキュウゾウは唇を離す。
見つめれば、ユメカの頬には未だ止まることを知らない涙が流れていた。次から次へとこぼれる雫をキュウゾウは何度も指先で拭う。


「導きの巫女など、どうでもいい」
「……!?でも私っ巫女になれないほど汚れたってことなんだよ…!?」
「汚れていない」
「嘘……なんで」
「ユメカは村人を守ったのであろう」
「…………っ」
「巫女というのは綺麗ごとに過ぎぬ。直接手を下せば力を失うなんぞ、笑わせる」


ユメカの瞳が動揺で揺れ動く。


「ユメカは村人の命を救った。そう思え。汚れた人間というのは、俺のような人斬りを言う」
「そんな…!キュウゾウはサムライでしょ?だからただの人斬りなんかじゃ……!」


――私、何を言ってるの…!?


自分の考え方が浅ましいことに気付いてしまい、ユメカは青ざめた。
先程から、自分は他の者の命を奪い汚れたと言っている。これでは今まで野伏せりを斬ってきた仲間達のことを、遠まわしに汚れていると言っているようなものだ。
そのうえ、都合よくサムライは人斬りが当たり前、特別だと考えて。
自分だけ綺麗でいようとしていたのか。


「ごめんなさ…っ」
「謝る必要など無い」


謝罪の言葉を口にしたユメカが突然膝から崩れ落ちそうになり、キュウゾウは抱く腕に力を込めて支えた。
冷たい水に浸かりすぎて体が冷えてしまったのか、それ以上に精神的な疲れのせいが強いだろう。意識が朦朧としているらしく、キュウゾウの胸に力無く寄りかかる。
キュウゾウは儚げな小さい体を支えながら上着を脱ぎ、ユメカの透けた肌を隠すように包み込んだ。
横抱きに抱え上げ、纏わりつく水から出る。


キュウゾウがユメカを抱え向かった先は、カツシロウが身を潜めている方向。
カツシロウがはっとしたときにはもう遅い。キュウゾウが目前に立ち、見下ろしていた。


「面白かったか」
「ーー!?わ、私は別に覗くつもりでは…!」


鋭い眼がカツシロウを捕らえる。両腕さえ塞がっていなければ刀の切っ先を向けていただろう。それほどキュウゾウは睨んでいた。
カツシロウが冷や汗を流し、蛇に睨まれたかえるのように動けなくなってしまう。それをフンと小さく鼻先であしらい、木の枝に掛けてあったユメカの着物を取った。
そのまま立ち去っていく様子に、カツシロウは心臓を暴れさせながら無言で見送った。

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