BALLAD −iris küssen Leviathan− | ナノ
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―#2 重なる手に芽吹く思い

 しかし、壁を出た先に待つのは望んだ自由ではなかった。
 待ち受けていたのは先ほどまで語り合っていた仲間達の変わり果てた姿、助けを求めながらも巨人の口の中でバリバリとまるで焼き菓子を喰うかのような、まさに地獄絵図である。

「総員!! 前方に巨人の群れ!!! 散開して切り抜けろ!! 誰も死ぬんじゃねぇぞ!!!」

 父親の怒号にも似た声が反響した瞬間、兵士たちはいっせいにその場から離れるようにまるで先ほどの開門前の勇ましさはどこへやら、脱兎のごとく散開して逃げ出した。

「ウミ、まずいな、壁出て早々に巨人と遭遇とはついてねぇよな……しかもこの群れ、どーすんだよ」
「そんなの決まっているでしょうっ」

 飛び交う悲鳴や阿鼻叫喚でごった返す壁外の馬上でもウミは恐ろしいほど冷静だった。先ほどまで見せた笑みは消え、有事の際は率先して彼女は有能な兵士となるのだった。
 自分に立体機動装置や戦闘の手ほどきをしたのはやたらと心配性な父親だったが、そのまるで当事者に感じさせないほどの冷静さは紛れもなく、母の遺伝子だった。

「私の班は全員立体機動に入り他の兵士達の逃走を支援するよ!!」
「はい、分隊長!!」
「これ以上の損害は出させない、そうじゃなければ調査兵団は今度こそ終わり、解体されてしまう……!」

 仲間の屍をこれまで幾度も踏みしめてきた彼女がそう告げれば、彼女の小さな背中を追いかけていた班員達が一斉に同じようホルダーから剣を引き抜いたのだ。
 クライス以外のメンバーは全員この少女にたとえ死んだとしても最後までつき従うつもりだ。

「おい、クライス、逃げようったってそうはいかないぞ!! ウミ分隊長に最後までついていくのが俺達の班の使命だろ、」
「ハイハイ……(俺、別の班に入ろうかな……)」

 見るからに嫌そうに逃げ腰のクライスへ厳しい声を飛ばしたのはいつも真面目に自分より年下のウミに付き従う事に対してプライドも何もない、彼女の実力は誰よりも知っている若き調査兵団員ラルヴ・ハーディスだ。彼は嫌な顔をするばかりのクライスよりも優秀で頼りになる兵士だった。

「ラルヴ、お願い」
「任せて下さい、貴方は命に代えても必ず守ります」
「(うわぁ〜〜〜くせぇ、くせぇぞこいつ)」

 ラルヴは恋愛感情でもあるのかと疑いたくなるほどにウミの事を心酔していた。
 真顔でそんなことを言い切り、甘い言葉とは無縁なクライスは顔を青ざめ腹を抱えて嘔吐するような真似をしてみせた。
 まさか自分達の班が殿を負かされることになるとは思いもしなかったと言葉を無くす。いや、自ら願い出たのは紛れもなくウミであるが。
 一番いやな役回りを、最年少だからとウミは進んで果たそうとした、それが原因で無茶を良くして父親に怒られていたのに、それでもウミは止めない。まるで意固地になるように。

「(死に急ぐなよ……ウミ、まだまだこれからじゃねぇか。お前の人生)」

 純粋にこの壁の外に自由を見つけた少女は調査兵団の為にこの心臓を捧げ、自ら調査兵団へ志願したのだ。
 しかし、微かに彼女の中にはきっとあの男の影があるのだろう。幼いころからあこがれ続けている、低い声、金色の髪、大きな青い瞳。
 兵士として突き進む代わりに殺した感情、まだ幼い未開通である無垢な少女はこの先の女の幸せも捨てた。自分の未来の先に待つし幸せなど、考えた事もなかった。
 此処で誰かが残らねば全員巨人の餌にされてしまうのだ。
 調査兵団の損害を考えれば自分達がここに残り少しでも調査兵団の生存確率を上げておかなければ。
 壁外調査に出る度に「調査兵団は税金の無駄遣いだ、この壁の外に出る意味があるのか」「死人ばかり増やして」と、自分達が壁内へ帰還する度に期待の眼差しは一気に失望に変わるのだ。だからこそ、成果の出ない自分達を見切る壁内人類にどうしても調査兵団の存在価値を認めさせる必要があるのだ。三兵団の中で一番のお荷物と後ろ指を指されながらも。

「ウミ!!」
「奇行種!!」

 ウミはぎょろぎょろとした大きな目をした奇行種を見つけた。サイズは特に通常のサイズと変わらないしかし、危険なのは予測不可能な動きで襲ってくる奇行種の存在だ。
 幾ら巨人討伐に慣れたベテランでも奇行種に食われて無残な最期を遂げた人間はごまんといる。油断してはならない、ウミは馬上から一気に飛び立つとそのまま奇行種の眼前に飛び込んだ。

「(先にこいつの視界を奪う――……)」

 嬉しそうに、手を伸ばす前に自ら飛び込んで来た獲物を大口を開けて待ち構えていた巨人に向かってウミはブレードを射出し、一気に両目に突き刺したのだ。

 絶叫を上げる奇行種、そのまま頭上に着地するとウミは冷静にスラリと次の替え刃に交換した。恐らく今回の壁外調査はこのままUターンして壁内に逃げる事しか残された選択肢はないのだ。
 帰還するならここで物資を使い切っても構わないだろう。アンカーを射出し、一気に跳躍すると、そのまま身軽な体躯はまるで人間よりは身軽で鮮やかな姿は遠くから見れば空中に投げだされた感情の無い人形のようだと思った。

「やった……」

 彼女が最年少分隊長となった時、彼女の部下となった兵士たちはものすごい反発をした。無理もない、何故長く生き残っている自分達があんな小さなまだ身体の平面が目立つ少女より実力が下だとみられ、そして付き従わねばならないのかと。
 そして彼女に付き従う事は恥だと、自ら恥じて彼女はますます孤立した。彼女を陥れようと合作してウミは幾度も暴力に晒された。しかし、彼女には強力なコネクションがある。だからこそ、彼女に直接文句を言う人間はいなかった。

「(私の存在を、実力を周りに認めてもらえないなら、この腕で認めさせるしかない、だから討伐数を稼いで、誰よりも飛んでやる!!)」

 それが誰よりも率先して巨人へ立ち向かうウミの意志だった。もしここで死んでも調査兵団へ導いた家族は悲しむが、自分はそれでもよかった。自分が認められれば、憧れの人に近づけるかもしれない、そんな、淡い微かな望みがあった。

「ウミ!!」

 奇行種を仕留めた安心感で安堵したその背後、迫る巨人にラルヴが叫んだ時、誰かのアンカーが自分達の目の前を横切り、黒い影がその巨人のうなじを一気に斬り裂いたのだった。

「ウミ!! 大丈夫か!?」
「お父さん!!」
「副団長!!」

 ドシャア、と派手な音を立てて、巨人を倒した血しぶきの中から姿を見せたのは巨人の返り血にまみれた自分の父親の姿、だった。
 膝から崩れ落ちるように着地し、ウミの身を案じて追いかけてきたウミの父親、見事に仕留めたのだが年も年だ。変な体勢で飛び込んできたものだから腰を痛めたのか屈んで腰をさすっている。

「イッテテテテ……腰がいてぇな。ああ駄目だな、数が多すぎる、一体なんだ!? クライスの野郎の振りまいてた香水がまさか巨人集めてんのか!?」
「カイトさん、いや、違います、俺のせいじゃないです」
「全員撤退する、このままじゃ調査兵団は全滅しちまう、そしたら調査兵団の存続自体も危ぶまれてまーた住人どもや中央から調査兵団解体しろって言われるからここで打ち止めだ。壁内まで走れっ」
「でも、お父さんは!?」

 巨人の返り血はすぐに蒸発するが、だがそれでも生臭い匂いは残るし、巨人のあの何とも言えないムワっと生温かい口臭を嗅ぎ、生臭い血を浴びるのは正直あまりいいものではない。
 父親に退避を促されながら、自分はまだ代わりにここに残り巨人を仕留めると言い掛けたウミの言葉を遮り、父親に言われるがまま部下に導かれウミは父親の背中を追いかける。

「おい、お前ら分隊長を頼む。俺は生き残りをザーッと探して追いかけるから」
「わかりました!! 副団長もお気をつけて!!」
「あっ、ちょっと!!」
「ウミ分隊長まで死なれたら我々は生きて戻れません!!」
「お父さん!!」

 先程の怒気迫る表情から一転し、ウミの口から零れたのは同じ兵士でありながらも、これが今生の別れになるかもしれないと思うと、副団長でもある自分の父親、ついそう呼ばずにはいられなかった。
 相変わらずの公私混同だと、父親のコネで調査兵団に入って分隊長まで上り詰めた人間が、とまた陰口を言われることになるとしても。

「ウミ分隊長、ここで死んでは元も子もないですよ」

 ラルヴとクライスに抱えられたウミは巨人の群れの中で慣れない馬に跨りながら、それでも自分の父親を守ろうと消えていく。

「クライス!!」
「俺に構うな! 行け!!」

 周囲には自分と父親の関係は明らかにしないべきだと、そう思った。しかし、自分はどちらかと言えばいつも気の強い凛とした面差しをした母親の顔ではなく、誰もが認める程ウミは父親に酷似していた。
 元々幼い頃より遊びと称して父親は自分に女として平凡に生きるならば必要のないあらゆる手ほどきをした。
 その中でウミが調査兵団を志し、素質を見抜かれてスカウトされたのだが、訓練兵団の過程をスルーして入団した自分を周囲は公私混同だと囁き、コネだと疎まし気に睨まれた。
 確かに副団長である父と、元兵士長の母との間に生まれた自分に寄せられる期待はそれ以上であった。
 だから自分はこうして率先して危険を顧みず時に自分の仲間達を危険にさらしても戦果を挙げてきた。可愛がられたり愛される街の中でスカートを履いて歩く町娘のような自分などいらない、鍛錬に明け暮れた身体は傷とベルト痕だらけ、だけどそれでも。それでもかまわないから、とこれまで刃をがむしゃらに振るい続けていた。
 全ては幼い頃から仄かに抱いていた淡い思いのかけら。

「っ、みんな……」

 いったいこれは何だろう。これが現の地獄だろうか。命を散らして果敢に挑んでいく翼たち。その先陣を切るように自分は駆け抜けていた。
 この先に待つ未知なる世界を切り開くそのためだけにこの命は公に捧げたのだ。だからこの心臓は誰のものでもない。
 必死に巨人たちの群れから逃れるようにと走り抜けた先に待っていたのは想像を絶する地獄絵図、だった。

「これは、」

 別の分隊は巨人から逃れきれなかったのか、それとも突如振り出したこの雨、悪天候の視界不良の中であっという間に巨人に食い散らかされ、平原のあちこちには破り捨てられた自由の翼を模したマントの切れ端、あちこちに飛び散った血痕や飛散した肉片や内臓が散らばっていた。

 その時、呆然と馬上で佇む彼女の肩を誰かが掴んだ。

「分隊長……ウミ分隊長!! お気を確かに!! このままでは我々もいつどうなるかわかりません、視界が、雨で見えません!! 我々はどちらへ行けばいいのでしょうか!?」
「ごめん……。こっちの方角で間違いないのは分かるけど、さすがにこれでは信煙弾も使えない……だけど、止まっていたらいつまた巨人に襲われるかわからない。とにかく、走ろう」

 怯えたように振り向いたウミの顔色は先ほどの奇行種を仕留め終えた安堵感はなく、酷く真っ青だ。
 凄絶な光景を目の当たりにして張りつめていた気持ちが崩れ落ちるようにウミは今にもその場にへたりこみそうになるが、最年少分隊長としての彼女なりに背負った責任とプライドが許さない。
 しかし、一度のみ込んでかき消そうとした恐怖は再び彼女に襲い掛かる。
 先程まで部下を引き連れ馬に跨り率先して平野を駆け抜けるウミの背中は、まだ小さく、壁外を飛び出したこの見果てぬ世界ではとても頼りなく見えた。

 だが、頼りなくても自分には与えられた役割がある。決意を秘めて、そして進み出した筈だったのに、あっという間に自分達は巨人の群れと遭遇し、混戦の中それぞれの兵士達は皆が散り散りになり、どうすることも出来ずに壁外を駆け抜けていたのだった。
 ウミは息を切らして永遠に終わる事のない混戦状態の緊迫した空気の中で刃を構えたまま周囲に目を凝らしてみた。

「本当に、誰も……いないの、……?」

 しかし、自分の背中を頼りについてきた部下たちのこの世の終わりのような青い顔しか見えなかった。
 この巨人の群れの中で、自分達の班だけが取り残されたのだと悟る。

「(エルヴィン――……)」

 父親や母親に憧れてこの道を選んだのは自らの意志。だった筈。
 それなのに、今は違う目的で自分は壁外をがむしゃらに走り抜ける。その道は人を捕食対象とみなし襲い掛かってくる巨人たちとの終わりなき死闘の世界だった。
 これは自分が望んだことだから何も怖くなどない、例え、この命が尽きたとしても。自分は最後の一人になるまでこの背中に背負った「自由の翼」で戦うのだと、そう決めたのだ。

「ウミ、大丈夫か」
「エルヴィン!! よかった、無事だったのね!?」
「あぁ……どうやら私もまだ悪運が強いみたいだ」
「一緒だね」
「あぁ、そうだな」

 そして、そっと手を差し伸べてきたエルヴィンの手を招かれるがまま取る。自分とは違う男性の大きな手にあっという間に小さな自分の手は包まれて。
 そして先ほどまで震えていたのにその震えも一瞬にして落ち着きを取り戻したようだった。改めて思うが、彼の手はまるで魔法だ。憧れの人が触れるだけで、たちまち元の兵士に戻れる自分。

「全員で壁内まで走れ。生き残りはどうやら全員喰われたようだ、残念だが今回の壁外調査は中止だ」

 彼の背中を今も自分は追いかけここに居る。命懸けで壁内人類の活動領域、そしてこの世界の真実の為に走り抜けるこの日々の中で抱いた忘れられない束の間の初恋。
 ただ、幸せだったこの時間全てを閉じ込め、ウミは続いて走り出した。

「(私は、今も生きてる。この人を思えば、私は、進み続ける事が出来る……!)」

 
To be continue…

 2021.03.22
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