BALLAD −iris küssen Leviathan− | ナノ
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―#3 最大の事件

 調査兵団は壁の外へ出る度に多くの犠牲者を出し、そして戻ってきた兵士達も皆それぞれボロボロで、壁内の住民達は口々に彼らを責め立てた。しかし、同じく仲間を失い傷ついた彼らもまた、繰り返す別れの日々の中で模索し続けていた。
この犠牲を無駄にしないために。自分たちは自由の翼を掲げ、それでも駆けていくのだと。

 数多くの仲間を失い続けてきた自分達はとっくに心も体も既にボロボロで、それでも仲間達の犠牲を悼む暇も無くただこの壁の外の真実を探し求めていた。
 何時の比か、真実に辿り着くと信じて駆け抜けてきたのだ。
 しかし、この先に待っていたのはこれまで三兵団の中でも税金の無駄遣いと蔑まれ続けた調査兵団にあってはならない重大な大事件。
 これは、調査兵団の悪評が尾を引き、調査兵団は未だかつてない存続の危機を迎えるのだ。

「早く!! 門を目指せ!!」

 待っていた仲間達の誘導を受けウミ達は馬を走らせ急ぎ門へ飛び込んでいく。

「分隊長、」
「大丈夫、皆、先に進んで!! 私が最後を走るから。全員走って壁まで逃げて!!」

 そんな時でも自ら危険を顧みず、いや、今更いつ死ぬかわからぬ身で恐怖も感じない。ウミは危機的状況に怯える兵士達を先に行けと促し、自分は馬の速度を下げ、敢えて危険な最後尾を駆け抜ける。もう目と鼻の先で奇行種が迫り、にんまりと口を開けその生臭い吐息が降りかかり吐き気を催すがそれでも必死に耐えた。

「駄目だ!!! 分隊長、あなたが先陣を行かないで誰が導くんですか!?」
「それなら俺が喜んで先に行くから心配すんな!!」
「クライスお前が殿を走れ!! お前はただ自分が先に壁内に逃げたいだけだろ!!」
「だって俺スポンサーだもん」
「気色悪い!! 女みたいな声出すな」

 真面目口調のラルヴが誰に言われるまでもなく我先に馬を走らせるクライスへ怒鳴り声を発する。

「まぁまぁ、とりあえず黙って走りましょうよ」

 怒り口調のラルヴに対し、不安そうな表情を浮かべたまま答えたのは短いショートボブの髪が揺らした綺麗な顔立ちの女性ウミ班の中でウミ以外には唯一の女性・アルエだった。

「アルエ、お前も先にクライスと行け、お前は今回の任務で最後なんだから。危険なのは全部分隊長と俺が引き受けるから、とっとと壁まで逃げ帰るぞ」
「あら、心配してくれてるの?」
「結婚間近に控えてる退団間近の兵士に殉職されたらどうするんだよ、」
「ふふ。大丈夫、だって、私たちには一生懸命私たちを小さな身体で守ろうとしてくれる分隊長が付いてる」
「そうだな……本当なら、まだ親の庇護にいてもおかしくない年代の子に俺達は守られてる……」
「ウミ分隊長はこれからの人、未来ある人、そんな人の若い命を散らせるわけにはいかないから」

 迫りくる門まであと少し。その距離がなかなか遠く、懸命に馬の腹を蹴り続けてもその果ては見えない。
 しかも、最悪な状況でさっきから四足歩行で自分達をどこまでも執拗に追いかけてくる一体の奇行種に遭遇してしまい、ウミ達はこのままだと壁に辿り着く前にあの奇行種に無残に喰い散らかされるのではないかと、背筋を嫌なものが伝うのだ。

「なぁ、振り返りたくないけど、居る、よな……」
「聞くな、前向いて走れよ」
「だって、すぐそこで巨人の息遣いが……しかも、壁、何か遠ざかってねぇか??」

 相変わらず馬術に関しては底辺のクライス。慣れない手つきで手綱を引き、自分が死にたくないと先をひた走るクライスにも背後から迫る危機を肌で感じていた。

「奇行種相手ならハンジが居ればな」
「ん? 呼んだ??」
「うわぁああああっ!!! 急に出て来るんじゃねぇよ!! てめぇ、この奇行種!!!」
「うれしいなぁ、クライスみたいな美人に奇行種だって褒めて貰えて、光栄だよ」

 突然馬を走らせていたその横から出現したゴーグルに茶色の髪をハーフアップにした男なのか女のか、その全ても謎に包まれているキース・シャーディス団長に憧れ調査兵団の門を叩き、今ではその体長は巨人に興味津々のハンジの登場に危なく落馬しかけたクライスが青ざめる中、緊張をほぐすような明るいハンジの声がウミ班を励ました。

「いやぁ〜四足歩行の奇行種なんてめったにお目にかかれないからね。気になって走っていたらつい、それよりも大丈夫?」

 見るからに大丈夫では無さそうな緊迫した空気を包み込むように明るいハンジの声が急に低い緊迫したものに変わる。

「……私の班は残念ながら分隊長がやられて生き残ったのはモブリットと私だけだ」
「見りゃわかるさ、」
「ウミ班もあの時遭遇しなくて本当によかったよ、正直思い出したくない、夢に出てきそうだ」
「災難だったな」
「仕方ないよ、それが調査兵団だろ?」
「あぁ……本当に、過酷な兵団だ、世間も目も冷たいのによくやるよ、シャーディス団長は……」

 いい加減この状況を打破しなければ本当に調査兵団は今後の活動さえもどうなるかわからないただでさえ、壁外調査には多大な資金がかかると言うのに。時にはスポンサーを募って資金繰りに奔走して今回もこぎつけた壁外調査だったのだ。しかし、期待を胸にいざ壁外へ出れば今回はまたしても大損害、いい加減壁内人類や中央の高貴な身分の貴族や陰で暗躍する中央憲兵たちからもほどんど見切られているのだ。
 調査兵団が勇猛果敢に外への真実を求め壁外調査の成果が出ないこと、そして、顔なじみの寝食を共にしてきた仲間を今回も多く失い、笑顔の裏には憔悴しきったハンジの疲れたような顔、クライスは唇をかみしめ、無念を痛感してそれでも自分達だけでも生き残る事に意味があると鼓舞した。

「何かよぉ、俺達調査兵団の生存率が上がる方法ってないもんかね」
「それを考えるのが私たちの務めだろう!? ついでに巨人たちも捕獲して朝から晩まで徹底的に調べ上げたいんだけどなぁ〜」
「いや、真面目によぉ……エルヴィンあたりとかなんかいい方法? 作戦とかさ、閃かねぇかな〜シャーディス団長はいつも断固として作戦を変えないだろ、全員でどっから巨人が出て来るかもわからない道をひたすら進んでよぉ。調査兵団がこの世界の端に辿り着くまで宛てもなくただ馬に乗って先走って。そんで、茂みとか木の影から出てきた巨人に襲われてその度に陣形が乱れて今もそう。シャーディス団長って他の兵団や市民からの評判も良くねぇんだろ?」
「おっと、それ以上団長の悪口を言うのはやめてくれよ」
「ハイハイ、」

 ハンジのシャーディスへの憧れはこの調査兵団に自ら志願する程だからよほどのものだろう。それにこれ以上彼をチクチクせめても自分達の調査兵団を束ねる彼の事を悪く言ったところで気に入らないのなら調査兵団を去り、今すぐ他の兵団へ移ればいい。
 うっかり彼の悪口でも言おうものなら普段は温厚で明るいハンジだからこそ、一度怒りのスイッチが入りったらもう誰にも止められない。

 その中でどちらかと言えば年の近い同年代のウミの存在は彼女にとっても大きな支えであり、そして何よりも壁外調査が終わるたびに彼女がここに変わらず存在していることを実感することが何よりの安心材料だった。
 そうして後ろから今にも食い尽くさんばかりの勢いで巨人が追いかけてきているのにのんきなハンジとクライスに対してウミが大きな声で叫んだ。
 ウミも必死なのか普段の最年少として年上の人間達へ配慮を忘れない穏やかな話口調の中、突如焦ったような命令口調で仲間達へ呼びかけた。

「門が開くよ!! 急いで駆け抜けて奇行種から逃げろ!!」

 目と鼻の先で待つ先ほど勇んで出てきた壁の外門が大きな音を立てて開かれ、その隙に馬で滑り込めとはじけ飛んだように檄を飛ばした。
 ウミの必死に呼びかけに応じて部下たちは一生懸命に走る。走る。
 閉ざされた門が開かれる瞬間、一斉に滑り込み門が再び閉じられる。しかし、それでも奇行種は諦めるどころか、何と、そのまま自分達を掴むようにその大きな手を伸ばしてきたのだ。

「ウミ!!」
「っ――……しまった、きゃあっ!!」

 その拍子に伸ばしてきた奇行種の手にぶつかり、捕まりはしなかったが、ウミの軽い身体はその衝撃で馬から落馬するように門を抜けそのまま硬いレンガの床へとそのまま全身を強く叩きつけられた。

「(っ……嘘でしょう!?)」

 そして、外門が閉じると同時に奇行種もウミを巻き込みながら自分達を追いかけて壁内――遥か昔一度巨人を調査兵団が壁内へ招き入れたことがあったあの恐るべき歴史とともに二度壁内へ巨人を入れてはならないとそれが調査兵団が存続するためのルールとして今まで守り続けてきたと言うのに、ここに来てシガンシナ区へと巨人の侵入を許してしまったのだ!!

「オイ、マジかよ……」
「これは、本当にマズイ事になる……ましてもしこのまま民間人に被害が及べば……我々調査兵団は……今度こそ、終わりだ」
「終わりどころの話じゃねぇよ……」

 命からがら逃げきるも、奇行種に追われて壁内への侵入を許してしまった調査兵団。どうすればいいのだ、戸惑う中で即刻排除せねばと生き残りの兵士達が動き出す。

「ウミ、立て……。取り返しのつかない事をしてくれたな……。お前の責任だ。お前の処分はこれから考えるとして、まずは排除するのが先だ、お前が何としても仕留めろ」
「っ……はい、副団長」

 落馬し、全身を固いレンガに打ち付け痛くてたまらないのにそれでも四足歩行の巨人は待ってはくれない。これ以上の壁内への自由を許してはならない。
 手を差し伸べることなく、自分が起こした出来事が調査兵団のこれまで築き上げてきた歴史を壊しかねない事をしでかしたのだ。
 厳しい目つきをした普段は温厚な父親が本気で怒った時ほど恐ろしいものは無い、ウミは父親のすごみに圧倒され、思わず涙が溢れそうになるが、自分の立場でめそめそと、同年代の少女のように泣くことなど許されないのだ。
 感情など捨ててしまえ、自分は誇り高き調査兵団の分隊長だ。
 このまま地面に這いつくばる事は許されはしないと必死に落馬した衝撃の痛みに耐え抜き歯を食いしばって涙を誤魔化した。

「おい……巨人だ!!」
「巨人が……壁内に侵入してきたぞ!!!」
「何してるんだ調査兵団は!!」
「とにかく逃げろ!!」

 おめおめと逃げ帰ってきた自分達へ文句を言いに来た民間人たちが目の前の奇行種を前にパニックに陥りあっという間に逃げていく。

「自ら侵入してきたあの奇行種を仕留めて調査兵団の貴重な資料にするのは……どうかな」
「いやいや、それは無理に決まってるでしょう! 準備も何も出来ていない、それよりもこれ以上の被害を防がないと、民間人まで巻き込んだとなれば私たちだってどうなるかわからない、先に巨人を仕留めないと……」

 巨人を生け捕りにしてその生態を調べ上げて調査するその目的を達するには好機だが今はその準備さえもままなっていない状態でその作戦を行使するのはとんでもないリスクが伴う。
 ハンジが巨人の生態に興味を持った時、どうせなら壁内をただやみくもに補給地点を設置するだけではなく巨人捕獲作戦を敢行すべきだと、一般兵士の身分でもあるがハンジは団長に痛烈に訴えかけていた。
 今まで何度か巨人捕獲作戦が計画された事はあったが、何をするにしても調査兵団の活動にはとにかく巨額の資金がかかるのだ。
 しかし、その金額飲み合う働きを求める壁内人類にいつまでも何の成果も得られないままの彼らに莫大な資金を援助してくれる貴族や民間人はおらず、これまでその話は叶わない夢物語として拒絶されてきた。
 生きながらに巨人を捕獲することなど、到底不可能なのだから。

「シャーディス団長!! 奇行種が壁内に侵入しました!!」
「調査兵団始まって以来の大事になる前に……精鋭班、動ける者達は全員奇行種討伐に当たれ、生け捕りにしようとは思うな、調査兵団全員の心臓を捧げよ!! 命を賭けて今すぐこの場で仕留めろ!! 心臓を捧げよ!!」
「「了解!!」」

 12代目調査兵団・団長であるキース・シャーディスの掛け声を受けて生き残りの兵士達が一斉に奇行種へ果敢に挑んでいく。ただでさえ今回の壁外調査で多くの兵士達が命を散らし、その遺体を回収することも出来ないまま逃げ帰ってきた自分達へ追い打ちをかけるように奇行種が侵入。甚大な被害を及ぼせばその責任は自分達へと向けられ、そして自分達は調査兵団の存在を奪われ、そして壁内でも追われる身となるだろう。最悪その責任をもって団長や副団長を始めとする幹部の人間たちがどんな末路を歩むか――……そんなの、分かったものではない。

「(このままじゃ調査兵団が……存続できなくなる……?)」

 ウミも痛みに呻く気持ちを叱咤し、副団長でもある父親を連れ剣を支えにしてなんとか立ち上がり滲んでいた涙を拭い去り立体機動を開始し、そのまま大きく跳躍した。

「ウミ、無事か」
「ミケさん、すみません……」
「謝る暇があるなら行くぞ、」
「本当にすみません。私が巨人を仕留めそこない壁内への侵入を許したんです。私が責任をもってあの巨人を仕留めます――……」

 同じ分隊長でもあり、頼りになる精鋭でもあるベテラン兵士の190cmを超える体躯を持つミケ・ザカリアスは幼い頃から嗅ぎ慣れたウミの匂いを嗅ぎつけ振り向く。
 いつも人懐っこい笑みを浮かべて調査兵団で当時活躍していた兵士や副団長について回っていた彼女は今、兵士としてミケの隣に立っている。
 剣や巨人の返り血よりも、明るいワンピースと花がよく似合っていた少女は長い髪を結わえ今は自分達と同じ翼を背中に背負い、そして自らその責任を果たすために飛ぼうとしている。

「ウミ。奇行種の討伐経験はあるのか、」
「はい。ですが、ミケさんほどの討伐実績は残せてません。でも私は何としても自らの失態を取り戻します。この命を賭けてでも……私が今できる事をします。ただそれだけです」

 短くそう告げ、再び走り出すウミへ呼びかける声がする。彼女自らでその責任を果たそうとする姿にいつも討伐に回る精鋭であるミケが自ら補佐役としてウミの配下に着く。

「俺達が補助についている。ウミ、お前はまだまだ若い、死に急ぐのは感心しないな。それにお前にはまだ見ぬ力がある。その命までは捨てなくていい、だが必ず仕留めろ、」
「はいっ、」

 決意を胸にウミは走り出しその後をついていく形でミケたち、そしてミケの率いる精鋭たちも彼女を補佐すべく動き出した。

「(早く、何とかしなきゃ……。私の居場所……大切な人達の居る調査兵団その存続が私のせいで危ぶまれるなんてことが絶対あってはならない事よ、)」

 自分の命と調査兵団の存続、比べる対象にもならない。そもそも自分の命など最初からあってないようなもの。自分は自ら調査兵団にこの身を捧げた人間だ。心臓は既にないものだと。自分の存在価値は巨人と倒してこそ。

「さぁ、かかってきなさい……!!!」

 少女から兵士へ姿を変えた少女は即刻自分の不始末にケリをつけるべく、硬いレンガの路地を蹴りその一瞬にして立体機動装置で鮮やかに舞うと、アンカーを射出してその勢いで身軽な身体が飛ぶ。振り出した刃、四足歩行の巨人はこちらに四つん這いで尻を向けている状態だ。

 命を奪うのはたった一瞬、の出来事。いける。確信を持ちその刃を迷うことなくうなじへと突き立てた。

To be continue…

2021.03.28
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