THE LAST BALLAD | ナノ

#45 Call of Silence

 誰も居なくなった壁上で。ハンジはモブリットと一緒に医療班が来るのを待機していた。しかし、ハンジは歩くことさえ困難なのに這いつくばるようにモブリットに馬を呼んでくれと懇願する。
 ケイジ、ニファ、アーベルは未だに熱傷のダメージを受けたまま目を覚まさないし、ハンジも顔のあちこちは熱傷を受けて赤く染まっている。

「う……馬を……」
「分隊長!? どこへ行く気ですか!?」
「例の歩けない巨人を捕獲した村に……」
「ラガゴ村ですか?」
「そいつを……この目で……」

 無理矢理這いつくばってでも行きかねないハンジの痛々しい姿にモブリットが非難の声を上げすかさず行動を制止した。

「何馬鹿なこと言ってるんですか!? その身体で馬なんか乗ったら、バラバラになりますよ!」
「何か引っかかる……調べる必要が……う……」
「分かりました。私が行きますから! どうぞ気絶でもしててください!」

 力尽きるようにその場に崩れ落ちてしまったハンジを宥めるべくまだ軽症の分類に入るモブリットが複数の兵士を引き連れそしてラガゴ村へと調査に乗り出したのだった。

「ねぇ、モブリット」
「何ですか!?」
「ミケとクライスは……無事、だよね……。ウミの事……守るって約束したのに…リヴァイに謝らなきゃ…もし、ウミが死んでしまったら……」
「ハンジさん、大丈夫ですよ、ウミはあの通りどんな困難な状況でも希望を捨てない子だし、どんな相手だろうがそう簡単に死んだりしないですよ。クライスだってあの通りいつもどんな時でも冷静だ。それにミケ分隊長ですよ? そう簡単に巨人にやられるような人じゃないと私は思います。それに、リヴァイ兵長ならきっとハンジさんを責めたり怒ったりはしませんよ、仲間思いの優しい人ですし……」
「そう、だよね……モブリット……ごめん、後は、頼んだよ……」

 ウミ、リヴァイ、ミケ、クライス。ハンジは自分がぼろぼろなのにそれでも仲間の安否を気遣い心配していた。周囲からは巨人の事になると後先考えずに暴走する稀代の変人と呼ばれているハンジだが、思慮深く時に非情な判断をしても仲間との絆を大切にしているのも知っている。だから自分はそんなハンジを慕っているし、これからもついていきたいと思っている。託された任務を遂行すべくモブリットは軽傷の班員を引き連れて少数精鋭でラガコ村へと馬を走らせた。
 日没間近の中ようやく辿り着いたモブリットたちは馬から降りて状況を探っていた。あたりは本当に人が住んでいたのかと思うくらいに不気味に静まり返っていた。

「報告通りだな……」
「ここまで徹底的にやられてるのに……死体どころか一滴の血も残されていない…」
「やはり、ラガゴ村の住民達は無事避難したのでは?」
「そうだとしたら、巨人たちは誰もいない村の中で元気に暴れまわったということになる。それは考えにくい。それに…、避難するのに一頭の馬も使わないなんてことがあるか?」
「では一体……どういう事なんです?」
「モブリットさん、いました! あっちです!」

 そうしてモブリットはミケ班の生き残りを探しつつも微かな手掛かりを求め、彼らの痕跡がどこにもないことを知りながらコニーの生家へと向かった。

「これか……」
「モブリットさん、これを」
「コニー・スプリンガーのご両親の肖像画か…」

 コニーの家を完全に覆う様に仰向けの状態のまま動かない巨人の姿を見てモブリットは用意された額縁の中で微笑む夫婦の肖像画と比較しながら動けずにいる巨人と照らし合わせようとした。その瞬間、突如として巨人がこちらを大きな金色の瞳でぎょろりと目線を向けたのだ。

「こいつ!」
「待て、待つんだ!!」

 動けずにいる巨人に襲われる前にと剣を向けた兵士をモブリットが押さえながら様子を窺う。仰け反りながらも動こうとする巨人。驚いた拍子に落とした額縁の肖像画を拾い上げ、偶然さかさま向きのそれを見つめながらモブリットは比較した結果ある恐ろしい事実を知って蒼褪めた。

「なんてことだ……」

 仰向けに横たわりこちらを見つめる金目。
 その巨人とコニーの母。それは間違いなく肖像画のコニーの母親の顔と完全に酷似していたのだ。
 まさか巨人の正体は……まさかそう言う事だったのか。
 モブリットは不気味なほど静まり返ったラガゴ村の中心で立ち竦んでいたのだった。

 ▼

 ――「エルヴィン!」
 奪われたエレンを何としても取り戻さねば人類に安息の日は永遠に訪れないだろう。
 エレンという貴重な人材の為にウミを諦め、奪還を目指して猛追を続けるエルヴィン。彼は幼いウミとのやり取りを思い出していた。
 何度も何度も自分に好きだと微笑みながら駆け寄る花のようにほころんだ幼い笑顔。

 愛した女をかつて共に調査兵団を志した男のために身を引いた自分をウミは何も言わずにちょろちょろと歩き回りながら突然小さな身体が抱き着いてそうして「いつか大人になったら私をエルヴィンのお嫁さんにすればいい」と本人なりに一生懸命かわいらしく自分を慕っているのだと微笑んでいた。

 あまりにも幼い拙い約束だったが、それでも自分も少しは救われた。
 その後、両親の英才教育により頭角を現したウミが訓練兵団を通らずに調査兵団に入団し分隊長として自分と共に活躍する中で彼女は勇敢な兵士としてめきめき戦果を挙げていた。

 しかし、突如としてウミは行方不明になる。
 誰もが捜索を諦め絶望に暮れる中で薄暗い地下の街で生き延びていた彼女と再会した時、もう彼女は自分ではない別の男の事を見つめていた。あどけない笑顔の中に満ち足りた穏やかな笑顔で幸せそうに男の隣で微笑んでいた。

 自分にも見せなかったその笑顔があまりにも昔と違いとても大人びていて、そしてもうウミは幼いままだった子供ではないのだとひしひしと痛感した。
 愛を知り微笑むウミはこれまで見たことが無い位に美しく、そしてどこか別人のように見えた。

 見守り続けた愛は突如として終わりを告げた。
 そしてまた、めぐり逢いの果てに結ばれた。どうか願うのなら今度こそウミには女としての平穏な道を歩んでほしいと思う。兵士としてではなく、一人の女性として。当たり前の女性の幸せを。

 しかし、その願いはもう果たされることはない。
 今の自分は兵士を引き連れ人間性を捨てた悪魔にならねばならないのだ。
 どちらにせよこの壁の世界で幸せに暮らすことを望むのならなおさらエレンを奪い返さなければならない。
 引き連れた憲兵団を囮にしてでも、屍の道を進むのだ。
 日没まで残り1時間を迎え、タイムリミットが迫る。更に馬の速度を増して追いかける調査兵団。捕らわれのエレンを目指して目的地でありエレンが居る可能性がある巨大樹の森を目指して駆けていた中でエルヴィンは上空に立ち上る赤い信煙弾を見つけた。

「赤の信煙弾……」

 進路方向を決めるのは自分の役目だ。エルヴィンは少しでも犠牲者が少なく済むようにと巨人が居ない地帯を目指し進路を決めて緑の信煙弾を撃ち上げた瞬間、エルヴィンが示した進行方向の方からも赤い信煙弾が立ち上ったのだ。

「何!?」
「団長! 囲まれました!」
「迂回路があります!そちらに抜けますか?」
「いや……ここで迂回しては手遅れになる。このまま押し通る! 総員! 戦闘用意!」

 巨大樹の森に向かうこの道の途中でも壁外に慣れていない数合わせの憲兵団が散々食われてきていた。
 しかし、エレンを救出するためには多大なる犠牲を覚悟の上でそれでも進まねばならない。致し方あるまい。エレンは多くの兵士を犠牲にしても必ずや取り戻さねばならない重要人物なのだから。
 この先の犠牲も命もすべてを投げ打つ覚悟の上でエルヴィンは叫びそして巨人が群がるその狭間へと飛び込んでいった。

 そして、森の中央では追いかけてくる者達の必死の追跡から逃れるようにライナー達は移動を開始した。その森の向こうへと抜け出そうとウミとエレンとユミルを連れた逃避行が始まる。

「とりあえず、巨人のいねぇところを目指すぞ。やつらから出来るだけ離れるんだ。俺の巨人は足が遅ぇからな。囲まれでもすりゃあお前らまで守ってやれねぇぞ!」
「だから! 何で夜まで待てなかったんだよ!」

 意識を混濁させたウミと気を失ったエレン、夜まで休むと言ったのに急いで銛を後にする2人に状況がわからないまま困惑するユミルはふと背後に見えた木々の隙間から見えた天へまっすぐに伸びてゆく信煙弾の煙を見てそして察知する。

「(信煙弾……調査兵団が助けに来たのか!?)」
「大量の馬を壁の外側に移さないと索敵陣形は組めない。そんな判断、すぐにはできないと思ったんだがな…エルヴィン団長がいるかもしれん、だとしたら相手は手強いぞ!! クッソ、もうあんなところまで……エレンとウミが散々暴れてくれたお陰だな」

 本当に手のかかる2人だった。まさか狙っていた二人の存在が自分達の破壊した地域にたまたま当時住んでいたなんて思いもしなかった……。
 エレン達の故郷を自分達は破壊し、そしてその怒りを買ってしまった。怒りに燃える2人の反撃は止まらずあらゆる手を尽くして何とか屈服させた。
 今回は無事に屈服させることに成功したが、もし、ウミが立体機動装置を装備していたままだったら完全に自分達は敗北していたかもしれない。
 訓練兵団でいつもにこやかにしていたウミがまさか調査兵団の人間でアニに投げ飛ばされていたのはあくまで戦えないフリをしていただけだったなんて…後々気付いた事だが、確かにウミはアニにどんなに投げ飛ばされても痛いとは言わなかった、そしてどんなにアニに痛めつけられても受け身をちゃんと取っていたから投げ飛ばされても平然としていたのだ。

 気を失ったエレンが暴れたり、巨人化しないように猿ぐつわを噛ませてエレンが身に着けていた調査兵団の緑色のマントをおんぶ紐に見立ててきっちり固定し、ガスを蒸かしてシガンシナ区の壁にむかって駆けていた。
 ウミはベルトルトの腕に抱えられながら先ほどの出体力を消耗しきっていてぐったりとしたまま動けずにいた。その中でユミルは調査兵団の猛追の中に確かに見たわけではないが、クリスタがこちらに向かってきていることを肌に感じてライナーに呼びかけた。

「(まさか……あいつ……)いや、いる! ライナー! クリスタだ! クリスタがそこまで来てる!」
「あ?」
「連れ去るなら今だ!」
「何故わかる!? 見えたわけじゃねぇんだろ?」
「絶対にいる! あいつはバカで度を越えたお人好しだ! 私を助けに来るんだよ、あいつは!!」
「もしそうだとしても今は無理だ! 別の機会にする!」
「はぁ!?」
「今は成功する可能性が低いだろ!? どうやってあの中からクリスタを連れ去るんだ……!! 機会を待て!!」
「機会を待つだと……!? そりゃあ私がお前らの戦士に食われた後か!? ダメだ! 信用できない!!」

 クリスタがもうそこまで迫ってきている。
 今なら、しかし、ユミルの願いが撥ね退けられ、ユミルは一度手を組んだライナーに対して今度は敵意を向けている。そして、不信感を露わに叫んだ。上空を駆けながらライナーがユミルに宥めるように言い聞かせるがユミルも今一番会いたい存在のクリスタ彼女が間近に迫ってきている。今すぐ会いたくてたまらなくなった。

「信じろ!! クリスタは本当に俺らにも必要なんだ!」
「じゃあ今やれよ!! 今それを証明してみろ! 私は……今じゃなきゃ嫌だ……!!
 今、あいつに会いたい……このままじゃ……二度とあいつに会えないんだろ?」
「(ユミル……)」

 普段そこら辺の男子よりも男前で、相手の気持ちなどお構いなしにズバズバとモノを言う性格でどちらかと言えば女性らしさよりも男らしさが目立つユミルが見せた痛々しいまでのクリスタへの思い。切実に訴えかける彼女のその悲痛な思いにユミルがどれだけクリスタを大切に思っているのか。ひしひしと感じ取り、ウミはおぼろげな意識の中そのユミルの気持ちに胸を打たれた。
 分かる。痛い位にその会いたいと思う人に会いたいと願うその気持ち。
 よくわかる。ましてもしかしたらもう二度とこのまま永遠に会えないかもしれないと思えばその気持ちは一入だろう。
 突如ユミルが与えられた命。
 自分が得た新たな人生の中で今までは自分に嘘をつかないその思いだけで生きてきたユミルが出会ったクリスタという少女。クリスタの存在によってユミルの人生は変わった。クリスタの境遇に自分を重ねていた…。そうして彼女と同じ時間を共有して、ユミルは彼女の事を深く思うようになっていた。

 そんなユミルの願い、クリスタへの思う姿にウミは痛い位共感した。自分もあの地下街で彼に出会うまでは突如落とされた深い深い闇の中、地下街(アンダーグラウンド)で生き延びるために必死に手探りで生きてきた。
 そしてその絶望の中でリヴァイと出会って自分も救われたのだ。こんな自分を愛してくれる存在ともしこのまま永遠に会えなくなるなんて考えたくもなかった。
 初恋に破れ調査兵団の分隊長としてでしか存在価値を、生きる意味を見いだせなかった自分が初めて誰かのために生きたい。そう思って、生きる意味を見つけた。
 そして…、自分も追いかけてきている調査兵団の中に彼が居るのなら迷わず会いに行きたい。そう願う。

「……無理だ。すまないユミル。今は僕らだけでも逃げ切れるかどうかわからない状況なんだ」
「約束する! クリスタだけは、必ずこの争いから救い出すと! 俺達が……必ず! だから今は耐えてくれ!」

 クリスタとの過ごした日々が、そして彼女の笑顔がユミルの脳裏に浮かんだ。

「それがクリスタの為なんだ! 分かってくれユミル」
「本当に……クリスタの為…なんだな」
「あぁ!」
「……分かった、」
「ありがとう」

 ライナーとベルトルトも必死だった。逃げるので精いっぱいの中で調査兵団の群れの中に逆戻りは出来ないと。必死な二人の形相にユミルはどこか無理やり言い聞かせるように感情を押し殺して静かに前を見据えていた。

「(まただよクリスタ。ここまで来て……また私は……自分に嘘をつかなきゃならないのか)」

 ガスを蒸かしながら最大出力で森を駆ける2人、ベルトルトの背中に捕まりながらユミルは遥か昔の記憶を思い出していた。今も鮮明に覚えている。偽りの新しい名を与えられたあの日から。

 ――「(あの時、はじめて自分に嘘をついた。これは仕方のないことなんだって、自分に言い聞かせたんだ……でも……」
 正直、悪い気分じゃなかった。
 冷えてない飯も、地べたじゃない寝床もそうだけど……)」

 ――「ユミル様」

「(何より、初めて誰かに必要とされて、初めて誰かの役に立ててるってことが
 私には何よりも大事だったんだ。でも…あの時…)」

 ――「この娘が……! この娘が言ったんだ! 自分は王の血を継ぐ存在だと……! 我々はそれを信じただけだ!」

「(そんなのは全部作り話だったってこと 思い出したんだ)」

 ――「そうだ……私がユミル! 王家の血を継ぐ存在だ……!!」


「(そしてまた、嘘をついた。それでみんなが助かるならと、しかし。そうはならなかった…私に関わった全員が国家反逆罪の罪に問われ、楽園送りの刑に処された。この三重の壁の世界で知性のない巨人になる注射を打たれて半永久的にさ迷うのだ。
 私は思った。これは罰なんだって。
 誰かの言いなりになって、多くの人達を騙したことへの罰じゃない。
 人の役に立てていると 自分に言い聞かせ、自分に嘘をつき続けたことへの…)」
 罰なんだって――……)」

 ――「これは……」


「(再び目を覚ますと。そこには自由が広がっていた−)」

 星空に幾重もの光の筋が浮かび上がりそれは空を駆け、ため息が出る程に美しい世界がユミルの眼前には広がっていて…。その美しさに流れる涙。それはまるで夢のように美しい光景だったから。
 まるで幾多にも交差する光の柱。
 ユミルは高らかに笑い自由が再び与えられてたのだと、まるで蘇生したかのようにその喜びを全身で受け止めていた。

「(仮に運命ってやつがあるなら、その気まぐれさに笑うしかなかった。でも、その時私は誓ったんだ。
 もう嘘をつくのは終わりだ。もう二度と自分には嘘をつかない。自分に正直に生きようって−)」

 ――「お前、いいことしようとしてるだろ」

「(そうして、お前と出会ったんだ。クリスタ。
 私にはすぐに分かった。お前も私と同じで、自分に嘘をついて…必死に何かを言い聞かせようとしている奴なんだって。でもな、クリスタ。だからって分かってくれとは言わない。ただ…最後にもう一度だけ、自分に正直にならせてくれ…!)悪いな、」

 ユミルは静かにそう呟くと覚悟を決めたような眼差しで同じくとらわれたままのウミへ告げる。

「ウミ……あんたの大好きなリヴァイ兵長の元に連れてってやるって言ったらどうだ?」
「(ユミル……?)」
「ここの地形なら私が一番強い」
「……ユミル?」

 静かに呟いたユミルが突然立体機動装置で駆けていたベルトルトの目を塞ぎ、静かにそう囁いたのだ。

「え!? よ、よせ! ユミル……!?」
「なぁ、頼むよ。私に協力してくれ、クリスタに――……もう一度会わせてくれ……」

 それはユミルらしからぬ優しくも儚い彼女の囁きだった。
 壁の秘密を知るクリスタをユミルに差し出せばクリスタもきっとユミルについていくだろう。クリスタはもうこの壁の世界に戻ってこないかもしれない…。だけど、自分もユミルと同じ気持ちなのだ。
 会いたい、ぼろぼろの状態でこんな無残な状態だからこそ尚更、あの力強い彼の腕にもう一度抱き締めて欲しい…そうすれば自分はまた立ち上がれることが出来る。
 しかし、自分の父親がこの壁を破壊したライナー達と同じ存在だとしたら…その娘である自分はこの壁の世界にはもういられないのではないのか?そんな不安が過ぎる。帰りたい、でも父親の歩んだ過去を娘として、過去を多く語らずに死んでしまった父親がどんな人生を歩んで来たのかも確かめたい、しかし、そう思えば思う程、尚更強く会いたいと願ってしまう。

「今この場を支配できるのは私なんじゃねぇかと思わないか? なぁ?」

 木に突き刺していた立体起動のアンカーが外れてそのまま三人は急降下して危うく地面に激突しかける。

「ユミル……よせ! 落ちるぞ!?」
「私は別にいいよ。巨人になれば……。お前らの巨人より非力だろうが木を伝って素早く動ける。お前からウミとエレンを奪って調査兵団の所に行くことも多分できる。お前らが今クリスタを連れて行かないのなら、ここでお前らと戦って邪魔をする!!」
「……オイ!! ク……クリスタはどうなる!? それでは助けられないぞ!? お前のわがままが理由でだ!!」
「ああ……それでいいよ。クリスタの未来を奪うことになっても……私は生きて……あいつに会いたいんだ。私は本当にクソみてぇな人間だからな……あんたらにはわからないだろ?こんな人間だと知っても優しく笑ってくれるんだぜあいつは……」

 ベルトルトに縋りつくように抱き着きながらユミルはその瞳にじわじわの涙を浮かべて叫んだ。

「お前……」
「怒らないでくれよ……ちゃんと考えてあるんだ、私も戦うから、今より逃げやすくなるからさぁ!! それとも、殺し合うか!? 私が正気か確かめてくれよ!!!」

 ただクリスタに会いたいと、純粋な気持ちを吐露し、そして懇願するようにユミルは涙を流していた。
 いつもひょうひょうとした態度の彼女が見せた涙、そして願い、その言葉にウミも覚悟を決める。ユミルに従い、ついていくつもりだと。クリスタをユミルに会わせればもしかしたらクリスタの説得でこちら側にユミルが付く場合も考えられる。それにその「顎の巨人」の能力は使えると…。
 その願いを聞き、そして彼女を説得させるのだ。壁の中にはまだ未来(エレン)があると。

「(ユミルー…)」

 ユミルがベルトルトから離れるとウミは自らの親指の付け根を噛んだユミルが光に包まれていく眩い光の中にそのまま飛び込んだ。
 ベルトルトから離れ、飛び込んだ先は巨人化ユミルの頭の上。尻餅をつき滑り落ちながらなんとか髪の毛に捕まり堪えると、ウミが飛び乗ったのを確認した巨人化ユミルが木と木の間を飛び乗りながら素早く移動を始め呆然とするライナーとベルトルトからどんどん距離を取り調査兵団の信煙弾が立ち上る場所へと向かう。

 とうとう調査兵団も巨大樹の森に到着するとエルヴィンの美声が反響した。それを合図に果敢に森の中で待ち受けていた巨人たちと真っ向から危険を覚悟で正面衝突していく。その狭間で食われていく憲兵団達。そのスキを練り木々の間を駆け抜け突撃していく。その時、調査兵団の視界の先で電にも似たまばゆい閃光が落ち、強い光を放った。

「光った……!!」
「今、森の奥の方で光が見えました!三人のうちの誰かが巨人に変化した際の光だと思われます!!」
「間に合ったか……」

 エレンは近くにいる。エルヴィンは必死にここまで来て何とか間に合ったからこそ何としてもこの好機を逃すなと叫んだ。

「総員散開!! 敵は既に巨人化したと思われる! エレンを見つけ出し奪還せよ!!」

 巨人達が次々と捕食対象の自分達めがけて森の中から歩みだしてきた。森から分散するように左右に移動を開始しながらエレンを追いかける。しかし、自分達を捕食しようと手を伸ばしてくる巨人に次々と憲兵が絶叫と共に頭から丸ごと食われて鮮血が飛び散ったのを見てサシャは目を背けて走り出す。

「クソッ……また憲兵が……」

 悔しげに顔を歪めるジャン、愛馬のブッフバルトに跨りながら先ほどからどんどん犠牲になっている憲兵に胸を痛めていた。

「戦闘が目的ではない! 何より奪い去ることを優先せよ!!」

 あの森の向こうにエレンが居る。ハンネスが部下に指示を出した。

「フィル! 馬を一か所に」
「了解!」

 総員が散開して次々と馬から降りて次々と立体機動装置で森の中へと飛び込んでいく。

「まずは敵を見つけて、全員に知らせろ! 敵は外側に向かっているはずだ!! 散れ!!」

 馬を待機させ、木々の間を縫うようにエレンとユミルを連れ去った巨人の捜索を開始してエレン達が駆けて行った後を懸命に追いかける…。

「(エレン、ウミ、)」「(どこに……!)」
「巨人の叫び声だ!」

 全員で立体機動に展開してエレン達の行方を探し求める。聞こえた唸り声が響いたそのの時、見慣れた巨人の姿が森の開けた木の上でこちらを窺っていた。

「こんなところに!」
「待ってください!! こいつはユミルです! 攫われたユミルの巨人の姿です!」
「おい!ユミル! どうしてお前だけ……」
「ウミとエレンはどこだ!? ライナーは……ベルトルトは!?」
「あれがユミル……」
「巨人化して、ライナー達と戦っていたの!?」
「ユミル……? ライナー達から逃げてきたのか!? ヤツはどこに行った!」
「何とか言ってください!ユミル!!」

 口々にユミルへと呼び掛ける同期たち、その呼びかけの中でユミルは返事もせずに必死にきょろきょろと周囲を見渡している。ここにはいない誰かを探しているように。

「オイ! 何か喋れよ!! ブス! 急いでんだよ!!」

 うんともすんとも言わないユミルにしびれを切らしたコニーが腕に飛び移り、ガンガンとユミルの頭を蹴ったその時、ユミルの髪の毛の一部がもぞもぞと動き、その髪の毛の中がゆさゆさと揺れ、ウミが頭を押さえながら驚いたように突然ちょこんと顔をのぞかせたのだ。

「うおおおっ! 何だ!? びっくりさせんなよ!」
「ウミ!!」

 突然髪の毛の中の人物と視線が重なり驚くコニー。ユミルの髪の毛の中で隠れていたのはウミだった。よかった、無事だったのか。ミカサは慌ててウミの元へと飛んだ。

「ウミ、大丈夫? 何か酷い目に遭ったりしていない!?」

 しかし、ウミは返事をしない。ただ少し困ったような複雑そうな面持ちでコニーにガスガス蹴られた頭を抱え必死に口を動かすのに苦し気な呼吸音しか聞こえない。

「まさか…声が、出ないの? それに、その顔……! 血まみれ!!!」

 ベルトルトのあの超高温の熱を放つ咥内に放り込まれたダメージは大きく、ウミのいつもの優しい歌うような声が消えた。今は掠れた様な呼吸音しか聞こえないし、そして何よりも鼻が折れてしまっている…。止めどなく流れる血が赤黒く乾いて色白の顔にべっとりこびりついており、身に着けていた兵団のジャケットもマントもすべてが焼け落ちてしまった傷ついてボロボロの痛々しい変わり果てたその姿に長い髪も肩上まで焼け焦げている。

「ウミ……まさかライナー達にやられたの!?」
「(ミカサ、皆、私は大丈夫だよ、それよりも……)」

 ウミは大丈夫だから心配しないで、と。
 誤魔化したように微笑み見る影もない位にボロボロだというのにそれでも明るい笑顔で他人を気遣うその姿にミカサはたまらずウミを抱き締めていた。
 姉のように慕っていた彼女はこんなにも小さかっただろうか…いつの間にか追い抜いた身長、そして小さな手を握り返してウミはミカサにおんぶされてその背中に捕まった。重いからと首を振られたがミカサからすればウミなんて重いの部類に入らない。

「(エレンは今のところ無事だよ、早く追いかけよう)」

 口パクでそう伝えればミカサは口の動きでエレンの事だと理解して、ウミの微笑みに安堵したようにユミルへと向き直った。

「(ライナー達を警戒しているのか? 何か変だぞ、何故僕ら一人一人に目を向けるんだ!?)」

 アルミンが不思議そうに周囲を見渡すユミルに疑問を抱いたその時、ようやく追いついたとクリスタが大きな瞳を輝かせてこちらに向かって飛んできた。

「ユミルー!! よかった……、無事だったんだね!?」

 見つけた……!! ユミルは今一番会いたかった彼女の姿を見て安堵したように彼女の元へと飛んだその瞬間――……。

「え?」

 飛び込んで来たクリスタに向かって飛んでいくユミルが突然口を開けると、そのまま口元をすぼませるようにしてそのままぱくりとクリスタを飲み込んでしまったのだ。
 一瞬で飲み込まれてしまったクリスタに誰もがユミルがクリスタを食ってしまったと感じた。

「あいつ……クリスタを……食いやがった!?」
「ぼさっとすんな!! 追うぞ!!」

 驚愕に呆然とするコニーたちを置いてユミルがものすごい早さで木から木へと飛び移りクリスタをさらっていってしまう。必死に呼びかけライナーが全員に追いかけるぞと号令を出す。全員でクリスタを食ったユミルを急いで追いかけようとするが、小柄で俊敏な体躯を生かしこの地が如何に彼女にとって有利なのかあっという間に木から木へと飛び移ってしまい、さすがのミカサもウミをおんぶしているので普段のスピードがです誰もい追いつけない。

「早ぇ……離される!!」
「ユミルが何で、」
「俺は別に……あいつが味方とは限らねぇと思ってたがな!!」
「あぁ!! 明らかに敵対出来た! ライナー達に協力する気なんだ、僕たちはおびき寄せられていた!!」

 木から木へと、素早い早さでユミルがクリスタを引き連れてライナー達の待機する森の出口まで戻って来た。

「来たぞライナ―!」
「あぁ」

 ベルトルトの合図でライナーがウミから奪ったナイフを手に樹上から飛び降りると勢いよく掌を切りつけその痛みを感じる間もなく全身堅い鎧のような皮膚で覆われた鎧の巨人が姿を現した。
 ライナーからエレンを受け取り彼を背負ってアンカーを射出して鎧の巨人に飛び乗ると、クリスタを飲み込んでしまったユミルもその肩に飛び乗りそのまま平原に向かってどんどんシガンシナ区へとさらに壁の外へとエレンを連れて走り去っていく。

「まずい……エレンが、連れていかれる!!」
「止まるな!! 馬を使って追うぞ!!」

 エレンが連れていかれてしまった…呆然とするミカサとアルミンにハンネスがまだあきらめるの早いと叱咤した。
 その言葉に全員で馬に乗り換えエレンを連れ去ろうとシガンシナの更に外の壁に向かって駆けていく鎧の巨人の後ろ姿を必死に追いかけていく。

「絶対に取り返すぞ!! エレンは…俺の命に代えても……!!」

 馬を誰よりも先に走らせながら、ハンネスの揺るぎない決意が、あの日の後悔とシガンシナ区に沈んでいく薄紫の夕暮れにリンクする。
 あの時守れなかった恩人の家族を今度こそ。どんな巨人が襲ってきてもこの命を賭けてなんとしても取り戻す。ハンネスの強い意志が駆り立てる。

 開けた平野に沈む日に向かい走る鎧の姿。狙い定め日没が迫る絶望的な状況の中、激しい戦いが始まろうとしていた…。

To be continue…

2019.11.09
2021.02.07加筆修正
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