THE LAST BALLAD | ナノ

#46 誰か僕らを見つけてくれ

 エレンを何としても取り戻す。そうでなければこの世界は滅んでしまう。
 次々と馬に乗り、エレンをさらって走り出した鎧の巨人を追い駆けていく中でウミは突如ミカサの背中から離れた。

「ウミ!? どうしたの!?」

 いきなりの行動にミカサが慌ててその背中を追いかけると、ウミはそのまま地面へと身軽な体躯を生かして転がりながら綺麗に着地した。

「(あれだ、あれを探さなきゃ……!)」

 ミカサから離れ、きょろきょろと周囲を見渡しながらウミはあるものを探していた。この状態では戦えない、追わねばならない故郷を奪った仇、しかし、今のままではエレン奪還の足手まといになりかねない。急ぎ足で駆け出していく。

 ミカサが心配して駆け寄ろうとするのを制止してウミはここに来るまでに巨人に食い散らかされた憲兵団の遺体に駆け寄ると周囲に巨人の気配がないことを確認した上で一度静かに手を合わせた。
 戦地に束の間の静寂が訪れる。それはウミの弔いの形。焼け焦げた髪の毛先がヒラヒラと風に千切れて流れていった。

「(この状況で憲兵団までも駆り出されたのか……よっぽどの緊急事態、そして引き連れてきたのはエルヴィン…やっぱりエルヴィンはすごい人なんだ。シャーディス団長でも憲兵を壁外まで連れ出す事なんて不可能だったのに、エルヴィンの力で引きずり出したんだね)」

 改めてウミはエルヴィン・スミスの名を恐ろしく感じた。今回のエレン奪還作戦で多くの兵士がまた犠牲になるだろう。もしかしたらまた誰かを失うかもしれない、自分だってもしかしたら命を落とすかもしれない。
 人一倍失う痛みに脅えている優しいエレンがまた自分のせいで誰かが犠牲になったことを気に病まなければいいが。
 それに今回は通常の壁外調査ではない。いつものように遺体回収は望めないだろう。
 しかし、ここまでついてきてくれた憲兵団への感謝の思い。
 中央でのんきに暮らしていた者達が人類の危機だと訳も分からず壁外に連れ出され、そして巨人から逃れるために安全な内地での憲兵団を志した者が巨人に食われて死ぬ末路なんて想像だにしなかっただろうし、巨人に食われて死んだことも受け入れられないだろう。
 驚愕の表情で下半身を食いちぎられ、横たわる遺体が装備していた立体機動装置を手早く奪うとそのまま慣れた手つきで素早く身に着け、ウミはトリガーに刃をセットし、その遺体から流れた血がこびり付いた超硬質スチールの刃を振り払いきりりと不安げな顔つきから兵士としての顔つきに戻り、立ち上がった。

「(ミカサ。すぐに追いつくから、早くエレンを――!)」

 ウミの懸命な身振り手振りのジェスチャーを受けたが、ウミのジェスチャーが独特すぎてミカサにはウミが自分にが何を伝えようとしていたのか理解に苦しむ。
 しかし、そのまま先を指し示すウミに頷き、そしてハンネスや同期たちと共にかつての同期にさらわれた家族のように大切な自身の命でもあるエレンを追いかけ始めた。

 ライナー達を止めるには三年間寝食を共にし、深く強い仲間として絆を築き上げてきた104期生のみんなの力が呼びかけが必要だ。
 もしかしたらこのまま彼らを説得できるかもしれないなんて甘い幻想は抱いたりしないが、彼らの逃げる時間を少しでも足止めするだけでも違うはずだ。

 巨人は馬を捕食しない。するとすればその上に跨った人間を捕食する際に踏んだり躓いて薙ぎ払ったりするくらいだろう。乗り主を失いさ迷う馬を探しながらウミは周囲を見渡すと、突然聞こえた嘶きに振り向けばこちらに向かって駆け寄ってくる夕日に染まる美しい銀色の毛並みが見えた。

「(タヴァサ!!)」

 それは間違いなく自身の愛馬だった。
 慌てて駆け寄ろうとするが安心したのか力が抜け膝はそのままがくがくとふらつき、もつれるようにそのまま地面に転んでしまった。
 ああ情けない、愛馬の姿に安心して力が抜けてしまうなんて。ここは戦場だと言うのに。タヴァサは嬉しそうにウミに駆け寄ると愛しい飼い主の匂いと感触を確かめるように擦り寄ってきた。

「(ごめんねタヴァサ……怖かったよね、)」

 しかし、貸した当の本人のクライスはそこにはいなかった。もしかしたらクライスは負傷して動けないのかもしれない。そう信じたかった。
 彼女はクライスの血で染まった毛並みを清めた後にリヴァイからエルヴィンへと託されたのだ。
「俺の分まで飼い主を取り戻しに行って来い」と。そして「壁外で存分に暴れてこい」と。

 そしてタヴァサは信頼する飼い主の恋人であるリヴァイにもよくなついていた。
 リヴァイ自身の人柄も彼女は見抜いていたのだろう。飼い主が認めたとしても本当に一握りの人間しか乗せたがらない彼女が。
 巨人をすいすいと避けながらウミを探しに一緒にここまで兵士達と共に死地を走ってきたのだ。壁外へ行けない負傷したリヴァイの悔しさが彼女にはひしひしと伝わった。人類最強と呼ばれた男が今は立体機動装置、ではなく拳銃を手にウォール教の司祭の監視を命じられるなんて。そして、壁外で仲間がエレンを奪還して帰還するのをただ壁内で待ち信じるしかない無力さにきっと押し潰されているに違いない。

「(一緒に行こう、)」

 ベルトルトに奪われてしまった両親が使っていた立体機動装置の使いやすさには劣るが仕方ない。ガスと刃も満タンで刃こぼれもない。全く使用されていないことを確かめウミはタヴァサに跨った。

 こんな最悪な状況。だが愛馬が助けに来てくれた。声が出ない自分だが馬は賢くて言葉にしなくても自分の思いを理解して動いてくれる。こんな状況で彼女がいるなら心強い。

 ウミもタヴァサへと微笑み返してハンカチを取り出した。綺麗に三つ折りにし、折れた鼻に宛てがう。これ以上変形しないようにと鼻あてのように鼻を隠すように覆い、そのまま後頭部で強く解けぬように結んだ。不格好だが今更もう顔や傷がどうとか言ってられない。人類の危機なのだ。そして、

「(ライナー達を捕まえてお父さんの事を確かめなきゃ……でも、もし、それによっては)」

 もし父が破壊者と共謀するために同じようにこの壁の世界に紛れ込み母と出会い自分をこうして調査兵団へ率いたのなら…。

「(私は裏切り者の娘になる……。もうきっとこの世界に居られないかもしれない……私、もしかしたら人類の敵かもしれない……そうだとしたら、リヴァイとは……もう一緒には居られない……この世界から消えなければならないかもしれない)」

 しかし、今はまだ仮説でしかないのが現状。
 どうか人違いであって欲しいとただ切に願うしかない。
 調査兵団一丸となって人類の命運を託されたエレンを何としても取り戻す。太陽がどんどん傾いてオレンジの世界が濃くなる。美しい夕日と空の下で残酷なほど状況は最悪だ。
 しかし、そうだとしても自分はこの世界を、故郷を彼と出会い、そして彼を愛した…。微力ながらもこの世界を守りたい。

「(タヴァサ、エレンを取り戻して故郷を取り戻すよ)」

 声なき声の代わりにカサカサの喉を抜けて漏れた吐息。乾いた咳が出たが、タヴァサは痛々しい飼い主につぶらな瞳を輝かせ長い髪も焼け落ち鼻も折れて普段の飼い主とは全く違う、変わり果てた満身創痍の飼い主の痛みに寄り添った。
 アドレナリンでも出ているのか不思議と痛みは感じなかった。
 クライスの血は洗い流されていが、鬣に微かに残る真白な毛並みに映える赤いそれは紛れもなくクライスが流した痛みだった。
 巨人に食われていたクライスの半身を引きずりながた何とかトロスト区まで巨人から逃げるように連れて帰ってきたタヴァサ。クライスは死んでしまったのだと彼を受け入れて弔うには今は悲しみに浸る猶予さえもない。エレンを、ヒストリアを。
 静かに指輪に口づけを落として、今ここにいない彼の存在を最後に交わした温もりだけをただ確かめた。

 もし何かを賭けねばこの現実を変えられないのだとしたら、自分の命を賭けよう。
 エレンを必ず連れ戻して。もう誰も死なせやしないのだと。
 立体機動装置を装備し、颯爽と馬に跨りウミは鎧の巨人に突撃していく皆の背中を追いかけタヴァサと共に走り出した。

 その一方で、森を迂回してきたエルヴィンが肩越しにベルトルトにおんぶをされて、意識を失ったエレンとヒストリアを飲み込んだ巨人化ユミルを連れた鎧の巨人が森から出て行くところを目撃して慌ててUターンしながらスラリと右手の剣を抜き、そして掲げると兵士達へ先陣を切り指示を出し馬の手綱を引き上げた。

「各班!! 巨人を引き連れたままでいい!! 私に付いてこい!」
「エルヴィン……!! この悪魔め!! また俺達を囮にするつもりか!」
「そんなつもりは無い! 憲兵団はよく戦っている! 兵士の本分に努めよ!! 「鎧の巨人」がエレンを連れて逃げる気だ! 何としてでも阻止するぞ!!」

 命からがら生き延び、ただ着いていくだけで精一杯の憲兵団達はエルヴィンの言葉に震え上がり彼に向かって罵倒した。
 その言葉を背に受けながらもエルヴィンは私情を捨て兵士として今できることをしろと自分について来いとあくまで諭す。
 背後から迫る巨人、そしてウォール・マリアを破壊した鎧の巨人を追い掛けろと、この絶望的な最悪の状況で。エルヴィンは兵士としての務めを果たせと告げ、そして巨人を引き連れエルヴィンが待つ地獄へと兵士たちを先導すべく馬を走らせる。
 今ならまだ間に合う、何としてもエレンを取り戻す。
 今が好機だと一斉に死地に向かって突撃を開始した。その先をジャン達も必死に追いかける。

「追いつけない速度じゃない! 間に合うぞ!」
「今度は……躊躇うことなく奴らを必ず殺す。私達の邪魔をするなら……ユミルもその例外じゃない。どんな手を使っても……必ず……!」

 押し隠せない激しい憎悪にも似た怒りを露わにしたミカサ。2人が正体を明かしたあの時躊躇ってしまった自分の事を責め続け後悔している。アルミンはただならぬ気配を醸し出すミカサの脳裏を支配するのはエレンの事、彼の事で頭がいっぱいなのだとひしひしと感じて震えた。彼女は先程のような躊躇いを捨てた。今度は確実に、何の躊躇いもなく殺せるだろう。

 その一方で、調査兵団の追跡から逃れるべく平野を駆ける鎧の巨人に変身したライナーはひたすら東突出区・シガンシナ区で待つ男の元へとエレンを連れ走り続けていた。
 巨人化したユミルは上手くさらって来て口の中に大切に含んでいたクリスタを吐き出した。
 突然巨人の咥内にそのまま飲み込まれ、気を失っていたのか暗闇の中、気管にまでユミル巨人の口腔内の分泌液が絡みついて呼吸が詰まっていたのか苦し気に咳をしながら口の中に溜まっていた体液を吐き出しながらヒストリアはようやく目を覚ました。

「クリスタ!」
「ウッ……!」
「ユミル!?」

 すると、ユミルはうなじの中から苦し気に上半身を出して咽込みながら自分の唾液まみれになってしまったクリスタに呼びかけていた。

「クリス……いやヒストリア……すまなかった。突然……食っちまって。やっぱ……怒ってるだろ?」
「ユミル……何が……!? 何しているの!? 私達はあなたとエレンを助けに――「助けなくていい!! このままじっとしてろ。私はライナーとベルトルトに付いていく!! お前もだ! 私と来い! この壁の中に未来はねぇんだよ!」
「な……」
「いいか、ヒストリア? 壁外は、そんなに悪い所じゃない。お前のことを「生まれてこなければよかったのに」なんて言う奴なんかいないしな」
「……えっ!? そりゃあ巨人はそんなこと言わないだろうけど! すごい勢いで食べようとしてくるじゃない!!」
「だ…誰にでも短所の一つや二つはあるだろ!? そこさえ目をつぶれば割といい奴らなんだよ!!」
「ユミル! 言ってることもやってることもめちゃくちゃでワケわかんないよ!? ……やっぱりあなたは、ライナーとベルトルトに脅されているのね?」
「……逆……だ……」

 そんな二人のやり取りを聞きながらベルトルトは震える声で静かに脅されているのは自分達だと唇をわななかせ、大きな体躯だが小さな声で独りごちていた。

「そうなんでしょ!? ユミル!? 私も一緒に戦うから!! この手を放して!! 事情があって話せないことがあっても! 何があっても! 私は、あなたの味方だから!!」

 何があっても私はあなたの味方だと。そう告げたクリスタのはっきりと澄んだその声に、意志の強さを感じる優しさにユミルはクリスタの言葉に心が激しく揺らいだ。そんな再び迷いを抱き始めたユミルにベルトルトが悲痛な声で叫んだ。

「ユミル!! 見ろよ……調査兵団がすぐそこまで追ってきてる。すぐに逃げていれば僕らはもっと早く逃げられたはずだ…。無茶してクリスタを連れてきたから……きっと……追いつかれる……あぁ……ユミル……僕らは!何のために……! ここまでしたんだよ……!! また気が変わったのか? 今度は自分のためにクリスタをこの壁の中に留めるつもりなのか?どうなんだよ、ユミル!?」
「ユミル! 早く! この手を放して!!」
「駄目だ!! ヒストリア……正直言うと……お前をかっ攫ってきた理由は……私が、助かるためなんだ……」
「……え?」
「私は昔こいつらの仲間から「巨人の力」を盗んだ。こいつらの力は絶対だ。壁の中にも外にも逃げ場は無い、このままじゃ私は殺される。でも…お前をヤツらに差し出すことに協力すれば…私の罪を不問にしてくれるようこいつらが取り合ってくれると言った…。お前が壁の秘密を知るウォール教の重要人物だからだ」

 その言葉に、クリスタ…ヒストリア・レイスはこれまでの三年間ユミルと共に歩んできた昨日までの会話のやり取り、そしてかけがえのない日々を思い返していた。

 ――「お前だろ?家から追い出された妾の子ってのは…」
「私の……生まれた家と関係ある?」
「あぁ、ある。この世界の状況が変わった時、お前といれば近い将来……保険になると思っていた。私はあの塔の戦いで死にかけて……もう……心底嫌になったんだ。死ぬのが怖い……何とかして助かりたいって。ただ……情けなくて「お前のため」……みたいなこと言ったけど、本当は全部私のためだ……。頼むよヒストリア、私を……! 私を助けてくれ!」

 いつも自分を支えてくれて守ってくれていたユミルの生きたいと願う、正直な思いが、そして必死に懇願するような眼差しがヒストリアに訴えかけていた。束の間の沈黙が夕闇の赤紫色に沈みゆく太陽の中で照らされていく。静かにユミルが俯いた時。

「言ったでしょユミル……何があっても、私はあなたの味方だって!」

 ユミルの悲痛な願いを聞き入れ、ヒストリアは強い決意を持ち凛とした笑みでそう迷わず彼女へと告げたのだ。
 ヒストリアはユミルを助けるとそう口だけではない、その眼差しはいつも死に場所を探していたいい子のクリスタではなかった。凛とした彼女の澄んだ声にユミルは今にも泣きそうになりながら安堵に顔を歪め、静かに俯いた。そんなユミルとヒストリアが絆を新たに対話するその傍らで体力を使い果たし沈黙していたエレンが静かに目を覚ました。
 大地を揺らして走り続ける鎧の巨人。しかし、その鋼鉄の鎧で覆われた頑丈な皮膚では女型の巨人に比べればその出力は大したことはない。
 そしてあっという間に調査兵団達の馬の最高速度で簡単に追いついてしまったのだった。
 その背後からは調査兵らがとうとうエレンをさらいウォール・マリアを破壊した諸悪の根源に追いつき鎧の巨人の関節の柔らかい部分に立体起動のアンカーが突き刺さった。

「おらああっ!!」

 慣れない立体機動を駆使してありったけの力で振りかざし鎧の脚を斬りつけるハンネスだったが硬化した皮膚に見事に刃が砕け飛んでそのまま吹っ飛んでしまう。

「ッ……!?」
「あ……!!」
「うあああっ!」

 転がりながら着地した衝撃でハンネスのワイヤーが引き抜かれ今度は入れ違いにエレンの近くにアンカーが突き刺さり、三人の兵士が立体機動でエレンを奪い返そうと必死に切りかかろうとした瞬間。

「うわああああー!!」

 鎧の皮膚で覆われていないうなじの柔らかい筋肉の部分に突き刺さったアンカーをユミルはそのまま引っこ抜いて勢いよく地面へと叩きつけて兵士たちのエレンを取り戻すべく必死に攻撃を妨害したのだ。

「ッ―――!!」

 猿ぐつわをされて口がきけないエレンはその光景にただただ叫べない叫びをあげるしかない。その時、その隙を狙ったミカサが鬼ですら震える恐ろしい形相でユミルの左目を切り裂いたのだ。

「ぎゃあああああああ!!」

 左目を切られた痛みと、その血しぶきを上げて痛みに叫ぶユミル。ミカサはもうエレンを取り戻すことにしか頭にない。エレンを取り戻す為なら悪魔にすら魂を売り渡し相手がかつての同期だろうが誰だろうが躊躇うことはない。妨害する者は全員敵だと言う認識で立ち塞がる者は全て抹殺するつもりだ。

 すぐさまエレンのところへアンカーを刺すミカサの猛追にベルトルトが恐怖のあまり叫んだ。今の彼女では本当に自分は殺されかねないと。

「ひッ……!! ライナー!! 守ってくれ!!」

 ガスを蒸かして一瞬で間合いを詰め、それは素早い動きでベルトルトが背負っているエレンを取り戻そうと必死に追いかけてくる中でミカサが渾身の力で剣を振りぬいた瞬間、慌ててライナーの首に逃げるベルトルト、ミカサの剣がベルトルト目掛けて振り払われたその寸前で鎧の巨人ライナーが硬化した両手で首元のベルトルトとエレンを守るように手を組んだのだ。そして、そのままギィン!!!と鈍い音を立ててミカサの刃が砕け散った。

「チッ!!」
 手の隙間から見えるベルトルトの表情に舌打ちするミカサ。普段の冷静でおとなしいミカサらしくない激情がその形相をより恐ろしい物へ変える。
 美しい者が怒る姿は余計に恐ろしい。その鎧の巨人の硬い指の隙間からギロリと覗き込むミカサの静かなる怒りは震え上がるほどに恐ろしい。
 獰猛な肉食獣のようなその目つきは射殺せと言わんばかりに恐ろしく、ベルトルトは蛇に睨まれたカエルのように息を呑み硬直していた。
 そこへ背後からユミルが手を伸ばしミカサの攻撃を妨害しようと襲い掛かる!!

「(ミカサ!!)」

 その瞬間ユミルとミカサの間に向かって射出した剣を投げたのは。タヴァサを走らせ即座に追いつきアンカーを射出して音もなく忍び寄ってきたウミの姿だった。

「チッ!!(やはり先に……ユミルを――殺さなくては!!)」ああああ!!」

 ミカサが離れた場所で空中で滞空したままトリガーに新しい剣をセットしてユミルへ跳躍してその落下するスピードと遠心力を込めた強烈な回転斬りを浴びせようとした瞬間、そのユミルの髪の毛の中からヒストリアが姿を見せその攻撃の前に立ちはだかったのだ。

「待ってミカサ!!」
「っ!!」
「(間に合え!!)」
「ウミ!?」

 この壁の重要な秘密を知る権利があるヒストリアを殺してはいけない。守るようにウミがミカサの攻撃を受け止め刃が火花散らして激しくぶつかった。ジィン…と鈍く痛む手首にミカサの思い太刀筋を受け止めウミは苦悶の吐息を漏らした。
 危うくヒストリアを切り裂く寸前で何とかミカサの人間離れした身体能力から繰り出した斬撃を受け止めたウミ。エレンを奪い返す意志を込めた一撃の重さにウミの手からトリガーがこぼれ落ちた。

「ぐっ、っ……(すごい力……ミカサは女の子なのに……細いのに……まるでリヴァイみたいに……重い)」

 それを受け止めたウミもウミだが。ミカサはアンカーを射出してライナーの後頭部に着地して何とか攻撃の手を思いとどめた。

「(ミカサ、落ち着いて……冷静になって、クリスタも救出対象だから)」
「お願い、ユミルを殺さないで! ウミもミカサを説得して止めて! お願い!!」
「ウミ! どうして!?」

 ヒストリアが必死にウミに懇願する。大きな青い瞳に見つめられ戸惑う。しかし、説得したいのはやまやまだが今の自分はまともに声を発することが出来ない。声を奪われた人魚姫のように意思を伝える手段が奪われている中で怒りに燃えるミカサを理性で押さえる事はもう出来ない、彼女にとってエレンはあの日からミカサには全てで、そして世界の中心なのだ。押し負けるし体格的にも刃を受け止める事で精いっぱいだ。

「……それはユミル次第でしょ!? どうする!? 私は邪魔する者を殺すだけ! 選んで!」
「待ってよ!! ユミルだってライナー達に従わないと殺されるの!選択肢なんて無いんだって!!」
「……私が尊重できる命には限りがある。そして……その相手は6年前から決まっている。ので、私に情けを求めるのは間違っている。なぜなら今は……心の……余裕と……時間が無い……。クリスタ、あなたはエレンと、ユミル……どっち? あなたも私の邪魔をするの?」

 ミカサは今度は邪魔をするなら重要人物の彼女もろともユミルを殺しかねない。ウミは思わず彼女から放たれる射殺せそうな殺気とその凄みに剣を落としかけた。それは地下街を生き延びてきて経てきたリヴァイと同等なほどに恐ろしい。
 ヒストリアを守るべくミカサに手を振りかざしたユミル、ミカサが剣を向けようとした瞬間、クリスタが必死に張り裂けそうな声で叫んだ。

「やめてユミル!! 抵抗しないで! 死んじゃう! 動かないで!」

 ヒストリアの必死なその声に大人しくなるユミルにミカサも落ち着いたのかライナー達を止めるべくエレンの居るライナーの方に移動した。ウミもそれに続いてライナー達の元へ急ぐ。しかし、鋼鉄のボディを持つ鎧の巨人にエレンを背負ったベルトルトは強固に守られており、腕を交差するように組んだままどすんどすんと大地を鳴らして走り続けるその皮膚を打ち破ることが出来ない。その間にもアルミン、ジャン、コニー、サシャら104期生の同期達が集まってきた。

「〜〜ンン〜〜〜!」
「クッ! やめろエレン!暴れるな!」
「そりゃあ無理があるぜ、ベルトルト!」
「え!?」

 ミカサ達の押し問答とその間にようやく追いついた104期同期の皆が鎧の巨人に着地し、そのまま周囲を取り囲んでいた。

「そいつをあやしつけるなんて不可能だろ!? うるさくてしょうがねぇ奴だよな。よーくわかるぜ! 俺もそいつ嫌いだからな! 一緒にシメてやろうぜ……まぁ出てこいよ、」
「ベルトルト……エレンを返して!」
「なぁ、嘘だろベルトルト? ライナー? 今までずっと……俺達のことを騙してたのかよ……そんなの……ひでぇよ……」
「二人とも嘘だって言ってくださいよ!!」
「(皆……皆こんなに必死に呼びかけてるのに……! もう無理なの!?)」

 全員の脳裏に浮かぶのは厳しくも辛かったあの訓練の日々、しかし、それでも夜に皆でこっそり抜け出したり、思春期を共に過ごした。彼らにとってあの三年間の日々は単なる通過点でしかなかったのか?
 訓練兵団を通過しないで兵士になったウミは遠巻きにその光景が羨ましいと思いその光景を眺めていたこともあった。その思い出すら彼らは思い出ではないのだと言うのだろうか。

「おいおいおいおい。お前らこのまま逃げ通す気か? そりゃねーよお前ら……3年間一つの屋根の下で苦楽を共にした仲じゃねぇか……。ベルトルト…お前の寝相の悪さは芸術的だったな! いつからか皆お前が毎朝生み出す作品を楽しみにしてその日の天気を占ったりした……けどよお前……あんなことした加害者が……被害者たちの前でよく……ぐっすり眠れたもんだな!?」

 ジャンが悲痛な面持ちで叫ぶ中でコニーは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて今にも溢れてしまいそうな涙を流して叫んだ。

「なぁ! 全部嘘だったのかよ……!? どうすりゃ皆で生き残れるか話し合ったのもおっさんになるまで生きていつか皆で酒飲もうって話したのも……全部……嘘だったのか? なぁ!? ベルトルト、ライナー…お前ら…お前らは今まで何考えてたんだ!?」
「そんなものわからなくていい。こいつの首を刎ねることだけに集中して。一瞬でも躊躇すれば、もうエレンは取り返せない。こいつらは人類の害。それで十分」

 ミカサは静かにもうあの頃には戻れないのだと、皆の思いをバッサリ切りそして鉄より冷たい声で、暗い表情で告げる。
 皆の声に今にも泣きそうになりながら聞いていたベルトルトがついに口を開いた。

「だッ……誰がッ!! 人なんか殺したいと!! 思うんだ!! 誰が好きでこんなこと!! こんなことをしたいと思うんだよ!!」

 それは嘘偽りない彼の本心だった。
 犯した罪、しかし、自分達はあまりにも無知で子供で、洗脳にも似た暗示を信じ込まされそしてこの世界に来てしまった。後から深く深く後悔した。
 そして訓練兵団でこの壁の世界で過ごすうちに嫌というほど思い知ったのだ。その罪の重さを。

「人から恨まれて、殺されても……当然のことをした。取り返しのつかないことを…。僕らは確かに君たちの世界を壊してたくさんの人を……でも……僕らはその罪を受け入れきれなかった……。でも、「戦士」ではなく「兵士」を演じてる間だけは……少しだけ楽だったんだ…嘘じゃないんだコニー!! ジャン! みんな! 確かに皆、騙した……。けどすべてが嘘じゃない! 本当に仲間だと思ってたよ!! 僕らに……謝る資格なんてあるわけない……。けど……誰か……」

 ベルトルトの喉から絞り出すような悲痛なの心の叫びが響いた。
 全員に静かに波紋のように広がってゆく…。

「お願いだ……誰か僕らを見つけてくれ……!!!」

 もう自分達には帰る場所なんてないのだ。この壁の世界で今も迷子のまま。
 そして自分達の正体がバレてしまったから兵士には戻れない、かといって手ぶらで故郷に帰れば戦士として自分達の無事を信じて待つ家族に会えるどころか何の手土産も無い自分達に待つのは「永遠の眠り」自分たちの後を引き継いだ候補生に喰われてその生涯を終え、残り僅かな命の期限を全うする前に死ぬのだ。
 ここにはいない誰かへ助けを求めるように。戻れない道でさ迷う自分達を見つけ出して助けてくれと、ベルトルトの言葉をユミルは静かに聞いていた…。

 
To be continue…

 2019.11.11
 2021.02.08加筆修正
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