THE LAST BALLAD | ナノ

#10 鈍色の刃

「所持する財産は最小限に! 落ち着いて避難してください!!」

 カンカンカンカン!!と、けたたましく鳴り響く鐘の音にトロスト区の住人達は必要最低限の荷物を持ち誰もが真っ青な顔でこの世の終わりを浮かべた表情で無言のまま門へ急いでいた。これはウォール・マリア陥落後に行われるようになった避難訓練ではない。超大型巨人が五年間の沈黙を経て再来した合図は突然だった。超大型巨人は五年前のシガンシナ区の壁を破壊した時と同じように現在の人類の最前線であるトロスト区の壁を破壊しつくしたのだ。

「ここが突破されれば五年前の惨劇が再び繰り返される!! 我々がここで巨人を食い止めるんだ!!」
「迎撃用意!」
「撃て――!!」

 実戦経験豊富な調査兵団の居ない今、常駐している駐屯兵団だけが頼りだ。こんな事態でも憲兵団は王を守ることのみで介入はしない。一刻も早く超大型巨人によって壁に空けられた8mの巨大な穴を塞がないとここも放棄されることになり人類は本当に絶滅の危機を迎えることになる。
 しかし、栓のように大穴を塞ごうとした肝心の大岩は掘り起こすことさえできず結局放棄された。ウォール・マリア内を闊歩する餓えた巨人たちがここの入り口が開いたことでここに向かって北上してきていて到達するのは時間の問題だ。駐屯兵団の精鋭たちが不慣れな立体機動装置を手に民間人を巨人に食わせないために必死の足止めを行っていた。避難民の誘導を行いながらトロスト区壁上では駐屯兵団が固定砲から何度も砲弾を浴びせているが、そもそもうなじを切り取らない限り吹き飛ばした頭はまるで植物のようにすぐに生えてくるし、そもそも巨人に大砲は効かないのだ。

「こんなの大した時間稼ぎにもならない!」
「馬鹿野 郎!お喋りする暇があったら連射力を高めろ! お前の女房も娘も壁の中だろ!?」
「ああ!! これ以上は巨人を街に入れたくねえ! しかし、奴らに大砲は……」

 顔面に大砲を食らった巨人が煙の向こうで不気味に笑っている。にんまりと三日月のような口を歪め食欲だけに突き動かされて這いつくばってでも進んでくる本能に突き動かされたその光景に思わず青ざめた。

「仕方ねぇよ! 止めを刺せる先遣班は全滅しちまったんだ!」
「チクショウ!」
「撃て――!!」

 悪態づいても巨人は止まらない。やつらは人類が最後の一人になるまで食い尽くすだろう。ビキビキと鈍い音を立て巨人たちはのれんをくぐるように大穴を潜り抜けどんどんトロスト区に侵入してくるではないか。足元に転がった精鋭たちの見るも無残に食いちぎられた死体が転がり、先遣隊はもうほとんどが全滅してしまったのだと知らしめて。残されたのはほぼ常駐の駐屯兵団、そして訓練兵団のみ。精鋭の調査兵団の不在はかなりの大打撃となった。この残り僅かな人員で住民が避難するまで時間を確保しなければならないのだ。この人員では申し訳ないが巨人を倒すどころか避難の時間を稼ぐだけで精一杯だろう。
 しかし、それだけ多くの人が巨人の胃袋に収まる覚悟をしなければならない。

「悔やまれることに、最も実戦経験の豊富な調査兵団は壁外調査のため出払っている! 現在、我々駐屯兵団のみによって壁の修復と迎撃準備が進行している! お前達訓練兵も、卒業演習を合格した立派な兵士だ! 今回の作戦でも活躍を期待する!」

 本部内は超大型巨人の襲来によって慌ただしく動き回る兵士たちでごった返していた。アルミンは5年前のあの日の悪夢を思い出して身体が震えて止まらずいつもの冷静で賢い彼は消え、真っ青な顔で取り乱しガスを補充する手が震え、言葉は口早に紡がれて見るからにパニックを起こしている。幼馴染のエレンもただ事ではないアルミンの姿に声をかけた。

「アルミン! 大丈夫か!?」
「大丈夫だ……こんなのすぐに収まる!! しかしまずいぞ……穴を防げない時点でこの街は放棄される…ウォールローゼが突破されるのも時間の問題……そもそも、巨人(ヤツら)はその気になれば人類なんかいつでも滅ぼすことが出来るんだ!」
「アルミン落ち着け!! あの時とはもう違う。オレたちはもう巨人なんかに負けない!!」
「ご、ごめん……エレン」

 悪夢の再来にトラウマを揺り起こされてパニックになるアルミンを叱咤した幼なじみのエレン。彼の力強い言葉にようやく落ち着いた。
 超大型巨人による襲来を想定した実習訓練が、本物の超大型巨人が現れたことで訓練ではなくいきなりの実践となり、普段は威張り散らしている上の兵士たちもどうしたらいいのか分からずパニック状態のようだ。体格はいいがどこか小心者の駐屯兵団隊長、指揮官として有能なキッツ・ヴェールマンは全員を広場に集めると声を張り上げ今回の作戦の全容を明らかにした。

「それでは訓練通りに各班ごと通路に分かれ、駐屯兵団の指揮の下、補給支援・情報伝達・巨人の掃討等を行ってもらう! 前衛部を駐屯兵団が、中衛部を我々率いる訓練兵団が、後衛部を駐屯兵団の精鋭班がそれぞれ受け持つ! また伝令によると先遣班は既に全滅したとのことだ! 外門が突破され、巨人の侵入を許した! つまり、いつまた鎧の巨人が現れ、内門を破ってもおかしくはないという状況にある!」

 その言葉は初めての出陣となる104期生に衝撃を与えた。誰もが言葉を無くし口々に悪い結末を想像する。あのシガンシナ区が陥落した時と全く同じ状況になりつつあると。士気が盛り上がるどころかこれではみな意気消沈だ。

「そんな……」
「嘘だろ……?」
「ローゼまで破られることになったら……」
「静粛に!! 現在は前衛で迎撃中だ。本防衛作戦の目的は一つ! 住民の避難が完全に完了するまでこのウォールローゼを死守することである。尚、承知しているであろうが敵前逃亡は死罪に値する! 皆、心して命を捧げよ!! 解散――!!」
「「「はっ!!」」」

 高らかに声を張り上げ、一斉に散り、それぞれの持ち場に着く。そんな無謀な戦いから今すぐ逃げたい。
 遠回しに恐怖から既に戦意喪失し逃げ出そうとする者に対しての牽制を放たれ、104期のメンバーは進むことも逃げることも出来ないという最悪の状況となったのだった。いやだ、死にたくない、どこからかすすり泣く声がしたり嘔吐する者、勇み足で進む同期は誰もいない。まだ子供に近い年代の者たちが兵団に志願するということはどういうものなのかを訓練兵たちは身をもって理解したのだった。
 そして、巨人との戦いから離れ安全な内地に行けると思っていたジャンのショックは大きいだろう。調査兵団ではなく安全な駐屯兵団を目指した者も同じく…絶望に暮れるジャンを三年間の血べトにまみれた日々を思い出せと叱咤し励ましたエレンを見つめ、ミカサはエレンと離れることを恐れた。

 あの日、強盗に家族を殺され誘拐された自分の命を救ってくれた恋という簡単な言葉では言い切れないほどミカサにとってはエレンがすべてなのだ。家族でもあり自分の世界のすべてを形作るエレンを守ると決意したあの日から心から、本能がエレンを何としても守る。そう叫んでいるから。

「アッカーマン、お前は特別に後衛の方に回ってくれ」
「そんな……! 私では足手まといになります!」
「いい加減にしろよろミカサ! 人類滅亡の危機だぞ!」

 しかし、首席で優秀な成績を修めたミカサは即戦力として後衛部隊に配属され、ミカサの願い虚しくエレンと引き離され、エレンにもガキじゃないんだからと突っぱねられミカサは仕方なくベテランの兵士たちとともに初陣へ臨んだ。

「エレン…お願い、どうか、死なないで」

 あなたまでもを失ったら。ミカサは切に願っていた。残酷だけど美しいこの世界をもうこれ以上何も奪わないでくれ、そう願った。

***


「なんだ? やけに騒がしいなぁ」

 一方でバタバタと騒がしい広場を眺める寝間着姿の巨大な男が一人。ぼりぼりと深いワインレッドの髪を掻きながらサラサラと揺れる。大きなあくびをしながら煙草をふかしもうひと眠りだとベッドにもぐりこんだ。

「新兵たちの訓練か…若者たちよ。ご苦労さんだな」

 治りかけの足をさすりながら男は独りごちた。調査兵団は現在壁外調査に出かけてしまい、本部には自分しかいない状況。
 しかし、自分の怪我はまだ本調子ではなく貴重な戦力である医療班の役目も務める彼の不在は調査兵団にとっても大きな損失となる。とにかく次の壁外調査までには安静にしていろと、我らが団長からのお達し通りにクライスは今日は一日ごろごろ欲望の赴くままに寝て体力の回復を図ろうと再び眠りについた。
 ここにももうじき巨人が迫る。しかし、カーテンもすっかり閉め切ってしまった男は外が戦場と化しているのにそれすらも気が付かない。
 宛がわれた部屋のドアのノブには「起こすな!」と、適当な本人の性格には似つかわしくない綺麗な文字で書かれたひもを通した紙切れがぶら下がっていたのだった。
 それぞれがトロスト区の壁が壊れた衝撃と、いつ、巨人がここに到達するのかわからない。その中でウミもある場所を目指してひたすら走っていた。もう時間がない。血まみれの服も手もそのままに道を目指して走る。そう、早くしないと巨人が入ってくる、そしてまたあの鎧の巨人が――……今も鮮明に恐怖として体に刻まれている。
 折れた刃、今も天気の悪い日にズキズキと痛む傷口にウミの心と体には鎧の巨人が壁を破壊した瞬間の恐怖が今もトラウマとして、刻まれている。
 本当に許さない。何のためにこの壁を破壊したのか、何故故郷は奪われねばならなかったのかと、怒りすら湧き出てくる。自分達人類が巨人に何をしたというのか。
 何故巨人は人を襲うのか、何故、巨人は束の間のささやかな日々、当たり前の日常、幸せや家族さえも奪っていくのか。ふつふつとこみ上げる怒りにただ、ただ、感情に支配され彼女の胸の内をどす黒いモノが渦を巻く。
 兵団にいたであろう人間が冷静さを欠くほどの激情に突き動かされて行動するとはなんということか。
 巨人に対する激しい憎しみと怒りに焼き尽くされそうだ。しかし湧き上がる感情に支配されて目的を見失ってはいけない、恨んでも巨人は人間を食らう。巨人はこうしている間にも餌を求めて闊歩している。ここを第二のシガンシナ区のようにはさせない。彼女の思いはそれだけだった。

「よし、」

 最悪なことに巨人を倒すことに一番長けている調査兵団が不在という状況にわかるのはこのままでは訓練兵も前線に駆り出されエレンもミカサもアルミンも皆、失ってしまう。親を失った三人を今までずっと見守ってきた。自分より若く夢もある彼らを亡き者にはさせない。クローゼットの扉を開け、ウミはあるものを取り出した。厳重に布に巻いてリボンで留めたのをバッグの中に隠し、駐屯兵団に見つからないようにずっと保管していた。シガンシナ区が陥落したあの日に死んだ兵士より回収した立体機動装置を。

「これなら戦える……」

 鈍い銀色が曇天に染まる空に微かに光った。もしこれを一般市民となった自分が持っていたと知れば重罪だろう。もしかしたら一生牢屋の中で人生を終えるかもしれない。しかし、それは生き残ってからの話。それでもよかった。三人を救えるのなら自分が罰せられたとしてももう自分の人生も女としても幸せもみんな捨てて、生きてきた。

「お父さん、お母さん、力を貸してね」

 今はもう亡き二人を思い小さくつぶやくその姿は妙齢の女性なのにどこかまだあどけなさの抜けきれない幼き少女のようだった。荷物のふりをして紛れ込ませてウミは引っ越してきたばかりの部屋に別れを告げた。

 急いでこの地区から脱出しなければ。部屋を後にし、ウミは避難民のごったがえす門の前まで小走りで駆け抜けた。しかし、避難しなければならない割に何故か門の前には人だかりができているではないか。巨人はもうすぐそこまで差し迫っているというのにいまだに逃げ遅れている住民たちがいることに驚く。

「あの……何かあったんでしょうか?」
「なんだか商会のお偉いさんが…揉めてるみたいでなかなか進まなくて……」
「商会のお偉いさん?」
「このままじゃ巨人がここに来てしまう!!」

 巨人はここを目指して突き進んでいる。住人たちを避難させるために今も多くの兵士が命懸けで任務にあたっている。こんな状況の時に守られている立場の自分たちが避難もせず何を揉めているんだ。人波をかき分けウミはどんどん前に進むと、男性が屈強な男共に突き飛ばされていた。門の前には大きな馬車に大きな荷台に大きな包みにくるまれている荷物。明らかにサイズオーバーだ。今にも巨人が迫っている状況で住民の避難よりも先にこれを無理矢理門の向こうに運ぼうと出口を塞ぐ荷物とこの非常時に…ウミは青ざめた。

「お、おい、あんたたち…今どんな状況かわかってんのか!?」
「わかってるからこうなってんだよ!! てめぇらこそ壁を出たかったら手伝え!!」
「ふざけんじゃねぇよ!! それ以上押し込んでもその荷台は通れねぇよ!!」
「何考えてるんだ! 人通すのが先だろ!!」
「このままじゃ巨人に食われちまうだろ!」
「何やってんだ兵士!! そいつらを取り押さえろ!!」
「し、しかし……」

 口々に住民たちから非難の声が上がるのも無理はない。住民よりそのモノの価値が優位なのか、そんなのが許されるはずなど無い。しかしそれを咎めようとした駐屯兵団は何を迷っているのか何もしない。

「やってみろ下っ端! オレはここの商会のボスだぞ! お前ら兵士がクソに変えた飯は誰の金で賄われた!? お前がこの街の兵士を食わす金を用意できるのか!? いいから押せ! この積み荷はお前らのチンケな人生じゃ一生かかっても稼げねぇ代物だ! 努力すれば礼はする!!」

 何が礼だ。そんなものを運ぶためにここにいる多くの住人たちを犠牲にしろとほざくのかこの親父は。ディモ・リーブス。トロスト区で活躍するリーブス商会の名前なら聞いたことがある。自分たちのその飯を食ってきたから。ウミは息を吸い込みずかずかとリーブスの前に飛び出した。手に持って居る立体機動装置の入ったバッグを肌身離さずに。

「ふざけないで! シガンシナ区の悪夢を忘れたの!? 鎧の巨人がいつ攻めてくるのかわからないのよ!? 物資よりまずは人命を優先すべきでしょう。食糧を守りたいあなたの気持ちは尊重したいけど今はそう悠長にも言っていられない。 早く通しなさい! 食糧事巨人に食われてそのまま死にたい!?」
「うるせぇ! 貴重な商品だ、それともお前がこの商品の分稼げるのか!? ただの一般人のひ弱な女がオレに指図するな!」
「命とモノの価値、どっちが大事か明確でしょう!?」
「このっ……誰に向かって口きいてるんだ、女のくせに!」
「気安く私に、触んじゃないわよ……この腕…へし折られたい?」
「ぐああ! な 、何だこの女!」
「先に住民を通しなさい!!」

 非力そうなウミが負けじと言い返す姿に住民たちの視線が一気に集まる。一斉に取り囲まれた瞬間、ウミは牽制するかのように思いきり凄みのある顔で睨み飛ばしたのだ。一般市民では出せないその迫力は彼女がただの女性ではないことを悟らせるには十分だった。拳を簡単に小さな手で受け止め、その腕をひねり上げ今にもへし折りそうな所で止める。
 小柄で男たちに見下されているが元調査兵団としての実力は五年たった今でも健在だと知らしめ、怒りを露わにその荷物を必死にどかそうと荷物に手を伸ばす。その傍らでは安心させるように小さな女の子を抱きしめながら母親が宥めていた。

「大丈夫だよ、お父さんが大砲で巨人をやっつけてるから」
「お母さん……あれ」
「ちょっと……」

 今にも振り出しそうな曇天。最初は不気味なほど静かだったが小さな少女が母親の肩越しに見たのは…やがてその近くで響く鈍い足音は近く響く。それは早く早く急かすように巨人のわりにやけに足音が早く聞こえたのはヤツが奇行種でこっちに向かって全力で走ってきたからだ。猛スピードで突っ込んでくる巨人の姿に一気に周囲はパニックに陥った。

「巨人だ!! すぐそこまで来てるぞ!!」
「今すぐ荷台を引け!」
「うわあああああ! 死にたくない!! どけぇ!!」
「早くしろ!!」
「押し込め!」
「死にたくねぇ奴は荷台を押せ!!」
「やめて、子供が――!!」

 よほど腹を空かせた奇行種がものすごい早いスピードでこっちに向かってまるで突っ込む勢いで駆け寄ってきている。
 奇行種に何度も遭遇し想像もつかない動きで人間を捕食してゆくのを何度も見てその脅威を知るウミは血相を変えてその巨人に釘付けになる。

「っ……!(奇行種、まさか、よりにもよって)逃げて!! 逃げるのよ!」

 普段壁の補強しかしていない駐屯兵団に何も期待などしていない。正体が見つかるリスクを承知で立体機動装置を展開し今ここで使うしかない。服の下に対Gベルトは装着済みだがいきなりは飛べないしまだ元調査兵団だと見つかるわけにはいかない。しかし、奇行種がもうここに迫ってきている。目の前に迫る巨人に一気にパニックに陥る住民たち、必死に馬車車を押し、阿鼻叫喚の騒ぎの中で飛んできたワイヤーがその奇行種を捉えたのだ。

「ミカサ!?」

 黒い風のように、ミカサが姿を見せ鮮やかな太刀筋で一気にうなじを削いだ。ドオオオオン!! と、派手な音を立てて巨人は瞬く間にうなじを切り取られ絶命した。そのまま着地をすると眼前に現れたのは黒髪をなびかせたミカサだった。
 ミカサもウミを見るなり安堵と共になぜ未だにここにいるのかといわんばかりの表情で駆け寄ってきた。

「ウミ、どうして非難が遅れているの?」
「それが……」

 朝に会ったきりでお互いの無事と再会を喜ぶ暇さえ与えてくれない。一刻も早く巨人が迫るこの地区を脱出しなければ。ウミが指を示す先、荷台を積んだ馬車が完全に門をふさいでしまっている。

「何をしているの? 今、仲間が死んでいる。住民の避難が完了しないから……巨人と戦って死んでいる……」
「それは当然だ! 住民の財産や命を守るために心臓を捧げるのがお前らの務めだろうが! ただ飯ぐらいが100年ぶりに役に立ったからっていい気になるな!」
「人が人の為に死ぬのが当然だと思ってるのなら……きっと理解してもらえるだろう。あなたという一人の尊い命が多くの命を救うことがあることも、そうでしょう? ウミ」

 普段エレンのこと以外では感情をあらわにしないミカサの静かな怒りに触れてウミも同意するとリーブス会長のもとに歩みだす。

「それでこそ兵士ね、立派だわ、ミカサ」
「何をする!」
「ぐわぁ!!」

 ミカサにつかみかかろうとした屈強な男にウミの小柄な体から素早いアッパーがさく裂した。こめかみをガツンとそのまま蹴っ飛ばされ一人、また一人とリーブスの部下が自分より一回りも小柄なウミに言葉通りに次々と地に伏せられていく。

「このアマ!」
「…ふざけんじゃねぇぞって言ってるの」

 胸ぐらを掴まれながらもその力を生かして横なぎにひっぱたくとぐらついたタイミングでちょうど目の前の脳天に靴のかかとを思いきり見舞ってやると、男子にも負けなしの対人格闘術に優れていたアニに教えてもらった技術そのままに相手の力を逆に利用した足払いをかけて男を地面に叩きつけた。

「やってみろ! オレはこの街の商会のボスだぞ!? お前の雇い主とも長い付き合いだ。下っ端の進退なんざ冗談で決めるぞ!?」
「死体がどうやって喋るの?」

 無表情で歩み寄るミカサ、その後ろでは小さなウミの手により地に伏せた屈強な男達。その両手には刃を手に今にも切り伏せて黙らせようとせんばかりに刃を光らせた。

「待てぇ!!」
「会長……」
「っ、荷台を引け……」

 ウミの迫力とミカサの凄みに圧倒されてリーブス商会の会長は静かに馬車をどかして住人たちを通したのだった。

「おねぇちゃんたち。ありがとう」

 にっこりと花のような笑顔で微笑み母親とともに門に消えた少女。ミカサは刃をホルダーに収めて敬礼をし、ウミも思わず昔のくせが出そうになったがそれをこらえて見送った。

「ミカサ! すごいじゃない、誰も追いつけなかったあの奇行種のスピードに追いついて倒すなんて」
「そんなことない。ウミの方がすごいと思ってる。ウミが教えてくれたおかげ」
「ミカサ……そうだ、104期のみんなは!? 無事なの?」
「アルミンはエレンと同じ班だから大丈夫、他もみんな今のところ巨人でやられたって声も聴いてないから大丈夫だと思う」
「そっか……よかった」
「ウミも早く行って。住民の避難が完了したら私たちも撤退するから」
「えぇ。わかった」

 住民の避難のための時間稼ぎならばもう巨人と遭遇もしないし大丈夫だろう。ミカサに背中を押され、ウミは門へ向かい、ひとまず住民の避難は完了したのだった。

「よし、施錠は完了した。鐘を鳴らせ!」
「撤退だ! ガスを補給しろ、壁を登るぞ!」

 刃を補填しミカサは壁を駆け上がる。ウミも避難を終えて思いをはせる。エレン、アルミンそれぞれの無事を信じて。

「(残酷な世界だけど。エレン……あなたがいれば私は何でもできる)」

 二人はまだ知らない、アルミンとエレンの身に起きた悲劇を。

 
To be continue…

2019.07.04
2021.01.10加筆修正
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