THE LAST BALLAD | ナノ

#139 大空ト大地ヘ喝采ヲ

 男の思考は再び浮上し、現実へと戻る。戦いへ身を投じて。それでも亡き友との誓いを果たすために。男は今、究極の選択に迫られていた。
 すやすやと安らかな顔で寝息を立てるウミとの間に生まれた愛しい愛娘を見つめて。
 リヴァイはこのタイミングで前線から退いだとしても、この壁の世界は常に世界中から畏怖の対象であり、世界中が今も自分たちに見えない牙を向けているのだと肌で感じていた。
 あの日の夢が走馬灯のように自分を襲う。視界は塞がれ、守りきれなかった愛しい存在と共に築き上げた確かに存在する血で繋がれた絆。

「ウミ……」
「リヴァイ、よかった、気が付いたんだね」

 どれだけ想っても二度と戻らない愛しい情景。最愛。生きる夢をくれた。彼の懐に収まった産まれたての命を抱いた。雷槍の直撃を受けその威力を物語って知る、激しい光と、そして深い絶望が再び自分を戦いの渦中へと身を投げる。
 この戦いが最後だと、自分でも理解している。新兵器をどんどん取り入れて調査兵団はますます発展している。今戦闘の主なリーダーシップを取るのは紛れもなく自分であり、自ら戦線へ向かう。

「本当に、お前か、お前でいいんだな。もう何処にも行くこともねぇな」

 ケニー達中央憲兵の対人立体機動部隊が使用していた新式の立体機動装置を取り入れる中リヴァイだけが時代の波にいつまでも逆らい続けていた。
 旧式のままがいい。苦闘を続ける自分は最新兵器にはこだわらず使い慣れた武器とあの日の友を長年包んでいたこの自由の翼で挑む。
 その旧式には彼女の名前が刻まれていた。
 リヴァイは彼女の命の分まで必ずこの壁内人類に安寧を齎すと決めた。
 未来を生きる我が子の為にも尚更その思いは日増しに強さを増していく。
 本当に、まだまだ甘えたい盛りなのに、任務だ訓練だと、ろくに構ってやれない自分を「おとうさん」とたどたどしい口調で呼びかけて笑う存在がどれだけ愛しく、無償の愛を齎してくれるのか、ひしひしと感じていた。

――「リヴァイ、子供のためにもそろそろ前線から、退いた方がいいと思うんだ」
――「お前に憧れて調査兵団を志す兵士たちは多い。その戦闘力をぜひ次の世代へ引き継ぐ仕事を。訓練兵団の教官に空きがあって。是非ともお前に任せたい」

「俺が……人を導くに相応しい人間に見えるか?」
「なぁに、急に?」

 何故、彼女は犠牲とならねばならなかったのか。
 今も心から溢れる痛み、見えない部分から流れる血も、膿もまだ止まらない。自らの意思にさえも目を逸らしたまま。
 喪った女をそれでも掻き抱き。彼は永遠にウミだけを思い、あの日から動けずに居る。
 だが、男の手に握られた刃の光は決して因縁の決戦から四年が過ぎた今も鈍ることはない。
――「俺が獣を殺す」
 足掻いて、藻掻いて、そして、戦場へと、死地へと赴くのだ。

 愛した女は、もうこの世には居ない、そして、振りかざす刃は一体、誰のために。これからは向けられるのだというのだろう。

「さようなら、リヴァイ――」

 私を愛してくれてありがとう。
 愛した女はそう、微笑んで自分へ手を伸ばして笑っている、どうして、慈しむように自分を抱き締めるのか、何故、名残惜しむようなキスをくれるのか。彼女が消えてしまわねばならないのだろうか。
 やり場のない虚無感が自分を支配する。言葉が拙い自分はどんな言葉で彼女をつなぎ止めたらいいのかわからずにただ、涙を流すことしか出来ないでいる。
 まだこれから先何十年、生き残ってしまった自分だけが残された贖罪の日々を繰り返せというのか、これも罰だというのか。
 もう二度と会えない場所で、いつかまた巡り合えるまでの暇つぶしの様な日々、生かされてしまった者は亡き者の遺志を継いで生きていけと。
 置いて行かれる者の寂しさも悲しさも知っている。だが、死んでしまえば意味が無い、愛し合った記憶もこの世からすべて消えてしまうことなど、とてもじゃないが、耐えきれない。

 ▼

 ウミ、ジーク、エレン。
 三人が同時に接触しようとしたその寸前でエレンを撃ち抜こうとした弾丸が引き裂いた。エレンを庇った巨人体のウミを貫き、うなじから飛び出したまま死に絶えた「始祖ユミル」に精神を支配されただけの器のウミは完全に死に絶えるという衝撃の光景が自分達を硬直させたままその場から動けなくさせた。
 エレン達はその時巻き起こった光に包まれ、気が付けばいつかどこかで見たような夢の中、幾千もの光が溢れて降り注ぐ、夜の星空を閉じ込めた様な幻想的な場所に辿り着いていた。

「ここは?」

 その中心、ぼんやり見上げた視界の真上には大きな光の柱が幾重にも重なり、一本の巨大な大樹を形成しているようだった。
 思わずその美しさに見とれ感嘆の吐息がエレンの口から漏れる程に、まるで夢のように美しい幻想的な静寂に包まれた景色。
 見上げて眺めながらエレンはぽつりと呟いた。ここは一体どこだと。
 振り返ると、其処には恐らくジークであるはずだが、長年時間が過ぎているようなひげを蓄えた男が胡坐をかいて座り込んでエレンの目覚めを待っていたと言わんばかりに口を開いた。
 上半身は服を着ておらず、その首には何本もの鎖が繋がれ、まるで凶暴な獣をこの場所に縛り付けているようだった。

「すべての「道」が交わる座標……だと思う。おそらく始祖を継承した王家はここに来たんだろう。始祖の力を行使する際、待ちくたびれたぞ、エレン。お前が回復し目を覚ますまで、何年もここに座っていたような気がする」
「何年も……、経った……のか?」
「……よくわからないが、ここでのすべては一瞬の出来事だ。ウミちゃんはガビに吹っ飛ばされたが、お前が完全に事切れる前に俺と接触を果たしたからウミちゃんはその肉体の役目を終えた。成功したんだよ、俺達は、とうとうウミちゃんの終わりと犠牲に「始祖の力」を手に入れたんだ」

 そう説明するジークがここまでの長い道のりを語り掛ける中で、ふと、エレンが背後に何者かの気配を感じ「誰かいる」と言うと、ジークはその光の木の下に居る小柄でやせ細った少女を視界に収める。

「ウミ、」

 よく見れば、そこに居たのはウミだった。無事だったのだろうか、駆け寄ろうとするエレンだったが、ウミは無言で何も答えない、沈んだような虚ろな目でこちらを見つめている。
 そして、ウミの肉体はまるで幻だとわかって、砂のように溶けて行く。

「心配ない、それはウミちゃんであって、ウミちゃんではない、ウミちゃんは「始祖ユミル」の器になったんだ。ウミちゃんの精神は今はもう消えたんだ。肉体だけが、ただそこに存在している。「始祖ユミル」がこの世界に実体化を持って干渉するそのためだけに」
「あいつが……ウミではなく、「始祖ユミル」だと? なぜわかる?」
「「始祖ユミル」さん以外にこんな所をブラブラ歩いている人が他にいるか? 何より「始祖」は一度この土で俺の半身を修復し、俺を生き返らせた。「始祖」は、ここで巨人を作っているのだろう。俺達が巨人の力を欲する度に、果てしない時間を費やして」
「ずっと……ここに、一人で……」

 ウミの身体を通じてようやく自分の肉体を手に入れこの場に実体化している少女の手は土にまみれ、何度も何度も、自分達が求める限りここで巨人を独り作り続けているのだ。
 たった一人、永遠さえも感じられなくなるような膨大に長い時間を、ただ一人、愛する王の血縁者が望むままに。
 それが愛だと、すり替えた価値観を抱いたまま。

「この道から出られる術はない、だが、今までとは違ったことがある。彼女は長い年月をかけてその魂を宿らせることに成功したんだ、彼女をこの地に再び呼び起こすための儀式を長年続けてきた自分の家系の血が流れる、「ジオラルド家」に」
「ウミの、父さん……」
「よぉ、久しぶりだな……エレン。すっかり、大きくなっちまって」

 そして、そこに姿を見せたのは、エレンも昔の記憶のままであるのなら、間違いない。姿を見せたのはウミの父親であり、そして「ジオラルド家」の遺産を引き継いだ男の正体。なぜ彼がこんな場所にいるのだろう、それは訳があった。

「そもそも。彼が「始祖ユミル」の魂の生まれ変わりだからさ、」

 とジークはウミの父親であるカイト・ジオラルドの肩に手を置くと、そのままウミによく似た笑みを浮かべてそっとそれを肯定した。
 エレンがここに来るまでの長いようで短くも感じた年月、身体は確実に老いている。膨大な期間を、始祖ユミル、そしてその魂を現世に抱いて、ウミだけではなく、そもそも彼女の父親自体が造られた人間であるのだと、エレンにウミの父親の存在を明らかにした。

「ここに居ると、必要な情報は何でも道を通じて手に入る。そこで俺はジオラルド家の秘密について知った、なぜ「始祖ユミル」復活にはジオラルド家がかかわっているのか、ジオラルド家でもウミちゃんじゃなきゃ駄目なのか」

 ウミの父親がエレンの前に立つと、いつの間にか見上げるほど背が大きかった身体は、ほとんど同じ目線になっていた。
 ウミの父は申し訳なさそうに、始祖ユミル・フリッツに肉体を明け渡しただけの器となり果てたウミであった肉体が朽ちて「始祖ユミル」となった少女の頭を撫でながらそっと娘によく似たその目を伏せた。

「これが……俺の罰だ。ユミル・フリッツの娘でもあるマリア・フリッツから派生し、マーレ人と祖先に持つ一族、それがジオラルド家。俺は……いや、俺の一族は、禁忌を犯した。その結果が、ウミだ。この世界に「始祖ユミル」を再来させるために俺は作られ、そして俺もウミを作った。女児が確実に生まれるように、遺伝子にちょっと手を加えた。その為に俺はマーレを捨てて、この島で追っても無い状況で子供を作るしか、エルディア人を救うにはその手段しかなかった。かつてのフリッツ王家を守護していた巨人と同じ能力を引き出せる戦闘に長けた民族・アッカーマンの血を持つ強い人間を探していた――。ウミを何としても生かすため、俺はアッカーマン家の血筋を独自に調べ上げて、そして、ウミをリヴァイと接触させた。あいつにウミを守らせることであいつは役目通りにウミを守ってくれるいい盾になってくれた。2人を引き合わせることが出来、役目を終えた俺はこの場所で今こうして王の命令を待っている。ウミの肉体を通じて「始祖ユミル」が再びこの世に再来するために」

――だが、ウミは死んでしまった。
 そしてウミの意識は遮断され、リヴァイの死にウミは完全に精神を病んでしまい、そして、アッカーマン家の血筋が流れているウミは王の改竄を受けなかった。だから、「始祖ユミル」の血筋のジークの命令も受け入れなかったが、リヴァイの死が皮切りとなり、その意識を始祖ユミル・フリッツに明け渡してしまった。
 ウミは死体となり果てても、それでも器として生かされ続けている。

 目の前に居るのは本当にウミの父親なのだろうか、かつて副団長として調査兵団をけん引していたあの自由の翼を背負っていた広い背中が今は、小さく頼りなく見えた。
 よく見ればげっそりとやつれた顔には明らかに疲労の色が色濃く浮かんでいるだろうし、無精ひげも生えている。
 この場所では、時間という概念は存在しないが、彼の継承は滞りなく済んで。彼が半永久的にジークとここに繋がれていた事が安易に想像できる。

 そして、ウミによって始祖ユミルはウミの肉体を媒介に現代に干渉できるようになったと言う事実を聞かされていた。
 しかし、もしそれが事実なら、許されない事だとエレンは並々ならぬ怒りを感じた。

「つまり、ウミは生まれながらにこうなる運命が決まってたって事か? そのために生まれ、そしてそのために命を落としたと、オレに自分の娘を食わせるために……」
「……何の弁解もしねぇ、その通りだ。俺はリヴァイから永遠にウミを奪った、もう二度と会えない忘却の場所へ、ここにウミを閉じ込めた……すべては、この瞬間の為、お前が俺を導いたんだろう。
 エレン。俺は永劫「始祖ユミル・フリッツ」と共にこの道にとどまり続けるだけだ。そもそも俺達ユミルから派生して繁栄してきたユミルの民は、成仏することなくこの道に囚われ続けている。俺達が道を通じて巨人の力を求め続ける限り、誰もがこの道に囚われた支配されているだけの人間だ」

「始祖ユミル・フリッツ」がこの道にとどまり続ける限り、自分達は半永久的にこの道に囚われ続けるという終わらぬ螺旋。

「あんたは、自分の私利私欲で娘をおばさんに産ませたのか? まるで人体実験みてぇに……調査兵団で危険な思いをさせた挙句、地下に堕ちた娘を救い上げてくれた男と、この先幸せに生きて行くための人生さえも、壊したのか」
「そうしなければ、ユミルの民は救われない。愛する人間と生きて行く前に、お前達はマーレ軍の率いる軍事力の前に島の人間は根絶やしにされ、本当の幸せは訪れない。成就してもすぐ壊される幸せなら、そんなもの、最初からない方がいい。巨人になれる人間は、もうこの世に要らない」

 そんなの家畜と同じではないか、エレンはボロボロの「始祖ユミル」に肉体を明け渡したウミを見てそれでも彼女はこの景色を望んでいたから「始祖ユミル」に意識を明け渡したのだと、告げる。

「ウミちゃんの父親を責めないでくれよエレン。さぁ、「始祖ユミル」に命じるんだ。俺達の夢を叶える時が来た」
「その鎖は?」
「今、気付いたのか? この鎖に……まぁ、心配してくれてありがとう。これは俺の自由を妨げるもの、つまり「不戦の契り」やはりここで自由に動けるのはお前だけだ。お前だけが「始祖ユミル」に命じることができる。俺とクサヴァーさんとお前の夢だ。頼む、世界を救ってくれ。「始祖」にこう伝えるんだ。
 すべてのエルディア人を今度永久に子供を作れない体にしろ。と、「地鳴らし」で連合軍を潰すのはその後でいい!!」

 と、「不戦の契り」に縛られているジークがエレンに伝えるが、エレンは振り向きざまにこう答えた。

「すべてのエルディア人を安楽死させる……。こんなふざけた計画、オレは到底受け入れられない。悪いが兄さん、オレはここに来るためにあんたに話を合わせていただけだ」

 と返していくその姿にジークは両手で顔を塞ぎただ、ただ絶望した。
 全てはこの瞬間の為にここまですべてを犠牲にし、全てを賭けて、ようやくたどり着いたのに。
 その為に余命が決まったとしてもクサヴァーから「獣の巨人」を継承し、自分の身体にも同じフリッツ王家の血が流れていると信じてここに辿り着き、そしてウミが意識を手放してくれたおかげで、……自分は。

「始祖ユミル、オレに力を貸してくれ」

 と言った瞬間、なぜか「始祖ユミル」はエレンを無視してジークの元へと、歩いていってしまったのだ。

「お前だけはわかってくれると信じたかった。これもあの父親に洗脳されたせいなのか?」
「これはどういうことだ?」
「お前が目を覚ますまでの長い時間で俺は多くを学んだ。「始祖」は何でも作れる、こんな土塊の鎖でも、王家の血を引く俺が求めればな」

 と言い、鎖を砕いていくと、ジークが拘束されていたのは全てフェイクだったと知る。
 そしてそれを知ったと同時にエレンは自分の両手首が拘束されていることに気付いた。それもジークに命じられて王の操られるがまま「始祖ユミル」がご丁寧に用意した物だった。

「俺は歴代の壁の王と違い、初代王の思想に染まらぬままここに到達した。
 そして、気の遠くなる時間を「始祖」と共に過ごす中で、「不戦の契り」を無力化していくことに成功した。絶大な力を持つ「始祖ユミル」だが、その正体は自分の意志を持たぬ奴隷だ。
 王家の血を引く者を自分の主人だと思い込み、服従し続ける。「始祖」の力は俺が手にした。
 お前は所詮、鍵に過ぎなかったんだよ、エレン。お前の本音を聞くまで待っていてよかった……。
 やはり、あの父親に洗脳されてしまっている。お前は悪くない、俺達は最悪の父親に産み出されてしまった哀れな被害者だ。
 しかし、俺には助けてくれる別の父親がいた。お前にも誰か助けてくれる人が必要だったんだ。俺は決してお前を見捨てはしない、俺が始祖の力でお前を治してやる」
「やめろ、無駄だ」
「世界を救う時は、お前と一緒だ」と額をぶつけ合ったその瞬間、エレンの脳裏をジークが道を通じてグリシャの記憶を見せてきたのだ。

 ジークが見せて行く景色を眺めながら、エレンはたった一つの事実を告げる。

「オレとあんたが同じだと思ってたようだが、それは間違っている。他人から自由を奪われるくらいなら、オレはそいつから自由を奪う。父親がオレをそうしたわけじゃない、オレは生まれた時からこうだった。あんたが望んだ哀れな弟はどこにもいない、あんたの心の傷を分かち合う都合のいい弟も。ただここにいるのは、父親の望んだエルディアの復権を否定し続けることでしか自分自身を肯定できない男、死んだ父親に囚われたままの哀れな男だ」

 エレンは「始祖ユミル」の力を用いて自分へ過去の映像をまるでフィルム映画のように断片的に流れる映像の中、遠巻きに眺めている景色の中で幼い頃の自分が強盗に両親を殺され帰る場所を失い涙するミカサに赤いマフラーを巻くのをじっと見つめていた。

 そしてそれはシガンシナ区に「超大型巨人」「鎧の巨人」が襲来した時の出来事に戻る。グリシャがレイス家の礼拝堂地下へやって来ると、グリシャは王の力でどうか壁の外に攻めてきた巨人を殺して欲しいと希う。

 しかしその思いは受け入れられず、王の思想に支配されたレイス家では「始祖の力」を行使することが出来ないという現実を知る。
もう残された道はひとつ、「進撃の巨人」の力を引き継いだ自分が「始祖の力」を得る事。
 しかし、グリシャには到底そんな恐ろしい事は出来ないと、項垂れ自傷行為をして巨人化するのを途中で止めてしまう。

――「できない、私に子供を殺すなど、私は、人を救う、医者だ」
――「立てよ、父さん。忘れたのか? 何をしにここに来たのか? 犬に食われた妹に、報いるためだろ? 復権派の仲間に、ダイナに、クルーガーに、報いるために進み続けるんだ。死んでも、死んだ後も。これは、父さんが始めた物語だろ?」

 しかし、そんなに父親にエレンは歩み寄り過去の父に呟いたのだ。「抗え」と。未来の成長したグリシャにそう呟いたエレンの声を聞いたグリシャはとうとう「進撃の巨人」なり、「始祖の巨人」を奪い、そしてエレンへ訴えるのだった。

――「殺した……!! 小さな子も、潰した。この手で、感触も。エレン、レイス家を殺したぞ! ……父親以外は、これでいいのか!? これでよかったのか!? エルディアはこれで、本当に救われるのか!? ……エレン、なぜすべてを見せてくれないんだ。壁が壊されることを、壊される日を、カルラの安否を、本当にこれしか、道は無かったのか? そこにいるんだろ? ジーク。この先、お前の望みは叶わない、叶うのはエレンの望みだ。エレンの先の記憶を見た。しかし、まさかあんな、恐ろしいことになるとは」

 その時、未来のジークが見えるのか、ジークの変わり果てた姿を見るなりグリシャが涙を流しながらジークを強く、抱き締めたのだ。

「大きくなったな。ジーク。すまない、私はひどい父親だった。お前にずっと辛い思いをさせた。ジーク……お前を愛している。もっと……一緒に遊んでやればよかったのに……。ジーク、エレンを止めてくれ」

 自分の事を愛さなかったと思っていた父の本心を聞き、自分は決して愛されていなかったわけではなかったこと、そして、グリシャも自分への接し方や愛し方について後悔していたこと、その贖罪からだろうか。
 だが二人目の子供でもある腹違いの兄弟でありエレンの母のカルラが産んだエレンをグリシャは大切にしていた。洗脳教育を植え付けてきた自分にできなかったせめてもの贖罪をエレンで償うように。
 そこでジークとエレンの時の旅は終わり、ジークはエレンからふらつきながら脳髄を駆け巡る電気信号に痺れたように動かなくなりその場から離れた。

「兄さん、まだ親父がオレに食われる所を見てないぞ」
「お前が……父さんを……壁の王や……世界と戦うように、仕向けた……のか?「進撃の巨人」に……本当に時を超える能力があるのなら……都合のいい記憶だけをグリシャに見せて、過去に影響を与えることも可能なはず……。父さ……グリシャは復権派の務めを躊躇っていた。お前の記憶を見るに、「始祖の巨人」を奪っても自分がその力を使えないことを知ってたから。しかし、それでも「始祖」を奪いそれをお前に託した。もっと先の未来を見たからだ。……先にある何かを、お前が見せたことで」
「感謝してるよ兄さん。あんたがオレを親父の記憶に連れ込んだおかげで今の道がある」
「俺の望みではなく、お前の望みが叶うって言っていたぞ」
「……ああ、あれを見たのは4年前。オレは親父の記憶から未来の自分の記憶を見た……ウミと見た、あの景色を……」
「始祖ユミル、すべてのユミルの民から生殖能力を奪え!!」

 そのエレンの表情から全てを察したジークがさっと顔を青ざめると、即座に命令を下しそのまま王の思想に操られた始祖ユミルが手にしていたバケツを堕とし、言われるがままに座標に向かって歩いていく。

「ッ!! 座標に!!」
「グリシャは俺にこう言った。「エレンを止めてくれ」と。お前に従ったことを後悔した。父親の記憶からどんな未来の景色を見たのか知らないが、お前はすべてを見たわけじゃないんだろ? 例えば、お前がここで始祖の力が使えないことを知らなかったように。お前は無力なままだ」

 とジークがそれでも藻掻くエレンに対してそう言うと、エレンは苦悶に蠢きながらも大きな声で力の限り無理やり手錠を外し始祖ユミルを止めようと自分の手を縛る枷から指を引き抜いた拍子に引っかかって邪魔していた親指がちぎれようとも構わずに始祖ユミルを追いかけ走っていく。
 そして、彼女に肉体を明け渡したウミへ呼びかける。どうか目を覚ましてくれ、意識を再び、始祖の支配に負けないでくれ、と。

「ウミ!! 頼む!! 目を覚ましてくれ!! オレの声を聞け!! ウミ!!」
「無駄だエレン。一度動き出した始祖ユミルを止めることなどこの世の何者にもできない。さぁ、お前もエレンを追いかけるんだ!!」

 ジークはそのやり取りを眺めていたウミの父親にも、そう告げる。元兵団の副団長まで上り詰めた男に体格差ではエレンも負けてしまう、カイト・ジオラルドは王の命令を受けるなり、死に際まで身に着けていた立体機動装置でエレンを追いかけ、そのまま仕留めて――。

「止めた」
「は、えっ!?」
「俺は、エレンを、ウミを、信じて託すと決めたんだ。ずっと、ずっと、あの女の子が泣いている夢を俺は見ていたよ。かわいそうに、間違った愛に支配されて、子供を産まされ、それが愛だと、信じて……始祖ユミル・フリッツを王はこれっぽっちも愛さなかったのに、釣った魚に餌をやらないとは違ぇが、何人もの愛人が居たんだよ、子種を与えたきり、それきりの関係、それの何が、愛なんだ」

――それどころか、フリッツ王は自分を庇ってやりに貫かれて死んだユミルの体を切り刻み、その肉体をあろうことか娘たちに食わせ、その後もそれを絶やすことなく続けろと命じたのだ。

「食え、娘達よ。何としてでもユミルの力を引き継ぐのだ。ユミルの体をすべて食い尽くせ、マリア、ローゼ、シーナ」

 フリッツ王は死の淵に立ち娘たちに言い残した。

――「娘達よ、子を産み増やし続けよ、ユミルの血を絶やしてはならぬ。娘が死ねば背骨を孫に食わせよ、孫が死ねばその背骨は子から子へ、我が後生においても我がエルディアはこの世の大地を巨体で支配し、我が巨人は永久に君臨し続ける。我が世が尽きぬ限り永遠に「終わりだ!! オレがこの世を終わらせてやる。オレに力を貸せ。お前は奴隷じゃない。神でもない。ただの人だ。誰にも従わなくていい、お前が決めていい」

 座標にユミルが到達する寸前でようやく追いついたエレンがそう、ユミルに伝えていくと、ユミルはそのままそこで動きを止め、エレンの声に耳を傾けていた。それは長年続いた始祖ユミルの終わりの合図だった。

「何と言った!? エレン!? この世を終わらせるだと!? やめろ、何をする気だ!?」
「もう、お前の支配は終わりだ、エレンから聞いたぜジーク……俺達の未来をこのまま終わらせやしない、ユミルの民に子供が造れないような体にする事は、――俺も心底反吐が出るな、反対だ」

 追いかけてきたジークの前に立ちはだかったのは、ウミの父親だった。エレンはウミの父親にも干渉していたのだ。
 追いかけようとするジークを掴んで離さない、揉み合いながらジークは必死に手を伸ばすもユミルはエレンに背後から抱き締められたままその腕の温かさに、今までに感じた事の無いような温もりを感じ、あまりの優しさに涙を浮かべている。

「決めるのはお前だ、お前が選べ、永久にここにいるのか、終わらせるかだ」
「何をしている、ユミル。俺の命令に従え、すべてのユミルの民から生殖能力を奪えと言っているんだ、今すぐやれユミル! 俺は、王家の血を引く者だ!!」
「オレをここまで導いたのはお前なのか? 待っていたんだろ、ずっと。二千年前から、誰かを」

 と――エレンが伝えたその瞬間。

 ユミルは初めて大粒の涙を流したのだ。だが、その涙は悲しみの涙ではない、そして、ユミルの身体はみるみるうちに溶けて行く。
 そして、背後から抱き締めるエレンの身体に全てを預け溶かしていくと、その肉体から再び姿を見せたのは、一度はリヴァイの死によりすべての意識を「始祖ユミル」に明け渡していたウミだった。

――「オレは「始祖の巨人」の力を使って――、世界を滅ぼす。すべての敵を。この世から。一匹残らず。駆逐する」
――「……全ては……始祖ユミルのために」

 散りゆく惨禍にせめてもの救いを。駆け寄るエレンに微笑みながら、そっと、ウミは柔らかく微笑んでその手を伸ばしている。

「馬鹿野郎が。泣いてんじゃねぇか……そんなお前を……俺は……」

 自分の最後の歌を奏でるために、ここで全ての遺恨から古から続く悲しい歴史に幕を閉じるように、明け渡した自分の思いがその耳に届く。
 すべての道が交わるあの場所で二人交わした言葉は変わらない。

 ――「エレン! 今だよ! お願いね! 私を、食べて、果たして。あなたの望む未来を、これからは――。……巨人が居ない未来になる、その未来に、私はいられなくても、きっともう、大丈夫、信じてる」

 破滅を望む、世界の終わりを華々しく、照らすように最後の歌が聞こえる。平らに広がるこの世界の終わりに。相応しい歌声で。

「ウミ……お前のことは忘れない、力をくれて、ありがとう……」

 エレンは詫びるように、懇願するように、涙を流しながら最後、うなじから出て来た涙を流して自分に捕食されるために立体機動装置の装備も外して、何もない真っ新な姿で自分の前に両手を広げながら涙を流す彼女に、詫びるように。

「(さようなら、みんな、大切な島の人たち、全てのユミルの民が、どうか、迫害される事無く、笑い合える、そんな未来が訪れる事を。光溢れる世界でありますように。

――生きて、リヴァイ、その先の未来を、どうか、あなたが生きて私に教えて、伝えて、)」

 出会ってくれてありがとう、愛してくれた、包んでくれた。あなたのその目が私を映してくれるそれが何よりの喜びただひとつの幸せ、安寧だった。
 最後まであなたを、愛している。
 祈りと共に、その命は散った。ウミは本心では死にたくはない、涙を流して巨人化したエレンに食われていく。

 そして、僅かな静寂の後、それは、発動される。

「なっ!!!」

「車力の巨人」と壁上で戦っていたアルミンとミカサだったが、突如として「車力の巨人」が居た壁が崩落し、そしてガビの目の前で見た事も無い巨大な骨が形成されていく。

「ガビ!!」

「鎧の巨人」が手を伸ばし、崩落していく壁の雪崩に巻き込まれていく。エレンを通じていつも自分の目の前にあった邪魔な壁が、崩壊していく、まるで雪解けのようにあらゆる硬質化を解除し、それはライナーの「鎧の巨人」の硬質化で出来た鎧も溶かし、そして、地下で幽閉されていたアニ、彼女の身体を覆っていた硬質化の結晶も、何もかもが崩落していく――。

 全ての世界を、平らにするまでそれは止まらない、壁が崩壊し大量の超大型巨人が揃うと、壁の巨人たちは一斉に進軍を開始したのだ。
 それは世界の終わり、大地を揺らし、この島以外の全ての大地をエレンの望み通り、全て、平らにするために。
 ジークの持つ「王家の血」そして、「始祖ユミル・フリッツ」の意志をその肉体に宿したウミの命を持ってして「地鳴らし」はとうとう、発動された。
 自分達に残された時間はそんなに多くは無かった。選んだ選択がどんな結末になろうとも。この呪いを産んだすべての元凶である彼女が全てを始めから無かったことに出来るのならば。全ての遺恨をここで終わらせ、そして今度こそ新しい未来を生み出すのだ。

――「その巨人はいついかなる時代においても自由を求めて進み続けた。自由のために戦った」
――「オレは、自由だ」

 エレンの頭からどんどん背骨が生えていく。抱き合いながら、ウミはエレンとジークと共に肉体という概念はすべて消え、そのまま「始祖」に飲み込まれていった。

――ポルコ・ガリア―ド
 戦闘により負傷、「知性巨人」の恩恵である回復能力を使い果たしファルコ・グライスに捕食され死亡。彼の「顎の巨人」はファルコ・グライスへ継承される。
――コルト・グライス
 ジーク・イェーガーの叫びを阻止すべく懇願するが、拒否され、巨人化に巻き込まれる事を知りながらも実弟ファルコ・グライスの巨人化の爆風に巻き込まれて死亡。

2021.10.28
2022.01.30
2022.03.20加筆修正
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