THE LAST BALLAD | ナノ

#140 世界が終わる7日目

 ――どこからが始まりだろう。
 あそこか?
 いや……どこでもいい
 すべてが最初から決まっていたとしても
 全てはオレが望んだこと
 すべては……この先にある

 駆逐してやる
 この世から……一匹残らず。



 ウミを食ったエレンは自らを捧げた彼女へ報いるためにも進み続ける事を約束したのだ。止まらないで、どうか願いを叶えて、そう彼女は喜んでその身を捧げた。
 引き戻ってしまえばウミの死が、彼女が生まれた意味さえもが無駄になってしまう。自分はもう二度と戻れない道を選んだ。
 愛する人たち、この島のみんなを裏切りそれでも。
 ジークは自分を過去に連れて行き、過去の記憶を見せたが、全ては自分が既に「進撃の巨人」の力によって過去の継承者に介入した後の世界をジークは自分へ見せていた、それだけなのだ。
 見せつけられた揚げ句、ジークは自分とは違い、グリシャや母親であるダイナに愛されなかったと過去を話していたが、父であるグリシャは島に渡り、カルラとも結婚してエレンを授かり父親となっても、なったからこそ、エレンを愛し、ジークを悲しませ自分たちをマーレへ密告する原因となった事、それをずっと負い目に感じて悔やんでいたことが分かっただけだった。
 その事実がジークを絶望させ、彼の力を封じ込めるまでに強かった。

 エレンの意志は限りなく強固であった。そして、エレンの介入がどこまで過去の人間たちに影響を及ぼしたのかはわかりかねる、それほどまでにエレンが及ぼした過去への影響は計り知れないのだ。
 そして、その理解者のためにアルミンやミカサを巻き込み、自分は「始祖」の力でありとあらゆる「無垢の巨人」さえも操った。
後に世界を救う英雄となるべきアルミンを死なせない為に「超大型巨人」を継承しなければならないアルミンを生かす為に「超大型巨人」を持つベルトルトがあの時巨人に食われないために、母親を、カルラを死なせた。
 そして、自分が座標に目覚めるきっかけのためにハンネスを犠牲にし、グリシャの前妻で在りジークの母親でもある王家の血を引く無垢の巨人ダイナさえも支配し操ったのだ。
 全てが点と点で繋がって、ようやく一つの線となったのだ。

 そして自分はウミの父親や元をたどるならヴィリー・タイバーでさえも操り、そしてそのきっかけと報酬で自分は「戦槌の巨人」の持ち主であるタイバー家のラーラ・タイバーを引きずり出して能力を手にして完全な存在となった。

 ウミを食ってこの力を得て「地鳴らし」を起こした時点でもう二度と、戻れない道を選んだ自分たちが辿り着く未来を目指して進撃を始めたのだ。
 報いるためにも多くの犠牲を覚悟で進み続けなければいけない。分かっている、そんなこと、考えなくても。

 これからは何の罪もないあの日の自分達と同じように多くの無益な命が奪われるのだろう、だが、それでもきっと何度間違えてもこの選択を選ぶし、辿り着くだろう。
自らが望む世界の為に、仲間達がその先でどうか笑っていて欲しいと、愛する人たちの為に、犠牲を踏み抜きそれでも進むのだ。

 落ちて行く世界の淵で、それでも肉体はかろうじて保たれている。エレンによってつなぎ止められた命のともしびを眺めながら。
 彼の肉体がどんどん大きくなり自分はその一部へと、吸い込まれていくのだろう、これが自分の望んだ結末だ。
 だから、不思議と怖くはない、あんなにも恐れていた死の淵はこんなにも優しかっただろうか。皆、同じように「死にたくない」と、そう叫びながら巨人たちに押し潰されてこれから数えきれない人々が「地鳴らし」によって死ぬだろう。
 だか、そうだとしても構わない。目の前で愛する人が笑う世界を望む。
 この身体に永劫流れ続ける「ユミルの民」の血が生きて行く未来を許してもらえないのなら。
 あの景色を見ても願ってはいけないのだ、「死にたくない」という言葉を。

――アヴェリア、ごめんね、ごめんなさい、あなたを、みんなを、お父さんを悲しませて。
「母さん……?」

 今、確かにこの耳に届いた声は幻聴だったのだろうか、呆然と空を見上げても青い空は赤く染まり、見えるのは壁内に眠っていた超大型巨人達の姿だけ、シガンシナ区、いや、ウォール・マリア全域を覆っていた壁たちが全てが解き放たれ、そして眠れる巨人たちが次々に目を覚ましたのだった。
 突然巻き起こった大きな轟音と壁の崩壊によってシガンシナ区まで逃げ延びたアヴェリアは突然兵士たちが光に包まれて巨人化し、そして自分もその巻き添えを食らう形で吹っ飛ばされて気を失ってしまっていた。
 窮地に陥りながらもアヴェリアはたまたま手にした立体機動装置を手に果敢に兵士から巨人へ姿を変えてしまったジークの脊髄液を口にした兵士達に先程の森での悲劇を思い返し膝を震わせながら必死に抗った。

 だが、そんなことを考慮してか知らずか、自分の身体はいつの間にか兵士たちの装備を奪い取り、母がかつて教えてくれた立体機動装置を駆使して見事に巨人の命を奪ってみせたのだ。
 そんな芸当が一朝一夕で覚えられるはずがない筈だが。やはり自分の身体に流れる血がそうさせるのだろうか。
 やはり父から引き継いだアッカーマン家の血筋だろう、言われなくても体が勝手に動く。
そういえば、かつて父親に言われたことを思い出す。
――「お前も感じた事はあるか? ある時……ある瞬間に、突然バカみてぇな力が、体中から湧いてきて……何をどうすればいいかわかる感覚を……」

――「(俺は、訓練兵団には進めなかった。俺がその問い掛けに「そう」だと返事したのがそもそものきっかけだったかもしれねぇ。父さんは俺を知ってそれで俺を戦いとは無縁の学業の方へ行けと、俺の希望を、シャーディス教官への進言をもみ消した。けど、けど母さんは、もしかするとこの日に備えて俺を鍛え、育ててくれたのかもしれない、自分が、いつかこうなる日を知って。俺に本当は止めて欲しいから? そうなんだろう、母さん……。どこにいるんだよ、返事、してくれよ……父さんはジークにやられちまったのか? 母さんも、兄妹たちも家族、離れ離れじゃねぇかよ……」

 こんな家族の形を自分は一度も望んでいないのに、この地で暮らして一緒に出掛けたり、たわいもない話をして、それだけでよかった。
この故郷、この空の下、この壁に覆われた世界で一生を終える、それが平和だと信じていた。
 だが、気付けば皆壁の外に出て、望む平和のために血と血で争う様になってしまった。

 波のように連続して巻き起こる振動、衝撃があっという間にシガンシナ区を包んでいた。
これまでの住み慣れた街の変わり果てて行く姿をぼんやりと遠くに眺めながら。アヴェリアは理解した、この島の外壁は崩壊し、壁内の巨人達が姿を現したと、均衡が崩壊した合図なのだと。
 壁の外の人間たちがどんな目でこの島で生まれ育った自分達を見て来たのか、それを外の世界に飛び出したことで知ってしまっている。
 だからこそ、アヴェリアはエレンに着いていた母が決めた選択を理解し、そしてその壁の超大型巨人を先導するかのように、中心に見えたあまりにも強大な「それ」が変わり果てたエレンの姿なのだと、確認し、見つけるのだった。



「居たぞ!!」

 森では執拗にハンジと虫の息のリヴァイを連れて逃げた二人の行方をイェーガー派の追っ手たちが迫っていた。
 ここにいつまでも隠れていてもいずれ追っ手に見つかり、殺される。
 それを見て来たから、かつて自分達も行ってきたから。サネスたちのように。今度は自分たちが追われる立場になっただけだと、ハンジは私情を捨て、だが、それでも優しいハンジの事だ、これまで共に戦ってきた自分達と同じ島を守りたい気持ちは一緒なのに争いの渦中にいる自分達へ今度は牙を向けて追い詰めてくる彼らを始末しなければならない、選択に迫られている。
 ハンジの立体機動装置は雨と川に濡れ、もう使えないが唯一残された立体機動装置のブレードで部下のオリヴァーの喉元を引き裂き団長自らその命を奪うのだった。

「許してくれ……オリヴァー」

 こんなはずじゃなかった。今はもう居ない兵士たち、喪われた自身の悲しみを救ってくれたのはお互いに励ましここまで支え合ってきたのはリヴァイの存在だった。
 身動きが取れない地に落ちたかつての英雄を抱えて逃げるには限界がある。
彼は背丈は小柄な割に体重がめちゃくちゃクソ重くて非力なハンジが抱えて逃げるなど一人では無理だ。
 馬も無い、とにかくこの現状を打破すべくハンジは自ら追ってきたオリヴァーを含む4人の部下をその手で始末した。
 誰よりも、リヴァイよりも長く兵団組織に居るからこそ、喪い続けてきた仲間達を看取って来たからこそ、誰よりも争いを好まない優しい性格のハンジがリヴァイを守るべくかつての部下たちへ謝罪しながら涙を流して殺し、そして武器を奪うと、彼を草の茂みに紛れるように隠して、自分は追っ手を迎え撃つべくライフルを隻眼で奪われていない視界に収めた。

「もう追手はいなくなったよ、リヴァイ……」

 追ってくるイェーガー派の人間も全て自らの手で始末した。
自分がそもそも団長にならなければこんなことにはならなかったかもしれない、エルヴィンが生きていれば。
だが、その後悔を繰り返してもアルミンが今も自分ではなくエルヴィンが生き返るべきだったと苦しめるだけ、そう、この現状を招いた責任は自分にあるのだ。
 そして、今ハンジは14代目団長として自分が負うべき責任から逃げたいと願っていた。



 草の茂みをかき分けると、草むらに隠していた今はもう「人類最強」の面影も無く、マントでぐるぐる巻きにまかれてぎっちり右側の顔を覆い止血したボロボロのリヴァイの見るも無残な姿がそこにはあった。

 斜めに裂傷を受けた傷口がくっきりわかるほどどす黒く赤い血が滲んでおり、あまりの痛々しさにハンジは顔をしかめながらも安心させるように、自分はウミのように、彼を本当の意味で精神的にも肉体的にも癒すことは出来ない。
 だが傷の手当てに必要な縫合ならできる。まだ彼を死なせない。
自分が巻き込んだ償い、道具をどうにかジークの脊髄液入りワインの罠で巨人化し、滅茶苦茶にされている野営地の跡地から引っ張り出し、焚火の中で彼が凍えないように、細心の注意を払いながら。
 ようやく追っ手を全員撃ち殺すことで彼の傷の治療に専念できるとそっと、リヴァイの頬に慈しむように触れた。

「ウミじゃなくて申し訳ないんだけどさ。本当に、君にはつらい思いばかりさせて……。一体私は何をしてるんだろうね。エルヴィンが聞いたら呆れちゃうよな。私が誰とも殺し合わずに済む未来を選んで、理想ばかり口にして、いつまでも解決もせず、和平交渉を望んで、話し合いばかりで期間を待たせて、結果も出せないまま兵団はバラバラだし、「ジークの脊髄液」ワインで兵団の内側から機能すらしなくなってしまって、不甲斐ない理想論を語るばかりなせいでウミもエレンも、そんな兵団に見切りをつけて、劇薬を選んでしまったのに」

 一筋の涙を落としたのは、誰への涙か。ハンジも仲間を撃ち殺した懺悔、そしてこの現状を引き起こした自分が団長であるばかりに巻き込んだ多くの命への贖罪に苦しんでいた。
団長という自由の翼は決して自由などではなかった。

 あまりにも重い、鋼鉄のようなこの翼ではどこにも行けやしない、この重圧の中、エルヴィンはひたすら戦い続けていたというのか。
 自分は逃げるように幻想の中にウミを求めた。
 焦がれるような思いが今だけは叶えられた気がして、どん欲にウミを求めて、ウミも自分を受け入れてくれた気がした。
 自分たちの間にウミを挟んで――。
 今も本当に思うと、自分は何を、言いようのない後悔ばかりが募る。
 今もウミに触れた肌の温度が生々しくて、自分を駆り立てるようだ、恋した少女の肌の温もりはこんなにも優しく、つないだ手は温かかっただろうか、と。
 しかし、次に目が覚めた時にはもうウミの姿は無かった。
 あれは、自分の都合のいい妄想の中の夢だと、思う事にした、そうでもしないと、いつまでもウミが焼き付いて消えてくれない。

「……みんな巨人にされたけど、君だけ生き残った。この怪我でまだ生きているのも同じ理由だろうね。君がアッカーマンだからだ」

 リヴァイのよく見れば玲瓏な顔には大きな消えない傷が残り、恐らくは自分の左目のように、彼の右の瞳は光を映すことは無いだろう。
 両手に持ったピンセットを器用に使いながらようやくリヴァイの受けた顔の傷を縫合することに成功し、ひと仕事を終えたハンジが頭を抱えリヴァイの近くでこれからの事を思い悩んでいた。

「これは……どうしたもんだろう。私達じゃジークを止められないだろうし……アルミンやピクシス司令に託すしか……例えば、エレンがジークを裏切っていたとしても、イェーガー派が脊髄液でこの島を支配するなら、私達は一生この島のお尋ね者」

 ――「……順番だ。こういう役にはたぶん順番がある……どうりでこの世からなくならねぇわけだ。がんばれよ……ハンジ……」
「サネスの言う通り……たぶん順番が来たんだ。自分じゃ正しいことをやってきたつもりでも、時代が変われば牢屋の中。いっそここで暮らそうか、ねぇリヴァイ。ウミや子供達と、みんなで楽しく一緒に昔みたいに笑ってさ」

 と、どこか無理して意識を失ったまま眠るリヴァイへそう力なく愚痴をこぼしていたその時だった。
 突然頭に電のような衝撃が走ると、突然頭の中へと、「地鳴らし」を起こし、「始祖ユミル・フリッツ」として実体化を持ったウミと接触して力を得たエレンからの声がハンジだけでなく、リヴァイにも、呆然と屋根の上でエレンが変わってしまったことを悔やむミカサやアルミンや戦い続けるジャンとコニーそして敵対していた同じマーレ人であるピークや崩落する壁からガビを守り、硬質化が崩れ落ちた知性巨人の変身が解け、強制的に人間へ戻されたピークやライナーたち、そしてアヴェリアにもはっきり聞こえていたのだ。

 ――「すべてのユミルの民に告ぐ。
 オレの名はエレン・イェーガー。
 始祖の巨人の力を介し、すべてのユミルの民へ話しかけている。
 パラディ島にあるすべての壁の硬質化が解かれ、その中に埋められていたすべての巨人は歩み始めた。
 オレの目的は、オレが生まれ育ったパラディ島の人々を守ることにある。
 しかし、世界はパラディ島の人々が死滅することを望み、永い時間をかけ膨れ上がった憎悪はこの島のみならず、すべてのユミルの民が殺され尽くすまで止まらないだろう。
 オレはその望みを拒む。
 壁の巨人はこの島の外にあるすべての地表を踏み鳴らす。
 そこにある命を、この世から駆逐するまで――」

「今のは……まさか……エレンが世界を……?」

 その声はパラディ島の自分達のみならず全世界の今も虐げられているユミルの民の血が流れる全エルディア人へ反響した。
 夢ではない、確かに、はっきりと、聞こえた。

 これから起こる悲劇を、この島以外の大陸すべてが超大型巨人の大行進による世界の終わりの七日間の始まりを告げたのは「進撃の巨人」そして「始祖の巨人」の力を手に入れたエレン・イェーガーの声だった。

 彼はこの島以外の大地を平らにすべく、ジークを裏切り、ユミル・フリッツがこの世に蘇るために身を差し出したウミを捕食して力を得たと同時に「始祖の巨人」を用いてついにシガンシナ区だけにはとどまらず、ウォール・マリアの壁さえも崩落させ、眠っていた幾万もの超大型巨人たちが見た事も無い奇妙な大巨人へと変身したエレンを先導に一斉に進軍を始めたのだ。

 こうなってしまってはその死の行進を誰にも止める事は出来ない、エレンの行進によりこの世界の人類はみな滅び、その怒りの炎の7日間は全てのありとあらゆる文明を滅ぼすだろう。
 その行進は大地が平らになるその時まで永久に続くだろう。



 どこかの地下から水を吐き出す女の咳き込む声が響いていた。
 硬質化で出来たウォール・マリアの壁さえも崩壊した事により四年もの間、長きに渡り沈黙を保ち続けて眠り続けていた、かつて104期生として共に戦い、そしてその正体はマーレの戦士隊所属「女型の巨人」としてかつて調査兵団の精鋭たちを壊滅へ追いやった張本人であり長年眠り続けその沈黙を保ち続けていたアニ・レオンハート。
 官女は硬質化で作られている水晶体から解放され、全身ずぶ濡れで横たわっていた。
 突然の目覚めに思考が追い付かない。身体も長年眠っていたせいなのか硬直しており、脳内へただ響くエレンの声により自分は強制的に起こされて、そして長い冬溶けが訪れた事を知るのだった。

 ▼

「リヴァイ!? ちょっと、急に起き上がったら駄目じゃないか!!」

 ハンジの独り言をどうやら最初から盗み聞きしていたリヴァイが、いつの間にか剥き出しの彼の「獣の巨人」を殺すそのために、鍛え抜かれた上半身をさらけ出したまま這いつくばるようにどこかへ行こうとしていたのだ。
 今も衰えることなく年齢を感じさせない背丈の割に縦よりも横幅に厚みを増した逞しい背中にハンジが駆け寄ると、リヴァイは縫合された痕を隠すように巻きつけた包帯から見えた鋭い眼光でハンジさえもを睨みつけているように見えた。
 俺を止めるなと、復讐に駆られた男の目つきをしていた。

「……獣の……、クソ……野郎は……どこだ……」
「起きなくていい。静かに休んでてよ。ジークはイェーガー派とウミを伴ってシガンシナ区に向かった。それから半日ほど経ってる。一体……何があったの?」
「……ヘマをした……。奴に……死を選ぶ覚悟があることを……見抜けずに……また……逃がした。ウミを爆発に巻き込んで」
「無念で堪らないだろう……。でも今は……「このまま……逃げ隠れて……何が残る……」
「何だよ、私の独り言、聞こえていたのか……」

 ハンジが見せた弱音のような本心を聞かれていたのか、気恥ずかしさから、ほんの少し頬を赤く染めたハンジがうつむくと、リヴァイは人差し指と中指の欠損した右手を持ち上げ、親指でハンジがトンカチを手に作っていた木材を集めて作った何かを示した。

「何を……作ってやがる、あれで俺を馬で引こうってか? 蚊帳の外でお前が大人しくできるハズがねぇ……」
「あぁ、そうなんだよ、できない。ウミを、連れ戻すんだ」

 と、ハンジは消えてしまった面影を探し求めるように切なげに訴えるリヴァイへ、そう答えていたのだった。

「俺は、まだウミが死んだと、認めちゃいねぇ……約束した、息子に、母親を連れ戻してくると。だからもう二度と、会えない場所に、行く」

 走るどころか歩ける体力も皆無だろう、雷槍にやられ無残な姿をしているのに……。それでも彼はどんな姿になっても行ってしまったウミを取り戻すべく歩みを止めない。
 アッカーマンの血が流れていても巨人体ではない生身の人間でありながら巨人ですら吹っ飛ばす雷槍の直撃を受けながらもよくぞ本能的に身を守り生き残っただけの事はある。身を守りどうにか生き抜いた彼を支えながらハンジはひとまず回復すべく休んでくれと彼に頼む。

「ハンジ」
「なぁに?」
「お前が……あの子を見ている目が俺と同じだったことくらい、とっくに見抜いて居た」
「何だよ、やっぱりそうだったんじゃないか、」
「お前も俺も、同じだ」
「そうだよ、だからこそ行くんじゃないか! 言っておくけどね、最初にウミと出会ったのも、ウミを好きでいたのも私が最初だからね! エルヴィンでも君でもない。紛れもなくそれは私が最初だから!!」
「そうか、それは申し訳ねぇ事をしたな」
「何それ!? 何の余裕だよ!! いい!? ちゃんと幸せにしてあげてよ!! いつの間にかあの子を攫って行った責任、果たさないと呪うからね!!」

 リヴァイは確かにハンジと間に挟まれたウミの温もりが今の自分を支え続けていると感じていた。
 子供達も、そして自分にも、彼女の存在は必要不可欠で、何度も何度も、離れては取り戻してきた、2度と離れない様に肌の隙間さえなくなるまで抱き合い感じたあの少女を自分は忘れない。
 そして今も探している。自分にはもう、彼女しかしないのだ、ウミしか、あの子だけが今のこんな姿になった自分も奮い立たせてくれるのだ。



 ガビは確かにこの目で見たのだ、ウミが、レベリオで暴れ出した巨人の本体。
 リヴァイの愛する人と呼ばれていたどこか儚げな雰囲気を纏う女性の肉体が砂のように崩壊したかと思えば突如光に包まれて光る虫に変化したことを、そしてその虫をエレンが取り込むようにして新しく生まれ来る光に姿は飲み込まれていったこと。

 やがて壁が崩壊し、壁内に眠っていたとされる超大型巨人達が目覚め一気に壁外の敵たちへ向けて何百もの巨人たちが一斉に目覚めたのだ。
 アルミンとミカサはその光景を屋根の上からただ茫然と眺めるだけだった。
 このタイミングでマーレに集まっている全世界の勢力でもある連合軍を潰すつもりだと、しかし、あまりにも巨人たちの数が多すぎる、これではマーレだけではない、ありとあらゆる世界中の遺恨さえもエレンは踏み鳴らすつもりなのだ。
 シガンシナ区の巨人だけなら数百体で連合軍を潰すなら容易だが、エレンはこの三重の壁で一番広範囲のエリアでもあるウォール・マリアの壁さえも破壊したのだ。
 そしてすべての硬質化が解かれてアニが目覚めたように、ライナーの全身を覆う無敵の鎧さえも崩壊したことでガビを庇い、硬質化の壁の直撃を受けたライナーは変身を解かれても肉体には先ほどのエレンとの混戦もあり大きなダメージを負っていた。

 ガビは安全な場所へ避難しながら対巨人ライフルを手にいつの間にかポルコ・ガリア―ドから捕食して力を得て人間に再び戻ったのにそのまま姿を消したファルコを見つけることが出来ない、この混乱の中で見失ってしまったのだろうか、それにしてもそんなに遠くに離れていない筈だったのに。

「ファルコ!? どこ!? どこに行ったの!?」
「初めて巨人化した直後は記憶も飛び、すぐには動けない。連れ去られたんだ」
「誰が!? 何で!?」
「ジャンとコニーだろう……ファルコほど重要な存在をほっとくわけがない。九つの巨人を……放っておくわけが……」

 ライナーが膝をつくのを見てガビが思わず駆け寄ると、ライナーは服を着てはいるが、全身ボロボロの痛ましい姿をしているようだった。
ガビが心配そうに彼の身体を支えるが、ライナーはもうほとんど立つことも出来ない程衰弱しきってしまっている。
 身体へのダメージもそうだが、防ぐために行動をして乗り込んで来たのに返り討ちに遭い、同期は死にそして発動されてしまった恐ろしい現象が待ち受ける自分の置いてきた故郷へ帰還することも叶わないまま祖国は踏み抜かれてしまうという現実を知ってしまったからだ……。
自分の故郷であるマーレ、そしてレベリオは「地鳴らし」によってすべて何もかもぺしゃんこの更地となるのだろう。
「地鳴らし」を止めるためにここまで来たはず、エレンの持つ「始祖」の力を奪い去ってしまい今度こそ阻止するべきだったのに、エレンが危険因子だと自分はこれよりも前に気付いていたのに、止め切れなかった自分をただ、ただ、責め続けていた。

「力が残ってないの?」
「あぁ……なぜか……鎧が剥がれ、壁の破片をまともに受けてしまった……壁の崩壊と同時に……鎧まで……」

 と答え、そのまま倒れ込んでしまう。ライナーは悔し気に拳を握り地面に擦り続けていた。

「「地鳴らし」を阻止……できなかった……エレンに世界は滅ぼされる……」

 動けなくなってしまったライナーとそのライナーを見守っていたガビ、だが、ふとした瞬間、吹き抜けた一陣の風が自分達の上空を駆け抜けた気がした。そして、次の瞬間、ガビとライナーの背後から迫ってきていた巨人がドオン!!と派手な音を立てて地面に倒れ込むとそのまま蒸気を放っていたのだ。
 一体誰が……。見上げるがその面影は既にない。しかし、確かに見たのだ、目にも止まらぬ速さで切り裂いた一陣の風を。

「まさか、嘘だろ……」

 二度あることは三度あるかのように、目の当たりにしたライナーが震えているのはなぜか。
 ガビが尋ねる前にガビも目の当たりにしたからこそ、敵であり、マーレからも生身の人間である一番警戒されている人間のシルエットに完全に先ほどの残像が重なっていたからだ。

「ここに、まさかいるのか、……リヴァイ兵長、アッカーマン家の生き残りで、ミカサ以上の脅威が……」

 ライナーはここに至るまでに嫌って程アッカーマン家の持つその身体に流れる血の恐怖を肌で感じていたから尚の事、その恐怖が分かるのだ。
 ガビとライナーは先ほどの残像が自分達を追いかけて来る前にと、とにかくライナーの身体を休めなければと、もぬけの殻となっている民家の一角へ連れていくと、彼は力尽きるようにそのまま床に倒れ込んで強制的に気を失ってしまった。
 九つの巨人の中でも一番の耐久力を誇る「鎧の巨人」でさえも鎧が強制的にはがされてしまえばただの巨人となってしまうのだろうか。
 彼の受けたダメージは計り知れず、それによってガビは壁の崩落に巻き込まれずに済んだが、ライナーの姿を見るに回復まではそれなりの時間を要しそうだ。

「諦めてたまるか。待ってろよ……ファルコ。ライナーはここで休んでてね。みんなを連れてくるから」

 ガビはライナーの為にありったけの食べ物を集め、そして水差しと一緒に枕元に置いた。
そして、レストランでの一件から解けたままだった髪を結うのに手ごろな髪紐を見つけると、それを手に、鏡の前に立つ。
 髪を決意を持ちくくるその姿は、まるであの時決意を新たに自分自身で髪をくくったエレンの姿と重なった。

 自分は諦めない、故郷をエレン・イェーガーの望むままに大地を平らになどさせやしないと、意を決して連れ去られた「顎の巨人」を継承してしまったファルコを取り戻す為、決意を新たに、たった一人手には対巨人ライフルだけという頼りない装備で部屋を後にするのだった。

 ウォール・マリアの壁が崩壊し、エレンが「始祖」を把握したことにより、ジークは一番の理解者だと思って会いたがっていたエレンに裏切られ、そして始祖ユミル・フリッツに意識を明け渡した。
 一時は座標で長い期間を掛けてようやく始祖ユミルが自分に従うようになったが、結局は彼女はエレンの思いに涙し、エレンを選んだ挙句自分は両親に愛されていたことを理解したジークはそのままエレンに飲み込まれた。
 その為に、彼の脊髄液で操られていた巨人たちは今は完全にその制御を失っていた。
「マーレ兵を捕食しろ」というジークの命令は消え、操られている元兵団組織の巨人達は無垢の巨人とかし、無差別に人間を捕食すべく襲い掛かってきているようだった。
 あちこちから煙が立ち上り、巨人たちが兵団だろうとマーレの人間だろうとお構いなしに襲う現実の中でかつてトロスト区のようになったシガンシナの屋根の上で合流を果たしたアルミン達、ジャンが連れ去って来たファルコが巨人化しない為に万が一を兼ねて布を猿轡にして咬ませながら絶望していた。

「終わりだ。まさか……壁外人類を皆殺しにするつもりとは思わなかったが、壁外人類がすべて消え去れば……すべての遺恨も消え去る。俺達の生存を脅かしてきた敵もすべてぺしゃんこだ……。まっさらな更地だけを残してな。海の外の連中が一番恐れていたことが起きちまった……俺達を悪魔だと決めつけて皆殺しにしようとしたばかりに……。つまり……これは……外の連中が招いた結果であって……俺達にはどうすることもできなかった……そうだろ?」

 イェレナのあの恐ろしい顔の迫力に負けたわけではないが、それでも自分達は自分達の意志でエレンを守ろうと決め、真っ向から侵入者でもあるマーレ軍やライナー達知性の巨人達を迎え撃つべく行動した結果、ジークの意思にエレンが背き、そしてウミをエレンが食い殺した事で発動したこの「地鳴らし」は自分達の暮らす島ではない外の敵へ向かって進軍を続けている。
 自分達がもうこれ以上戦う必要も国の防衛に努める事もしなくなる。
 だが、この目の前に広がる異様な光景はあまりにも、異次元だ。
アルミンはエレンがとうとう行動に移してしまったこの現実をただ、ただ恐怖していた。

「……でも……これは……度が過ぎている……前代未聞の大虐殺だ」
「じゃあ……止めるか? エレンを……エレンは安楽死計画で俺達を去勢しようとするジークを拒み……始祖の力を維持するためヒストリアを犠牲にすることを拒んだ。つまり……エレンは俺達を守るために壁外人類を犠牲にした……この大虐殺の恩恵を受けるのは俺達だ……」

2021.11.03
2022.01.30
2022.03.20加筆修正
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