THE LAST BALLAD | ナノ

#138 全テ最愛の為ノ願イ

 ウミは切り裂くどころかむしろそのまま切り抜く勢いで、容赦なく二対の剣でマーレ兵の胴体を切りつけ思いきり蹴り飛ばして壁上から突き落としていく。
 人間の血を浴びるのにもすっかり慣れたこの手が生まれた子供を抱き上げ抱き締めた。数えきれない数の血を流して、だが、ここで躊躇い泣き言を吐けば、恐らく自分はエレンとの約束を果たす前に崩れ落ちるだろう。
これからやろうとしている事は、これよりも多くの何の罪のない人達の血が流れる。
 新しい立体機動動装置に不慣れながら、やはり元々幼い頃から身体に刻み込んだその技術を用いた戦闘においては長けているウミに使いこなせない装備は無いと。
 むしろこの新しい立体機動装置は中央憲兵の対人立体機動装置をベースに作られたもの、使いこなせば何よりの武器になる。

「どきなさいよ!!! 邪魔っ……しないで!! 退け!! 退けって……言ってんでしょうっ!!」

 身体に染み込んだウミの戦闘本能が叫ぶ。
 もうこうなったら自分も巨人化すべきか、理性をコントロールできない欠落品の化け物になってもあと少し、もう少しなのだ。
 戦えば戦うほど自分が再び調査兵団の一員として戦っていた頃へ本能が引き戻していく。
 彼女の機械よりも正確な立体機動、装備がハイテク過ぎて自分の立体機動装置よりも先に身体が動く、反応が早すぎて使いにくいのなら、性能が良すぎてむしろ戸惑うのなら、今この場で操作しながらその新しい兵器を使いこなせばいい。

「(もう引き返せない道を選んだ――、エレンに託してここで、私の生まれ育った街で死ぬために、リヴァイも子供達も故郷も誇りもプライドもみんな裏切ってでも全ては巨人の力をこの世から消す為に……。その結果がこれなんだよ……!!)」

 向かい側に居たエレンが自分達の元にずりずりと痛めて今も動かせない膝を引きずりながらもようやく三人の手を取り合い力を発揮する瞬間に向け近づいて行こうするなか、頭を殴られ痺れている全身を叱咤しながら「顎の巨人」がエレン巨人の脚に噛みついたのだ。

「(ッ!!!)」
「(ガリア―ド!!)」
「んんんんんんん!!!」
「エレン!!」

 強靭な顎から繰り出される「顎の巨人」の噛みつき攻撃がガッチリとエレンの皮膚に食い込んだ。
 硬質化で覆われた顎の力で振りほどこうにも咬み込まれ振りほどけない。このまま膝から下を噛みちぎるつもりなのだ。
 ウミが急ぎ助けに駆け付けようとするが、建物に隠れたマーレ兵によって狙い撃ちにされ動けない。
 エレンを助ける前に自分が蜂の巣になってしまう。巨人化したところで大巨人砲の的にされる。自分だってこの得体の知れない巨人の力を誰かに引き継いで死ぬわけにはいかないだろう、自分でさえこの能力を支配できずに力に溺れてしまうのだ。
 遺伝子を組み替えたとはいえアッカーマンの血が流れている為だろうか。アッカーマンの血を持つもう一人の自分が始祖の支配から逆らおうと脳内で喧嘩して自分の中の自分がてんでばらばら滅茶苦茶になっているのかもしれない。

 とっさにガラスをぶち破りに建物の中へ身を潜めどうにか砲弾の雨を掻い潜る。
 邪魔だ、今すぐ離せと言わんばかりにエレンは硬質化した拳で「顎の巨人」の頭部を何度も拳でぶん殴り、何度も叩きつけ、「顎の巨人」は頭を滅茶苦茶に叩かれ、頭部を負傷wし、ライナーの頼みも潰え身体が動かなくなってしまう。
 そこに再び放たれた巨人砲が見事「顎の巨人」により行く手を阻まれ力のままに拳で殴り続けるエレンの振り上げた拳を貫通し、頭を再び貫き貫通したのだ。

「始祖に命中!! 動きが止まりました!!」
「よし……! 獣にもう一発だ!!」

 再び照準は壁上から落下し動けない「獣の巨人」へ向けられている。その時、マガトと「車力の巨人」の周囲を遮るように調査兵団達がまるで蠅のように飛び回り視界を遮られ、とうとう普段誰よりも有能で頭が切れる冷静なピークも自分の周りを立体機動装置で軽やかに飛び回る兵団達に邪魔されて照準を定められず苛立ちを露わにした。

『うるさいな!! もう!! もう終わった!! あなた達は終わったの!!』

 アルミン達も援護に向かうが、空き家となったシガンシナ区の建物内に中に隠れているマーレ兵からの狙撃にミカサに助けられて顎を強打しながらも逃げる事しか出来ない。

「回り込め! 敵兵の背後を捉えよ!!」

 馬に乗ったピクシスが先導してジークの脊髄液入りワインを飲んだ兵士達と共に銃を手に特攻を仕掛け飛び込む、敵の背後から回り込めと指示を飛ばして司令として、トロスト区を奪還したあの時のように、最後まで戦う事を続けている。

 遥か壁下に堕ちたジークは背中を撃たれたのか想像を超える巨人砲の前に成す術もなくその場に倒れてぴくりとも動けずに居た。

『(地面に……落ちて……撃たれた……のか……エレン……ウミちゃん)』

 先程雷槍に吹っ飛ばされ、その肉体を道の先に居るユミル・フリッツの奇跡の力により回復させたジークでも今回の銃弾の損傷からは回復させてくれないようだった。
 なぜなら今彼女はウミの身体を乗っ取って操っている。ウミに取り込まれた始祖ユミルは今ウミが阻まれていることでうなじは回避したが、背中をそぎ落とされたジークの元にこちらに来ることが出来ないのだ。
 対巨人砲を喰らったエレンを止めるべく必死に起き上がって回復させた「鎧の巨人」が戦っているのをただ見つめる事しか出来ず、エレンがこっちに来て接触を待つことしか出来ない。その間に自分を狙い撃ちにしようとする島の悪魔、もう切り札は「アレ」しか残されていない。そう、その為に自分はイェレナに頼み込んで自分の「脊髄液」が入ったワインをこの島に持ち込ませ、ごく自然な流れでそのワインを摂取させたのだ。

「生きてたか…!!」
『……ジーク』

 聞こえた「獣の巨人」であるジークの声を耳にしたピークは自分達を裏切った彼をもう戦士長とは呼ばない。
 確かに撃ち抜いた弾丸、それでもまだ、それでも、諦めない。生きているというのか。そして先ほどガビが話していたこの島の兵団組織に振る舞われた「ジークの脊髄液」その言葉を受けジークがこれから行おうとしている最後の切り札に対し警戒していた。

『(エレン……ウミちゃん、待ってろ、今……巨人達を呼ぶ……!!)』

 その言葉の通りにジークは思いきり息を吸い込み叫ぶ体勢に入る。それを見たエレンとウミが互いに視線をぶつける。
 自分達がこれからやろうとしていることのその顛末を知らないジークが叫んでしまえば、ワインを摂取した関係のない兵団組織の人間が皆巨人になってしまう。
 巨人が人間に戻るには自分達九つの知性巨人を捕食するしかない、だがそれでも余命13年の呪いの縛られ、それに何よりも圧倒的に巨人化する人間が多すぎる、皆が巨人になってしまう、ピクシス司令も、ナイルも、ファルコも――。叫んでは駄目だ。それだけは……!

「(待て)」
「ジークさん!! 待って!! 叫んでは駄目!! ジークさぁああんっ!! 待って、大丈夫なの、叫ばなくても」

 だが、必死にウミが叫んでも立ちはだかるマーレ兵に遮られてしまう。
 彼が叫んだ瞬間すべてが終わる、自分達はその混乱に乗じてこの危機から脱出することが出来るかもしれない。が、それでも叫んでは駄目だと必死に飛ぶが、その瞬間、耳をつんざく弾丸が自分の身体を貫通したのを感じた瞬間。

「っ、――あっ!?」

 ウミの腕を貫いた弾丸によりウミは激痛に顔を歪めると一気に黒い衣服に赤い染みが浮かび。溢れた血が肘を伝い、ウミは狙い撃ちにされたまま重力に従い、建物へと真っ逆さまに落ちて地面に叩きつけられてしまう。

 それぞれが合流しようとするも全員邪魔をされ三人で話していた打ち合わせをできないでいる。
 エレンは自分を押さえつける「鎧の巨人」に馬乗りにされたまま動けずに居るし、ジークまであと少しの所で動けずに居るエレンが右手を「獣の巨人」に伸ばすがあと少し、だが届かない。

 ライナーがエレンにやられて動けずに居る「顎の巨人」へ力を振り絞って立ち上がれと手を伸ばし触れた瞬間、突如、ポルコの脳内に電気が走り懐かしい光景が脳裏を過ぎる。

 かつて、自分の兄が身を挺して自分を巨人にさせない為にドベのライナーを印象操作して彼が戦士になれるように仕向けたその真実を――。今は亡き兄の思いに弟のポルコの目には涙が浮かんだ。

「待ってくれ!!」
「(あいつら……こんな所に!?)」
「ジークさん!! 待ってくれ、俺の弟のファルコが……!!! あんたの脊髄液を口にしてしまったんだ!! だから、叫ばないでくれ!! ジークさん!!」

 その時、ジークが大口を開けて叫ぼうとしたその前に姿を現したのは。間に合った、意外な展開に驚いたジークが息を飲み込む。
 まさか、自分達の仲間であるコルトの弟で時期戦士候補生のファルコまでもが、この島に来てしまったが為に何の縁があってか知らずか、ジークの脊髄液入りのワインを摂取してしまっていたなんて。
 叫ぼうとしたジークを止めようとここまで戦果を潜り抜け辿り着いたコルトはファルコが巻き込まれるのを危惧して止めようとしても、たった一人の年の離れた可愛い弟の為に

「……何だと!?」
「知ってるだろジークさん!! 俺は家族を楽園送りにさせないために、「獣」の継承権を得た!!」
「兄さん、離せよ!!」
「正直、あんたが裏切る前から何を考えているのか、俺にはちっともわからなかったよずっと!! 今でも、でも……あんたは、子供を巻き込んで平気な人ではなかったはずだ!! ジークさん……!! あんたに、このまま黙って死ねと言うつもりは無い!! せめて、ファルコが「叫び」の効果がある範囲から出るまで待ってほしいんだ!! その後で好きなだけ殺し合ってくれ!! マーレ人もエルディア人も好きなだけ殺せばいい!! でも、弟は巻き込まないでくれよ!!」

 グライス兄弟の必死の訴えにジークは開いたままの口がふさがらずに居る。後ろからはこの一か月間のこの島でのブラウス家での厩舎で馬と接する日々の中で馬の扱いを覚えたガビがファルコをジークの叫びの効果範囲外から離れるべく馬に乗ってファルコが巨人にならない為に必死に助けようとしているのだ。自分にここまで危険を承知で追いかけて来てそして巻き込んでしまったのに、自分に最後に好きだと言い残して巨人になる未来を受け入れようとしている彼を失いたく無い。諦めたくないのだと。

「ファルコ!! 早く馬に乗って!!」
「駄目だ、来るなガビ!!」

 自分が巨人化すれば、その近くに居た人間は皆巨人化の蒸気に巻き込まれてしまうだろう。懇願する兄弟の姿を見て、自分とエレンと重ねているのか、自分達も腹違いと言えど間違いなく兄弟であるから。そのまま辛そうな顔をしながら「獣の巨人」は目を閉じてそっと、最後に言い残した。初めは申し訳なさそうに、だが、今は違う。

「(コルト……弟を想う気持ちは……そうだね、よくわかる……だから…)


 ……残念だ」

 懇願する表情がさっと絶望に変わったのは一瞬だった。
 ここでファルコが離れるまで待つ時間など無い。悠長にしていられるはずなど無い、パラディ島勢力、巨人、そしてマーレ勢力の三つ巴の戦いの中で間違いなく自分達は犠牲を承知で何としても始祖の力を発動すべく行動を起こさねばならないのだから。
 窮地に陥った自分達へ残された手段はもうこれしかないのだ。「獣の巨人」は自分の言葉に青ざめた表情をした二人へ構わずに再び息を吸い込み、そして叫んだのだ。自分がなさねばならないことを成し遂げるために、叫んだ。

――「オオオオオオオオオオオオ」

「ファルコ――!!」

 このままでは!! ファルコが巨人になってしまう!!!ガビがファルコの元に駆け寄ろうと必死になり馬から飛び降りると、自分に好きだと言ってくれた彼に手を伸ばし走っていく、今すぐ自分から離れなければ巨人化の巻き添えを喰らうのに、二人は離れない。
 それどころか兄であるコルトは涙を浮かべ光に包まれる弟の身体を強く抱きしめて来たのだ。離れ離れだった兄弟、巨人になりいずれ自分達も用済みになるのなら、最後まで弟の傍を、もう二度と離れないと。

「大丈夫だファルコ!! 兄ちゃんがずっと付いてるからな!!」
「離せよ!!! 兄さん!!」

 安心させるように自分を抱き締めるコルトにファルコが涙を浮かべ光に包まれて……ジークの叫びの効果が、響いた。
 その咆哮は、ウミの耳にも届く、ウミの目から、涙が溢れた……。

 ジークがついに叫んでしまった、もう何もかも遅い、間に合わなかった。地面に叩きつけられたウミが悔し気に誰にも聞こえない声で呟いた。

「ジークさん、ああっ、うああっ、叫んでしまった、もう、叫ばなくてもいいの……いいんだよ……もう、誰も、巨人になる必要は、無い、エレンが……変えてくれるから……っ。この世から、巨人になれる人はもう……誰一人として、っ、それなのに、間に合わなかった、皆、皆巨人になってしまう――!!!」

 ウミの絶叫さえもかき消すような静寂。たちまち光に包まれていく座標を通じて道を通い「ジークの脊髄液」を口にした者達へジークの指令が下る。
 それは同じワインを摂取したピクシス司令やナイルたちをも包んでいく。その光がシガンシナ区全体を覆うと。最後まで酒を飲むのを止めないピクシスが自分の最後を悟ったかのようにそっと瞳を閉じた。

 その瞬間、轟音と共にシガンシナ区一帯をドドドドドドドドドドというけたたましい轟音が響き渡り、その轟音は一斉に兵団の「ジークの脊髄液入りワイン」を摂取した者達が宿主の叫びにより巨人になった音だった。
 解き放たれた巨人たちはジークの身体能力をそのままに、巨大樹の森でリヴァイを追い詰めたように、素早い動きで一斉にマーレ兵に人間から無垢の巨人へと姿を変えた元は人間が群れ成して襲い掛かる!!

 驚愕に目を見開いた「鎧の巨人」の中に居るライナーの目には光に包まれ、巨人化したファルコの姿が。

「(……やれ……ファルコ……ライナーをやれ!!)」

 ジークの合図と共に、顎のない醜い巨人へとなり果てたファルコがそのままライナーに襲い掛かる。
 巨人化の光に巻き込まれたガビは目の間で繰り広げられた信じられない光景に言葉を無くした。

「……うぅ……コルト……? ファルコ……」

 ファルコの巨人化に巻き込まれても決して最後まで離れようとしなかったコルトの身体は高熱の蒸気に巻き込まれて、黒焦げとなって煙を放ちながら焼死していた。変わり果てたコルトの姿、そして巨人となってしまったファルコの姿を目に焼き付けたガビは呆然を涙を落とすのだった。

 エレンは「鎧の巨人」を蹴り飛ばし、獣の方に向かうが、「鎧の巨人」はエレンの足首をつかみ、足首を掴まれたエレンは顔面から床にビターン!!と勢いよく転んでしまった。
しかし、それによって同時にエレンとファルコを巨人の能力も残り僅かな中で決死の力で押さえつける「鎧の巨人」にはもう余力は残されておらず、巨人化ファルコが「鎧の巨人」の本体のライナーの居るうなじに向かって噛みついてきた。

「(二体の相手は無理だ……エレンに逃げられる。ファルコに介錯を……俺……が……!! ファルコ……俺のうなじを……!!)」

 その時、「獣の巨人」の今度はうなじを寸分の狂い無く放たれた巨人砲が貫通し、「獣の巨人」の中に居たジークは完全に息の根を止められた!!
 壁上では壁に隠れて退避したフロックだけが何とかしがみつき生きている状況だ、自分以外の味方の生き残りは全員「車力の巨人」の中身のピークのだまし討ちによりマーレの蜂の巣にされたらしい。

「クソッ……誰か……!? みんな死んだのか!?」
「今度こそ仕留めた。確実に……「獣の巨人」を。ひとまずこれで「始祖の力」を使われる危機は去った……。残るは「始祖」そして「原始」のみ」

 マガトはジークに向けていた砲弾の射角をエレンの方に変えながら叫んだ。

「装填完了!! お前に頭は必要無い……お前の脊髄液を寄越せ……! ぐッ!?」

 その背後から姿を現したアルミンが「車力の巨人」の砲台めがけて雷槍を発射したのだ!! しかし、それは命中には至らず、アルミンは悔し気に顔を歪める。自分では届かなかった。

「あと少し……遅かった……」
「あそこだ!! 撃ち落とせ!!」

 上空で浮かんだままの無防備なアルミンに向けられた銃口が彼を狙い撃ちにするが、その瞬間、壁下から姿を現したミカサが恐ろしい顔つきで目をひん剥いたままアルミンを撃とうとするマーレ兵の首元に刃を振りかざし、二対の刃で切り裂く!! そのままミカサは「車力の巨人」と真っ向から対峙する。

 獣の巨人から立ち上る蒸気。ジークは撃たれ絶命した証、その光景を呆然とエレンと「鎧の巨人」が見つめている。

「(終わった……のか……? もうエレンは始祖の力を使えない。俺達は……務めを果たした。もう……任せても……いいよな? あとはうなじの硬質化を解くだけで……鎧の巨人をファルコに移して……俺は終わる、俺の人生は……ガビ……ファルコだけなら返してやれる……俺の「鎧の巨人」を引き継ぐのは……ガビじゃない、……ファルコだ。列車の中でファルコが俺に誓ったように……)」

 振り返れば自分の人生は虚構と嘘と失望にまみれていた気がする。だが、もう自分は立派に役割を果たした、マルセルも、ベルトルトも、アニも、皆を騙し続けて自分だけが生き長らえることなど。
 そっと目を閉じ、自分のうなじを噛みぬこうとする巨人体ファルコへ自分の介錯を頼み、このまま朽ちようとしたライナー。
しかし、突然ファルコの動きが止まる、そしてあろうことか自分を噛みぬこうとして居た口元が離れていく、蒸気に包まれた視界の向こう。どうやら何かに気が付いたようだった。
 そこにはおぼつかない足取りでこちらに歩み寄る一人の男が。
それは、何度も何度も度重なるダメージをエレンから食らい続け、とっくに巨人の回復能力も失い頭部を半分近く失なったポルコだった。

「体を治す力も……使い果たし……ちまった。だが……無料(タダ)じゃくたばらねぇ……」
「(ポルコオオオ!!!)」
「ライナー……兄貴の……記憶を見たぞ。軍を騙してまでドベのお前を戦士にした……俺を……守る……ために。これで……はっきりしたよな? 最後まで俺の方が上だって……」

 ファルコが巨人になった罪悪感と、始祖奪還作戦の際にこの島にやってきたメンバーの中で唯一、帰還した自分への贖罪、全てにおいてもう疲れたと疲弊したライナーがファルコに介錯を頼み彼を知性巨人にして人間の姿を再び、与えようと、自分はもうこのまま死んで楽になろうと思っていたが、このタイミングでまるでライナーを未だこの地獄に生かし続けるためか、姿を見せたのはポルコ。

 遅かれ早かれ巨人の回復能力も無くなった彼はこのままここで死ぬが、ただ黙って死んでたまるかと、自分の犬死にを避けるべく、巨人化したファルコにそのまま食べられて最期を迎える事を決めたのだ。
 勢いよく自分に向かって来たファルコ巨人に頭から噛みつかれてそのままボリボリと音を立てて食われていく兵団服を着てこの島の兵士になり済ましていたポルコのブーツだけが口元から見える。

「え……? ガリア―ドさん……なの? ファルコを……助けるために……」

 その瞬間、呆然とポルコが食われていくところを見ていたライナーの隙を見てエレンが接触していた「鎧の巨人」の体ごと自分も硬質化させてそのまま「鎧の巨人」の動きを止めたのだ!
 その時、エレン巨人の中からエレンの本体がうなじ
から出てくると、そのまま倒れ伏して動かない「獣の巨人」の元へと駆け出しどんどんエレンは「鎧の巨人」から離れて行く。

「(まさか……!!)」

 危惧したライナーの読み通りだった。エレンは気付いていた、うなじを完全に撃ち抜かれたそれでも、彼がこんなところで死ぬはずがないと、見越していた。だって自分は「進撃の巨人」そして、見てしまった未来の為にここまで犠牲を覚悟で突き進んで来たのだ。

「よく気付いてくれた……ピークちゃんのマネだけど……これで死んだフリ作戦は大成功……あと少しだ……エレン……」

 自分の巨人体の下に隠れていたジークがエレンに向かって手を伸ばしている。その時、それに気が付き急ぎ接触を止めるべく九つの巨人の中で一番の強靭さを持つ「鎧の巨人」が最後の力で硬質化を粉々に砕いて走るエレンに向かって手を伸ばす!!!

「エレン!!!」

 だが、掴まれそうになった瞬間、手を伸ばしていた「鎧の巨人」の手と顔に突き刺さった雷槍が爆発し阻止する。エレンが上空を見れば、そこには雷槍を放ち自分の救援に駆け付けたジャンとコニーの姿だった!もろに雷槍の直撃を受けた「鎧の巨人」はその場に倒れ、エレンがジークのいる方に向かって走って行く、その距離、あと少し。本当に指先と指先が触れ合う瞬間だ、

「来い!! エレン!!」

 ジークの声に導かれるままにエレンが駆け抜け、互いに兄弟が手を伸ばし合う。とうとう、歴史的瞬間が訪れたのだ。
 このまま、自分達が接触することで、悲願は果たされる。しかし、その2人がもうすぐ指先が届く寸前まで接近した瞬間、その少し離れたところに居たガビがゆらりと立ち上がり、先ほどファルコの巨人化に巻き込まれて死亡したコルトが最後まで持っていた対巨人砲を手に涙を流してエレンの方向を向いていた。
 彼女が装填した弾丸は今まさにジークと接触しようとしていたエレンに向かって襲い掛かる。すべてこの二人が引き起こしたこと、ガビはファルコが巨人化した事に涙を流しながら、この争いに終止符を打つべく、その諸悪の根源であるすべての戦いの因縁のエレンの頭部に向かって巨人ですら撃ち抜く威力の弾丸を放ったのだ。
 コニーとジャンは気付いたが間に合わない、ミカサとアルミンは「車力の巨人」と戦っていて気づかない、エレンの首と胴体が離れ離れになろうとしていた瞬間、

「エレン――!!!」

 エレンの頭部を撃ち抜こうとしたその弾丸は、聞こえた声に顔をあげれば、立体機動装置で腕や体から血を流しながらも巨人化した兵団組織の人間たちをそれでも殺しながら、その中に居た兵団組織の人間達は皆知り合いだ、それでも涙を流し、全て仕留め、頼りない彼女の翼が風に舞い、そして、その弾丸は巨人化したウミを貫いていた。

「ウミ……ちゃん、」

「原始の巨人」となったウミがこの悲劇の始まりであるエレンに向けて放たれた弾丸を庇い、うなじを射貫かれて、うなじから飛び出したウミのボロボロの身体がまるで人形の様に地面に転がりながら、やがて二人の間でうつ伏せのまま動かなくなる。

「(ウミ……!!)」

 ここに至るまで、幾多もの戦いで酷使した彼女の肉体は既に限界を迎えていた。
 エレンとジークの間にボロボロの肉体が落ちた瞬間、撃ちぬいた衝撃で尻もちをついたガビは「それ」を目の当たりにした。
 エレンが手を伸ばし、ウミを抱き締めるが、ウミは血だらけの身体を横たえ既に虫の息だ。
 だが、もう目の前で抱き締めていたウミは温度を感じられなかった。
 彼女は雷槍の爆発に巻き込まれ、その肉体は既に死んでしまっているのだ。
 彼女が摂取したジオラルド家の遺産である「始祖ユミル」の脊髄液を自らの意思で注入し、道の先座標の交わる場所に繋がれた彼女が道を通じて実態を持ちこの世に出て来るためにウミの身体を操っているだけの器に過ぎないのだ。

 ウミが光に包まれながら何やら奇妙な、見たこともないムカデのような生き物へと姿を変えていくと、エレンの身体に光が宿り、そして、そのままウミはエレンの身体へ吸い込まれるように溶け合い、そのウミを形作っていた肉体は完全に、この日を持って消滅したのだった。

2021.10.27
2022.01.30
2022.03.20加筆修正
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