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「5th.secret 再会に仕組まれし名」


この感情の名を男が知る時、
それは悲劇と相俟って加速する、
あの悲劇を境に、自分は決めた。
温かみ優しさ、血の通わぬこの身体には感じないと言い聞かせて。
二度と手に入れまいと拒み閉ざした暖かな気持ち。
それから数十年の時を数えて、本当は喉の奥から欲した温もりがあった。

ウミを初めて見た瞬間、
確かに感じた双眼の先。
彼女を…愛した記憶が密やかに彼の胸を苦しめた。




「テメェはいつまで泣きゃあ気が済む。阿呆、」

「っ…ご、ごめんなさいっ…!」

「チッ、」
怒鳴れねぇ…また泣かれちまうと考えると…クソッ、何がどうなっていやがる、いつもの俺はどうした阿呆。

こんなガキ、連れてこなけりゃ良かったのか…?
じゃああのまま置き去りにすれば良かったのか…?

反らせねぇ…何だコイツの眼は、こんなに澄んだ色がこの世にあったのか。

「…あ、あの…?」

それから、アルベルは自分とは異なる瞳をした穏やかな雰囲気を纏うウミを暫し鑑賞、品定めをする様に見つめていた。
まるで零れる真珠の様な涙はうっすらと痕を残しながらも乾いていた。
泣き虫で、しかしその芯は決して脆くはない。

「口の端だ…切れてるぞ、阿呆」
「っ…!」

ウミの口唇の端を未だ伝う赤い、赤い…命の水。
差し詰め己は甘い香りに誘われ迷い込んだ愚かな肉食獣。
アルベルは親指で拭い付着した紅いそれを無意識に口に運んでいたのだ。
アルベルの薄く開かれた唇から覗く鋭い人間とは異なったその双牙、そして吟味する赤い舌がたまらなく卑猥で…そんな彼の艶めかしい姿に恥ずかしそうにウミは不覚にも胸を高鳴らせた。

端から見れば男らしいしなやかな体躯をしたとても妖艶な成熟した大人の男性には見える。
だが…
あぁ、理解している。
その美しさは女性とはまた違う漂う男の色香は上辺だけ。だと
吸血鬼はその美しい容姿の裏には恐ろしく醜い本性が、牙が隠されているのだ。

決して惑わされてはいけない、そう、彼は卑劣なヴァンパイアなのだから。

しかし、彼からはそんな気配は全く感じられないのも事実。
どうしてこんなにも胸は弾むばかりなの…?

「…」
「…」

暫し2人に訪れた静寂。
ウミは自分の手に触れ、やがてつま先に触れ、傷だらけの小さな足に顔をしかめるアルベルを不安そうに見つめる。

「あ、あの…ア、アルベルさん…」
「気安く呼ぶんじゃねぇ、阿呆。」
「…っ…!」

暗闇の中で唯一照らす月と昴の光。
美しさは見た目だけだ、本当に。
自分に触れる大きな筋張った手つきはとても優しいのにいざ口を開けば暴言が並ぶ傲慢な言葉達、まるで他人と目を反らしたいが為に伸びる長い前髪から覗くダークレッドに輝く彼の独特の瞳、交わる度に反らされるがそれでも魅了される浅はかな人間でしかない自分。

「テメェは俺の名前を知っている、俺はテメェの名を知らねぇ、だから気安く呼ぶんじゃ「誰がてっ、てめぇなんかに私の名前、教えてやるかってんだ…、阿呆」

アルベルは急に泣き止んだかと思えば一転して笑みを浮かべましてや自分の数少ないポキャブラリーの中から引き出した言葉をそっくりそのまま真似して言い返したウミを盛大に睨みつけた。

「…!!!
テメェ!どさくさに紛れて俺の真似してんじゃねぇ!」

「…っ…ふふっ、」

「…何笑ってやがる」

「だって…ふふっ、アルベルさんおもしろいんだもん。」

「テメェ…本気でブッ殺すぞ。」

「きゃあ…!!」

ふざけた女だ、泣いていたかと思えば急に笑いやがる。しかも、瞳を細めて…怯えも震えもしない優しい眼差しで。

一見、大人しく自分とは全く違う淡く凛とした扇情的な雰囲気を纏う自分より年下の少女、
自分がぶっ殺すと言えば怯えてベッドに潜り込みぶるぶる震えている。




そんな彼女との出会いは今も鮮明に走馬燈の様に。
迂闊に、この手に触れてしまえば壊してしまいそうで。
未だ克つて興味すらない触れたことのない女の絹の様な肌の感触にアルベルは少しばかりの興味を抱いた。

しかし…自分は醜い血を貪る悪魔の化身・魔物を率いる貴族階級のヴァンパイア。
そして残虐で狡猾な本能は変わらない。

強さを求め何よりも強き者との死の一線でギリギリの殺し合う戦いを求めては強い奴らを片っ端からブッ殺し回りそしてその世辞にも上手いとは呼べない返り血で食いつないでいた。

しかし、それが弱い存在、ましてや女ならば別だ。此方が大人しく自分なりに(本当に荒々しくて優しくないが)怯えるウミを宥めて(?)やったというのに…
しかし、此処で怒りに身を任せて理性を手放し鮮血を啜るなんて事…絶対に許されない。

身体は初めて口にしたそれは甘味な生き血に真っ赤に迸る血を求めて暴れているが其れは根付くこの性(さが)が赦さなかった。
満月の夜ではなくて本当に良かった。
満月の日、吸血鬼が惑わされる刻夜。
ただでさえ彼女からは甘い血の香りが未だこの空間に漂っているというのに。

「…とにかくだ、夜明けと共に早く出て行け、ウミ、」

「え…と、…ど、どうして…?」

「あ?」

「ど、うして、どうしてっ、アルベルさんは私の名前を知っているの…???」

「……」

どうして名乗ってもいない目を見開きそれは、ほんの序章にしかすぎない2人の出会いの筈なのに。

お互いがお互いを不思議そうに見つめる。
赤の双眼がウミを射抜けば胸の高鳴りはまた更に速さを増してウミの胸を締め付ける。

昔にも、こんな経験を…したことがある様な、そんな錯覚に陥った。





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