突然、森に降り出した恵みの雨。 左腕の火傷の癒えぬ傷痕が鈍く疼くのを感じながらアルベルはまた舌打ちをし、空を見上げる。 この雨が全ての穢れを浚ってくれたら…叶いもしない願いを馳せ闇夜をひた走る。 が、そのスピードは尋常ではない速さでありそれはまさに飛ぶが如く景色が流れてゆく。 それも彼が人間とは違う生き物だと知らしめるものである。 だが今日は、まさか… 必然か運命の悪戯か否かはわからない自分とは全く違う、それは小さな儚くも何処か妖艶な少女との出会い。 街から隔離された鬱蒼と茂る森の奥の小さな小屋の扉を乱暴に蹴破り直ぐに俵の様に軽々とその肩に担いで居たウミをそのまま自分が眠る殺風景なベッドへと転がした。 「ん…」 「クソッ、面倒だ…」 同じくずぶ濡れのウミの身体を不器用ながらにがしがしと拭くと自分も黒衣を脱ぎ捨て風呂場に向かう。 何だ? この胸の底で渦巻く炎の様に身を浸食するこの感情は。 酷くざわつく心が腹ただしい、不必要な感情に翻弄される等ただの阿呆だ。 いつもの自分は…たかが女1人に翻弄されるはずも、ましてや"女"なんて弱くて脆い存在相手にも獲物にもなりゃしねぇつまんねぇどうでも良い存在で、視界にすら入らなかった。 人を愛する事すら、ましてや守りたい人間が居るなど阿呆な人間が持つ感情であり強さを求め奪いのし上がり誇示する事が何よりの証の己には不必要で排除してきた。 「…っ…阿呆が、」 今日は天候の所為か火傷の癒えぬ罪の象徴の傷跡が酷く痛む、浴槽に身を沈めアルベルは冷水を浴びながらひたすら過ぎる得体の知れない胸を焦がす様な感情を忘れようと1人紅い瞳を閉じた。 頬を伝う滴、それは… 一族の中で1人隔離された世界の片隅で流した涙にも似た欠片。 傲慢で無愛想で、全てを拒むのは… 罪を繰り返したくないが為の処世術。 「ん…」 それから暫くして、ウミは静かに目を覚ました。 其処は暖かい暖炉が揺らぐ無機質なベッドの上。 「…! っ…あ、…あっ…わ、わた、し、私っ…」 一瞬、何故この様な場所にいるのか、頭を抱えて悩みそして思い出したのは先程殴られた口の切れ端や足首や潰れた豆の痛みだった。 未遂でも複数の男に襲われた恐怖は決して色褪せはしない。 後から後から早送りの様に流れウミは悲鳴を上げて涙を浮かべ小さな身体をカタカタと震わせる。 引き裂かれたお気に入りのワンピースは誰か、この家の住人だろうか…その上から黒衣のマントを羽織っている状態。 「やっと起きやがったか、阿呆。」 「っ…!!」 そして背後から響いた低い成人男性特有の艶やかに成熟した傲慢な声に振り向けば其処にいたのはやはり、襲われ掛けたところに偶然居合わせたヴァンパイア・歪みのアルベルだった。 吸血鬼など伝承だけの話だと思っていた。 端麗で精悍な男らしい顔立ちで人間を惑わせ、そして生き血を啜る存在、獰猛な本能を秘めた緋色の双眼が彼女を射抜く。 「ならさっさと風呂で身体流してこい、夜が明けたらテメェは出て行け。」 その言葉の裏に秘められた優しさに誰も気付かない。 急に低い声でそれはすらりと自分より二周りも三回りも頭三個分ほど背の高いましてや吸血鬼にそう凄まれては流石のウミも普段の気丈さは何処へやら、儚さが残る表情でしくしくとまた泣き出してしまったのだ。 「…っ…、…っく」 「何…って、オイ!何、泣いてやがる……」 「っ…く…ひっく…」 「…、っ…泣くンじゃねぇ…!」 これだから女という生き物は…急に泣かれて女との関わりは生きてきてずっと皆無だったもちろん恋愛経験という単語すら今まで頭に無かったアルベルはどうすればいいのか分からず困惑し眉間に盛大に皺を寄せた。 小さな顔にまんまるの瞳は大きく感じられる、両手で顔を覆い震えるウミ、 何故だろう…気付けばその手を掴み、露わになったその素顔を覗き込む自分が居た。 「っ…ひっく…こわ、こわ、かった…」 「…泣くんじゃねぇ、 もう何も怖いもんなんかねぇ、だから泣くな、阿呆が」 彼女の涙が何かを突き動かし胸がまた熱く太鼓を打つ様な、そんな、奇妙な感触。 prev |next [読んだよ!|back to top] |