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「6th.secret 月夜を駆ける」


ひらりと舞い込んできた束の間の幸せ。必然だとしても、人間と吸血鬼の間に存在する絶対的な壁に隔たりを感じ叶わないと知りながらも墜ちてゆく。

ただその笑顔が見れるのなら汚れきったこの手を、一輪の折れた棘を取り除いた薔薇を迷わずお前に差し出そう。

せめて今は刹那の酔夢に酔いしれて。


「ど、うして、どうしてっ、アルベルさんは私の名前を知っているの…???」

「……」

ウミの凛とした心地の良い柔らかな声がアルベルの耳を掠める。
問われて口を噤むが、まさか…何故か無意識だった、無意識に彼女の名であるウミ、とそう呼んでいたのだ。

出会って数時間しか経っていないというのに…何故、
アルベルは眉間に皺を寄せて考える。
しかし、不思議そうに自分を見上げる小さなウミへどう返答すればいいのか一頻り悩み込むも結局その答えを見い出すことは出来なかった。

「知るか。なら俺だって知りてぇ…吸血鬼は男社会、ましてや俺は女と言う弱い生き物には何ら興味もねぇ、だからテメェみてぇな女とは初対面の筈…」
「そう、ですよね…私も、吸血鬼に逢うなんて生まれて初めてで…あの、私たち…何処かで逢ったことありませんか…?」
「…!
テメェもかよ。」
「アルベルさんも…?」

古いナンパの様な口説き文句に捉えられるその言葉、しかし2人にはきっかけの鍵となる。

「信じちゃいねぇ曖昧な記憶だが、テメェとは…初対面な気がしねぇ。」

ただ、過去にも似た様な事があった様な…そんな気がしてならないのだ。
過去にウミを深く愛してその名を囁く…根拠のない思いだけが心中を占める。

ウミの言葉に2人はますます奇妙な感覚に陥る。
言葉なく見つめ合うだけで傷が癒えてゆく様な…そんな錯覚を抱く。
呼吸をするときと全く同じ時の様に当たり前に浸透する酸素の様な存在にアルベルは違和感を覚える。

身体がやけに熱く脈打つ様な、そんな気がしてならないのだ。

「ふわぁ…」
「…チッ!」
「あ、ご、ごめんなさい…!
ほら、私たちはもうすっかり寝てる時間帯ですし…」

丑三つ時・吸血鬼達は食事と呼ぶ狩りを始めるそんな時間帯、不意に聞こえた気の抜けた眠たそうな声に自分より小さなウミの丸い頭を見れば眠たそうに何度も欠伸を繰り返している。

こんな状況で暢気に欠伸など剰りにも無防備すぎる、アルベルは自分がウミに惑わされている様な錯覚を覚え舌打ちをすると静かにウミの小さな手を簡単にその無骨な右手で包み掴みまくし立てる様に吐き捨てた。

吸血鬼の外見的美しさに惑わされる者は多い、そうして理性を失った人間に吸血鬼は牙を向く、だから人間は理性が有耶無耶なまま吸血されその記憶には残らないのだ。

「テメェ…さっさと家に帰れ」

しかし、暗闇、彼にとってはただの日陰だが、其処で見つめるウミの瞳は此方が恥ずかしくなるほど真っ直ぐに見つめており決して自分の魔力に酔っているわけではどうやらなさそうだ…

…逆に魅入られたのは自分。
血、そして確かに宿る過去の残像。

引き裂かれた2人は約束を交わした、生まれ変わっても。

また、必ず恋に落ちよう、と。

「そう、ですよね…アルベルさんにいつまでも甘えるわけには、いきません、から…」

違う。違う…!
悲しませたくて言ったんじゃない、衝動的に暴れ出した吸血鬼の欲を制御する確固たる理性が崩壊する前にただ危険からウミを遠ざけたいだけ、伝えれるのならとっくに打ち明けている。

しかし、自分にはどうも気色が悪いのだ。
いざ口を開けばぶっきらぼうで乱暴な汚い言葉達ばかりしか浮かんでこなくて…
アルベルの顔はますます怒りに歪められウミが小さな悲鳴を上げた時には全てを悟った。

俺には、彼女は剰りにも綺麗すぎる。儚くて、手を伸ばせばきっとこの汚れた手で彼女を傷つけてしまうだろう…
出会った瞬間、そして今、近付きたいと記憶にない記憶が叫んでいる…

だが、其れは赦されない。
2人を隔てたのは吸血鬼と人間という壁だった。

「じゃぁ…わ、私…帰り、ます。」
「そんな足でか」
「…!
あ、あの…っ…いたた、」

まるで、生まれて初めて声を犠牲に脚を与えられた人魚姫の様に身を縮み込ませ痛みに顔をしかめた少女にアルベルは端麗な表情を変わらず不機嫌で面倒くさそうに歪めたまま歩み寄る。
無意識にマントに甲冑と包帯で更に隠したその左腕を見せぬ様に。

「さっさと背中に乗れ。阿呆。
家まで黙ってろ。」

「ぇ…?」

「また襲われてぇのか、阿呆。」

「きゃっ…!!」

不器用な男の言葉にウミは首を傾げるがアルベルに有無を言わさず無理矢理担ぎ上げられ驚きに足をばたつかせた。

「きゃぁあっ、アルベルさんっ、はっ、離して下さいっ…こ、怖い…!」

「うるせぇ、黙ってろ。」

「っ…や、た、高いっ」

「テメェが小さすぎンだよ、阿呆。」

一見華奢だが如何せんスラリとした上背があるために抵抗という抵抗すら許されず荒々しく刀を振るうその腕に抱き留められ担ぎ上げられ、小さな体は急に視界が高くなり慌てている。

「いいか?黙ってろよ、ただでさえ体力使うんだ。落とされたくねぇなら大人しく捕まってやがれ。」
「…っ!」

鋭い緋色の瞳に威圧され大人しく彼に身を委ねアルベルは静かに口元に不適な笑みを浮かべドアを蹴破るとそのまま闇と静寂だけが支配する世界へ飛び出したのだった。





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