「フン、アルベル…ウォルターめ、余計な真似を…」 ヴォックスの脳裏の片隅には呑気に笑うあの老人の姿が浮かんだ。 「ヴォックス…テメェは殺すだけじゃすまさねぇ、触れちゃならねぇ存在に触れた。 絶望に叩き落としてやるよ。 …傲慢で人を見下し弱者をいたぶる悪趣味なてめぇが憎い…!!!!」 吊り上がった緋色の瞳に放たれる鬼の様な覇気、肌越しに感じた普段とは全く違う、まるで出会ったばかりの時と同じ彼の威圧感、そして寸前で助けに来てくれた…その安堵にウミは大きな瞳を震わせ溢れる涙と嗚咽を抑えることが出来なかった。 「だがな…俺が一番憎いのはこの俺自身だ!」 …戦いで不覚を取った未熟な自分を! …他人を認めようともせぬ、身勝手な自分を! …己より弱き者を見下そうとする、傲慢な自分を! …信頼を疑う猜疑に満ちた自分を! …皆と協調することの出来ぬ、反抗的な自分を! …俺より優れた者を妬もうとする、嫉妬にかられた自分を! …そして…… 「あの日…弱かったが故に父に命を落とさせた力なき自分をな!!愛した女すらろくに守れねぇ、ましてや守られる様な情けねぇ俺自身を憎む!!!」 「ふっ、決まりきったことを…!しかし今の私にはクリムゾン・ヘイトが…」 「止めろ、生半可な決意でそいつは扱えない、心を砕かれちまうぜ?」 その通り、クリムゾン・ヘイトは主の声にしか興味を示さなかった。まるでヴォックスを拒絶するかの様に不気味な光を放ち、そしてウミは目の前に現れた彼の姿に激しく心を揺さぶられた。 「っ…アル、ベル…逃げて!っ!どうして?危ないかもしれないのにどうして来たの!!」 「…ウミ、」 「私、っ…アルベルが無事なら…」 「煩ぇ!お前だけじゃねぇんだよ!」 呪われた種族の俺で、本当に良いのか、お前に触れるだけで…血に餓えてたまらなくなると言うのに。 俺が彼女を愛しても良いのか? 相容れぬ存在とはどんなに願っても決して相容れない。 守りたいと願う物ほど守れない。 罪に、なる悲しい結末が待っているだけだと…しても…?? それでも、ウミの泣き顔は…もう見たくない… 父を亡くした己の罪に鬼神の道に堕ちたアルベルを引きずり戻したのはウミの存在だった。 「クリムゾン・ヘイト…俺に力を貸せ!」 「何…!!」 「焼き尽くせ…!!」 瞬間、彼の周囲を覆い尽くすかの様に紅蓮の炎が立ちこめ、左腕に構えた闘志を解き放ち緋色に燃えさかるドラゴンを召喚したのだ…! 「俺は弱い物イジメはしない主義なんだがな、まぁいい。 ヴォックス、お前の悪運もここで終いだ。ウミの血に触れた、」 「ぐぁああああーっ!」 アルベルが刀に手を伸ばした瞬間、ヴォックスの手中にあったクリムゾン・ヘイトがまるで彼の意志に従えるかの様にヴォックスを離れ再びあるべきその鞘に収まったのだ…! ドラゴンに頭から飲み込まれヴォックスはそのまま深淵の溶岩の底へと消えていったのだった。 「強い奴が生き残り弱い奴が死ぬ…それが弱肉強食って奴だ。」 強者は君臨する。 恋に焦がれた愛を、手繰り寄せた優しさが打ち勝った瞬間だった。 prev |next [読んだよ!|back to top] |