「ウミ、…来い!」 「アルベル…っ…アルベル…!!」 一度は離れ掛けた2人の距離が ―…近づく、幾多の遠回りを経て、 その距離、10メートル、5メートル、3メートル、そして泣き崩れた愛しい少女が不意に前に躓き掛けた所をアルベルも静かに歩みを寄せて。 もう、待ち受ける未来も血の餓えにも、決して恐れる事は無い。 愛する存在がただ傍で微笑うありふれた確かな幸せがどれだけ大事で、掛け替えのない時間か。 離れて、互いの存在無しに夜すら越せない、こんなにも思い知らされたのだから… ヴォックスの束縛を引き裂き駆け寄ってきたウミを強くその右腕で抱き寄せ、右胸に抱く。 「っ…アル…ベル…っ…アルベル!」 「…ウミ…」 頬を伝う大粒の雫に胸を激しく打たれる、ウミも涙を浮かべて傷だらけの彼の背中に腕を回し、2人は強く強く、もう永遠に離れやしないと抱き締め再会を確かめ合った。 「…っ…ウミ…、何故だ…俺を、どうして俺をそこまで…!」 「ごめんなさい、出来なかったの、どうしても私の世界から誰が消えても…貴方だけは失いたく無かったの!」 離れて気付いた、守られて… 「ヴォックスにやらせるわけにはいかねぇだろが!」 「…ア、アルベル…っ…私、わたし、ね…っ!! ん、んっ…んんっ!」 近付く端麗で男らしい彼の顔に魅入る様に瞳を閉じるその前に、彼の伏せられた切れ長の睫毛に緋色の瞳がウミの頬をふわりと掠め、2人は何度も甘い唇を重ね合わせ夢中で初めて、ずっと触れたかった口唇を、甘いキスを交わした。 ウミの涙が煌めく雲間から覗いた鮮明な月明かりの下で、冷たい氷の様な彼の唇に甘く身を震わせアルベルはこみ上げる愛しさの儘にウミに口付けを送る。 「あたたかい…アルベルの左手、あったかい、ね、」 「こんな腕…気味悪ィだけなのに…」 「ううん、ううん、そんなことない…っ」 何の躊躇いもなく露わになった左手を触れてキスを落とすウミにアルベルはこみ上げてしまいそうになるのを何度も堪えていた。 それと共に、スッと指を滑らせ彼女の胸元の衣服の淡いゴシックのレースを肌蹴させ露わになる鎖骨にそっと顔を埋めて鼻腔にその香りを堪能した。 「ウミ、…」 「うん…っ…ぜんぶ、食べて…っ」 「残さず…喰らい尽くしてやる、」 鋭い緋色の瞳がウミを射る、 貴方となら、歩いていける。 どんな結末が待っていてもこの恋が罪に、なっても決して見つめ合った瞬間の目の前のこの愛だけは離しはしない。 ―…ブツッ 「っ…あぁっ!」 痛い…― でも、それは一瞬、染み渡るのは底知れぬ快感だった。 無くした温もり、堕ちた冷たい世界に掛け替えのない、愛を見つけた。 双牙を穿ち、髄々と彼女の血を貪り尽くす。 血を吸えば満たされる、彼女の体中からは優しい愛が満ち溢れ自分の喉を甘く潤し癒していった。 「ハァ…ッ」 ぐいっと拳で血を拭う姿も野性的で、胸を熱く高鳴らせる。 口唇をウミの血で染めたアルベルが甘える様に物珍しい、またその胸に顔を埋めた。 「お前の血は、優しい味がする…、」 「…っ…アルベルが、愛しいからだよっ、 もう…離さないで。」 彼女の全てを貪り尽くし、彼の開かれた口からプツリと流れし赤い甘露の糸が線を引いた刹那…口角を伝う血を拭い、アルベルはまた彼女の口唇に誓いのキスを落とし、白く光る首筋に咲くふたつの双牙に淡く口元に弧を描いた。 「離さねぇ…二度と、」 2人を繋ぐ鎖に…遮る壁はもう何もない。 新雪が降り散る世界の果てに約束を交わそう。 歩いていこう、永久にとは限らない、最後を看取る死が2人を分かつ時まで。 月だけが知る、それから2人は、人里離れた雪が輝く世界で子宝に恵まれ末永く幸せに暮らした。片時も離れずに、ずっと。 傷を受けた左腕が例え癒えなくとも、それすらひっくるめて癒してくれた愛しい人が笑うから。 これからは幸せに…月明かりの照らすこの満ち足りた世界で。 愛し方さえも分からずに 今なら、きっと prev |next [読んだよ!|back to top] |