漆黒の闇から姿を見せたアルベルを見た瞬間、期待と不安に戸惑った表情を浮かべ、そして。 「……阿呆、何…泣いてやがる」 「っく…ごめんなさい…っ 私、…もう、二度と逢えないと思いました…良かった、夢、じゃないんですよね…」 自分の姿を見るなり大粒の涙を浮かべたウミにアルベルは激しい後悔に襲われることとなる。 これで、もう自分は一生…ウミと言う存在無しには繋ぎ止められない。 「…後は、小僧次第じゃ。」 そう囁いたのを最後にウォルターは姿を消した。 そしてその場に残されアルベルは戸惑いながらも涙を浮かべて自分に縋り付いてきた小さな儚い少女を血の通わない冷たい身体で受け止めたのだった。 今のこの気持ちを、忘れないために。 「来てやれなくて…悪かったな」 紡がれたのは彼なりの不器用な言葉、しかしウミの心にはじわりと身に染みた。 「いいえ、いいんです…今は、来てくれた…アルベルさんにやっと逢えたから、いい、んです。」 「他人行儀なんか要らねぇ、阿呆。……」 「アルベルさん…っ、アルベル。」 そう初めて口にした名前は、酷くノスタルジックな気持ちにさせた。 「っ…もう逢えないと諦めていました、でも…最後にもう一度逢いたかったんです。」 健気な物言い、自分とは違う血の通った身体は凍えそうな位に冷たくて、自分の力では優しくしてやらねば今にも折れてしまいそうな程に華奢だ。 「私―…「ウミ!居ないのか!!!」 静かに見開く紅い双眼そう言い掛けた言葉は無情にも激しく扉を叩く音によって遮られてしまった。 「「…!!」」 聞こえた義父の声に弾け飛んだ様に抱き合っていた身体を引き離し一気に現実味を帯びる儚き世界、 「チッ、」 「…!!アルベルさん…逃げて下さい…っ」 「……クソ虫が…!」 離れ難い存在とまた引き離される…―それは漸く念願叶った思いに蓋をしてしまう事と同じ、最後だと決めたのに。 アルベルも苦虫を潰した様に顔を歪め扉を睨みつけ悪態突いた。 彼女を見た瞬間、恐れていた吸血衝動はその涙に浚われた。 このままには出来ない、この気持ちを確かめずにまた中途半端な思いを持ち帰りたくない、 「チッ…―帰れるかよ、」 「…ひゃ…っ」 ふわりと髪をすり抜け首筋をツッと撫でれば温かな体温は外にいたことにより自分と同じくらいに凍てついていた。 「こんなに冷えちまった身体で…温めてやりてぇが生憎吸血鬼に体温はねぇ」 「あ、あの…」 アルベルはウミを離さないまま小柄な彼女には恐怖心を煽るほど無駄に大きな天蓋付きのベッドに放り投げ自身もそのままなだれ込むと毛布をひったくりウミを己の身体に閉じこめそのまま重なったまま頭まで毛布に隠れた。 自分を待っててくれたのは明らかで、ウミを冷えた身体の儘にして去る事が出来なかった、ましてや離れ難いのは自分だ、そしてヴォックスになんぞ奪われてたまるかとアルベルは鋭く燃える炎を模した瞳を閉じたのだった。 「アルベルさん…!んっ、」 「喋るな、阿呆。」 不意にウミの柔らかな冷たい口唇を何かが遮ったかと思えばそれは無骨な刀を振るってきた彼の大きな右手。 「ウミ…入るぞ!ヴォックス様がお待ち………」 しかし、バルコニーはぴしゃりと鍵を閉ざされ月夜も雲で隠れてウミの部屋は押入の中と等しい漆黒の闇に包まれていた。 遠慮がちに娘の部屋の扉を開けて入ってきた義父に届いてしまいそうな程に高鳴る鼓動を握りしめて。 アルベルの腕に身を委ね必死に息を殺せば義父の足音がベッドに近付く。 「……!」 「ウミ、具合が悪いのか…」 ふわりと毛布を撫でられ身体を跳ね上げそうになるがそれよりも抱き寄せられたアルベルの腕の力強さに驚き、そして胸を熱くいつまでも高鳴らせていた。静寂の中、床を軋ませ歩く義父の足音、心拍数は高鳴りすぎて爆発寸前。 聞かれやしないか息を潜めた。 prev |next [読んだよ!|back to top] |