「なんじゃ、相変わらず塞ぎ込み居って」 「…!ジジイ、」 「久しぶりじゃのう、小僧。」 不意に扉で聞こえた声に振り向くと其処にいたのは父親代わりに15歳の多感だったあの頃からずっと自分の面倒を見てくれていた薄い白髪に白髭、威厳のある風貌をしたウォルターの姿だった。 「狩りのついでに寄ってみたらなんじゃ、相変わらずじゃのう。」 「っ…ジジイ!何の用だ? さっさと帰れ。」 久方ぶりだというのに背中を向けベッドに横たえていた巨体を起こし悪態付くもさらりと流されてしまう。 纏う空気にペースまで持って行かれそうで頭に来る。 「全く…本心は気になって仕方がないのじゃろう? 三度の飯よりも戦う事が何よりも大好きなお主が悩むとは…珍しいこともある」 「煩ぇよ…俺にだって悩みぐれぇある。」 「小僧、…ウミをかわいそうじゃと思わないのか? あのままでは風邪をひいてしまうぞ?」 「あ? さっきから何言ってやがる、ボケたかジジイ?」 ベッドに横たわるはかつての友が遺した大事な宝。 背も随分伸び骨格も見た目はすっかり少年から成長を果たした青年の風貌をしながらも中身は…悪態付く様な他人を突き放す喧嘩口調、戦いを求め強さを誇示する事で必死に失ってしまった温もりの寂しさを埋めようとする姿からは自分の所為で亡くした偉大なる父親の存在の二の舞を恐れ、コントロールできない吸血鬼の本能に怯えて居る膝を抱えた小さな子供の儘だった。 あの日を境に彼は大人にならなければならなかった。 悲痛な、過去を左腕に抱き口唇を噛みしめて。 温もりや優しさを無くした代わりに求めたのは戦いの果てに見出した強さだった。 「俺は…」 「逢いに行かぬ儘でいいのか?小僧を、待っているぞ…ウミは、」 「…何でだ?何でウミを…」 「そんなに大きな寝言で叫んで居れば分かるわい。 月夜の晩、狩りの途中でよく通る中でいつも歌が聞こえてのう、よく見ればベランダにはいつも少女が居った、優しい声で気持ちよさそうに歌うからワシもついつい聞き入ってしまった。まぁ、様子を見ていたらなんと名前が小僧の寝言の…「ジジイ!余計な事を抜かすな阿呆が!」 しかし、アルベルは頑なにウミを拒みウォルターの胸ぐらを乱暴に掴み彼から放たれた覇気に壁には亀裂が走る。 そう、自分は血を喰らう人間の姿をした悪魔の獣。 正夢にしたくない、好きだ、愛している、温もりが欲しい、父親の死と共に燃え尽きてしまった優しさに包まれる至福の時を求めていた。 しかし、鬼神…歪みと呼ばれる自分には…その温もりは手に入れては、求めてはならないのだ。 本当は何よりも求めていた物が目の前にある事に心は戸惑っている。 父親の命を奪ったのは紛れもなく俺で、 ウミの存在はあまりにも眩しすぎた。 心の片隅に咲いた花、 森で、男達に囲まれて震えていたウミが見せた涙が、愛らしい笑みが頭を離れない。 この汚れた左腕が許さない、この醜く焼け爛れた火傷が父親を亡くした罪の象徴。 怖いのだ、失うことが。 まるで、太陽を浴びることの出来ない自分にはウミの日溜まりの様な笑顔を見れば…柔らかな日射しが似合う笑みは自分には月夜で見る事しか許されない。 「笑わせるなジジイ、俺なんぞ誰が愛してくれる?この左腕ごと愛してくれる奴なんぞ居ねぇんだよ!俺が欲しいのは強さだ!それしかいらねぇ!……愛も優しさもそんなもん何の役に立つ!?」 「小僧…」 「ましてや、俺は人間じゃねぇ…ウミは人間だ。 いつかあいつの血に欲情して傷つけ汚しちまう…許されねぇんだよ、吸血鬼と人間が……ましてや俺は求めちゃならねぇんだよ。 優しさなんぞ…」 まくし立てる様に叫ぶとウォルターの胸ぐらを掴んでいた手を離し髪をくしゃりと掻き上げるとそのままベッドにどっかりと腰を下ろし躍動を放つ赤い瞳が今は弱々しい…精悍で端麗な顔を両手で覆うと静かにウォルターに背を向けてしまった… prev |next [読んだよ!|back to top] |