SHORT | ナノ



「オセロ」
SHORTSTORY

「ねぇねぇ、リオン君、やっぱりやめようよ、」
「何故だ、面白いと言っていたんだろう。」
「そ、そうだけど…でも、っ」

怖がり尻込みする海を不思議そうに見やりながらリオンは半ば涙目でこちらを不安げに見つめる彼女の手をエスコートするように取った。

「待って…!」
「僕が観たいものを観ようといってきたのはお前だ。今さらそれを撤回するのか?」

意地悪く笑うリオンに海は先程自らが口にした言葉を撤回することも出来ず仕方なく黙り込んだ。

リオンが観たいと言ったのは海が涙を流すほど苦手な今話題の名前を口にしてはいけないピエロが出て来るホラー映画の続編だったからだ。

「私、こっちが観たいよ」
「駄目だ、お前の勧める映画はどれもやたら眩しい現実離れのラブストーリーじゃないか」
「ラブストーリーでもいいじゃない…!恋人同士なのにどうしてホラー映画なんて!」
「前はさんざんな目に遭ったんだ、僕は嫌だからな。あんな鼻にかじりつくのがキスだとかそんなラブシーンばかりの内容なんて願い下げだ」
「違うかもしれないじゃないっ、」
「もうチケットは買ったんだ、諦めろ。作り物の恐怖など大したことはない。」

明らかに自分に対する嫌がらせのようで、怯える海に裏付けもなく加虐心に満ち溢れているリオンは敢えて海が苦手なことを知ってこの映画を選択したように見えたからだ。

****


「リオン君の嘘つき…すっごく怖かったんだよ!」
「ああ、退屈しのぎにもならなかったな」
「違うよ…っ!もぅ…怖くて眠れなくなっちゃったじゃない…」
「お前も夜中にビデオを撮影したらどうだ?」
「ふ、ふざけないで…ばか!」

映画が終わり、こってり野菜・肉・背油もマシマシのラーメン屋にて涙目の海と真逆にフォークでラーメンをパスタのように優雅に食べているリオンは映画の感想を口々に延べていた。

「すごい怖かったね、本当にあのシーンとかさ…!」
「僕はお前の顔が一番怖かった。」
「ばか…!」
「ほぅ?誰が馬鹿だと?」
「ご、ごめんなさい…」

ホラー映画が大嫌いな海は案の定涙を浮かべ今夜からの眠れぬ夜を浮かべては怯えている。
対して眠くないのかリオンは相変わらずつまらなそうな冷めたアメジストの双眼が冷ややかに怯える海を見つめていた。

「熱い、」
「ラーメンはね、熱いうちに食べるの、いつまでもだらだらしてたら麺も伸びておいしくなくなっちゃうから早く食べなきゃだめだよっ」

初めて食べた時からリオンはこのラーメンと言う食べ物に対してあまり関心はないらしい。熱いのに早く食べなければいけないなんて、食事とはもっと時間をかけて味わうものだ。まして、麺を啜る行為など…下品極まりないとリオンはうんざりしたように眉を寄せる。
今まで豪華な食卓でしか両氏を親しんだことが無く、食に触れる機会がなかったリオンはこんな庶民過ぎる生活で暮らし、食事をする彼らを不思議でたまらないっといった感じで眺めていた。

「だが、美味い」
「あらら、否定しないんだ。」
「ただ、食べにくいがな。」
「そうかなぁ…簡単にすぐ食べれてお腹を満たしてくれる食べ物って言ったらラーメンが手っ取り早いんだよ。」
「ほぅ…そうなのか、お前も作るのか?」
「うん、っ…今度お家で作ってあげるねっ」

さっきまでホラー映画が怖いと涙を浮かべていたくせに。
食べ物の話になればコロッと表情を変えて嬉しそうに微笑む海の姿。リオンも微かに前より表情が柔らかくなったことを海は知っているだろうか。
買い物を終えて海が買った大量の服がつまった袋を当たり前のように持ってくれるリオンに対し、海は頼もしさを感じていた。

「ありがとう、リオン君、」
「あぁ…」

回りからみたら明らかに回りのカップルと同じ空気を二人は持ち合わせていた。異なる世界の相反する二人、互いに口にすることはなくても二人は今思えば夢のような生活を送っていたのだから。

思った通りだった。
生憎の雨が降る空はとてもどんよりしている。
そんな夜、いつまでも寝ようとせず深夜の夜更かしできるバラエティー番組で笑いながら必死に昼間のホラー映画がもたらした恐怖を忘れてどうにかやり過ごそうとする海が滑稽に見えた。
しかし、夜が深まるにつれてだんだんと眠気が襲ってくるのがわかった。
首から先が落ちたり上がったり。リオンは腕を組み不思議そうに眉を寄せ、思い切り海の肩を掴んだ。

「おい、そうやってお前はいつまでも寝ないつもりか。」
「はっ…!」
「半分寝ているぞ、いつものように素直に寝たらどうだ?」
「でも…!」

しかし、海は眠くてたまらないくせにそれでも頑なに眠ることを拒んでいる。
互いに思う気持ちは同じ、だからこそ2人は別々に寝ているために海は夢の中でさ迷う様に独りになることを怖がっているのだろう。

「リオン君、」
「何だ、」

どうせ彼女のことだ。春から共に暮らし始めて秋にでもなれば大抵の事は想定できる、どうせ、怖くて眠れないから眠れるまでそばにいてと言いたいのだろう。
リオンはそこまで想定している。

しかし、海が口にしたのはそれをさらに上回る言葉だった。

「怖いから…一緒にトイレ、ついてきて…?」
「はぁ………お前、何歳の子供だ」

自分でさえ物心ついた頃にはマリアンについてきてもらわなくてもひとりで用を足すくらい出来たのにまさか、自分より年上の、狩りにも大人の女性である海にそう言われるなんて想像だにしなかった。

「全く…世話が焼ける女だ。」
「だって…リオン君が悪いんだもん、私は嫌っていったのに…ホラー映画なんか、観るからだよ…っ、だから、責任とってね、」

トイレまで一緒など冗談じゃない、手を繋いだままドアを半開きにして用を足す女なんかたまったもんじゃない!

「おい、トイレにまでついてくるな!」
「怖いんだもん…独りにしないで!」

その後も自分の腕にしっかり捕まり離れないばかりか怯えたように涙を浮かべる海。

結局流されるままリオンは彼女の小さなベッドに身を寄せ息苦しくしているのだ。

「電気消すぞ、」
「だめ…っ!真っ暗にしたら怖くて、眠れなくなっちゃうもの」
「冗談じゃない、真っ暗にしなければ落ち着いて寝れやしない。」
「でも…!」
「おい、離せ…!!貴様、僕を絞め殺す気か…」

縋るように抱きついてくる海にリオンもどうしたらよいのかたじたじしている。ただでさえ狭いベッドだ、ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうのように密着してくるから結局抱き合い身を寄せあうように寝る形になる。

「リオン君、私が眠るまで起きててね、絶対だから、ね?」
「はぁ……、わかったから早く寝ろ、また明日から仕事だろう。」
「うん…、ごめんね、」

思えば今までこうして彼女をまともに抱き締めたことなんかなかった気がする。
怯えたような眼差しを浮かべていたが、次第に睫毛が瞬き静かに伏せられた。

「海…」
「んん…」
「眠れそうだな、」
「リオン君、顔近くで見るとすごく睫毛が長いんだね。」
「さっ、触るな!」
「ふふ…ふさふさ〜」

分かっていたが彼女が女で、自分が男であることをリオンは改めて思い知るのだった。
ふと、シーツに流れる髪を指に絡めてみる。
緩やかな髪はまるで生きているようにさらさらと靡き、甘い香りを放ちながら真っ白な鎖骨から首筋まで、ライトの光を浴びながら海の寝姿が艶やかしく映えた。

「結局、眠れないと言っておきながら寝てるじゃないか」

小さな寝息をたていつのまにかすやすやと胸を上下させ、眠りについた小さな海。リオンの腰にしがみついたまま安らかに眠る海に悪態つきながらリオンも穏やかに瞳を細めると静かに瞳を閉じた。

「おやすみ、」

ふわりと前髪をかきあげさらさらの額が露になる。
優しく口づけを落とすリオンがどんなに優しい表情をしているのか夢心地のまま眠りについた海は知らない。

Fin.




prevnext
[back to top]