SHORT | ナノ



「虹彩」
SHORTSTORY

※海底洞窟後・リオン救出ルート

この屋敷は部外者から見ても冷えきった家族の愛など通わない酷く冷たい空間に感じられた。
ダリルシェイドの真ん中に位置していながらにして街の華やかさとはかけ離れて静寂を保つ屋敷内。
息子を息子とすら見ない主の今は姿なき屋敷。
両方の階段の踊り場に飾られた黒髪のそれは美しい女が静かにこの冷えた屋敷を見つめていた。

『オイ、行くぞ』
「うん、ごめん…」
『大丈夫か?』
「うん、これくらい…どうってことないよ」

痛む両足、崩落した岩石に傷ついた身体を引きずりながら歩く少女とも、女性とも取れる複雑な表情をした海が複雑な面持ちで屋敷の前に佇んでいた。
そして、その隣に佇む金色の太陽のように眩い金色を輝かせた彼も海と同じ満身創痍の身だった。
悲しい激闘の果てに、ようやく果たされた望みだった。

「此処は、どうなるのかな…」
「俺達にはどうすることも出来ないのかな…」

両足を負傷し、傷ついた海をしっかり支えるスタンの腕は最初に出会った頃の彼よりもうんと逞しくなっていた。
世界に反旗を翻し天上に再び聳え立つ忌まわしき大地が根を張り、閉ざされそうな地上は今にも覆い尽くされそうだ。

そして、こんな世界へ変えたのは紛れもなくこの屋敷の主である。
此処は、直に王国に押収されるだろう。

18年後の未来に後に解体されるオベロン社。
これからの未来に衰退して行くレンズの文明達。未来はもう約束されていた。
天を覆う外殻大地に海はこれからの結末を知りながらも唯一の変化した未来に不安で一杯だった。

唯一の変化した未来。
それは、あの悪夢の海底洞窟での対峙で死ぬはずの運命だった、死を望んだ彼が今も生きていると言う事。

「私、リオンの傍にいる…」
「海…おいっ、本当に病院に行かなくて大丈夫なのか?海だってちゃんと寝ておかなくちゃ…!」
「私は大丈夫だよ、回復晶術ならルーティがさっきたくさん唱えてくれたから…」
「けど…!」

熾烈な戦いは困難を極めた。
海はリオンを犠牲にすることなく、彼を引き連れ再びこの地上に生還したがリオンはスタン達とたった一人孤独の戦いを望んだのだ。
全身酷い深手を負い、今も眠り続けている。
ルーティと海が回復晶術を交互に使えども、使えども、いっこうに回復の兆しが見えないリオン。

一度向けられた刃は紛れもなく自分達を殺そうとしており、もう彼との対話を諦めた、しかし、彼は確かに生きている。
それが僅かながら皆の救いであり希望だった。

"彼の傍に居たい"言わなくても仲間達はこれ以上の負荷を与え、リオンの運命を知り、そして戦い続けていた海を戦わせるつもりはなかった。

リオンの手に握られ解除して始動した爆弾により崩落の運命を辿る海底洞窟。
最初からヒューゴはリオンを生かす末路など用意していなかった。
愛するマリアンの為に…たとえそれが報われない思いだとしても。
そうして死を覚悟していたリオンを懸命に落ちてきた岩から彼をかばったのは、海だった。両足を負傷した為にうまく歩くことさえ出来ない海が戦闘要員に加わることはなかった。

いま世界は酷い状況下にある。
貴重な戦力のソーディアンマスターの海とリオンが仲間から抜けるのは大きな損失、だが今の彼女は…。

「私、怪我しちゃってうまく歩けないから…ごめんなさい、こんな大変な時に…」
「もうそれは謝らなくていいんだよ!海がいなかったら…リオンはもしかしたらあの時…だから、海はここに残ってくれ。俺達がラディスロウに行ってリトラーさんに会ってくるよ。」
「スタン、」
「何とかしてあの上に行けないか、試してみるから。
だからふたりは待っていてくれ。この空に浮かんでいる景色を壊してくる。皆は、信じてないけど…俺は、信じてるから」

真っ直ぐに自分を見つめる青い瞳。リオンとは違うスタンの穏やかで全てを守る様なその優しい眼差しを見つめ返し同じく頷いた。

「ありがとう、気を付けてね。スタン、ディムロスも」
『すまねぇがそっちは頼む。リトラー総司令にもくれぐれも頼む。
こっち(地上)は万が一何かあれば俺等が何とかする』
『そうだ、お前達こそ気を付けろアルフォード。お前もマスターを守るんだぞ』
『ハイハイ、』

海のソーディアンであるクライスも海の両太もものホルスターに収まったままコアを光らせそう答え、かつて千年前に共に戦い抜けたディムロスを見送った。

「行ったね…」
『リトラー総司令官に会えば何ら問題はねぇだろ。
お前はとにかくその足を治すことに専念するんだな。ベルクラントは次に何処を狙っているか分からない、いつまでもここにいねぇ方がいい…リオンは今この世界に背いた謀反人…いつ追手が来るか』
「うん、わかってる…」
『おら、さっさと行けよ。リオンが待ってるぜ、』

ニヤリ、と太もものホルスターに収まった相棒が笑った気がして海はその言葉の裏に込められた意味に頬を染めて俯く。
回復晶術は海も使えるが自身の足よりも今はすべてリオンのために温存していた。後は、いつ天地戦争が再来してもいいように。
足が使えないなら晶術だけは使えるようにしておかなければいけない。

「リオン、入るね」

今は無人となった屋敷にまた戻るとまた、肖像画の女性と目が合った。
全ての諸悪の根源となった、マリアンによく酷似した切り揃えられた黒髪は紛れもなく…。
それは呪いのようにも見えた。リオンを今も縛るのは美しい母親の面影だった。

ここで雇われていたメイド達は皆解雇になったのだろうか。
あんなにも大勢のメイドでごった返していた屋敷内もいつの間にかこの騒ぎで誰もが出ていきもぬけの殻になった後だった。

マリアン自信を憎んではいない。
彼女もリオンに全ての罪を背負わせ、かつて旅した仲間を欺かせるために利用し、そして未だにあの上空に浮かぶ外殻の先に囚われたままなのだから。

本当にこの屋敷には誰もいなくなった。
リオンはきっと自らの命を果たす為にスタン達と刺し違えてでも死ぬ覚悟で海底洞窟に赴き自分達と命を懸けて戦うつもりだった。
リオンは遺品さえも、いや、自身が生きた証さえ残さずに死ぬつもりだった。

惨めに、それが犬死にだとしても、彼の背には抱えきれないたくさんのものがつまっていた。全てはマリアン(愛する人)の為にー…。
例え、その愛が偽りの愛だとしても。

そんな彼の運命を知っていたからこそ海はリオンを助けたいとずっと願い、そうして世界を飛び越えた思いは実を結んだ。
「彼を幸せにしたい」そう、そのエゴでねじ曲げた自分。
自身の傷ついた足など、リオンが助かるならばこの先歩けなくなってもどうでもよかった。ここの医療技術では自身の足が今後どうなるのかわからない。晶術も完全ではない、それでも、潰れた足を犠牲にしたのがリオンの為なら惜しくはないと、

「リオン、」

震える声でリオンの名前を呼んだ。
リオンは疲れていたのだろうか、怪我も気になるがさっきまでは食欲もないと、元々小食で自分が作った料理を無理やり食べて気持ちも安定していたように見えたが…リオンの気持ちを代弁する言葉などきっと存在しないことを海はわかっていた。

『あっ、お帰りなさい海!』
『俺・は!?』
『クライスには言ってませんよっ』
「ただいま、ピエールさん。あの…リオンはトイレですか?」

しかし、其処にいる筈のリオンが存在することはなかった。空っぽのベッドに触れるとそこはまだ彼の温もりがあって。
まだリオンがいなくなってからそれほど時間が経っていないことを示していた。
一体どこに。
それまで独りぼっちだったのが寂しかったのか、お喋りなシャルティエは自分達が帰ってくるなり嬉しそうに明るいテノールで海を呼んだ。

『あれっ、本当だ…?坊っちゃん、どこにいっちゃんたんだろう。さっきまで海がいない海がいないって…』
『マジかよ、気色悪っ』
『ちょっと!坊っちゃんを悪く言わないでくださいよ!』
『マザコンだな、いや、シスコンか?』
『ひっ、酷いじゃないですか!!好きな女の子に対して心配するのは当たり前でしょうに!!』

相変わらず賑やかなかつての千年前、共に戦場を生き延びた旧友のふたりの筈だったのに、運命は先程までお互いの主と共に対立していたなんて。
今ではその名残が全く感じられないくらいだ。
自分とリオンの関係を知り、態度を改めたようだ。

仕方なく海は近くの椅子にちょこんと腰かけリオンが戻るのを待った。
下手に歩き回ると彼が怒って探しに来るだろう。
お世辞にも豪華な屋敷には似合わない古ぼけた椅子の座り心地は良くはないしお尻よりも座る面積が小さい。

改めてリオンの部屋をぐるりと見渡してみると、簡素的なリオンの部屋はあまりにもシンプルだった。
彼の部屋にあるのは本棚とベッドと机だけというこの屋敷には不似合いな空間だった。この屋敷の生活は、果たしてリオンにとってどれだけ窮屈で居心地の悪い物だったのだろう。

リオンは、あまりこの屋敷に居たがらなかった。城や任務でこの街を離れて居ることの方が多かったし、マリアンもリオンが赴かねば会おうともしない。
ヒューゴとリオンの間には戸籍すら親子関係を示すものはなかった。

「ピエールさん。私、本当は、マリアンさんさえ…居なければよかった、って…そう思っていたのよ…」
『……海……』
「最低でしょう?リオンが死ぬシナリオのそもそもの原因
はマリアンさんが居たから。
リオンが苦しんでいるのはマリアンさんがリオンにとっての人質だったから…、リオンが向けていた気持ちを見て見ぬふりをして、マリアンさんは、ずるい人、だったよ。
マリアンさんさえ居なければ、リオンは死なずにすんだもの…だけどね、今は、わからない。何が正しくて、何が悪かったかなんて、リオンに本当の愛を示してくれる人なんて…、その当時の現場に居合わせて気付いたの」

問われる前に彼女が口にしたのは正直な偽りのない真実だった。冗談を入り交えていたソーディアンの二人も海が握りしめた小さな手に意識を傾けた。
否定したのはクライスだった。

『けどお前が助けたリオンは今も生きてる。それは何にも例えようのない真実だろ』
『そうだ…貴方が、坊ちゃんを助けてくれた。
海、貴女が現れる日を僕は待っていたんだと思います。
だって。僕には身体がないから、坊っちゃんが辛くても悲しくても抱き締める事もなにもしてやれなかった…。だから、ありがとう…と伝えるべきなのかもしれない。海。大切な足も犠牲にして、ありがとう』
「いいえ、私は…リオンに対して余計なことを、してしまったのかも、しれません。」

傷ついた両足に目線を落とし、海は痛めた足よりもただ胸が、リオンを助けたはいいが、これから変わり行く運命を彼に待ち受けるだろう悲劇を嘆いた。

彼はどんな理由にしろ、国を裏切り神の眼を盗んだのだから。重ねればリオンはずっと城の情報をヒューゴに横流しにしていた。そして、マリアンを助けるために…多くの過ちを重ねてしまったのだから。

『余計なことを、した、だぁ?
お前なぁ…馬鹿か!?今さらあの決心を無駄にするのか?』
「だって、だって…リオンをあの場所で死なせないで、私が生かしたから、リオンは謀反、人??犯罪者として国中に指名手配されてる。リオンを、死なせたくないから、って私はいけないことをしてしまったんだよ。」
『違いますよ!坊ちゃんが死んでいいわけ、ないじゃないですか!!
もし、あの場所で坊っちゃんが死んだら僕はどうしたらいいんだ、マリアンも、フィンレイ様だって、浮かばれませんっ!それにミクトランは誰が止めるんです!?』

"リオンを死なせればよかった"未来を変えた。そう言い切った彼女が抱えた罪悪感はあまりにも重すぎた。リオンはきっと、自らの過ちを認めるだろう。冤罪だと海がリオンを庇護しても、リオン自身がもう諦めている。ヒューゴもミクトランに支配されているからヒューゴも冤罪だと主張したって、誰がそんな非現実なことを理解してくれようか。

リオンの命を助けたところで、リオンの未来の保証など、誰も、そう、誰もしてくれないのに。海は嘆いた。あんなに流した涙はもう一滴も落ちなかった。

『海…』
「っ…泣かない、泣いたら、もっと悲しくなるもん…!」

瞳を擦りながらゆっくり両足を庇い、ふらふらになりながら立ち上がる。深い悲しみと罪悪感に涙すら、出ないのだ。

「…リオンが処刑されたらどうしよう。私が、リオンを生かしたせいでリオンがもっと辛い目に遭うの、本当は、わかってたのに…」
『そんな気の遠くなる話、止めろ。考えるな、今だけを考えてりゃいいだろ』
『そうですよ、ね、海。僕らの前では泣いていいんですよ、貴方は抱えすぎた。強がらないで…』

悩む海にシャルティエが、クライスが怒鳴る。続く言い合いの果てに、感じた気配にようやく気づいた。なぜ気づかなかったのか、彼は人一倍気配を隠して姿を見せることに。くるりと振り向くと其処には自分達の姿に呆然と立ち尽くすリオンの姿。

「リオン…、」
「そうか、海…僕が死ぬことを、お前は、理解していたのか」
『あららら…』

クライスがこの場に居たら頭を抱えていただろう。
譫言のようにそう。呟くリオン。知られてしまった、一番知られたくなかった自分の抱えた矛盾を。彼が好きなだけ、彼を深く思うがゆえについた小さな嘘が積み重なり彼を傷つけたことを知り、慌ててリオンに駆け寄るが足がもたつき転んでしまった。

「違うの!」
「お前が、僕を…生かしてくれた。」

傷ついた身体を引きずり戻ってきたリオンは驚くほど安らぎに満ちた表情をしていた。リオンを助けたかった、しかしリオンはどうだったのだろうか。
てっきりあの場所で死なせてくれなかったことを、責めてくるかと怯えていたのは結局我が身可愛さなのか。

「リオン、ごめん、なさい…!ううん、謝ったって私は…取り返しのつかないことをしたの…っ、」
「いい、お前は、悪くない…。それを知りながら。すべてから逃げたのは、僕だ」

転んだ海を受け止めて抱き起こすと、そのまま今まで自分が寝ていたベッドに優しく海を運んでそのまま寝かせてやる。自分もベッドに上がり真っ直ぐにその瞳を見つめた。さらりと肩にかかる緩やかな髪が流れて涙で滲んだ瞳がリオンをとらえる。

「海…僕が守りたかったのは…マリアンも、海もどちらも大切だ。だが、ふたりに対する気持ちは全く違う。不安だったのだろう、」
「…でも、私は、」
「僕を生かしたのは、他の誰でもなく、お前だ。お前が生かしてくれた命だ、今さら、無下になどしてたまるか…」

懐かしい香りがして、ふと顔をあげれば、視界いっぱいにリオンの肩が見えれば自分がやがてリオンに抱き締められていることを、知るのだった。

突然リオンに抱き締められ、驚きに瞳を見開いて顔を見上げればリオンは傷つきながらも海の身体をしっかりと受け止めていた。
すべてを包み込むように、穏やかな眼差しをして。
その瞳はすべてを物語っていたようにも見受けられた。

「抗う事を許してほしい…こんな僕を、必死に助けてくれた、こんなに小さいお前を、お前の足も僕は……守ってやるどころか、守られてばかりで…」
「リオンのせいじゃない…リオンがピエールさんを使ってなかったら、みんな助けられなかった…」

ぴくりと爪先が揺れると彼の手は決して性的な欲求とはまた違う意味で海に触れてきた。労るように足を撫でながら、リオンは悔やんでいるようだった。

「死に行く僕の事など忘れて、あのまま他の男と、幸せになってくれればよかったのに……」

しかし、海の平手がそれを遮った。涙を浮かべボロボロになりながらもふらついた足取りでリオンを抱き締め涙を流した。

「そんなこと!出来るわけないじゃない…私だってね、馬鹿じゃないのよ!リオン…私、は……あなたのことが…」

しかし、無情にも其処でふたりの会話は引き裂かれる。彼に追っ手が迫っているのをソーディアンは気配を感じ取っていた。

『静かにしろ、続きは夜にやれよ』
「きゃっ、」
「海…来い、」

ガシャガシャと次々に聞こえた足音に気付きリオンは両足の動けない海を姫抱き抱え走り出した。引き連れ窓から見えないよう廊下に隠れると、ドンドンドン!!とけたたましくドアを何度も殴り付ける音が不気味な静寂を保つ屋敷内に反響した。

「リオン・マグナス!!居るのだろう!」
「貴様を、反逆罪と諜反の罪で逮捕状が出ている、城まで連行する!!」

セインガルド兵たちが口にした衝撃の真実。想像してはいたがまさかこんなに早く追っ手が来るなんて…。

『何だって!!』
『ああ〜本当に馬鹿だな、だからさっさと逃げりゃあ良かったのによ。海、さぁどうするよ』
「っ…私は…、」

震える手がホルスターに収まったまま問いかけるクライスを強く握りしめた。足は動かない、だが牽制くらいならば、リオンを逃がすことくらいはできるだろう。リオンはまだ、捕まっている場合ではないのだ。罪が深まるだけだとしても、やるしかない。

「リオン、…リオン!リオンっ…!」
「海、覚悟はしていたつもりだ。助かったところで、いずれは、捕まる身だ。僕はどんなに正当化しようがな、この世界を危機に陥れた犯罪者だ」
「待って、いかないで…!」

助かったところでリオンには残酷な末路しか待っていないと言うのだろうか。神様が居るならなぜリオンだけがこんなに苦しまなければならない。やりきれない怒りが溢れて苦しくてたまらなくて、海は力の入らない足を引きずり倒れ込んだ拍子にリオンの足を掴んだ。

「リオン、私に、考えがあるの…リオンは、マリアンさんが、ヒューゴさんが、気がかりじゃないの!?」

戦おうとした海を遮り観念したように罪を償う心を固めたリオンを足をおさえて。苦しい醜い胸に渦巻いている嫉妬心を押さえて海はそれでも遥か空で待っているであろうマリアンと遥か昔、因縁である天上王ミクトランに支配されたヒューゴの存在を。そんなの愚問に決まっている。リオンは、全ての悲壮を抱え転びかけた身体を壁に預けて海を見つめ返した。

「無いわけが、あるか…!何のために僕が今までお前を無かったことにしたと思うんだ。」
「だから、だよ…だから、お願い、逃げて。スタン達は今から浮上させたラディスロウからベルクラントへ向かうよ。それに合流して、」
「何だと!」
『けど、それじゃあ海が!』
「私は、足手まといになる。こんな状態だし…もう、ミクトランはこの屋敷にはいない。もう、私を狙って襲ってきたりしないから大丈夫だよ。クライスもいるから。あなたを生かしたのは私の勝手…あなたが逃げる道は、私が作る」
「海…」
「お願い、マリアンさんとヒューゴさんを、必ず、連れ戻して……」

肩を震わせ、離れたくない気持ちを必死に堪える海にリオンは言葉を探せず宙をさ迷う手を握り返した。

「すまない…」
「謝らないで、私の前ではね、素直に、なっていいんだよ…」
「今まで、お前を悲しませてばかりで…何て償えばいいんだろうか…。」
「償わなくていい…あなたさえ生きててさえいてくれたら私は…」
「海…」
『海…!!』
「あなたがここに存在してくれるだけでいいの、それだけで…」

戸惑いながらも二人は別れを惜しむように強く抱き合った。
長い長い回り道を繰り返し、間違った選択が更なる悲劇を呼び起こした。しかし、お互いを見つめる眼差しはそこに確かに存在している。確かめるようにふたりは許されない時間だとしても唇を深く重ねた。あの時過ごした思いを共有しあうように。埋め合わせるように。
そうして、二人は触れるだけのキスを交わしたのだった。

「リオン・マグナス!!」
「…さぁ、行って。ここからは私がうまく話つけるね」
「海…この戦いが終わったら、…必ず、お前を幸せにする。だから、待っていてくれ、」
「生きて、帰ってきてね…」

玄関の厳重に閉ざされたドアをもぶち破ってついに兵士が雪崩れ込むように屋敷に駆け込んできた。
海もクライスを構え意識を研ぎ澄ませる。リオンが身軽に二階の窓から飛び出すとシャルティエを翳し大地を隆起させ華麗に着地を決めた。

「海……今さらだが、言わせてくれ。やっぱりお前を、僕は、諦めるなんて出来ない…」

マリアンも大切だ。しかし、まさかそんな自分にも胸を占める愛おしい笑みがあったなんて。痛む傷は全て癒してくれた。彼女に感謝して早く行かねば。

リオンは、海が放った晶術が道を作っていたことを知る。胸で燃える静かなる蒼い炎、抑えていた気持ちが漸く息吹き、リオンは今一度戦いへ戻った。最愛の笑みを取り戻すため、今まで流され続けてきた男は運命に逆らうべく走り出した。


Fin.


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