SHORT | ナノ



「さよなら、さよなら」
SHORTSTORY

ヒューゴの企み通りに進むシナリオ。演じる役者は舞台に揃った。後は幕を上げるだけ、

「海。そうか、お前が…今日、見張りだったのか」
「リオン…っ!」
「何故…何故、よりによって…ヒューゴめ、最初から、わかっていたんだな。」
「なんのこと…ヒューゴさん…意味が、わからない。」

何故、何故、彼女と彼はこの場所で出会ってしまったのだろう。運命なんて言葉など信じない。簡単に運命と言う言葉などで決めつけられるわけなんかない。それは誰にも分からない。ただ、ひとつ分かる事は残酷にも2人を引き裂いたと言う真実。

「リオン…どうして?」
「…何も言わずに立ち去れ…」
「何で!リオン…どうしてなの?」
「いいから、退けと言っている。」
「いきなりわからないわ!説明してよ!」

しかし、リオンはなにも答えない。何故と海が震える声で言葉を繰り返したところで恐る恐る自分に近づく海の瞳を真っ直ぐに見ることが出来ない。

「リオン、答えてよ!」

その代わりただ、相棒を突きつけて彼女を、マリアンを思う。こうしている間にも彼女は…
そしてマリアンを巻き込んだ以上、海だけは絶対に巻き込むわけにはいかない。
リオンには揺るぎない固い決意が芽生えていた。
それは、例え海だとしても絶対に壊せない、強い強い誓いだった。
ならば…

「リオ…「来るなと言っている!」
『海!』

海、こんな自分を、さっさと嫌いになればいい。自分に愛ではなく、憎しみを抱けばきっと彼女は悲しまずにすむから。

「そうだろ?だから…」
『海!』
「あ……」

頬を伝う赤い涙。はらりと海の長く緩やかだったその髪がパサリと冷たい床に落ちた瞬間、クライスが彼女の名前を叫びコアを輝かせた。何が落ちたか分からなかったが、次第に思考が冷えてきて、海はリオンが自分の髪の一部をばっさりシャルティエで落としたことに気づくのだった。

「動くなよ…次は確実に当てる。」

残された右側の髪をシャルティエで絡めてそのまま断髪する真似をすれば海は慌てて後ろに下がる。刃物の髪が擦れる音がダイレクトに耳を擽りたまらず飛び上がった。

『海!リオンっ……てめぇ…何、攻撃してきてんだよ!ついにボケたのか?』
「黙れ!」
『おい、誰に向かって口利いてんだ!!』
『貴方こそ、坊っちゃんに向かって何なんだ!』
『ピエール…お前がいながら!何をしている!早くそのガキを止めろ!』
『うるさい!!もう、聞きませんよクライスの言葉なんか、』
『そうか、また、俺に逆らうのか?』
『何度だって逆らいますよ!僕はっ、坊っちゃんのソーディアンなんだ!』

床に落ちた海の緩やかな髪を踏みにじるリオンの瞳には確かな覇気を感じ海は得体の知れない氷のような瞳に戦慄しただ後ずさるしかない、しかしリオンはシャルティエを真っ直ぐ海に向けたままじりじりにじりよってくる。

…ー過ぎるのはいつも優しく頭を撫で、自分の髪を一房取って愛でるように優しく口付けた彼の意地悪でそっけないけれど、感じるのは優しさに満ちた穏やかな笑み。リオンはマリアンの長い髪が好きだといっていた。だから自分も知らぬ間に長い髪に憧れをまた抱いた。やがて、リオンはこの世界にまた引き離され、そして二人の世界は離れ、彼に会える願いを髪に込めた、ただそれだけの為に伸ばしてきた大切な髪。せめて、思い出だけは失いたくない。彼の温もりが思い出せるこの宝物を…髪だけは守らねば。海はくるりと背中を向け操縦室に走ろうとしたが、その眼前を巨大な岩の塊が落ちてきた。

「其処を退け。操縦室さえ制覇すれば僕が諦めて退くかと思ったか?」
「っ…!」

分かりやすいのか、リオンはいつにも増して冴えている。恐ろしいほどに…感情なんて殺してしまえ、マリアンを守る為にはヒューゴに従うしか術がない。海に嫌われるしか術がない。リオンが走り抜けて重ねた罪の果てに待っていた戻りようのない袋小路であった。

「リオン!どうして…どうしてなのっ!?お願い、わたし、っ…あなたと戦いたくない!!」

制御室前の扉を背に回り込んだ海に突きつけられたシャルティエの冷たい感触がリアルにこの悪夢は現実だと知らしめる。リオンがシャルティエを翳した瞬間、クライスがコアクリスタルを光らせた。闇の波動を感じる、シャルティエ自身が秘めていた闇の力がリオンを媒体に海を包み込もうと触手を伸ばしてくる。

『晶術が来る。海ら俺を抜け!』
「い…いや…」
『海、逃げるな。現実を受け入れろ。でねぇと、お前はあいつを永遠に失うことになるぞ』
「いやぁー!」

しかし、思いも寄らぬ展開に海は頭を抱え床に膝をついてしまった。あまりのショックにすっかり戦意を無くしてしまっている。リオンは今にも込み上げる感情を必死に押し殺していた。
無理もない、大好きな最愛の存在がどんな理由があるにせよ、真っ直ぐに刃を向けているのだから。

ーデビルスピアー!
『止せ!』

そんな彼女の様子にリオンが僅かに怯む、しかし…迷っていてはマリアンは救えない、クライスの制止を振り切り、迷いを断ち切るように狙いを定めた暗黒の槍で容赦なく海の身体を貫いた。

『海!』
「きゃああっ!」
『テメェ…っ!』
「う…んっ……」

ジン…と痺れて皮膚の焼ける様な生々しい熱がやがて痛みに変われば海は苦痛に顔を歪めてその場に崩れ落ちる。海腕は衣服を裂いて剥き出しになっていた。

『やめろリオン!ピエール!止めさせろ!』
『貴方に言われる筋合いはないね…僕は貴方がいつも妬ましかったよ!背も高くて、強くて、外面もよくて、周囲から慕われて…僕は、いつも引き立て役だ』
『…今は関係ないだろう。そうかよ…俺に逆らうなんて…そんなにリオンが大事か、』
『そうです!もう、あの頃と違う、今は、僕を必要としてくれるずっと探していた大切なマスターが居るんだ。』
『俺もそうだ、だからこそ、お前らの身勝手な理由でこいつを汚すやつは許さねぇよ。』

しかし、シャルティエは戦友の呼びかけにもうんともすんとも応えない。海はリオンが自分にそんな酷いことが出来るはずがないと思い込んでいた、きっと今のは警鐘で自分が酷い目に遭わないように動いてくれると思い込みたかったがそれ以上にリオンは気持ちで追い込まれ数時間で疲弊していた。

『…海しっかりしろ、回復しろ!』

しかし、海はショックのあまり大粒の涙を流してリオンから逃げ回ることしかできない。

「リオン…!お願い!思い出して…あの雨の日のこと……お願い、初めて付き合った日に、浜辺で夜にふたりでデートしたこと…エミリオ…ふたりで、またお花見しようって…約束したよね…」
「つっ…!黙ってくれ!」
「エミリオ…」
「呼ぶな…その名を呼ぶんじゃない!!」

彼女の涙がリオンの、エミリオの胸を激しく揺さぶる。あんなにも愛した存在は焦がれた思いを忘れられる筈なんかなかった。本当なら全て彼女に話してしまいたい。マリアンが人質に取られたと、洗いざらい話せたらどれだけ楽か…

しかしー…

ーグランドダッシャー!

それは絶対に出来ない。誰かに助けを求めることなど許されなかった。海も大切だが、それ以上に、やはり年月ではマリアンが無二の存在。彼女を巻き込みたくないのは…彼女を思うが為の気持ちだから。シャルティエのコアクリスタルが輝いて行く、地面に浮かび上がるように現れた紋様からして上級晶術の威力に違いない。

『##NAME1##!晶術だ!頼む!お前を死なせるわけにはいかないんだよ!』
「…クライス…だって…」
『ああ…分かってる!泣くんじゃねぇ!だがな、泣こうが誰も助けてくれねぇ、何のために此処に来た?泣いたって現実は変わらねぇんだよ!泣く暇があるならあいつを止めるのが最優先だろ!違うか?』
「…つっ!」
『立て!』

クライスの張り上げた声に漸く海は涙を止めた。

「やってみる…」
『行ってこい…どうせ回復する、何をやってもいいから止めろ!』
「…うん。」

彼を抜いて地面に突き刺した反動でそのまま宙へ飛び上がる。

ーエクレーヌラルム!!
床下から現れた岩塊を包み込むように聖なる雷が現れた岩壁を押さえ込み広がる光にリオンはぐらついた。

そのまま床に軽々と着地し、晶術を打破できたことに安堵のため息を漏らした海。リオンは忌々しげに歯を食いしばるが、そこには別の深い苛立ちを感じた。太もものベルトに納めていた二対の小太刀で当て身ではなく牽制しながら、クライスを抜き振り回しつつ身構え、傷つけるためじゃなく、気持ちを直ぐに切り替えリオンに問いかける。接近戦で、ただリオンの動きを止めるべく距離を取りながら…。

ー魔神剣!
「くっ…リオン…マリアンさんを人質に取られた事、どうして話してくれなかったの?」
「!?何故それを…」
ー月閃光…!

小回りが利き身軽なためステップなら負けなしだ、衝撃波をかわしながらリオンが教えてくれた剣技を真似しながら海は三日月を描く、しかし、リオンはわかっていたかのようにシャルティエではないダガーで受け止めていた。

「効かないな…誰がお前に剣を教えたんだと思う…?」
「そうだよ、でも…わ、たし…エミリオが理由もなくこんなこと、するはずなんかないって信じてるから。」

嫌な予感と彼の異変はおそらくそれしかない。海はついに時間がそこまで来たのかと察知した。

「…だって、飛行竜を乗っ取るだなんてリオンがする筈ない。
ヒューゴさんに何か吹き込まれたのね?そう言えば、マリアンさんはどこにいったの?」
「…っ」

ごしごしと剣と剣を結び合わせたまま涙を必死に空いた腕で拭い、クライスを鞘に収めた海がまたリオンに一歩、また一歩と近づく。

「…っ、来るな!まだ戦いは…「ど…して?」

その先の言葉は…海の涙によって遮られてしまった。

「私…エミリオを置いて逃げたりしないっ、ひとりにしないって…あなたに誓ったのに…私は…頼りないの?」

次から次へと頬を伝う海の涙に揺らぐ気持ち。傷つけ、悲しませて、こんな犯罪者では海を幸せにできる未来なんかないから。懸命に嫌われようとしたのに…結局、リオンは撃ち抜かれた、どんな結末を選んでも、海を泣かせて傷つけることしか出来ないと。叶うなら今すぐにでも謝り、抱きしめて優しい腕の中で朽ちて泣いてしまいたいほど。…しかし、真実を知る彼女を巻き込んで彼女が自分と同じ罪を被せられる方がもっと嫌だ。海を道連れにするなど、リオンの未来には海の幸せな笑みと幸せになってほしいと切望する願い。海を愛していると今なら正直に言える。だからこそ、もうこれ以上彼女を巻き込みたくない。…もう彼女の涙を流す姿を見たくない。意を決してリオンが近づく。
彼女を守る為に。海を守る為に。リオンは、自分に嘘をついた。

『海!』

それに気が付いたクライスが声を張り上げたが時既に遅し。

「ー…目障りなんだよ!」

迷いを振りきり決意したリオンは容赦など一切、無かった。

「そこを通してもらうぞ、」

大地から、シャルティエから吹き上がる闇の炎が容赦なく海を閉じこめれば小さな身体はそのまま上空へと舞い上がる。言葉なき悲鳴が海を包み、闇の炎が容赦なく海の身を焼き尽くし、僅かに残された緩やかな髪さえも全て焼き尽くし、奪い去ってしまった…。

ー魔神、煉獄殺!!
「きゃあぁぁっ!」

海を切り裂き、切り刻み、そのまま横一線に切り抜ける。

「…お前に、何が、わかる…!」

崩れ落ちるように倒れた海に吐き捨てた言葉が震えていた。

『海!!おい!しっかりしろ!目を覚ませ!海!』

しかし、海は仰向けに倒れたまま全く動かない。まさか…嫌な予感に必死にクライスが海の名を叫ぶ。クライスが冷静さを忘れ必死に名前を呼んだ。
「…う…」

しかし、簡単には死なない、海は小さなうめき声を上げて僅かに手を震わせた。生きている、緩やかに上下する胸が確かな証だ。そして、そこには非情になりきれないリオンの確かな葛藤が剣先を鈍らせたのだと知る。

『…よかった…。』

致命傷は免れたらしく、クライスは安堵のため息をつく。しかし、髪だけは…すっかりズタズタに焼き払われ切り裂かれてしまっていた。今までの思い出を否定し、奪い去ってしまったかの様に。エミリオとして過ごしたあの世界で、次に会う日まで伸ばすと約束した髪はもうそこにはない。思い出を断ち切ってまでリオンには救いたいものが、あったから。

「…リ、オ…ン…どし…て?」

問いかけてもリオンは何も喋らない。冷たい紫紺の瞳が海をただ見下しているだけ。

「シャル…飛行竜を確保するぞ。」
『坊ちゃん…!』

海の問いかけを無視するようにリオンは歩き出す。無抵抗の海は必死にリオンのマントを掴んで彼を引き留めようとする。
振り向いた彼の瞳が海を映せばそれはひどく優しい笑みを浮かべている。

「…私…は…一緒だよ………一緒に……マリアンさんを………助けよう………ね。」

譫言のように呟く海を優しく抱き抱え、そのまま優しく微笑めば海は安心したように微睡む。

『…リオン、おい』

しかし、海の一途な思いとは裏腹にリオンの足は飛行竜から遠ざかってゆくではないか…

『おい、何してんだよ!』

クライスはリオンの奇妙な行動にコアクリスタルを光らせるが、それでもリオンは歩みを止めない。
そして、リオンが辿り着いた先はヒューゴ邸の屋敷の地下だった。微睡んでいた意識が気が付いたときには海は漸く気が付いた。

「…此処ならしばらくは安全だろう。」

自分を連れていく気は彼には毛頭ないのだと。

「さよなら、海」

その通りにベッドに優しく海を寝かせて告げられたのは別れの言葉。リオンは…悲しくも海にさよならを告げる。

「愛している…誰よりも、お前の幸せを願っている。僕のような犯罪者など、忘れて幸せに…生きてくれ。わかっただろう…これが、僕が犯してきた罪なんだ。」

そう、言い残して。リオンは何も言わずに唇を重ねた。何度も何度も、重なる唇は暖かくて、告げられた別れの言葉が海を金縛りにし、マントを掴んでいた手がダラリと力なく床に崩れ落ちた。

「リ、オン…っ!待って!行かないで!」

力の抜けた身体がもどかしい。必死に叫べど彼は振り向かない。

「リ……オ……ン!リオン……あっ…あぁっ……エミリオー…!!!」

闇に溶けるように姿を消したリオン。また静かに雨が降る、何もない空虚な空を駆け抜ける飛行竜、自分が守れなかった存在を嘆いてただ泣き叫ぶしかなかった。

「エミリオ……エミリオーーーッ!」


ーーーーーーーーーーー



『…もう、後戻りはできません、満足ですか坊っちゃん?マリアンのためとは言え、かつての部下を…彼女を傷つけて満足ですかー!!』

「ああ、これで僕が守るべきものはたったひとつになった。あいつは思慮深い、きっとこれで思い知ったさ。…あいつに従わなきゃマリアンが殺されてしまう――!!

待っていてくれマリアン、必ず、君を守るから。例え、この世界のすべてを敵に回しても…!」



Fin.

それでも、振り返らずにはいられなかった。重ねた唇はいつも、温かく包んでくれていた。から。



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