SHORT | ナノ



「奪愛-Emilio VS Albelnox-」
SHORTSTORY

深夜のアーリグリフは雪国だから雪は止まることなく降り積もり芯までかなり冷え込む、しかしこの男には寒さなど微塵も感じないらしい、女の様に艶やかで魅惑的な生足を颯爽と踏みしめ部屋の扉を開けた瞬間、漆黒の団長、アルベルは目の前の震える纏う柔らかな雰囲気の女を見つめてニタリと歯を覗かせて不気味に鬼の様にせせら笑った。

「…海、どうしたよ、あの男がそんなに恋しいのか」
「…っ・・・」
「何だ?沈黙は肯定か?
残念だったなぁ、リオンなら来やしねぇよ、あいつはあっちの国の人間について居るんだからな。もうじき戦争が始まる、そしたら……あいつをこの国に連れてきてやるよ、さんざん痛めつけてからな!」

クククッ…と、そう不気味にほくそ笑めば海あっちの国に居る離れ離れの彼を思い悲しげに瞳を伏せた。最愛の人、大好きな…もうエミリオの愛しい優しげに細められた静かな微笑を思い浮かべてみても皮肉なことに自分のすべてを奪い更なる戦いを求めたアルベルのエミリオを強者と判断しその力を更に引き出すために自分をさらった嬉しそうな野性的な笑みしか浮かばなかった。

この男が自分には分からない、確かにぶっきらぼうではあるが優しく接してくれることもあった、部屋も冷たい監獄ではなく暖かなベッドや食事やかわいらしいドレスも用意してくれているし…何よりも、彼の冷たい悲しい過去に僅かに触れて、彼は心の底から歪んでいるわけでもないのだ。

「ああ、もう無理なのかな…エミリオ、どうしてこうなっちゃったのかな…」

彼ならきっと助けに来てくれる、そう信じて眠りにつく夜だけが唯一の安らぎだった……逃げれるものならとっくに逃げている。

とっくに逃げている?逃げれるわけもない…よくも知らない異世界で、この城を早々に抜け出せば満身創痍の自分はシランドにいく途中で間違いなくあの男に捕まるだろう。待ち受ける先は冷たい地下牢での耐え難い尋問だ、隣で眠る端麗な顔をしたこの男は確かに寝顔こそ美しいが根は鬼よりも狡猾で残忍で、大層戦いを好むのだ、そんな奴から逃げられるわけもない、蜘蛛の巣に捕われじたばた暴れても逃げられない無力な蝶でしかない。

「て…エミリオ…」

早く迎えにきて、

祈りにも願いが叶うはずもない。瞳を閉じた先に星すら見えない閉ざされた白銀の世界で、海が涙を浮かべた瞬間、

逃れられない地獄。確かにその涙を掬う優しい温もりを感じ、瞳を開けば其処にいた人物の姿にただ、ただ涙を浮かべ海は声にならない涙を流す。

その目の前には……我が目を疑うがこの温もりは紛れもなく現実だ、待ちこがれた愛しい愛しい、何よりも愛しい存在が両手を広げて海を包み込んだのだ。黒いフードは闇と同一化し、表情はよく伺えないが、確かに覗いた形のいい唇に触れるとそれは優しく弧を描き微笑んだ。やはり彼は助けに来てくれたのだ、颯爽と、

「…エミリオ…助けに来てくれたの…?」
「しっ、静かにしろ…ひとまずアーリグリフを出るぞ、裏道がある。カルサア迄逃げれば安全圏だ。」
「エミリオ…」
「約束しただろう、お前を必ず助ける守ると、分かったならもう喋るな、さらってやらないぞ?」

小声で耳元でそう甘く囁かれれば海は優しく安心したように笑い暫く彼の胸の中で涙を流し続けた。アルベルは相変わらず刀を手放さないまま眠りに落ちているが獣波に敏感に気配を察知する男だ…、油断は出来ない油断してはいけない。エミリオは重力などお構いなしに軽々と海を抱き抱えると、部屋を飛び出した。

「エミリオ、」
「…飛び降りるぞ、」
「え…きゃああっ!」

自分を抱いて走り続けるエミリオの横顔は真剣で、に思わず釘付けになる、目にも止まらぬ早さで城内を駆け抜けると白銀の煌めく世界に垂らされた一本のロープに海は思わず息を呑むとー嫌な予感はここぞとばかりに的中した。エミリオは躊躇いもなくそれを掴むと一気にロープ伝いに煉瓦造りの城を蹴り走り出すと難無く着地し後は裏道を抜けるだけだ。しかし、エミリオが忌々しげに睨みつけた視界の先に奴は君臨していた。恰もはじめから知っていたかの様に海を自分の腕から奪った奴は思うよりずっと上手だった、

「クククッ、クソ虫が…ソイツを連れて何処に行くつもりだ…リオン・マグナス?来やがったか、クソ虫の分際で、」
「お前みたいな野蛮で品の欠片もない奴にこいつは渡さない、ネルから地下の進入経路を聞いてそれで取り返しにきた」
「本当に今更だな、まぁいい、単なる暇つぶしだったがそいつは本当に興味深い女だ…こいつは俺のモンだ、テメェみてぇなチビガキには不似合いだ、」

互いに譲らぬ罵り合いは海を見据えたアルベルの不気味な赤い眼光により妖しげな輝きをもたらした、予想していたよりもずっと早く、やってきたアルベルに海はエミリオにすがりついた。刀を手に引っ提げた男は楽しそうな笑みを浮かべている。

「アルベル…貴様!」
「ククッ、短気な坊ちゃんだな、」

もう言葉は要らない、コンプレックスの固まりである背丈を指摘されて黒衣を矧ぐと鈍色に輝くジェリベ模様の白兵戦向けに作られた愛刀、ソーディアン・シャルティエを手に優しいエミリオから虹子を守るため冷酷なリオン・マグナスへとその姿を変えた。

「テメェはどうしようもねぇ阿呆だな、みすみす一人の女のために敵国まで乗り込んでくるなんてよ…」
「まさか、それは理由に過ぎない、お前を永遠に海の前から葬り去る為さ、今ここで貴様の咎、余さず断罪する!!」
「フハハハハッ!無様な負け姿を曝されてぇか!せいぜい俺を満たしてくれるんだろうな!ならテメェを殺して海を手に入れる、」
「ほざいてろ、貴様は土塊になるがいい。お前なんかに海は渡すか!」

高笑いをあげ刀を抜き鉤爪を振りかざし此方に向かってまっしぐらに突進してきた、シャルティエを突き上げ応戦するエミリオの普段にはない激情に紫紺の瞳が怒りに燃える、姿に虹子はたまらず泣きそうになる、しかし彼なら必ずや…炎が揺らめき互いが互いの持ちうるすべてをぶつけ合う、悲しい過去を秘め互いに父を思う相容れぬはずの城に仕える身分は同じ二人が世界を越え剣を混じり合わせる、息も付かせぬ展開にリオンの腕の中から抜け戦いの妨げにならぬ様に端に避けて海はただ、祈る様に両手を組み勝利を信じて待ち続けた。

アルベルの一撃は力強く寒さなど物ともせずそれは楽しそうな笑みでリオンの剣を荒々しく刃で噛みつく、反対にエミリオは鬼気迫るアルベルの一撃を次々と受け流し寒さを上回る激情で海をさらった彼への憎しみを露わにひらりと宙を舞いそのまま一気に切り裂いた。その光景はまるで映画のワンシーンの様で、緊迫した空気に包まれ苛まれながらも海はエミリオへ声援を送った。

どうか、負けないで…

「っ…!」

リオンの小さな呻き声が海の耳に届いた瞬間、リオンの本来の利き手の左を鋭い爪が抉り裂いた、赤い血飛沫があがり衣服からは素肌が覗き、アルベルがとどめの一撃を放とうとした瞬間、海は叫んだ、

「エミリオ!負けないで…アルベルを、やっつけて!」

アルベルは密やかに思いを寄せ始めていた海のまさかの声ににアルベルは動きを止めた、一瞬の僅かな隙、見逃すはずもない、瞬きすら出来ない。リオンの姿が消えた、瞬間それは背後から現れた。すれ違い様のリオンの瞳が揺らめき蒼黒の幻影となりアルベルを引き裂いた。

「…っ……久々だぜ、こんなに楽しい闘いはよ…………」

ぼたぼたと落ちる重い鮮血はアルベルの腹部を切り裂いていた。アルベルの腹部から血は広がりリオンの脱いだ黒衣に染み渡りやがて崩れ落ちた。久々の敗北感、しかし、それ以上に海への報われない愛の痛みが酷く感じられ突き刺さった様だった。

勝利したリオンには駆け寄る勝利の女神が視界に飛び込んできたのが見えた。


Fin.
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