SHORT | ナノ



「Pleiades」
SHORTSTORY

もし、もしもの話。その柔らかく小さな肩を抱き寄せ甘く囁けたら。そう囁いたとしてもお前は笑って小首を傾げるんだろうな、

構わない、そんなお前だから…俺は、お前を守る絶対の刃に成る。海が癒してくれた殺人兵器の汚名を拭い去り青空へ導いてくれた。俺を殺人兵器ではなく大切なパートナー、命を預け合うバディだとふわりと微笑み抱いて眠る彼女を守ると密やかなる誓いを、その見据えた視線の先に例え俺は見えなくとも。

七夕の夜…この世界には存在しない祭りだが海を繋ぐ記憶は彼にも存在している、
もうじき日が沈む、魔物討伐の任務を無事に終え、別地点に居た彼と合流しようと海は小走りで彼の刃…被験者の軍服を模した客員剣士のマントを翻し、雑木のそびえ立つ山達を下っていた。

「ぐはぁ…!」
「ぎゃああっ!!」

日が暮れれば危険だ…急ぐ心に焦りが出れば出る程とっさの危機に対応出来なくなると言うのに…彼方此方から急に姿を現した下劣な風貌をした盗賊の集団が海を取り囲み、今にも殺してそれ以上の苦痛を与えようと襲いかかってきたのだ。
ヒューゴ、否ミクトランの罠か。クライスはすぐさま察知し、差し出された挑戦におもしろいとニタリと口角を吊り上げコアを瞬かせた。今の今までも毒殺、暗殺、脅迫、拷問、海を殺そうと様々な罠を繰り出してきたがそれを無傷で潜り抜けることが出来たのは間違いなく理知的な彼の御陰だ。海は信頼の剣をスラリと鞘から抜くと、赤く燃える夕日に漆黒の刃が光を放った。

『海、いい。殺すのはてめぇじゃねぇ、』
「はあああっ…!!」
『俺だ。』

クライスの声が弱気な海の背中を強く押す、ふわりと次に開いた海の先程の不安そうな眼差しから一転、刃の様な凛々しい眼差しが美しい。小さな少女の見た目と滲み出る儚い色香に惑わされた愚かな輩達に瞬時、クライスから放たれた稲妻が広がり制した。恐れを成し竦み上がったが最後、その一撃は申し分ない、寸分の狂いもなく汚い手で触れようとした盗賊の頸動脈を漆黒の刃が瞬時に引き裂き赤い血がふわりと舞い地面に染み込み消え。海の瞳は普段の纏う甘く穏やかさとは相反する…

「てめぇ!」
『誰だろうがまとめて掛かって来いよ!!』

背後から襲いかかってきた盗賊にブーツの踵で大地を蹴り、スカートから覗いた膝が容赦なく鼻っ柱を蹴り飛ばし、召喚した聖なる光を纏いし槍をクライスに宿し一気に貫き解放した刹那、それは鋼鉄の檻となり広がった陣が敵を取り囲むと何度も貫き殲滅した、鉄槌を下された悪者達の断末魔の悲鳴を最後に消える。

烏が遠くの空で鳴いている、帰るべき場所に誰もが帰るのに自分には…もう帰る人の温かな腕の温もりは居ない。血の香りが立ちこめる其処に佇む海の夕闇に光るその瞳は美しい日本刃の様に研ぎ澄まされており…涙の代わりに、頬を赤い返り血が流れていた。また…私は人を殺めてしまった。小さな彼女はその罪の重さに今にも押し潰されてしまいそうで、殺されるから先に殺すー…そんな平和な境遇で生きてきた少女が背負うには重すぎる掟にも似たこの世界で生きるための絶対のルール。
正当防衛とは許されぬ言い切れぬエゴに苛まれ海はもうこの汚れた手で…愛する存在に触れることが出来ないと嘆いていただろう、しかし、戦いは終わることなく容赦なく海を混乱の核に巻き込んで行く…

『海、とにかく帰るぞ。今夜はもう遅い、女のお前が野宿なんて不用心だ、宿を探して………海?』

クライスがコアを瞬かせ主であり、何時の間にか…
愛し始めた愛しい小さな存在を確立させるその名を呼んだ瞬間、返事が…無い。

クライスの低い声が確立する愛しい存在の名を呼ぶ。何に代えてもこの身に変えても守り抜きたい存在、小さな身体は大きな心の拠り所で。

「へっへっへっ…こいつが天下の客員剣士様かぁ…?」
「っ…ん…んんっ…!」

生き残りが背後から海に襲い掛かり容赦なくその自由を奪ったのだ。

『海…どうした!』

普段の冷静な低い声からは信じがたい、クライスは激しく動揺し、必死に声を張り上げるもその声は海を襲う俗な輩の生き残り達には届かない。

「残念だったな、女の剣士さん。まさか増援が隠れてたなんて驚いただろう?」
「そんな危ないモン振り回さないで楽しもうぜぇ…?」
『海…!』
「…っ…クライス!」
「この剣、邪魔だなぁ…谷底に投げちまうか!!」

その言葉を耳にした瞬間、彼女の小さな声がやがて焦りを隠し切れていない虚勢を必死に被ったままの怒りに変わったのを俺が聞き逃すはずもなくその言葉は余りにも甘美な響きで、囁かれ鼓動がないにも関わらず激しく心を鷲掴みにされ内心隠したお前への激情がコアクリスタルにはっきり刻まれた。

「や、やめて…クライスに乱暴しないでっ!」
「うるせぇんだよこの女!!」
「きゃあっ…!」
『てめぇら!気安くそいつに触るんじゃねぇ!!』

下世た笑みを乗せ笑う輩に…海はしたたかに殴られショックで悲鳴を上げることさえ出来ないと言うのに…しかし、繋がれた精神とは皮肉なものだ。俺はただ情けなくマスターの能力がある奴にしか聞こえないというのにがむしゃらに怒鳴り声を張り上げるしかなかった、身体があれば迷わず全員血祭りにしてやるところだ。

悲痛な海の叫びをクライスは確かに感じ取った。

「いやああっ、クライス、クライス…!」

彼女を握り返してやる大きな手も彼には存在しない。海の手から無理矢理引き離され、ただの剣でしかないクライスをあっさり谷底に投げ捨てた夜盗達は彼の本当の恐ろしさを知らない…普段口は悪いが根はそれなりに穏和ではあるクライスは完全にキレた。

恐怖は、一瞬だ。クライスは詠唱を終えるとコアクリスタルからは禍々しい光と共にそれはやがて人の形を形成した、白煙からついに禁じられしその姿を現したのは紛れもなく、さらりと風に靡く緋色の猛々しい鬣の様な髪。低く、見開かれた瞳眼は鋭く研ぎ澄まされ唸る様な低い肉声でボソリと呟いた。

「てめぇら、…生きて日の光を浴びれると思うなよ。」

不意に、谷底から響いたそれは恐ろしい男の声の後から放たれた大地を震わせる様な気迫に誰もが震え上がる。ゴツ、ゴツ…重量感のあるエンジニアブーツが地を叩く。崖をよじ登る腕には逞しい上腕二頭筋が盛り上がっている、次第に夕闇を背景に姿を現したのは中性的で妖艶な顔立ちをした絡みつく衣服から分かる筋肉質な体躯に脚の長い玲瓏な顔立ちの青年だった。しかし、美しいその見た目に惑わされた奴は大火傷を負うことを知らない、狼の瞳に睨まれ、醸し出された怒りに誰もが呼吸すら許されない。

「…だ、誰だ…!?
「誰、だと?クソッタレ共…聞くまでもねぇだろが。」
「…何だ!足がうごかねぇ!!」

ゴツ、ゴツ…

「1人の女に寄ってたかって……楽しいか?あァ?」


男は勝ち誇った様にニタリと口角を吊り上げ、1人の男を軽々と肩に担ぐとそのままその頭をかち割り叩きつけるように後ろに倒れたのだ!

「今更おせぇんだよ…どうせテメェ等は今から死ぬンだからよ。」

"殺生"を誰よりも憎む軍人が…殺生をする時、それは本当に彼の逆鱗に触れた瞬間だろう。

「海、目閉じてな。直ぐに済むからよ、」
「ぎゃあああっ!!!」

海は殴られた後で気を失ってしまっていた。傷ついた小さな身体を見た瞬間、クライスの秀麗な眉間に盛大に皺が寄った。そんな小さな身体に跨り組み敷いている男にクライスは迷わず拳を振りかざししたたかに殴り飛ばすと胸ぐらを掴み谷底にゴミを捨てるかのように放り投げたのだ、醜い断末魔だけを残し地に落ち肉片と化した醜い肉の潰れる音すら反響して。エルレインの禁術により肉体を得たソーディアン・クライスはマスターでもある、しかし何よりも愛しい少女を腕に引き寄せ抱きしめた。返り血を受け何事かと慌てふためく輩に次々と漆黒の風が吹き抜けると共に倒れて行く仲間達…クライスの鋭い突きがまるで刃の様に、気付けば先程確かに投げた場所にあった剣が無くなって居るではないか。だが、気付いたときには辺りは夕日の様に更に赤く燃えた世界へと変わっていた。返り血を浴びたクライス。獣の様な獰猛の中に偲ぶ美しさ、しかしその見た目は美しいまま、まるで今尚生き続ける吸血鬼の様に…。

「ひ、ひっ…ゆ、許し「黙れよ。肝に免じておけ、こいつに手を出す奴は俺が1人残らずケツから内蔵引きずり出して殺してやる。覚えておけ。」

ゾッとする程の闘牙と覇気をむき出しにしたクライスの出で立ちに誰もが身動き、呼吸すら許されない。白煙に包まれた漆黒の刃が忽ち妖艶かつ鍛え抜かれた完璧な男の体躯をした人間になった事を誰もが夢の様に感じているが夢では無い。

「ミクトランへの見せしめにテメェだけは生かしておいてやる、」

その瞳孔が開いた餓狼の眼差しを見た瞬間、盗賊は情けなくそのまま意識を失ってしまった。

「海…!」
「クライス…!」
「無事だったか…怖かったな…すまねぇ、守ってやれなくて…辛い思いさせて・・・」
「うぅん、いいの…でも、私が油断したから…クライスに迷惑かけちゃ……っ」
「…海…しっかりしろ!」

やがて安心したのか海は彼の逞しい腕に支えられ意識を闇に沈めてしまった…見上げればいつの間にか日は西の空に沈みやがて7月の香りがする風が彼の艶やかな髪を撫で山の空は平地よりも天の川が煌めく星の世界に彩られ、クライスは大切な小さな宝物を壊してしまわぬ様に優しく抱くとそのまま近くの宿まで駆け抜けたのだった。シャワーを浴びる音が静かに響く宿屋の一室。開け放たれたベランダからは夏の香りを纏った風が吹き抜け心地よい…見上げれば空には散りばめられた様な綺麗な満天の星が煌めいている。

「う…」

そうだ、私…油断して…。
頭を過ぎった残像に大の男達に組み敷かれ感じた恐怖身を震わせながら、近付く足音と共にふわふわと鼻孔を擽る甘い香りに誘われ海はゆっくりと目を覚ます。柔らかなシーツに枕からはアロマの香り、そしてベッドに置かれた自分が先ほどまで着ていたはずの衣服と、もうひとつ、それは明らかに男物の衣服だった。

濡れた髪を掻き上げ、成熟した男の身体をそのままに此方に近付くのは…。風呂上がりの彼の身体からは仄かに甘い菓子の香りを纏ったボディーシャンプーの香りがした。目を開けた視界いっぱいに飛び込んできた光景に海は飛び上がった。

「おぅ、起きたか。泣き虫、海。」

ニタリとニヒルに笑う緋色の濡れた髪を解き、鍛え抜かれた彫刻の様な身体に伝う滴が何とも言えぬ女とはまた違う色香を放つ艶めかしい細腰にバスタオルを巻いただけという風呂上がりの剣から聖女の力で人間へと実体化したクライスの姿だった。

「きゃ、きゃああっ…!やだー!!ふ、服着てよ!」
「タオル巻いてるだろ。なぁに興奮してんだよ。」
「し、してないったら…っ!」
「海のエッチ」
「いやぁーっ!!」

顔を真っ赤にして慌てて枕に顔を埋めた男の身体を目の当たりにし思った通りのリアクションをした主の姿にクライスは楽しそうにワインを瓶ごと飲み干しすっかりほろ酔い気分。海は後ずさりながら返り血に濡れていた衣服から清潔な男物のシャツ一枚に着替えられていたことに気付き、真っ赤な顔でゆっくり起きあがると太股が隠れるまでしかないシャツの長さが恥ずかしくて身を縮こませてしまった。そんな初な海にクライスはまたひとつ成熟した男の身体に不釣り合いな美しい笑みを浮かべ、海の小さな身体を抱き寄せ低く囁いたのだ。

「もうお前の身体で知らない場所はねぇな、」
「……!?や、やだ…っ!セクハライス!!」
「あ?誰がセクハラだテメェ。食っちまうぞ?」
「きゃーっ!」
「待て!!」

バルバトスと同じ奇声に海は飛び跳ねる様にカーテンに隠れてしまった。クライスに追いかけられ二人はぐるぐるベッド周りを駆け抜けると呆気なくその身体に捕まってしまった。ぶるぶると震える姿に大きな丸い瞳の端には僅かに涙が…まさに狼と兔だ。クライスはそんな海の姿に楽しそうに、しかし、見つめる隻眼は先程の彼からは信じがたいほどに優しい。一頻り笑うと漸く近くにあったバスローブを羽織り髪をタオルで拭う。

たまらず俯いた海にクライスは何となくその複雑な彼女の感情に気付きながらも海に親指で風呂場を指した。

「俺が居て助かったな、今夜は野宿じゃねぇ、おまけに天の川見れるかもしれねぇぞ。」
「ほ、ほんと!?」
「昴は見れねぇけど、まぁ…さっさとそのベタベタの身体流してこいよ。星観りゃすこしは元気になるだろ。」

普段とは違う、乱暴だが今日は特別優しい声に満たされ海は身体を震わせた。ソーディアンの時とは違う、鮮明なクライスの肉声は本当に聞くだけで情事の後の微睡む様な幸せな気持ちに満たされる。彼がいつも傍にいて守ってくれる、欲しい言葉をいつも与えてくれる。だから、自分はこうして笑顔になれるのだ。

「…う、うんっ!ありがとうクライス。」
「なんだ?全身隅々まで洗い流してやろうか海?」
「…!も、もうっ…クライスのバカ!エッチ!知らない…っ!」
「はははっ、やっと笑ったな。」
「…つ!」
「誰がテメェの身体に欲情すんだよ。」

冗談混じりの猥談ジョークに顔を真っ赤にしてぷりぷり怒る海の姿も無性に愛しくさせる。

「クライスなんか知らない…っ!」

先程の傷は彼が隈無く回復晶術を施した甲斐あって元に戻っていた。一途に彼を思う凛とした海の横顔にクライスは被験者が彼女の父親である為に残る父性とはまた違う、許されないそれ以上の何かを感じていた。気付きながらも敢えて知らぬ振りをして。浴室に歩き出した海の小さな小さな後ろ姿、男物の白いシャツを着ただけの無防備な彼女を遠巻きに見守りながら愛用の煙草に火を付けた瞬間、再び海の小さな悲鳴がバスルームに反響した。その悲鳴はやがてすぐにバスローブの胸元を何の恥じらいもなく晒しベランダで涼んでいたクライスの耳にも届いた。

「…海…?」

マズい、まさか…クライスは慌てて浴室にずかずかと飛び込めば其処にいた海が今にも泣き出しそうな表情でクライスの腰に縋り付いてきたのだ。

「っ…クライス…!」

そして服越しにダイレクトに感じた海の柔らかい小さな身体にクライスは海の指を指した場所にいた生き物。

「っ…コオロギがいるの…お願い、早く…!」
「…あ?コオロギじゃねぇだろ。へぇ、初めて見た。」

縋り付く海にクライスは事故でありながらもさりげなく片手で簡単に海を抱き締め、もう片方の手で思い切り何の躊躇いもなく容赦なく素足で踏んづけたのだ…!

「っ…きゃーっ…!!」
「おい、暴れるな。ったく、俺なんかこいつと初対面なのに何こんな生きもんにビビってんだよ。」

「だ、だって…私も初めて見たんだもん!」
「へぇ、そうか。しかしコオロギは似てねぇと思うがなぁ…、」

初めて見た生き物にクライスは逆に感動しているが女の子の海はよっぽどショックだったのか未だに涙目でぶるぶると震えている。

「ほれ、死んだぞ。喰うか?」
「やーっ!!」

ニヤニヤと笑うクライスを突き飛ばし海慌てて風呂場に飛び込む。虫に怯えるそんな海の姿にクライスは表面上は冷静だが、内心激しく動揺していた。
着替えさせるときも内心理性は砕け高鳴る胸を押さえきれずにいたのにこれで裸で己の胸に飛び込んできていたら…確実にめちゃくちゃに犯し・・・抱いていただろう。

「……ったく、」

夏の憧れに瞳を閉じクライスはシャワーを浴びる海の浮かび上がるシルエットに崩壊しそうな理性を紛らわそうとベランダへと歩き出しぼんやりと夜の空を見上げた。広がる天の川に山から見上げた満天の星空はあまりにも美しいたまらずクライスは息を呑む。再び煙草を吹かし暫し余韻に浸りながら瞳を閉じベランダに身を預けていればシャワーを浴び終えた海が同じボディシャンプーの香りを漂わせクライスの隣にやってきた。

「よぉ、すっきりしたか?」
「…うん。わぁ…星、すごいきれいだね、っ」
「……あぁ、」

満天の星空にクライスが肺から毛細血管に染み込ませるニコチンと口から白煙を吐き出す音だけが2人を包み込んでいた。まるで絨毯みたいだ、散りばめられた大好きな星がたくさん広がる世界、海は食い入る様に見上げていたその横顔を静かに、切なげに愁いを帯びた眼差しで見つめるクライスの隻眼があった。

「あ、流れ星…!」
「お、」

慌てて無言で願いを託す海に。クライスもその横顔を反らさずに見つめながら密やかに願った、思いが愛しさが溢れてくる。駄目だ、海を…あの男の腕から奪い去ってしまいたくなる。しかし、それはしない。
遠くからその海の彼を一途に思う幸せな横顔を見つめる、クライスはそれだけでも幸せだと気付かされたから。本当の幸せは…愛する人の幸せだ。

「ねぇ、クライス…!」
「どうした?」
「クライスは何のお願いごとしたの…?」

くいくいとバスローブの裾を引っ張り上目遣いで自分を見つめる海の愛らしさにクライスは初めて、誰にも見せたことのない、屈託のない笑顔で…無言で海を強く抱き締めたのだった。

「…お前の幸せだよ。」

低く甘く囁かれたクライスの声に海はただ今にも泣きそうな顔で幸せそうに、愛らしく瞳を細めクライスの背中に腕を回し、近付く彼の美麗な顔に瞳を閉じた。

「…私も、クライスの幸せを…願ったよ。」

本心か、否か、海にも分からないこの切なく胸を締め付ける感情に苛まれクライスの力強い抱擁を受け入れその胸板に身を委ねることしか出来なかった。

「俺の背中に手を回したからには…知ってるだろうな。」
「うん…」

星々が輝く色とりどりの世界の下、静かに交わした許されぬ口づけを…月だけが知っていた。


Fin.
2009/7/7のお話をリメイク
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