SHORT | ナノ



「声が枯れるまで君の名を叫ぶ」
SHORTSTORY

一秒だけで、奪われたこの名付けるには許し難い感情の名を知らぬ振りのままで居られたら、良かった。エゴから派生した願いだとしても海にはいつまでも綺麗なままで居て欲しい、そんな支給された揃いの漆黒なんか赤い血なんか似合わない、柔らかな黒髪、バスローブのオフホワイト、優しいスカイブルー、水に乱反射したドラゴンブルー、可愛らしいサーモンピンクに染まったきめ細やかな白い肌、そう、そのままがとても美しくて愛らしい…

だから…

「クライス…私、」
「海…」
「…!」

さらりと夜風にふわりと揺らぐ海の柔らかな漆黒の空に流星がまた静かに瞬いて、海の此方を見つめる愛らしく戸惑う瞳にもこの夜空に流れる天の川が映り輝いている。もう一度彼女が自分の髪に気障に口付けた男性の名前を呼ぼうとしたが男の鋭い隻眼は情欲で獣の様にギラギラと燻っていた為に間近で見た迫力に言葉が遮られてしまう。

男は戸惑う海に対し今しかないならとそのか細い言葉を薄く開いた唇で遮りまた顎を此方に向かせ貪る様に柔らかくて甘い唇をその乾いた唇で挟み食んだ。舌を絡める激しさよりも、唇を唇で挟める優しさはやがて海から地に立つ重力すら奪い海はクライスの逞しい腕に軽々と抱き上げられ、その30p以上も離れた背丈を縮められ、完全にスイッチの入ったクライスにされるがままにベッドに優しく倒され小さく息を詰まらせると不安そうに、しかし、後悔のない純粋な瞳で彼を見つめた。

今まで保ち続けていた理性が崩落する音なんて聞いたこともなかった。確固たる自信があった、この頑なに固めた強靱な理性は今も変わらずに揺るぎなく存在していると。海からすれば手当たり次第に女を抱く様な軽薄な男に見えるかもしれない、だが断じて違うと理解して欲しくてまたキスに驚いて飛び上がる小さな身体を堅い胸に引き寄せた、温かくて小さくて、柔らかい…冗談混じりにそんな卑猥な言葉で煽って純真な海を恥ずかしがらせて怒りながらも照れているのが何よりの癒しだとした今までのことが仕打ちだとしても。

事実、クライスだけが知る恋情は余りにも非条理で彼を生み出した被験者は紛れもなく海の実の父親だという事実が彼を苦しめ続け見えない血を流しながらも彼が海と確かに血が繋がっている事を言い聞かせ唇を重ねるこの身体を抑制しようと試みる。ましてや海には心を決め一途に愛し続けると決めた男が居る。
しかし皮肉なことに横顔だけ見つめているだけでよかった海のその男のために自らを困難な窮地に陥れる覚悟も厭わず飛び込んでゆく姿はどんな景色よりも鮮明に彼に愛しさの種を植え付け愛を目覚めさせついにそれは実をつけてしまったのだ。

しかし血の繋がりを知らない海は強情になればなるほど離れようと覚悟を決めた男を何度も呼び止めたそんな一途な姿に、惹かれたのかは分からない、気付けば海を細目に見つめる眼差しがあった。

どんな咎めを受けようと過ちの一時の感情ではない、本能が叫ぶのだ。海を守ると決めた…安らかな寝顔に何度この身体は疼き抗らえずに唇を重ねただろう、何度、その素肌を想像し身震えただろう。

一途に、戯れに好き勝手に欲望に任せる様な手荒な事をしたくない、海を、汚したくはないんだ。顔に掛かった彼女の髪を優しく払ってやれば小さな声で身じろぎ手のひらが赤ん坊の様にきゅっと閉じられて愛らしくクライスの視界に飛び込んでくるとまた自身が熱く疼き熱を帯びた。

苦しい…まるで全身が燃え盛る業火に焼き尽くされるよりも優しい砂浜の様に…ならば彼女を組み敷いたこの状態を何とする。星に願いをなんて愚考…星は単なる岩石だ、願いなんか叶えちゃくれない。願いはそう、この目の前の小さな小さな1人では輝けず涙を流す愛らしい焦がれた存在だった。

天の川が禁じられた筈の逢瀬すらロマンチックに白いカーテンから射し込むミラーボールの様に二人を照らし続けていた。バスローブがクライスの引き締まった肩をずり落ちそれを乱暴に椅子に投げ飛ばして露わになった獰猛な肉体の凹凸のある体躯に海はまた睫毛を伏せ恥じらいを見せるが一番恥ずかしいのはクライスだろう、これで改めて思い知ることになる、やはり彼は…紛れもなく男であって、クライスの膝の上に跨り柔らかな臀部を先程から擦れる逸物の躍動に海は飛び上がった。それは紛れもなく…海は未だきっと、しかしいつまでも慣れる日など来ない、甘い密事の始まりに覚悟半分戸惑いで溢れ慌てたような戸惑ったような小さな悲鳴が上がった。

「ひゃっ…!」
「…!怖いか…今なら止めれるぞ、」
「う、うぅん、いいの…違う、嫌じゃない…クライスの身体…温かい…」

愛おしそうに瞳を細めてまた柔らかく笑みを綻ばせると海は未だ年頃の女性でもないがもう夢見る少女でもない、そんな複雑な年頃で押しつぶされてしまいそうな儚く凜とした必死に虚勢で隠した姿を無くした素の海に戻っていた。やっと、しかしまだ仕上げが残っている。クライスはこの先の少なからず、叶いもしない願いの先を脳裏に描いては海に未だ触れていない舌を覗かせ首筋に吸血鬼の様に甘くじゃれる様に噛みついた。

「んっ、い、痛いよクライス…バカっ…」
「誰が馬鹿だ…このクソアマ!」
「…っ!!」
「!ったく…お前なぁ、
…良くなるのはこれからだろうが、さっきから調子が狂うな…お前のせいだ…着いて来いよ、」
「…むっ、無理だよっ…!」
「無理じゃねぇんだよ、ブチ込めば慣れる、俺がリードしてやる、」
「ぶっぶちこっ!?いやぁ…っ!そんな露骨に言わないで、そんな恥ずかしいこと、今時高校生も言わないよ…!」
「もう喋るな、俺はずっと我慢してきた、墓場に持ってくまで隠し通すつもりだったのがお前がぶち壊したんだからな。この雰囲気を台無しにするなよ」
「へ?」

低く囁かれた言葉を合図にクライスは顔を伏せ涙を拭う仕草をしていた、その悲しいだけではない密やかなる慕情と決めたはずの思いを暴き出せる喜びに、血も涙もない餓狼の涙に隠された真の意味を海は知らない。

だが海は瞳を反らしも閉じもしなかった、身体を隠そうと何度も身じろぎはしたがクライスに暴れるなと押さえつけられ恥ずかしそうに彼の色っぽい瞳を見つめて未熟な身体をクライスに託した。

やがて戸惑いながらも小さくて甘いソプラノが空間に漂い始めた、クライスの無骨な指先がどこもかしこも丁寧にしつこく彼女の身体に触れると其処から微弱の電流が流れる様に可愛らしくつま先がぴくぴくと跳ね上がり角度を変えて2人は抱き合った。
乱暴で強引で鬼畜なセクハライスのイメージはまた更に海の中で構築されつつあったが悉く破壊されることになる、クライスはどんな花より慈しむ様に海を抱き締めそして若い2人の身体は何度も白い波間に崩れ落ちた。最初は星の光さえ恥じらっていた海だったがクライスに甘く囁かれると何も聞けなくて何も言えなくて…天の川にさえ魅せたくないのか、クライスが隠した為に本当の意味でクライスの願いは叶えられた。

しかし人は悲しい程までに貪欲な生き物だ…自己犠牲心を払っても願いの先にまだまだ果てはなくて、クライスは更なる願いを胸に抱き飽き足りずに愛しくて愛しすぎて…何にも負けずに焦がれた海を求めた。片隅に置いた理性なんかとっくに本能が食い荒らしてしまった。海は行き過ぎた快感に恐怖すら抱くも決してクライスの首の後ろに回した腕を解くことはなく一生懸命小さな身体でクライスの愛を受け止めそして愛を捧げた。正にmake love三文字のアルファベットにはない愛おしさがmake loveにはあった。動物とは違う、人は愛がある。元から一つの個体であったように2人は0.5ミリの隔たりの中で唇も身体も、星々が照らすミラーボールの下繋がっていない部位がないくらい重なり合った。やがて海は髪をふわりふわりと梳く男らしくも時に、本当は優しい指先に手放していた意識がゆっくり戻る感覚に身を擦り寄せ下腹部の心地の良い不快感にまた焦げ茶色の瞳を細めた。

「クライス……」
「悪ィ、起こしたな、」
「うぅん…私…平気、だよ…」

擦り寄る様に甘える様に、激しく求められた後、海はクライスの腕の中に包まれて安らかにまどろんでいた。まどろみの中瞬く星が彼の肩越しにまた煌めきその輝きは夏の星座が肉眼に捉えられた。オリオンも昴もない夏の空、夏の涼しい夜は違う切なさをまた2人の間に運んできた。海はクライスの瞳を見つめると愛おしそうに今度は海から初めてのキスをした。細い舌が軽く歯に当たりクライスは瞳を細めるとその優しいキスを噛みしめた。最後の温もり…愛おしさを込めて。

「すごく幸せなの、私の願いが、星に届いたから、」
「そうか、」
「クライス…」
「海」

低くまどろんだ声が海の名を呼べばクライスはまた眠りに落ちた儚いその寝顔を見つめクライスはまた人知れず涙を浮かべていることも知らず。

甘く気怠いこの時間が包む様に優しく2人の空間を作り出していた、時刻は深夜、星は瞬きまた2人を照らし出しまた輝きを放つ。未だ不慣れなしかし行き過ぎた快楽は確かに彼を感じていた。思い悩む後悔は、今は要らない。

願うならどうか星には届かないでくれ。目の前の愛しい存在を、どうか、失われてしまわないように。願いならどうか君に届いて。この暗闇から救い出し光を与えてくれた…

「今だけは、おやすみ…」

どうか、いい夢を…未だこんなに繋がっているというのに海は呑気に寝息を立ててくたりと眠っている。クライスはゆっくり彼女から身を引くと汗ばんだ身体をこんなにも抱き締めた。優しい笑顔を浮かべたまま静かに彼女に習い瞳を閉じる。

「お前をこんな風にしたかった訳じゃねぇのにこんな俺を一度でも受け入れてくれて有り難う、

お前は俺が守る…お前が星に願うなら、俺が星になってお前の願いを、叶えてやる…」

最期に笑うのは、未来の行き先はもう決められているのかもしれない。彼女の隣には恐らくもう居られないだろう。だがこの餓狼は突き進むのだろう、悲劇が餌ならやがて餓狼には何よりの力が芽生えるはずだ。再び光が包む、星の様に煌めいて、海の隣にはクライスの姿はなく一本の刃が傍らに寄り添う様に横たわっていた。


FIn.
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