SHORT | ナノ



「Hard to say i'm sorry」
SHORTSTORY

そうだ。
お前はいつもそうだった、
500年前から変わらない。
強く凛々しく潔くて残酷なほど優しい
その為なら、どんな悲しみさえ壁になり立ちはだかり背負う。どんな苦痛を言葉にすることもなく。

あいつらの為なら、




―守りたいものがあった。
それを失ったとき、初めて自分の不甲斐無さを知った。
俺は手前の事だけで手一杯なんだと。

―そして思った。
守らなくていいものがほしい…。

俺のために生きて俺のために死ぬ。
誰かのために死んでたまるか、残された誰かの痛みが分かるから。

昔に味わった様な言い様のない焦燥感。
あの言葉を思い出す、結局俺は守れる存在なんか必要ない。死ななきゃいい、死なねぇからそいつを傍に置いた。

「ねぇねぇ、お兄さん」
「1人なの?綺麗な法衣ね、良かったら一緒に遊ばない?楽しいこと、しましょう。」

「……」

酒場で久々に1人酒を煽る視界の端に厚化粧で塗り固めたババアがちらつき蛇みたいに絡み付いてくる腕を振り払い睨み付ければ女達は怪訝そうに離れていく。

胸くそ悪ィ。
俺を口説くな、悟浄にでも遊んでもらえ。
苛立ちに任せマルボロに手を伸ばすとライターをあのエロ河童に貸したままのことを思い出した。

仕方ねぇ、戻るとするか。
口にくわえていたマルボロを戻そうとした瞬間、起きるはずのない現象が視界に広がった。

―シュボッ

「そこのお兄さん…どう?
私とイイことしましょ?」
「…フン、似合わねぇ台詞だな。
ガキがここにくるんじゃねぇ」
「ふふっ!あははっ…残念、見つかっちゃった!」
「何がおかしい」
「うぅん、何でもないの。自分で言って、恥ずかしくなっちゃった…」
「アホらしい…帰るぞ。」
「はぁい、」

いきなり隣にやってきた女は海だった。足を組み替え似合わない台詞を耳元で囁きジッポを手に俺のくわえていた煙草に手慣れた様に火を付ける。

「何だその服は、」
「ヘン…かなぁ…たまにはいいでしょ。」
「フン、」

サマになったみてぇに、得意気に細くて柔らかな足を組み微笑む女を見下せば海は屈託ない笑みを見せネオンの光に不似合いな振る舞いは浮ついた存在に付け入る隙を与える。

こいつは自覚なんかありゃしねぇ、その脚を道行く男共が舐める様に見つめていることも。
時折見せるその笑顔を振りまく立ち振る舞い、細い柔らかな肢体に匂い立つ色香がどれだけの媚薬、なのか。
厚化粧のババアよりずっとマシだ、今まで女なんぞ気にしないで生きてきた、どうでもいい。こいつを傍に置いても変わらねぇ。

「1人で来たのか?」
「うん、ライター、必要かなぁ、って思って。悟浄君から預かってきたの、」
「…チッ、」
「え?どうして舌打ちするの?」

悟浄、悟浄、こいつの口から出てくる言葉に眉間に皺が寄る。誰にでもへらへらしやがって、変態に襲われでもしたらどうするつもりだ。

「なんだその足、」
「ん?」

ん?だと?
こっちの台詞だ馬鹿女。
普段の服と違い丈の短いスリットが入ったチャイナドレスに踵の高いヒールを身に纏った姿。

「脚だ!出し過ぎなんだよ!丈をもっと下げろ!」
「きゃ…ちょっと!」
「露出狂か?おまえもあの店の女と同類なのか?」
「っ…そんな!」

抱きすくめてそう吐き捨てれば海は頬を赤く染め今更になりその姿を恥じたのか抵抗を止め俺の腕の中大人しくなった。

「文句があるならはっきり言え」
「私、は…」

何が言いたい、目を泳がせて黙り込んだ海に対し思い切りハリセンをぶちかまそうとした瞬間、背後に良からぬ気配を感じた。

「ひどいじゃない、お兄さんたら、私たちを置いてそんな子供と帰るだなんて…」
「ねぇ、私たちと遊びましょうよ…」

「妖怪…」

妖怪か、粗方牛魔王の刺客か、魔天経文を狙う奴は絶えない。海を引き離し距離を取る。最悪なことにコイツと俺しか居ない。

どう切り抜けるか。
コイツがどうなろうか知ったこっちゃない。

「海、行ってこい。」
「さ、んぞ……」

さぁ、試して見ろ。守るのは得意なんだろ。1人酒で絡んできたのババア共は妖怪が人間に無理矢理なりすまし姿を変えた姿だった。

「チッ、」
「三蔵みたいなカタブツを誘惑したって無駄なのに…」
「力付くで奪いに来たか、」

狙いは魔天経文か。
ババアになりすました妖怪にガキと呼ばれた海はますます黙り込むと小さな細い肩がさらに小さく見えた。
普段見せない肌をさらけ出した姿はその肢体の細さをまざまざと露わにする。

コイツはロクにメシもくわねぇでいつか痩せ落ちる気か。
エロ河童も八戒も馬鹿猿も居ないのにどうにかなるか…せめてコイツだけは、華奢な肢体を後ろ手に引き寄せた。

「私、三蔵が分からない…分からないよ…」
「は?」
「やっぱり私はあの妖怪さん達の言うとおりなんだね…三蔵より年下だし、背も小さいから…似合わないよね、」

何が言いてぇんだコイツは?
黙り込んだままチャイナドレスの丈を気にしながら俺の手を振り払った。

「海」

無意識に口はあいつの名前を呼んでいた、振り返らない剥き出しの背中がやけに綺麗だった。

歩き出した海の手には不釣り合いな東洋の剣が現れ鞘が放たれる。

「…あらぁ、小娘の分際で私たち姉妹にどう立ち向かうのかしら?」
「でも幼くて若い娘の血肉、うぅん、瑞々しいお肌で羨ましいわね。」
「こう見えて私、成人式は迎えたんだけど…そうでもないよ。」

本体を露わにした妖怪に何の迷いもなく刀と呼ばれる剣を水平に構え一気に走り出した。

「どうせお手入れしても、おしゃれしても…私には何の意味もないんだから!」

相変わらず早ぇ、素人には見えねぇ太刀で獣女に立ち向かう俊足は妖怪並だ。

「はあっ!」
「いやぁあああー!」

黒光りする刃が容赦なく捕らえ野菜を切るみてぇ弾けて鋭い腕を切り刻む。
普段の穏やかな眼差しは何処に行っちまったのか半端無い切れっぷりにいつもと違う、あいつ、ナニにキレてやがる?

激情に駆られた海の面を初めて見た気がした。
怒り任せに2人を1人で相手していた海の動きが次第に遅れていることに見やれば海は短すぎる丈を気にして裾を押さえながら懸命に二人を相手に戦っている。
そうか、…普段着じゃねぇから戦うにも思い切り戦えねぇのか。

「子供だって…思わないで、私、もう決めたの。」
「……」

コイツーガキ扱いされたのがそんなに許せなかったのか。
世話が焼ける、ガキ扱いされて落ち込むなんざお前らしくもねぇ。

俺からして見りゃお前は確かにガキだ。
だがお前はガキだが悟空とは違う、危なっかしくて放っておけない。守りたくなんかねぇ。そんな存在いらねぇのに、よ…

心臓の奥が疼く、
あいつに重なる残像に桜の花びらが見えた。

「後ろも見なさいな!」
「…!」

胸くそ悪ィ…本当に、世話が焼ける女だ。
背後からの一撃に気付かない儘振り向いた先で俺は無意識に経文を取り出し広げていた。

こんな雑魚相手にこんな大技使わせて、どうなるか。
利息は高いからな、

隙だらけの背後から海に襲いかかろうとした妖怪に向かって経を放った。

「オン、マニ、ハツ、メイ、ウン!

魔戒、天浄っ!!!」

魔天経文が広がり立ち上り背後から喰らおうとしていた妖怪を捕らえ離さない。
一気に飲み込み眩い光が夜の裏口を昼の様に明るく照らした。

一気に静寂に包まれる世界で、改めてチャイナドレスに身を包んだ海を見据える。

「三蔵…」
「俺の傍で俺を守れ、そう言ったよな、」
「うん。経文まで使わせてしまった…私、駄目だよね、三蔵に、助けられてばかりだね…」

マルボロの灰を落とし海に問えばあいつはそれきり何も答えなかった。
不意に足元を見れば海の太股から夥しい量の血が垂れて居る。

「おい、だから言っただろ、」
肌を出せば男だけじゃない、妖怪に常に狙われ続ける天竺への過酷な旅。
いつ何時こんな状況に遭うか分からない、眉間に刻まれた皺を忘れ海の太股に手を伸ばした瞬間、俯いていた海がいきなり飛び上がった。

「いや…!触らないで…っ!もぅ、いいの…1人ではしゃいで、ごめんなさ、い…」
「あ?」

どうしてコイツが俺に背中を向けていたのか。
何故コイツは俺から離れたのか、すべて涙を隠すためだったなんて、知る筈もない。

「海」
「傍にいさせてなんて言わない、三蔵を守りたいだけなの…でも、私じゃ、役不足、だよね…」

雨が降り出した、嫌な雨だ。
最後に呼んだ海の名は震えていた。

海とはそれきり言葉を通わせることも煙草を買わせるのも火を付けることもなくなった。

失って気付いた過ち、
俺は何かとんでもねぇ事をしでかしたと気付いたときには海はもう居なかった。


降り止まない雨、海が今も泣いている様な気がした。当分止みそうにもない。


Fin.
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