SHORT | ナノ



「SOS」
SHORTSTORY

「先程から何を見て笑っていらっしゃるんですか?」
「金蝉があんまりにも哀れでな…

ったく、寂しがり屋だな楢崎。昔から変わらねぇ、

夫婦ゲンカは犬もくわねぇんだぞ。」









西を目指しただひたすら走り続ける広野の果て、ジープに揺られる悟空・八戒・悟浄・三蔵と男だらけ煙草の煙が漂う四人の中に紅一点が1人、しかし、ダウトを嗜む輪の中で一番浮かない顔をしている。

「海、海!」
「え…なぁに?」

「ダウト!」
「あ、ごめん、私…」
「やったー!また俺の勝ちだ!」
「海ちゃんが悟空に負けたなんて…信じらんねぇ。」
「そうですが…海?どうかしましたか?なんだか随分顔色が悪いですよ?どうかしたんですか?」
「…私、」

海はトランプを持ったままバンザイをしている悟空を横目にただ小さく俯くと悟浄や八戒の言葉に黙り込んでしまった。

「あ!もしかしてお腹空いたんだろ!?なー!メシまだなのかよ」
「お子さまは黙ってろ!俺は分かるぜ海ちゃん、俺に構って欲しかったんだよな?あ、構って欲しいのは…三、「あ、あっ…!もう、そろそろじゃないかな…っ?ね、悟空!」

「ありゃりゃ〜流されちゃったな生臭坊「今すぐ死にてぇか、」

空気を読み何とか2人の溝を修復しようと試みた悟浄だったがジャキンと眉間に突き出した三蔵の小型リボルバーにより遮られた。

不意に海のつぶらな瞳と三蔵の紫暗と視線がかち合う、しかし交わす言葉は二人の間にはない。

今の2人は見つめ合うような甘い関係に至る筈もない。
恋人同士な筈だがそれ以上に甘ったるい空気が嫌いな2人。
見つめ合う様なこともしない関係だが。

なんせこの生臭坊主だ。海は小さく瞳を伏せその紫暗からのがれた。

「チッ…」

修羅か羅刹の様だ。そうはやし立てられていた頃よりもぐっと
彼の瞳は他の人にはないとても珍しい暗い紫色をしている。黙っていれば女が振り返る端麗で玲瓏な顔立ちをしているのだ。

反らされた瞳、三蔵は目があったわけではなくずっと元気がなく黙り込んだ海を見つめていたのだ。しかし反らされてしまい小さな舌打ちをした。

しかし、逃れた筈なのに記憶にははっきりと桜の舞う空の下でその色彩を微かに見た気がしてなかなか反らせなかった。
まるで気持ちが彼を遠ざけても胸の奥がちくちくと痛くて魂が彼を心から求めるようだった。

微熱があるかもしれない。皆に言える様な病気ではないが女である自分には毎月の周期でやってくる海にしか分からない痛みと気分の不快感が止めどなく襲う。後で八戒に薬を頼もうか。彼ならどんなことでも頼めた。優しい笑顔と穏やかな物腰、三蔵には頼らない。

普段は賑やかなジープの旅、悟空と悟浄がいつも喧嘩して三蔵が怒ってハリセンをぶちかます、それを八戒が宥めて。過酷さを増す辛い旅の中そんな何気ない楽しい日々を過ごしていたのにそれは三蔵と海の2人の間に漂う空気により冷え切ったものになってしまった。
仲違いでもない、怒鳴りあいでもなく2人はあの日を境に、いや、海から彼を遠ざける様になっていつの間にか気付けば3週間が過ぎたのだ。

自分の斜め前、助手席で煙草を吹かす三蔵の背中を見つめた。

坊主でありながら出家しているわけでもない、妖艶な見た目と裏腹に口を開けば乱暴で、煙草は吸い酒を飲み賭事に耽る拳銃を所持しいつも殺すか死ねしか言わないのはわかっている。

しかし彼は決して鬼ではない、血にまみれた悲しい過去を背負いこんな自分に手を差し伸べてくれた。

女人禁制の世界で周囲からの圧力をなんともせず自分を受け入れて守ってくれた。
汚い物を見ない様に、気付かなかった、こんなに優しい目隠しに包まれていたなんて。

彼がそうしてくれた以上に深く彼を信頼しているし何よりもそんな彼の魔天経文を狙う妖怪から守りたいと思うのが本音で。

彼のために刀を抜いた、妖怪を切れば斬るほど自分の破滅を導く自我を狂わす自分しか知らない呪いの妖刀を手にして。

彼だけじゃない、集まった四人を守るために妖怪と戦うなら自分が本望なのだ。
失う苦しみをまた彼に与える末路を選択肢に入れてもなお、未だあの雨の日が焼き付いて離れない。

あの雨の日…
鮮明なまでに視界は赤く染まっていた。あんなに大量の血を見たのは初めてで、そしてそれは彼の身体から流れた命の水だった。

目の前で腹を錫杖に貫かれ大量の血を流し、自分の前で血を吐いて倒れた三蔵。

雨に流れた彼の血も、助けるためだとは言え観音世菩薩と三蔵が深く唇を交わしたこともはっきり覚えている。

妖力制御装置が外れ暴走した悟空が自分に食らいついたあの痛みも。

「っ…〜!」
「少し、スピード上げましょう。」

鎮痛剤が飲み遅れた所為で鈍い下腹部の痛みはなかなか引かない。エンドレスにループする痛みに比例して気持ちも滅入っていく様だ。

八戒だけが海の異変に気付きジープのスピードを上げた。気分が悪くなったとごまかし自分を抜いてポーカーを始めた悟浄と悟空を横目に景色は映写機の様に流れてゆく。

車好きにはたまらない、憧れのジープの昔のタイプがなぜ桃源郷にあるのかはさておきそんな車に乗って揺られて旅をしているのに気分はめっきりふさぎ込んでしまっている。

思考をふ、と戻した。
三蔵が誰よりも言葉が足りないのは理解している、どうして自分はあんなに怒ってしまったのだろう。

簡単なことだった、たまには久しぶりに女の装いをした着飾った自分を見せたかっただけだった。

それであの生臭坊主が飛び上がって喜ぶわけでもないし甘い言葉を囁いたりといきなり性格がガラリと180度変わるわけではないが。

久しぶりにしっかり化粧を決め髪も綺麗に巻いて悟浄プロデュースのチャイナドレスを身に纏った自分を悟空は笑顔で着飾った自分を褒めてくれたし、八戒も優しく微笑みアドバイスをくれた。

女には困らなそうな精悍な容姿をしていながら女には無縁の生活で興味のない俺様な三蔵にでも完璧だと思った。

しかし…

一番に喜んでほしかった当の本人には「丈が短い!」と、ただそれだけの女の気持ちなんて全く無視した如何にも彼らしいコメントを頂いた為に海は全てを否定された気がして悲しくて寂しくてたまらなかった。

しかもあの後の二匹の女妖怪の襲撃で太股をざっくりやられ子供呼ばわりされると言う仕打ちに情けなくなり雨まで降ってきて、あまりにもひどい仕打ちにさらに泣きたくてたまらくなった。

自らで彼から離れたのは彼から離れて泣きたい、それだけだった。
構って欲しくて泣く真似なんかみっともないし、三蔵に嫌われたくない一心で避けたかった。素直に彼の前で涙を流せれば可愛いのかもしれないけど、恥ずかしがり屋の海には難しい芸当だった。

「…チッ、もうねぇか…」

三蔵も苛立ちがついにピークに達していた。
三蔵は海の悲しみと怒りの原因を知らないはずだ。

言葉にしなくても無意識に彼女を傍に置きたかった。三蔵の中でも彼女を無意識に求めていた為にあからさまに避けられて無性に苛立っていた。

三蔵の煙草を吸うペースがいつもより早いことを八戒だけが知っていた。

レアな光景だ、あの三蔵が小さな海の態度を気にして一喜一憂しているのだから。

「あ〜俺、腹へったぁ!どんどん頼んでよ!」
「おばちゃんビール四つよろしく!」

一行はジープから降りると比較的賑やかな街にたどり着いた。
まずは腹ごしらえと立ち寄ったのは焼き肉屋。
久方ぶりの肉に尋常ではないくらい食べ盛りの悟空は瞳を輝かせ今か今かと海が丁寧に焼く肉を見つめている。

「はい、海ちゃん、ビール大ジョッキ」
「うん…っ、ありがとう、はいお肉、」
「あぁ…最高だ、こんなに可愛い子に肉を焼いてもらえるなんて…」
「あぁ!ずりーぞ悟浄!海、俺の肉まだ?」
「はいはい、待ってね。」

自分は食べないままてきぱきと皆に焼いた肉を配っていく海の姿を横目に三蔵はすきっ腹にビールを流し込み空になったマルボロにため息をついた。

そう、マルボロはいつも海に買わせるのだ。ついでに火もつけて貰い気付けばそれが当たり前になっていて。
自分で買う煙草より海が見知らぬ町で一生懸命自分のために探して買ってきてくれる煙草が好きなのだ。

「おい、」

ダメもとでスカイツリーより高いプライドを堪え彼女に頼み込む。

「…はい、八戒さん、悟空も、火傷しない様にね。」
「ありがとう、海。」
「やったぁ!サンキュな!海!」

太陽の様な明るい悟空の無邪気な笑顔に癒されながら

「おい、海。」

久方ぶりに彼女の名前を呼んだ気がした。しかし、海は黙ったまま一気にビールを流し込むとしれっとした表情で三蔵を見つめた。

子供の様なまんまるの双眼が垂れ目な彼の紫暗の瞳を見つめる。

「何?」
「……」

穏和な彼女らしからぬあまりにも威圧的な海の声に三蔵も思わず一人寂しく食べていたユッケを丸飲みし、八戒も苦笑い、悟空も悟浄も互いに顔を見合わせている。

「煙草、」
「…うん、買っておいたよ。」

何時の間に自分の為に煙草を買っておいてくれていたのか。三蔵が片眉をぴくりと動かし驚く中そうして海の手から煙草を受け取った瞬間三蔵は海の怒りを思い知るのだった。

三蔵の手には普段愛煙しているマルボロのソフト、赤マルではなくブルーのパッケージのアイス・ブラストだったのだ。しかも最高基準のメンソール入りだ。

「おい、何だこれは。マルメンだと?」
「……文句あんの?」
「…チッ、」
「はい三蔵の肉、」
「って生じゃねぇかよ!」
「はい、マヨネーズ。これでお刺身にして、食べたらいいでしょう?」
「…ざけやがって……死にてぇらしいな……!」
「三蔵!!」

その言葉についに三蔵の短い堪忍袋の尾は本気でブチ切れガタガタッ!と乱雑な音を立て椅子を蹴り飛ばし立ち上がると何食わぬ顔をしていた彼女に詰め寄り楽しい焼き肉は一気に修羅場と化したのだ。
「やっ!何するのっ!」
「うるせぇ!!」

海の胸ぐらをつかむとそのまま眉間にリボルバーを突きつけ安全装置を外したまま怒りを露わにした。

三蔵の獣にも勝る獰猛な目つきに海はあまりにも無力で小さかった、見かけは儚げで頼りなく見えるが、彼女は芯がしっかりしており妖怪にも負けない意志の強さを秘めている。

無理もない、彼にとってなぜこんなに海に冷たくされているのか分からないのだから。怒りを露わにしたのも無理がない。

「三蔵!?」
「やめろこの野郎!海ちゃんに何てことするんだ!!」

慌てて2人が間に割り込むが三蔵の腕力に軽々と海は引き寄せられ今にも唇が触れてしまいそうな距離で三蔵に凄まじく睨みつけられた。

2人を睨みつけ三蔵は海のスッとした鼻がぶつかる距離まで詰め寄り緩やかな髪ごと華奢な背中に無骨な手を回した。
歯がゆくてもどかしくてたまらない、彼女と見つめあえない三週間の拷問に怒りは頂点に達し今にも頭を打ち抜かんばかりだ。

三蔵の鋭い目つき怖くて悲しくてたまらなかったが作った虚勢を振りかざしまっすぐ彼の吸い込まれそうな紫暗を見据えていた。

「うるせぇ!殺すぞ!!」
「うおっ!至近距離過ぎるだろ!この生臭坊主!マジ死ぬ!」
「うるせぇんだよ、この顔面生殖器!」

そのまま間に入ろうとした悟浄に向かってガウンガウン!と彼の小型銃からマグナムが放たれそれはギリギリ避けた悟浄と悟空の間をすり抜けた。
手を出してはいけない、三蔵の恐ろしい顔つきに誰もが彼女の身を案じて見守る。

「…ずっとテメェに聞きたかった…何が不満なんだ、どうして俺を避ける!俺がそんなに気にいらねぇのか!?」
「っ…三蔵に言ったって分からないから、」
「何を意味わかんねぇこと言ってやがる!俺に分かる様に言え!!」

海に銃を突きつけ怒りと困惑を露わにする三蔵。
こんなにも互いに近い距離にいるのに…離れたままの気持ち、

周囲の客たちも悲鳴を上げて逃げ出す輩まで、これでは脅迫じゃないか。宥める様に八戒が彼の肩を掴むと首を横に振る。

「落ち着いてください三蔵、まずは、冷めてしまう前に食べましょう。」
「痛い、痛いよ…は、なして…!」

三蔵に引き寄せられた背中が痛むのか海は小さな悲鳴を上げて距離を取ると悟空の後ろに隠れてしまった。
やはり自分には海を悲しませるか怒らせることしかできないのか、三蔵は怒りに任せ海のわざと間違って買ってきたアイス・ブラストの箱をブーツで踏みつけた。

「俺はいらん!勝手にてめぇらで喰ってろ!!」

周囲の視線を疎ましげに睨みつけ獰猛な顔つきのまま三蔵は店を出て行ってしまった。海とこのままで居たら埒が明かない、三仏神に頼み込みメンバーの変更を頼みたいくらいだ、このまま旅を続けていたら絶対にボロが出る。

舌打ちをすると仕方なく悟浄から奪ったハイライトを吸おうとしたが火がない事に気付きまた苛立ちを募らせた。

海の怒る気持ちが分からない、それに三蔵は女人禁制の寺に使える坊主で海が、おそらく彼の24年間の中で一番深く接している女性であろう、そんな彼に女の気持ちを分かれ、甘い言葉を囁けなんて言ったところで理解しえるはずもないだろうに。
早めの夕食をすませ宿屋への道を歩く中、三蔵が居なくなり少しだけ和らいだ雰囲気に悟空は漸く地に足が着いた様に落ち着きを見せる。

500年間の孤独の中、自分に手を差し伸べてくれた三蔵との出会い、そしてそんな彼のずっと思い続けていた海。
表面的には分からないが三蔵は海に執着しているし海も三蔵に綻ぶ様な笑みを見せる。

そんな2人と共に生活し2人がお互いを思いあっている事をしっているから悟空は口も利かなくなってしまった2人の姿に落ち込んでいるのか焼き肉も普段よりも喉が通らなくなってしまった。

「俺あんなにキレた三蔵、始めてみたよ…」
「…ごめん、なさい、私が悪いの。でも、今更、なんて謝ったらいいのかな…」
「海…いいんですよ、気にしないでください。今は逆に三蔵の怒りを招くだけだと思うので…」
「でも、」
「気にすんなよ、あんな女心を分からない生臭坊主のことなんか、つかあの野郎じゃ海ちゃんがかわいそうだ!」
「なぁー!なんで2人は口きかなくなっちゃったんだよ、」
「ガキは黙ってろ」
「ああっ!またガキ呼ばわりしたな!俺はガキじゃねぇ!このエロ河童!!」

一行のボス格である三蔵も八戒が冷静にその場を窘めて落ち着きを取り戻したがそれは一時凌ぎだ、完全に収拾がついたわけではないのだから。

「でも、三蔵も海に無視されてかなり落ち込んでいると思いますよ。あんな態度でもね、」
「……分かっているんです、でも、私、今更になって三蔵に対してなんて酷いことをしてしまったんだって気付いて…もう許してくれないかもしれない…私、やっぱり、旅についてこなきゃよかった……」

瞳いっぱいに今にもこぼれてしまいそうな涙を携え俯いてしまう。
悟浄がどさくさに紛れて海の肩を抱き悟空が頭を撫で八戒がそっと彼女を宥める。

しかし涙目だった海が泣くことはなかった。
一度泣いたら止まらなくなるから、泣き虫だが人前で涙を流して同情を貰うのはいやだった。

ただの痴話喧嘩にしか聞こえないのだが…2人にとっては重要な悩みなのだ。

早めの夕食をすませ宿屋に到着するなり早速、三蔵を抜いた部屋割りが決められた。

三蔵一行の中の紅一点の海。
若い男女が同じ部屋で一晩など三仏神により選ばれ決められた天竺の旅に間違いなど三蔵が居る限りありえないと思うがもしかしたらと言う事も、ある?かもしれない。

だからだいたいは海が1人部屋で割り振られ男たちは男たちで眠るのだ。

が、刺客にいつ何時狙われるか分からない立場であるしやはり未だ戦い慣れしていない非力な彼女1人では危ないと言う正論もある。

一緒に寝れば突然の襲撃にも安心だろう、海を母の様に慕う悟空なら大丈夫だろうが、八戒や特に女慣れしたいろいろとテクニシャンな悟浄と海が同じ部屋は三蔵が絶対に許さないだろう。

なら一応恋人同士なのか?の海と三蔵は同じ部屋であってもいいのではないかと言う悟浄の提案があった。

それに物凄く低血圧な三蔵と寝付きも寝起きもいい海が同じ部屋がいい。それに三蔵なら間違いを犯したりはしないだろう。

仲間で三蔵の傍にいる海に手を出すはずもないが。

「困りましたね…今日は3人部屋と2人部屋しか空いていないそうで…」

皆互いに顔を見合わせた。
冷戦状態の海と三蔵を同じ部屋にすることを避け続けてこれたのによりによってついに避けたい事態がやってきてしまった。
まず八戒だけが海の不調に気付いていたから八戒と海を同室にするべきだ。

しかし、それでは海に話しかけられずにいる三蔵がどんな表情をするか。
皆が悩む姿を見つめていた海は皆が悩む理由がきちんと自分にあると知っている。

たかが3週間されど、3週間。
2人の溝は平行線をたどるばかりでもしかしたらこの2人の仲違いは天竺に着くまで続くのではないかとさえ八戒と悟浄は先を思いやられあぐねいた。

普段は温厚で優しいからこそ海が怒ると三蔵並に怖いのを知っている悟空はどうにもできず大きな瞳を瞬かせている。
これ以上2人が取っ組み合いの喧嘩を始めないことを願うばかりだ。

「そうですね、じゃあこうしましょう。海と一緒に寝たい人で決を取りましょう」
「寝たい、いやぁ〜いい響きだねぇ。海ちゃんを抱いて寝たかったんだよな、後悔はさせないぜ海ちゃん、あんなチェリー坊主より俺と」
「え!?…あぁ、あの…」
「あーっ!何言ってんだよ!このエロエロ河童!海に触るなよっ!俺だ、俺、海と寝たい!」
「寝たい、だぁ!?何言ってんだよ、バカ猿、お前が海ちゃんを満足させられるワケ無ぇだろうが!」
「何だよ満足って!俺も海と寝たいー小さくていい匂いだし柔らかいし!2人だといつも三蔵ばっかりずりぃじゃんか!悟浄のイビキなんか聞きたくなんかねぇんだよ!」

眉間に皺を寄せ今にもハリセンを振りかざしそうな三蔵がいないのを理由に始まった部屋の取り合いならぬ海の取り合い、確かに男臭いメンバーで夜を共にするなら女の海と過ごした方がまだマシだろう。

「いやぁ、キリがないですね、そうだ、海が決めるのはどうですか?そちらの方がいいですよね」
「え…私、…?」

手慣れた手つきであれよあれよと八戒は椅子に海をちょこんと座らせると皆が彼女を見下す様に立つ形で彼女に選択を求めたのだ。

「あの…」

やけに鼻が近い気がした、申し訳なくなり皆の顔をまともに見ることが出来ずに戸惑いを浮かべる海。悩んだ末に海は悟空を選ぶことにした。

悟浄だと女の扱いになれているので気が引けてしまうし、何より本当にベッドで泳がれては怖い。

よき理解者である八戒は三蔵の傍にいて欲しい。
いわゆる消去法だった、無難な方だと思った。仮にも社会人である自分は今までもきっとこれからも、こうやって人を上手く立てて生活していかなければならないのだから。

「悟空、よろしくね」
「うん!やったぁ―!」
「ったく、仕方ねぇな、海ちゃんがお前を選んだのは俺への照れ隠しなんだからな悟空!いくら三蔵と喧嘩中だからって海ちゃんに変なことすんなよ!」
「わかってるよ!俺は悟浄みたいなエロエロ河童じゃありませーん!!」
「何ぃ!?このバカガキ猿!」
「ははははっ、その通りですね。じゃ、僕は三蔵を迎えにいきましょうかね。」

勘違いかもしれない、うぬぼれだろう、それでも三蔵の気持ちを考えたら自分をただ純粋に無邪気で愛らしい笑みを浮かべて疲れを癒してくれる悟空が一番夜を明かすには適任だった。

そうして夜は深けていく。
三蔵と海は背中を向けたまま今もあの雨の日から晴天を見れずに降り続けている。

Fin.
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