SHORT | ナノ



「flavor of bitter kiss」
SHORTSTORY

宿屋にたどり着いたのはすっかり日も暮れた頃だった。ジープに揺らっぱなしの痛むお尻をさする。疲れた身体を引きずりながら何とか入浴を済ませると、ふと廊下に寂しそうに落ちていた赤いパッケージのマルボロを見つけた。

「三蔵、の煙草…。」

どうしても意識してしまう。まだ慣れない、女人禁制のはずの彼といざ2人きりになると意識してしまって…少し中をのぞき込めばくしゃくしゃの中はまだ数本残っている。前にお尻を叩いて買わされたマルボロだ。

不意に記憶に蘇る手慣れた手つきで煙草を吸う顰めっ面の美人なお坊さんが頭に浮かんだ。

「三蔵…」

私は煙草なんて吸わないけれど、たまにはどんなものか…気になるもの。キスだけでしかわからない、マルボロの味。彼の綺麗な唇が挟むその煙草になりたいなんて、三蔵がそうしていた様に私も彼のお坊さんのくせに煙草をたしなむ手慣れた姿を思い描いて茶色いフィルムに口付けた……

だけども、煙草を吸わない私には火がない。どうしよう、悟浄くんに貸してもらおうかな。でも三蔵に見つかったら殺される、かも…
彼はどうして、こんな私を選んだのかな。
たまにそう思うときがあ…「おい、馬鹿女…俺の煙草取って何してやがる、」
「…ひっ!?」

マルボロをくわえると不意に頭の上から低い声が響き慌てて振り返ると其処には鋭い目つきで睨みつける三蔵の姿があった。

「お前…何人の煙草勝手に吸ってるんだ!」
「ひゃ、ひゃあっ!」

スパーン!!

し!信じらんない!このエロエロ坊主!女の子のお尻をどっから取り出したのかハリセンで叩くなんて…!

「ひどい!言い訳を聞かないなんて…しかも、お尻叩いたでしょう?エロ坊主!」
「うるせぇよ、人の煙草を勝手に吸うな」
「お尻が割れたらどうするの?」
「ケツなら誰でも割れてる。」

しかも!こんなに可愛い彼女に向かって…頭の痛みに熱が回り私もつい自分の立場を忘れて彼の足を踏んづけて睨み上げた。

「むっ!人が親切に届けてあげようとしたのに…しかも私のお金です!」
「俺のカードだ!ならさっさと持ってきたらいいだろ。生意気なんだよ!女が煙草なんか吸うんじゃねぇよ、」
「ああっ!!三蔵のDV!私だって吸ってみたいもん、一本くらいでケチケチして、そんなんじゃいつかハゲ…!」
「ほう。DVのハゲ、だと…!?」

その瞬間、私めがけていきなりハリセンが舞った。

「この馬鹿女!」
「!きゃ、きゃあ〜!助けてー!」
「いいから大人しく1回死にやがれ!さっさと死ね。」
「あー!助けて悟浄くん!!」
「おわっ!」

"ハゲ"と指摘されて怒りを露わにした三蔵が懐から銃を引っ張り出してきた。
鳴り止まない銃声が宿内に響きわたり私はあわてて悟浄君の後ろに隠れる。
お坊さんなのに銃所持、これってアリ?

「ないないない!」
「どうしたんだ?かわいそうに…ったく、こんなに可愛い女の子を悲しませるなんてなんつー坊主だ」
「うるさい、黙れ下衆が、今すぐそいつに触っている手を離せ」
「よしよし、なぁなぁ、煙草ならさ、俺が優しく教えてやるからな?ベッドの中でじっくり…うおっ!」
「今すぐ死にたいか、このエロ河童!!!」

さすが悟浄君、緋色の髪が揺れる距離に綺麗な顔が迫る。慣れてるだけあって今にもキスしてしまいそうな距離で囁かれるとその色香に惑わされそうになる。

悟浄君はとても優しいし、気も利くしおもしろいし…それに比べて三蔵は…

「いってぇー!!」

傍観していた三蔵の綺麗な顔に不釣り合いな皺が思い切り寄るとどっから出てきたのか銃弾が飛び交い悟浄君までもがハリセンの犠牲になってしまった。


謝ろうと駆け寄る前に私の背後から伸びてきた三蔵の手に捕まってしまいお世辞にも背が高くない私はほぼ担がれる形で私より細いんじゃないかってくらいの三蔵に連行されてしまった。

「もぅ!ひどいよ三蔵、痛いよ、脳細胞が死んだらどうするの?悟浄君にもひどいことして、あやま「うるせぇ!あれほど悟浄には気をつけろと言ったのにこのクソアマ!今すぐその減らず口を塞いでやろうか!」
「〜!」

金糸に隠された紫暗の瞳が私を射抜く。怒鳴られて何が気に入らないのか、私が悟空や八戒さんと仲良くトランプをしていると必ず雨の日並に不機嫌になっていつも私は振り回され怒鳴られるのだ。

なんて下手な愛情表現なのか?私が他の人と親しくしていてはいけないのならいっそ縛り付けてくれればいいのに。

好きも愛してる、なんて甘い言葉なんか絶対に言わない人だってもう分かっているから。

つまり彼の愛情表現はよく分からないの。ならどうして私は彼が好きなんだろう。
ずっと睨んでいるとやがて拳銃をしまい背中を向けてベッドに座り込んだ三蔵に思わず駆け寄る。
全く意味が分からない。構ってほしいのか、放っておいたらいいのか…黙っていたらそこら辺の女の人に負けないくらいうんと美人なのに、口を開けば容赦ない言葉。

その背中が、やけに寂しくて。三蔵がどこかにいなくなるんじゃないかって、またよからぬ不安を抱いた。
三蔵は死なないから私のことを好きでいてくれるだけなんだから…

「キス、したかったの。」
「…フン、何泣いてやがる…ならさっさと、」
「言えないよ。だって…、不安、なんだもの…だから、三蔵の煙草でごまかそうとしたの。そしたら…お尻、叩かれたの。」
「……くだらねぇ、おい馬鹿女、来い。」

言葉よりも早く私は三蔵に抱きしめられていた。広い胸に縋る様に顔を埋めればマルボロと三蔵の匂いがして胸が甘く疼いた。

「三蔵、私は死なないよ。てめぇの身はてめぇで守るから。だから、たまには優しくしてね。」
「…フン、分かってるならいい。」
「変な人、」
「うるせぇよ、」

そうしたたかに私をあしらう冷たい言葉の裏に確かな彼の優しさを感じるから、不安が三蔵に溶けてふわりと消えた。

そのまま三蔵に唇を奪われた。上顎を舐められ粘着質な音がつかず離れず響けば途端に広がるどす黒いタール、ニコチンの香り。大嫌いな香りだった、正直煙草は嫌いだ。

「う…苦い…っ…!」
「前に言ったはずだ、お前に煙草は似合わねぇんだよ、俺の匂いにまみれてろ、」
「ひゃー、おっかない…!」
「…チッ、一々断りなんざいらねぇから黙ってここに居ろ、エロ河童に近付いたら蜂の巣にしてやる。」
「はぁい、」

けれど、彼に染み着いた煙草の匂いはいつも何故か嫌いになれないの。洗い上がりの髪の毛に匂いが着くのは我慢できないのにね、でも、三蔵なりの不器用な愛情を受け止めよう。

彼の厚い唇にキスをする。残念ながら彼のファーストキスはあの方に奪われてしまったけれど…
昔の懐かしい宝物みたいな思い出がふつふつと灯を点す、そんな気持ちになった。

「死なねぇからじゃねぇよ、」

唇を重ねたのは、これが2度目だった。綺麗で玲瓏な顔立ちをしている彼とのキスはもう火が出るほど恥ずかしくてよく聞こえなかった。

女に対する興味が全くないそうで、慣れないのか三蔵は見ている私が恥ずかしくなるほど真っ直ぐに私を見据えていた。

「え…?」
「今一度問うが…お前は戦うか、」
「うん…私、戦うよ。ぶった斬る。」

筋肉質でゴツゴツと筋張った体に抱き締められて厭きることのない彼からの抱擁、言葉と裏腹に彼は自分をこんなにも許してくれる。

「野宿だろうがどこだろうが寝るか?風呂なし一週間、乗り切れるか?」
「大丈夫だよ。」
「俺は、お前を守らねぇ、てめぇの身はてめぇで守れ。」
「はい、だから、
傍に居させてね…三蔵。」

それは彼なりの優しさ。いつも私を気遣って聞いてくれる。
それを知っているから、安全装置が解除されていないと分かっている銃を突きつけられても笑って流せる。

「…傍に居ろ。絶対だ、お前が死のうが念仏なんか唱えないからな。」
「居るよ、三蔵。約束ね、」

遙かなる過去の記憶、果たされなかった約束があった。今の私と彼を繋いでいる不確かで曖昧な記憶。
その引き金を引く瞬間まで、
命尽きるときまで、強くありたい、彼を守れる様な存在に。

Fin.
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