SHORT | ナノ
「Break Your Heart」
SHORTSTORY
2月14日
今日は聖バレンタインデー。
思いを寄せる愛しい人に女性がチョコを挙って贈る行事だったが近年、それは様々な用途に形を変えつつある。
義理チョコにとどまらず友チョコ、そして、
世界共通のイベントはこの現代が入り交う桃源郷でも馴染み深いらしい。
しかし、国によって大きく文化が違うのが特徴だ。
たとえばー…
この男が、1番興味深い。
バレンタインデーは女が思いを寄せる男にふつうはチョコを贈る日、だが。
三蔵の脳裏には今朝便所で悟浄にふっかけられた挑発を思い返していた。
それが彼の単なるあまりにもふざけたジョークだとも知らずに。
「よぉー!生臭坊主!そういや今日はバレンタインだな、」
「……」
「無視かよ?機嫌悪ぃな、海ちゃんが何かくれるかもな?」
「知るか。」
「料理上手だからきっと今頃宿屋の台所でも借りて俺達のために何か作ってくれてるかもな、」
その単語に一瞬、彼の動きが止まった気がした。
「けど俺は海ちゃんが食べた「…なに?」
元から愛想もクソもない三蔵の苛立ちがピークに達しようとしているのは明らかだった。
ものすごく低血圧な寝起きの彼は雨ではないのにも関わらず最高に不機嫌で、最高に怒りを露わにしていた。今にもぶっ放しそうな勢いだ。
「何ほざいてやがる。ごちゃごちゃうるせぇんだよ、殺すぞ」
「まぁまぁ、怒るなよ生臭坊主」
「だから!さっさとチャックを閉めろチャックを!ぶら下げてきたねぇんだよこの歩く生殖器が!!」
スパアァァン!!!
「って〜なぁ〜!!テメェはいきなり叩くなよ!」
「次はその汚い口をぶっ放すぞゴキブリ野郎、海が食い物だ?バレンタインだか何だかしらねぇが…
つまり…何の日だ?」
神も仏もあったもんじゃねぇ、ついにはどこから引っ張り出したのかハリセンを振り回し悟浄を思い切り殴り飛ばしたのだ。性格破綻の金髪美人。そう言い返すはずが悟浄は今すぐにでも笑い転げそうな衝動に見回れた。
この男はバレンタインを知らないのか。
そして彼の脳裏に何か面白い企みが浮かび上がった。海とそして甘い菓子。
結びつくのは彼女が旅に出て以来もしかしたら作る手料理の味、家庭料理の味に飢えていた彼は獰猛な目つきを宿したまま彼に銃を突きつけバレンタインという夢の日に胸を高鳴らせる彼に対して吹き出しかけたが必死に堪えて肩を抱いた。
この口の悪さでありながらも誰もが羨む眉目秀麗で最高僧でもあると言う彼のプライドと女人禁制の環境が重なり女なら誰もが彼に振り向くというのに本人がこうである為、恋には結構ウブで純粋に海を想っているのだ。
触れはしたが実際にその声で愛を囁きあったりキスさえしたことがないのは盲目的に彼女が可愛くて仕方ないのだ。だから悟浄に余計なことを吹き込まれては俄にも受け入れてしまう。
「で、今は好きな女に男が薔薇の花束や宝石を贈ったりもするんだとよ、」
「男が……?」
「まぁ、…それは……あ!?
居ねぇ。まさか…な」
気付いたら三蔵は物凄い早さで便所を後にしていた。
そのまさか、悟浄の予感は的中する。
そして今に至る。
ジープを停めた賑やかな街で彼はお目当ての看板を見つけるとずんずんと歩き出し煙草をもみ消し、王様にも勝るだろう大魔王よりも傲慢な態度で店に入った。
上等な法衣を身に纏った彼を見たとたん、彼の精悍な顔つきに甘い眩暈を起こした店員を睨み飛ばすかの如く見下しふてぶてしく吐き捨てた。
「その薔薇の花だ、寄越せ、」
「ありがとうございます〜彼女さんへのプ「いいからさっさと出せ。」
強盗犯も震え上がって脱兎のごとく逃げ出す様な態度の眉間に盛大に皺を寄せた三蔵、場違いながらかわいらしい小ぶりの薔薇の花束を買い占めた。
「今ならメッセージカー「いらん。ついでにあの青い花も付けろ。」
そうして思い浮かぶ柔らかな彼女の綻ぶ笑みを思い返し満更でもないのか彼女によく映えた青いネモフィラを何の意味もなく購入した。
その花言葉の意味も、三蔵は知らない。
地盤の悪い地を進むジープに揺られながら暇を持て余す皆でポーカーを楽しみ遊んでいると海が思いだした様に甘い香りを漂わせながら何かに手を伸ばした。
「あ、そうだ。あのね、みんなに」
「海」
そうして海がバッグから取りだそうとしたお目当てのそれを遮る様に悟空達が一斉に海にモ○ゾフのチョコレートの包みを突き出したのだ。
異教徒の文化を何故こいつらが知っているのか。
「えっ!」
「海、いつもうまいメシありがとう!」
「俺からの感謝と愛の気持ちだ、受け取ってくれ海ちゃん!」
「悟浄だけじゃねーだろっ俺の気持ちだって入ってる!!」
「ははは、まぁまぁ、いいじゃないですか。気にしないで受け取ってくださいね、僕達からも感謝の気持ちです。
まぁ、選んだのもカードで購入したのも三蔵なんですけどね。」
逆に皆から渡されたチョコレートに戸惑う海だったが八戒が相変わらず言葉の足りない男の代わりに優しく微笑んだその言葉に思わず助手席の彼の背中を見つめた。
「えっ…三蔵も?でも…こんなにたくさん、ありがとう…っ。」
「わっ!泣かないでよ海!」
彼女の笑みが急になりを潜めると急に泣き出してしまった相変わらず涙腺がガッタガタの海に三蔵は呆れながらも四次元袂に隠してあるアレを渡したがってたまらない。
「…っ、私、は…こんなものしか作れなかったから…」
「うおおっ!わーうまそう!サンキュな海!!」
うれしい時も悲しい時も泣いてしまう海を男達が優しく宥めてやりながら彼女が野郎共に渡したのは切り分けると中身からとろけたチョコレートが出てくる難易度の高いガトーショコラだった。
「うおっ、うまそう〜さすが海ちゃん!これならいくらでも喰えるよ!ありがとな、」
「ありがとうございます。海。大事に食べましょうね、三蔵。」
「フン、…あぁ、そうだな。」
満面の笑みを浮かべる悟空に甘いものがあまり好きではない悟浄も喜んでくれていた。
そして、三蔵がそう言ってくれたのが何よりも作った甲斐があって。
気が付いたら涙はさらにあふれてとめどなくながれる泉の様だった。
桃源郷とは本当に未知の世界なんだと改めて知り戸惑いながらも悟空の無邪気な笑みに悪気などない、申し訳ない気持ちに駆られたが小さく微笑みを浮かべて可愛いらしくラッピングされたそれを受け取った。
「抜け駆けするなよチビ猿!俺の分も取っとけ!!
あっ、海ちゃんもついでに頂けたら俺、もっと最高なんだけどなぁ〜」
「えっ!」
「ホワイトデーは俺からの愛を込めた甘ぁい〜夜を…後悔させねぇよ?」
いきなりそう悟浄に囁かれ肩を抱かれると三蔵のおかげで甘い言葉に全く慣れていないのか真っ赤に頬を染めて俯いてしまった。そんな悟浄に三蔵の銃が火を噴く。
「…この節操無しが!撃ち殺すぞ!」
「うわぁ〜その距離はマズいだろ!そこは頭〜!!!」
海が用意したホールのガトーショコラ。もちろん今現在ジープにメタモルフォーゼ中だがちゃんと5人分、ジープの分もある。
ただ早くしないと悟空にすべて喰われる危険がある。
「お前えみたいな赤毛エロゴキブリ河童じゃ海は無理だぞ!」
「な〜に〜ぃ!?お前だって無理だこのチビガキ猿め!」
「チビって言うなよエロ河童!!!ああっ!俺のケーキ!!」
「あ〜美味い、最高に美味い〜!!」
「ははははは、」
「てめぇらぁぁ!!!いい加減にしねぇと全員撃ち殺すぞ!!」
「キャー!ど、どうして私まで!や、やめてっ、きゃあ!ケーキ、踏まないでぇ!」
「うわっ!汚い!!海ちゃんのケーキを死守しろ!」「よし!俺が胃袋の中に」
「って喰うなぁぁ〜!!!」
海のケーキに三蔵がブチ切れゆらゆらと激しく揺らぐジープ。しかしいつもと変わらない顔ぶれに絶えない眩しい笑顔達。海は皆の変わらない姿に人知れずにまた涙を浮かべていた。
かつての四人が其処にいて、そして優しい白い竜が居て。
こんなに幸せでいいのだろうか。
叶うならいつまでもこいつ等と居たい、何処までも西まで行きたい、切実な願いだった。
そんな中、突然迫った妖怪の気配に楽しい時間?は終わりを迎えた。
妖怪達にもバレンタインと言うイベントがあるのだろうか。
「見つけたぞ三蔵一行!今日こそ貴様等の経文と!」
「そのケーキも喰わせろ!」
あるらしい、どさくさに紛れて経文のみならずケーキを奪いに来たのだ。
腰が重い三蔵はさておきジープから飛び降りた八戒と悟空と悟浄。
「1人当たりざっと10人でしょうかね。」
「さっさと片付けてこい、俺は寝る、起こした奴はぶっ殺す!!」
「うん、分かった。じゃあ行ってくるね…」
数は3人でも手に足りまくるくらいの雑魚妖怪だ。旅をして海もすっかり戦いに慣れたのか疲れているのか単に機嫌が悪いのか三蔵の代わりに戦おうと振り向いてそっとジープから降りようとした矢先…
「居ろ、」
「え…?」
「聞こえなかったのか?居ろって、言ったんだよ」
「三蔵…?」
グッと力強く手首を掴まれて引き寄せられる。華奢な体躯に見えて筋肉質な彼の逞しい腕にあっと言う間に包まれる。
強くて温かな温もり、染み着いた煙草の香りさえ鼻腔に甘く吸い込まれて行く。
「三蔵…三蔵、」
「…フン、」
「頭、撫でて…欲しいな。」
「………」
素直に彼に甘えてきた彼女に三蔵の眉間に皺を常に寄せる気難しいその表情がかすかに和らいだ。
彼の大きくて男らしい手に頭を撫でてもらうとますます胸が激しく揺さぶられ、心根を思い切り彼にわし掴まれたみたいにドキドキしてたまらなく彼に甘えたくなって。
白い法衣に思い切り顔を埋めてみた、三蔵は黙ったままだが特に女には絶対に心を許さない彼が女という存在である自分を拒まないで、招き入れ許してくれる。
至福を胸に言葉なく強く強く抱き締め合った。
2人きりになれた今を離さない様にと強く抱き合う2人を雑魚妖怪を相手に戦う3人は知らないだろう。
安堵から閉じていた瞳を開いた海の肩越しにやがて飛び込んできたのは、三蔵の背後からいきなり妖怪の一匹が鋭い爪を剥き出しに襲いかかってきたのだ。
とんでもない甲高く絶叫した彼女のただならぬ姿に三蔵も紫暗の瞳をたまらず見開いた。
「キャーッ!さんぞおおおうー!」
「なっ!い、いきなり耳元で喚くんじゃねぇ!」
「妖怪!妖怪!」
慌てて抱き合っていた彼から離れると海は甲高い悲鳴を上げて背後を指をさす。
耳を突き抜けた海の悲鳴に苛つきながら彼女を無意識にまた抱き寄せていた。
「チッ!下衆野郎が!!」
「わっ!」
野郎共が目を離した隙に海に漸くアレを渡せると思った矢先邪魔をされ、しかも背後からと三蔵にその狙いを定めてこちらに向かって思い切り食らいつこうと鋭い爪を振りかざしてきた妖怪。
もう我慢ならねぇ、ドタマに容赦なく弾をブチ込み妖怪に思い切り長い脚から蹴りを繰り出し吹っ飛ばした。
「!、三蔵っ!
もう、せっかくの雰囲気を!」
背中合わせになり次に向かってきた妖怪に同じく邪魔された怒りを露わにした海の手には具現化したサバイバルナイフが。
三蔵が振り向き様にリボルバーで撃ち抜くより先に瞬く間にそれは海の手から放たれ血が薔薇の様に散った。
「おりゃぁあ―!!伸びろ如意棒!!!」
「さっさとくたばれよ!」
「僕もあまり気が長い方ではないんですが、ねぇ…」
雑魚妖怪の群と楽しげに戦う3人を横目に2人はしばしの間また見つめ合うと、どちらからともなくプレゼントを差し出したのだ。
「…ふふっ、」
「うるせぇ、二度とやらねぇからな。」
お互いに取り出した箱と三蔵の手に握られていた大量の薔薇の花束に思わず吹き出した海をこづいた。
「…かわいい…わざわざ買ったの?もしかして、お花屋さん、で?」
「だから、いちいち口に出すんじゃねぇ。」
図星らしくやや斜を向いた紫暗に海はくすくすと受け取った桜色の薔薇の花束を抱き締めて柔らかく微笑んだ。
「三蔵のはね、別に用意してたの…暫く野宿でしょう?渡せるタイミングが出来て良かった。はい三蔵。いつもありがとう、」
そうしてたくさんの気持ちが込められた海の久々の手作りのブラウニーに三蔵は無言で受け取ったが柔らかくて優しい声が眼差しが自分を見つめている至福に瞳を閉じて。
不思議な空気、いつも不愛想で不機嫌な彼なのに瞬く間に癒してゆく笑みと愛しい存在。
その向けられた笑顔を独占したいと膨れ上がる独占欲が彼の頑なプライドで均衡を保っている状態だ。
無言で突き出した薔薇の花束。不似合いだと連中に笑われるより早く渡した。
「要らねぇんだったら燃やせ、」
「まさか!燃やせないよ、誰にも、燃やせたりしない…っ!!
ありがとう。恥ずかしかったのに私のために買ってきてくれたんだね、その気持ちだけで幸せだよ。」
「フン、…悪くねぇだろたまには、」
「うん…っ。あ、でも、どうしてバレンタイン知ってたの?異国の文化なのに、」
きょとんと首を傾げて何の思惑もなく訪ねる海にまさか悟浄から聞いたなんてこいつが言えるはずもなく…
「俺を誰だと思っている。」
「うん…!天下の三蔵法師様、だねっ…」
ふんぞり返る三蔵に海はまたにっこりとはにかんだ笑みを浮かべ何の恥じらいもなく彼の胸に飛び込んだ。
彼女の小さな頭を撫でながら作ったほろ苦い焼きたてのブラウニーを口にして、まんざらでもなく彼はうれしさに満ちあふれた本当に小さな笑みを見せた。
Fin.
花言葉は、可憐。
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