SHORT | ナノ



「FOLLOW ME」
SHORTSTORY

満点の星空の下。

マルボロに火を点けて、手慣れた手つきで煙草を吸う無愛想な垂れ目の男はもう片手にハンドルを手にしていた。ジープを黙って走らせること数分、いや、数時間とも見てとれるか。

海はまた彼を知らない間に怒らせてしまったのか、と違う解釈をしたままその助手席で乗り慣れない荒野を駆ける。

相変わらず不機嫌そうにタバコを燻らせる彼を戸惑ったように見つめていた。

「ねぇ…三蔵…」
「何だ、」
「しばらく走ってるけど…、どこにいくの…?
急に着いてこいって言われて、みんなを置いて、ジープを運転するなんて。誘拐…?」
「誰が誘拐すんだよ、フン、理由なんざねぇよ…」
「えっ?」
「俺と居るのは苦痛か、」
「そんな!違うよっ!むしろ、一緒に居た…かった…私も…」

いつも、素直になれなかった。
彼が自分を好いてくれていたことはとても嬉しかった…

「…恥ずかしい」
「もういい、黙ってろ。」

上手く口にできなくて、恥ずかしくなり、海はただ小さな手で大きな三蔵のハンドルを握る手を重ねて握り締めた。

言葉足らずな二人、それでも不器用なりに触れなくても確かに愛を育んでいた。

態度で何とか思いを伝えあうことしか出来なかったがそれでも伝わったのだろう、三蔵は不機嫌そうな態度だったが、変わらずその手を黙ったまま握られていた。

「三蔵…ひゃっ!」

わしわしと急に頭を撫でられ海は怯えたような声を出した。

「いきなり何だ、誰もとって喰いやしねぇだろ」
「だって…急にどうしたの?」

二人でいることを誰よりも彼は望んでくれていたのに。
五人でいつも賑やかに過ごすのは楽しかった。
しかし、西への道が長引くほど、理性をなくした妖怪たちとの戦いはますます激化していく一方だ。

それでも意地を貫いて自分達と共に戦い旅を続ける海の頑な思いを無下にはしない。

三蔵は決して海を離す気はないし、海も三蔵から離れるつもりもないから。

「さんぞ…」
「眠いか、」
「うぅん…違うの、三蔵に、抱き締められていると安心する、ね…」

そんな戦いの果てに、待っている世界のために。

隙を見て少しだけの時間も惜しいくらい愛しくて。
いつも恥ずかしがりやな海だがそんな彼女が素直に甘えてきてくれる。三蔵のマルボロが彼女の柔らかな唇を塞ぐ。

酸欠を引き起こしてしまいそうな甘いキスは脳髄まで甘く酔わせて、

「三蔵、…好き」
「うるせぇよ。
それは……俺の台詞だ、」

夜に連れ出した綺麗な星空の下の荒野を駆ける。
星が散りばめられた世界だ、ここには二人を遮るものやいつもの賑やかな声もない。

荒々しくハンドルを切る度に砂塵が柔らかく夜闇に舞う。
本当に、広い世界だ。
旅を続けてきたが、本当にこの世界は何一つ変わらない。

思い出すのは三蔵に拾われたあの日の始まりの日だけ、何もかもなくして立ち尽くしていたぼろ雑巾みたいな海を何も言わずに手招いたのは三蔵だ。

記憶も、居場所も、傷ついた身で唯一残された記憶は、彼等を西の最果てにある天竺へ導く案内人としての役割を果たすための意義。

それだけのために生かされているとしても。
海にはそれだけで十分に生きる価値だった。

「ねぇ、三蔵。
私、この旅についてきて本当によかった。険しいし、辛いときもあるけれど、私は皆がいるから乗り越えられるんだよ。
三蔵に出会って、今まで本当にあっという間だったね…。」
「何だ、」
「私も、三蔵もいつの間にか20歳なんかとっくに過ぎて、」
「フン、今から心配してどうすんだ。遅かれ早かれ誰でも年を取る。諦めるんだな、」
「じじくさい」
「その爺くせぇ男に好きだのほざいたのはどこのテメェだ。」

さらりと掠めた唇が首筋に当たり前のように埋まって。

「ごめん、ね。私だったね…」
「もう、喋るんじゃねぇ…海。」

三蔵の紫暗の深く垂れた低い声が久々に口にした名前が海を形作ってゆく。
彼に救われてそれだけで満たされてゆくなんて、安らかな聖母の様な笑みで、今夜はいつもより穏やかな眼差しをした三蔵を受け入れた。

彼の広い肩越しに見えた景色はこれ以上ないってくらいに満天な星空で。言葉に頼って思いを伝えるなんてらしくないから、今は貪欲に彼を愛してあげたいと心からそう感じた。昔にもこんな気持ちを体感したような、それは三日月の様な金色の美しい艶髪を撫でた。

三蔵の身体が震えている。泣いて、いるのだろうか…長い金糸の間から見える紫暗は伏せられていてわからない、それでも長い睫毛の先に溜まった粒子を唇で拭うことはできる。海から三蔵の唇を重ねたのはほぼ同時。ふたりは気の済むまでこの星空の海に身を委ねることにした。

Fin.
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