SHORT | ナノ



「Marriage」
SHORTSTORY

すっかり日も暮れた夜。
リオンは慣れた手つきで今晩の食事の支度を終え、おそらくテレビにかじり付いているだろうテレビっ子な海に食事だと彼なりにかなり優しくなった声音で海の名前を呼んだ。

出会ったばかりの自分がまさか見知らぬ女の名を呼んでいるなど昔の自分では到底想像すらできなかった。回り道とすれ違いを繰り返した真っ暗な絶望のあの月の向こう側の果てに見つけ運命の糸は海に繋がれた


「おい、」

しかし、返事はおろか何の反応もない。待ちきれなくなったリオンはスタスタと突き進み、リビングのドアを開けた。テーブルには温かな湯気を立てた色とりどりの夕食達が所狭しと並んでいる。ハンバーグトマトソースににポテトサラダに白米にバルバトスのような若布と豆腐の味噌汁。

「海、早くしないと冷めるぞ。」

リビングの引き扉を開けたエプロン姿のエミリオの視線の先には案の定テレビにかじり付く海の姿があった。
しかし、ソファから降りテレビに食い入るその横顔、眼差しは真剣そのもので。
おまけにその瞳から涙まで流しているではないか。

「海、何泣いて」

ふと、テレビ画面に目をやると高齢の女性が赤ん坊を出産しているというドキュメンタリー番組だった。

苦しそうに顔を歪める母親になろうとする女性の姿に思わずエミリオも介間覗くその姿に釘付けになる。

食い入る海の横顔も真剣で、女優ではなく、それよりも愛しい海の姿にリオンは胸の高鳴りを押さえることが出来なかった。

そしてすっかり夕飯も冷めた頃。

「あ」

やがて聞こえた産声に祝福された命。
新しい命の誕生に涙を流していた海は更に泣きじゃくり、小さな肩が震えている。リオンはそんな海の姿に思わず手を伸ばした。

「きゃ!エミリオ!急に、どうしたの?」
「全く・・・おまえの涙は枯れる事を知らないな」
「そんなこと、ないもん」

近くにあったティッシュで海の涙を拭いながら、苦笑するエミリオの端麗な素顔を目の当たりにし、誰だってこんなにきれいな彼に見つめられれば。
海は恥ずかしくて下を見つめるばかりで。

「海、下を見ないで僕を見ろ、」
「いや…」
「何!?嫌だと?」
「ち、ちがうの、拒んだわけじゃないの、」
「じゃあ何だ」
「は、恥ずかしいの・・・!」
「・・・お前、バカだろ??」
「なっ!!」

恥ずかしがる彼女に苦笑し優しく海の両頬に触れ、くいっと顎を指先が掴み上げさせ弥が上にでも見つめ合う形になった。

「エミリオ・・・、恥ずかしいよ」

その言葉にリオンは優しく笑う。

「何故だ?恋人同士なのに見つめ合うのすら嫌か?」
「ち、違うの!嫌じゃないの…
ただ私、今ね、化粧もぼろぼろでひどい顔してるから…」

そう、俯きながら話す海にリオンまでつられて赤くなってしまう。
赤くなった頬は熱を持ち、鼓動まで伝わってしまいそうだ。

「海、」
「な、なぁに、エミリオ?」

そっと伏し目がちだった瞳を上げると、目の前には優しく笑う紫の瞳。海は近づく顔にそっと目を伏せ、柔らかな唇と唇を重ねた。

穏やかな時間。止まる永遠の瞬間。
薄目を開けばリオンの長い睫毛が揺れていた。

時々舌を絡めるのではない唇を甘く食む様な長いキスを終えると、額を重ねてまた見つめ合う。
甘い空気に慣れない海はどうしたらいいか分からないまま彼の胸に顔を埋め胸の高鳴りに眩暈を起こし指先で胸元を押さえていた。

「なぁ、海は子供は好きか?」

ふと訪ねられ、嬉しそうにふんわりと笑うと海は穏やかな声で彼を抱きしめた。

「うん、大好き。エミリオは?」

そう訪ねられればエミリオも戸惑いながら答えた。

「わからないが・・・ただ、もし、いつか海と僕との間に子供が産まれたら…自分と同じ思いはさせたりはしない。」
「エミリオ」

海はふと、寂しそうに笑った笑顔に思わす自ら頬にキスをする

「大丈夫、エミリオは、もう1人じゃないからね」

恥ずかしさから逃れるように立ち上がった海を逃がすはずもなく後ろから強く抱きしめた。

「きゃっ!」
「なぁ、海。この世界で男子は何歳で結婚出来る法律だ?」

クスクス笑いながら柔らかな髪に指を絡め、キスを落とす。

「18歳、だよ」
「後、3年か・・・長いな・・・」
「え?」
「早くお前と添い遂げたい。愛してる、」

不意に囁かれたプロポーズに彼女の涙腺が堪えきれるはずもなくて。

「おい、何故泣く・・・?」
「だって、夢だったの、本当は・・・叶わないのが分かっているから、」
「必ず叶えてやるからな。お前の願い、全て叶えてやる。」
「!
うんっ、」

回り道の果てに漸く、2人が手にした幸せ。婚姻届けがやがて本物に変わる日は、そう遠くはない約束された未来へ。



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