龍馬さんについてしばらく歩くと、賑わった街にでた。
3
忙しそうに働く人々や、買い物をしている人々。
いろんなお店をみるのも楽しいけれど、未来からきた私にとって江戸時代の人間ですら珍しい。
わぁ、綺麗な女の人…!
ふと、道を歩く女の人に目が止まった。
ピンクの着物や簪。
おしとやかに歩くその姿は艶やかで、それらの物がとても似合っていた。
未来でもお上品な人はいるけれど、この時代の人とはどこか違う。
ましてや小さい頃から剣道に生きてきた私はお上品という言葉からはかけ離れており、龍馬さんが用意してくれたこの着物だって、私なんかではうまく活かせていないと思う。
「千夏、どうしたがじゃ?」
私はいつの間にか呆けてしまっていたらしく、心配した龍馬さんが話しかけてきた。
「具合でも悪いがかえ?」
「い、いえ!何でもないです!」
「そうかえ?しんどうなったらいつでも言いや」
「はい、ありがとうございます」
いけない、せっかく龍馬さんと出かけてるのに…
私は先程の考えを頭の中から無理やり追い出し、龍馬さんと歩みを進めた。
あるお店の前で龍馬さんが立ち止まった。
「入るぜよ」
「ここは…」
髪飾りなどが売っているお店だった。
「こがなところに入るんは勇気がいるのぅ」
龍馬さんはきょろきょろと店内を見回した。
「何か探しているんですか?」
「おう。おまんに似合う簪を探しちゅう」
「え…」
「んー、おまんの髪には何色が合うかのぅ」
そう言って物色し始めた龍馬さん。
「ちょ、ちょっと待って下さい!私、髪降ろしてますし…、それにもうこれ以上いただけませんよ!」
この着物だって高かったはず。
それなのに龍馬さんは相変わらず「んー」とうなりながら私の言葉を聞き流す。
どうしよう…と思いつつ、言い出したら自分の道を真っ直ぐ突き進む龍馬さんの性格はよく分かっている。
ここは、甘えちゃった方がいいのかなぁ…。
そんなことを考えていると、
「……お!」
何かを見つけたのか龍馬さんが私の手をひいた。
「……千夏、ちっくと目ぇつむうちょれ」
「え?あ、はい…」
言われた通りに瞼を落とすと、視力以外の感覚が研ぎ澄まされた。
コトンと何かを動かす音、衣擦れの音。
そして何かが私の髪に触れた。
「…決まりじゃ」
その声に目を開けようとするが、龍馬さんの大きな手に覆われて再度暗闇が訪れた。
「もうちくっと」
私の髪に触れていた何かが離れていく感じがした。
そして龍馬さんの手も――…
……あれ、
…離れない?
「龍馬さん?」
「…………」
「まだ、ですか?」
「…………」
私の目を覆っていた手はそのまま下へ下ろされ、頬を撫でた。
「千夏―…」
そう囁かれ、吐息がかかる。
龍馬さんの髪が落ちてきて、私の顔に触れた。
―……こ、このままじゃ…
「りょ、龍馬さん!!」
「…!!」
ハッと息を呑む音がして、ようやく手が離れた。
突然明るい世界に戻り、目が慣れないままに龍馬さんをみる。
「す、すまん…!」
「いえ…」
「おまんが綺麗で…、我慢、できんかったがじゃ」
「えっ」
「…ほ、ほいたら、わしはこれ買うてくるき。おまんは先に外に出とくんじゃ」
そう言って顔を赤らめ、龍馬さんは行ってしまった。
1人になって、先程のことを思い出す。
……キス、されそうだったよね。
目をつむっていても伝わってきた。
自分の頬を撫でる大きな手。
自分の頬を撫でる少し長めなふわふわした髪。
そして龍馬さん自身。
考えると、胸がきゅんと締め付けられる感じがした。
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