彼女の唇に自分の唇を重ねる。
唇を離すと彼女は目を開きニコリ、と笑った。
「じゃあね、精市君」
「うん、また明日」
手を振り、彼女が家に入ったのを見ると俺は駅にもう一度戻った。
電車の中から眺める風景はあの頃と何一つ変わらない。
最寄り駅のホームから家に帰る道のりだって。
《本当にないの?》
家の玄関を開けると母さんの話し声とローファー。
サイズからして女もの。
「ただいま」
そう言うと「あぁ、帰ってきた。おかえりー、」と母さんの声が廊下に響く。
リビングのドアに手をかけた。
このドアの向こうには誰がいるんだろう。
もしかして、
そう期待する自分がいる。
ゆっくりドアを開けると、
「……おかえり」
目を細めて、それなりに笑うなまえがいた。
「今日はなまえちゃんも誘ったの」
上機嫌の母さんはキッチンから料理を運ぶ。
なまえはそれを笑いながら手伝っていた。
「そうなんだ。…荷物置いてくるよ」
「早くね」
「うん」
階段を上り、自分の部屋に入りそのドアにもたれ掛かる。
笑ってたのに、
笑ってたのに、
「…仁王に見せてた笑顔と違う……」
なんで俺には見せてくれないんだ?
見せてくれなくなったんだ?
《あるじゃないか、変わったもの》
荷物がドサリ、と床に落ちる。
ふ、と目線をずらした先には中学生の卒業式に撮った写真があった。
1つはテニス部レギュラーと。
もう1つはなまえと。
撮る瞬間なまえの後ろに回り後ろからなまえに抱き着いて撮った写真だ。
とっても驚いていたが、笑顔がある。
「…幼なじみって関係ではいられないのかな………?」
気付けば涙が瞳に溜まっていた。
それを流さず手の甲で拭い、適当に着替え下に降りる。
休日は近くのコートまで行ってテニスをした。
とても楽しくて、嬉しくて、毎週休日が来るのをとても楽しみにしていた。