夢


「へぶっ」

我ながら酷い声だったと、私は肩に引っ掛かった布を払った。ため息をついて座り込む私の周りには大量の布。片付けるのが大変そうだ。


背伸びをするなと言われていたので、棚の上の方に置いていた布を手さぐりで引っ張り出した。すると、他の布が一緒にひっぱられ、上の段の布がまるごと私の上に降ってきた。椅子を持ってくればよかったのだが、そんなことはめんどくさいとさぼった結果がこれだ。

どうしようかなぁと座り込んでいると、女性とは思えぬ声を聞きつけたのか、あの人が駆けつけてくれた。今日は珍しく早く帰れると言っていたが、こんなタイミングで帰宅しなくても。怒られる、これは絶対に。

「何してるんですか」
「落ちてきました」
「落ちてきたじゃありません。落としたんでしょう、まったく」

出会った時と変わらない調子で『横着するんじゃありません』と怒る彼。私の行動はお見通しらしい。

座り込んでいる私に手を出しながら、心配そうにあの人は私の顔を覗き込んできた。

「怪我はないですか、シノ」

珍しく私を気遣う台詞に、私は差し出された手を取り損ねてしまった。おかしい。普段はねちねちと説教されたあと、ようやく心配されるのに。今日は心配から入った。

「ど、どうしたんですか?すごく優しいです。夢にちがいないです、これは」

そんなことを言う私に、彼は差し出す手をチョップに変えた。

「いたっ」
「君のためじゃないですよ。君のお腹の中の子が心配なだけです」
「そっちですか。いや、正しいけど」

そう、私のお腹にはあの人との子供が宿っていた。先週判明したばかりなので、すごく嬉しいのだが、一方でまだ実感がわかない。そんな中、あの人だけが着実に親へとなっていく。

子供は大切なので、おざなりにされたら私が怒り狂う。だが、今までずっと『君馬鹿ですか』と一刀両断したところが変わってしまい、何か置いていかれた気がする。何とも言えない気持ちに陥っていると、私の考えていることが分かったのか、優しく頭を撫でられた。

「君のことをわざわざ心配したりなんてしませんよ」
「えっ」

昔から私のこと放置気味だったけど、そこまで言いますか?

いくらなんでも酷いと唇をとがらせると、彼はすごく楽しそうに笑った。

「お腹の中の子はどうなっているか分かりませんが、君のことなら、何かあればすぐ気づきます」

言われたことは、勝手に想像していた事とまったく反対で。一瞬で私の顔が赤くなった。思い通りの反応が得られて楽しいのか、あの人の笑いはさらに大きくなった。自分の感情や思考まで知りつくされているのがすごく悔しかった。だから、私はそっぽを向いて『随分強気ですね、私だってたまには自分のこと隠したりしますよ』と返してみた。

「大丈夫です、ちゃんといつでも見てますので、シノ」

今日はとことん押すらしい。耳まで真っ赤になりながら、『知ってます』と私は返した。


「すると、その人は私の額に優しくキスを落としたんですよ!あれは予知夢です、そうに決まってます!」

昼寝の夢の内容をヴィゴさんに情緒たっぷりに語った。すごくどうでもよさそうな顔をしているがそんなの気にしない。

あんな夢を見たのは、昨日、友人の結婚式に出席したからにちがいない。最近友人の結婚ラッシュである。それなのに、私には一向に浮いた話がやってこない。ちょっとだけ気にしているのは内緒だ。

諸々の願望を具現化したのか、昼に見た夢はすごく幸せに包まれていた、気がする。私はその余韻に浸るために、暇そうにしていたヴィゴさんを捕まえ語ることにした。ちょうど書類の審査を待っていたらしい。

誰かに、とにかく話したかったので、さきほどから『そうかよ』としか言わないヴィゴさん相手でも気にしない。

「肝心の顔は覚えてないんですよねー。でも、安心してください。筋肉達磨のヴィゴさんではないことは確かです」
「そうかよ」

ヴィゴさんが頬杖をつきながら、毛虫を見る目でこちらを見ているが気にせず力説する。

「確か、細身だったような。で、優しい手つきで、ちょっと意地悪だけど、私を思ってくれてるような人で」

『女子の憧れをぎゅっと詰め込んだような、』と続けようとしたところで部屋の扉が開き、私は口を閉じた。

「あぁ、よかった、いました。君達にお願いが!明日の定例会議ですが」

急な案件か、部屋に飛び込んできた上司を見て、私の動きは止まってしまった。

あれ?

固まった私を不思議そうな眼で見るジャーファル様に、相変わらず毛虫を見る目で私を見るヴィゴさん。二人の視線なんか気にならないほど、ひっかかることが。

私はジャーファル様を舐めまわすように上から下まで観察した。どこかで見たような。先ほど現実ではないどこかで見たような。

「ジャーファル様って細身ですよね」

『は?』と言う上司なんて気にせず、夢のあの人との共通点を探してしまう。いや、むしろ同じところだらけで。

「なんで、手つきも優しいんですか。ダメです!」

いやな予感がして、共通点ではなく、共通していない点を一生懸命探すが見当たらない。い、いやだ!

「優しいとか、ダメ!殴ってください!めちゃくちゃにして!」

突然の私の台詞に、ジャーファル様は『この子、お酒飲んでます?』と隣のヴィゴさんに確認している。問いかけられたヴィゴさんは肩を竦めて返答し、久しぶりに『そうかよ』以外の単語を吐いた。

「お前の最低条件『金持ち』もクリアだな」
「い、いやです!絶対いやです!私の純情を!憧れを返してください!」

そんなの認めないと首をふる私に、ヴィゴさんはにやりと笑った。

「ちびすけ、予知夢って言ってたな」
「やめてー!!だ、だれでもよかったんだ!!ちょっと魔が差したんですよ、仕事がたまっているのに結婚したいと思ってごめんなさい!」

『ジャーファル様だけは嫌だ!!』と机に突っ伏す私に、『よく分かりませんが、なんか腹立ちますね』と、ジャーファル様は夢の中同様チョップをふり下ろした。その力加減がまた夢と同じで。

『もっと強くですよ、強く!もしくはグーでお願いします』と叫ぶ私にジャーファル様が心の底からひいていた。


ヴィゴさんならネタにして終わっただろうに、何故かジャーファル様だけは嫌だった。それが何でなのか、分かるのはもう少し先の話。

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