脱税


「その店、脱税してると思いますよ」
「は?」

私は聞こえてきた会話に、書類から顔を上げた。声の主は、扉近くに座る元武官の部下と、少し前に財務へ引き抜いてきた年若い部下だった。

「支出がおかしいですよ、ヴィゴさん」
「いや、この店、去年火災が起こったから間違ってないと思うが」
「んー、特別損失ではなく、一般の支出の方です。店舗で火災が起こったんですよね。店しばらく閉じたって聞きました。それなのに人件費が前年と同じです。仕入れが取り消せなくても、せめて人件費は減ると思います。従業員、一旦解雇したって話ですし。なのに、ほら、ここ変わってない。架空計上じゃないですかね」

実家が商家だったというシノが、隣のヴィゴに珍しく『これ、おかしい』と断言している。基本的に自分の意見は提案という形でしか出さない彼女がここまで言うなら、相当の自信があるはずだ。

「んだと」
「ちょ、ちょっと私に怒らないくださいよ」

急に剣呑な雰囲気になったヴィゴにシノが怯えている。

脱税を犯す商人の中には、徴税を行う文官に対して、力で訴える者もいる。しかし、殺気立つヴィゴを見る限り、今回の徴税は滞りなく行われるだろう。頼もしいことだ。


「随分詳しいんですね」

戦場に向かう顔つきのヴィゴが部屋を出て行った後、書類を持ってきたシノに話題をふってみた。すると、彼女は一瞬悩み、『あぁ』と頷いた。

「実家が商家でしたから。脱税のプロと呼んでください!」

自信に満ち溢れた笑顔で言われた。どうだと言わんばかりの彼女を見る私の目は自然と冷たくなってしまう。

「そ、そんな生ごみを見るような目で見なくても」
「……まかり間違っても、シンドリアでその方法を広めないでくださいよ」

ただでさえ、商人と文官のぎりぎりの争いが日々繰り広げられているのに、自称脱税のプロの知識が広がったらどうなることやら。

「しませんよ、そんなこと。それに脱税しなきゃ暮らせなかったんですよー。だって20%ですよ?」

『失礼な』と頬を膨らますシノと言う数字に首をかしげてしまった。

「税率20%ですか?」
「いやいや手元に残るのが20%です。実質税率80%!ありとあらゆるものに課税されちゃって」

その数値に驚いてしまう。80%だと残るお金は僅かなものだ。自分で脱税のプロと言ってしまえるくらいの、相当な額を脱税していたのだろう。

「特に売り上げにかかる税が異様に高かったんですよ。周りの商家と助けあいながらどうにかこうにかやっていたんですけど、『他の地区よりも納税率がよい。おかしい』ってばれちゃいまして。国軍が家に押しかけてきました」

故郷の国から亡命してきたと言っていたシノだがそんなことがあったのか。家に軍が来るとはかなり危険な状況だったのだろう。

しかし、『大変でしたよー』とあっけらかんと言い放つ彼女に、ため息をつきたくなった。『昨夜飲みすぎちゃいまして』みたいなノリのせいか、少しも大変そうではない。それに、現在最も法を順守すべき仕事についているのに、あっさり私の前で前科を言うのはどうかと思う。

まぁ、過去のことをとやかく言っても仕方がないし、私が言える立ち場でもない。なので、小言を言う代わり別のことを言うことにした。

「そうですか。では、脱税のプロに新しい仕事をあげましょう。君の知っている脱税方法をまとめておいてください。徴税する際の参考にさせてもらいます」

どうだと言わんばかりの自称脱税のプロの顔が一瞬で青くなった。『げっ』なんて声が漏れている。

「ほ、ほら、税法が違うからシンドリアじゃ、使えないかもしれませんよ」

見苦しく悪足掻きをするシノを黙って見つめれば、観念したのか、肩を落として『了』と返事が戻ってきた。最初からそう返事をしとけばよいものを。

「あと、そういう使えそうな知識は先に言っておいてください。他に何か隠し持っていませんか?」
「な、ないと思いますよー」

目を合わせてなるものかと顔を反らす部下に呆れてしまう。

彼女の知識はとても偏っていたり、思いもよらぬところに精通していたりする。一体実家の商家でどういう教育をされていたのだか。

おそらくまだ使える知識を持っているだろう。シノがどう思っているのであれ、使えるものはがんがん出してもらいましょう。

これ以上仕事を追加されないよう、そそくさと席に戻っていく彼女の背中を見ながら、私は目を細めた。

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