優しさ


「おい、ちびすけ、客だ、茶出してこい」

今日も今日とて修羅場。資料探しから帰ってくるとヴィゴさんに客の来訪を告げられた。こんな時期のうちに来るなんて相当な猛者だ。どんな方だろうと準備していると、先輩に『君、所長を見るのは初めてだっけ。刺激しないようにねー』と言われた。いや、ほんとどんな方?

そう思いながらジャーファル様の所に行くと、私よりも何歳も若い、少女と呼べる年齢の子がジャーファル様の机の前に椅子を引っ張り出して座っていた。体格や年齢を考えるとちょこんと座っていてもおかしくないのに、何かこの少女はふてぶてしい、ではなく、堂々としている。

この子が所長?

この修羅場の財務担当部屋にいながら、その少女は欠片も臆することなく、ジャーファル様に向かって、『君達、マグロなのかな』とか言っている。

マグロってあれですか。

一瞬にして残念な考えが広がった。聞かなかったことにしよう。そうしよう。

『ジャーファル様はマグロ説』を頭にしっかり叩き込んで、私はさっさとお茶を出し退散した。仕事もあるし、何よりジャーファル様の頬が引きつっている。巻き込まれるのなんてごめんだ。

と、思っていたら、いつの間にか少女が倒れた。どうやら睡眠不足らしい。若いのに大変だ。ジャーファル様に寝かしつけられる少女に、洗濯済みの毛布を持っていった。その時の、ぽんぽんと少女の背中を撫でていたジャーファル様はぐずる子供をあやす母のようで。


「いいなぁ」
「何がだ」

先ほどの光景を頭の中でリフレインしているとつい感想がこぼれた。羽ペンを高速で動かしていたヴィゴさんが、ペンの速度を緩めることなく私のぼやきを拾ってくれた。もちろん私も視線はものすごいスピードで資料の数字を追っている。

「ジャーファル様、子供には優しいですよね。私もぽんぽんされたいです、まさに今この瞬間して欲しい!」
「ちがうだろ。お前は単に寝たいだけだ」
「くっ、何故分かるんです」

ばれた。別にぽんぽんはしてくれなくていい。いや、してくれるならありがたくもらっておくけど。でも、多分ぽんぽんされる前に寝ていると思う。今二徹目だし。

眠りにつく私を単に優しく見守ってくれるだけで幸せだ。あわよくばそのまま放っておいてほしい。

私はジャーファル様に『さっさと起きなさい』と毛布をはぎ取られたことしかない。書簡を開くように転がされたりもした。ぶっちゃけ女性に対する扱いじゃないと思う。

「今寝たいのはさておき、私もジャーファル様に優しくされたいです」
「優しくしてもらってるだろうが」

優しく?厳しくならいっぱい思い浮かぶのだけど。

確認し終えた資料を片付け、次のものを広げながら、『優しく、優しく』と記憶を巡らせてみた。すると隣から聞こえてくるのはわざとらしいため息で。

「薬」
「あぁ…」

そういや優しくしてもらってるわと少しげっそりする。薬嫌いの私のために、私が薬を飲む事態になると毎度毎度お菓子を用意してくれる優しさ。

うん、優しいんだけど、方向性がちがいますよ、ヴィゴさん。子供扱いではなく、優しく女性扱いされたいんだって。

そう思い、そして、自分の考えに『はて?』と首をかしげた。

私はジャーファル様に女性扱いをされたいのだろうか。

女性扱いと仕事どっちを取ると言われたら、迷わず仕事と答える。でも、だからと言って女性扱いされないのもどうよと思ってしまう。

悩ましい乙女心である。

働く女性の永遠のテーマだよね。そう簡単に結論付け、私は目の前の書類をさばくことにした。ジャーファル様、午後は会議で席を外すから、何が何でも午前中にこの書類をあげなくては。

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