雷


耳をつんざくような音が先ほどから鳴り止まず、空気が震えていた。視界はひっきりなしに明滅を繰り返している。絶えず落ちる雷に肩は震えていて。光のお陰で来ると分かっていてもその音や衝撃は十分な恐怖だ。

地面をえぐるような音が辺りに響いた。近くに落ちたらしい雷に驚いて、つい隣にいたジャーファル様に抱きついてしまう。また光り、肩が跳ね、服を握る指に力を入れてしまった。

もちろん私ではない。目の前の侍女の方が、だ。

あれは官服に皺ができるなぁ。

そんなことを思いながら私は目の前のジャーファル様に抱きついている侍女と、胸が故意か過失か身体に当てられ、対処に少しだけ困っている我らが上司を眺めた。

「大丈夫ですか?」
「は、はい」

潤んだ瞳でジャーファル様を見上げる侍女のおねーさんはジャーファル様に抱きとめられ、まんざらでもなさそうだった。しかし、そこは我らが上司。怯える侍女を気遣うようにしながらも、そっと肩を持ち距離をとった。

「そこまで送ってきますね」

そう言ってジャーファル様は適正距離を保ちつつ、侍女を送りに出ていってしまった。担当部屋に残されたのは、居残り中の私とヴィゴさんである。

「いやー、おねーさんすんごいテクニックですね」
「ちび、お前もあれくらいしてみろ、むしろ腕を挟み込むくらいやってみろ」
「ヴィゴさん、圧倒的に胸が足りません」
「よせろ」
「よせてどうにかなりますかね」
「根性出せよ」
「根性出す前に書類を出してください」

私たちがくだらない話をしている間にジャーファル様が帰ってきた。早い、早すぎる。

『随分早かったんですね』と言えば、廊下を通りかかった武官に預けたとのこと。あら、おねーさん、残念だったね。

地位・権力・金三拍子そろったジャーファル様はよく未婚の女性から熱烈なアタックを喰らっている。おかげで、自己防衛ばっちりらしい。余計な噂が立たないよう、既成事実なんてものができないよう、鉄壁のガードである。どこかの王様の反面教師だろうか。

ジャーファル様はそういう社会的ステータスを見ずとも素敵な方なんだけど。『こういう方が恋人作るのって大変だろうなぁ』と心の中でご愁傷様と手をあわせて、私はお疲れの上司にお茶を入れた。



「そう言えばシノは雷怖がりませんね。女性は苦手な方が多いですが」

ついでに私とヴィゴさんも休憩に入り、ジャーファル様の机の周りでお茶をすることにした。本日のお茶菓子はジャーファル様が先日シンドリアに来た外交官から頂いた果実の糖蜜漬。うちの国に輸入してもらいたいらしく、試食品だそうな。めちゃくちゃ美味しい。

『ちびっ子は女じゃないんですよ』という発言をするおっさんを一睨みして私は平気だと返した。ついでに『女性らしくなくて悪かったですね』と口をとがらせたら、ジャーファル様は苦笑しながらフォローしてくれた。

「落雷に怯えられたらこの時期仕事になりませんので、助かっています」

ほら、財務官として誉められたんだから問題ないだろとヴィゴさんを見やり、自分を無理矢理納得させた。うん、自分でもあまり女性らしくないってのは分かっている。

「でも、本当に大丈夫なんですね。男性でも苦手な方は少なくないですよ」

欠片も気にしていないジャーファル様とヴィゴさんを前にしたら、なんて説得力のない言葉だろう。

「平気ですよ。むしろすかっとします。もっと落ちろ、壊し尽くしてしまえ!みたいな気分になります」

『強がりじゃないですよ』と伝える代わりに雷への率直な思いを披露したら、目の前の二人が引いていた。

「シノ、疲れてるみたいですね、休み…は無理ですから、午前休とりますか?」
「ちび、いつかストレスで暴れるならこの部屋以外にしろよ」

休み無理なんだ。てか、部屋で暴れませんよ。散々なコメントに少しむっとしてしまった。この雷の良さが分からないとは!

「失礼ですね、お二人とも。ほら、聞いてください、この爆音」

私がしゃべっている間にも雷は落ちていて。

「ほら、壊し尽くしてしまえ!」

私が気分良くそういった瞬間、その場に光りが溢れた。間を置かずして、轟音とともに雷が王宮の中庭に落ちた。

あまりのタイミングに誰も言葉を発しなかった。

そして数十秒後、木の倒れる重い音と同時に衝撃が王宮に伝わった。

「何やってんですか、君は!」
「スゲーな、ちびすけ」
「私じゃないですよ!偶然ですよ!」

私の掛け声と共に雷が落ちたことはあっという間に財務担当に広がり、それからしばらく私のあだ名が『神』になった。

また変な噂が飛び交うんだろうな。

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