一夜明けて(本編15話after)
何だこれは。
朝、仕事部屋の扉を開けると土下座している先輩がいて。彼の顔の半分はどす黒い痣ができて、瞼の上は腫れあがっていた。あれじゃ目を開けられないんじゃないだろうか。無数の切り傷はできてまもないのか、まだ傷口には血が滲んでいる。
「………先輩、どうしたんですか?その顔?」
冷やさなきゃと踵を返そうとした私を止めたのは先輩の手だった。
「シノちゃん、本当に申し訳なかった」
そう言って謝る先輩の額は頭を下げるというより打ち付けるに近い行動で少し錯乱気味である。これ絶対傷にさわる。そう思い、先輩をどうにかして椅子に座らそうとするが床に張り付いて動かない。誰か男手!そんな私に神様がほほ笑んでくれたのか、扉の開く音が聞こえた。
「おはようござ、君たち何してるんですか」
「あっ、ジャーファル様。ちょっと助けてください」
部屋の中で行われていたことに少し引き気味のジャーファル様は『朝から一体何なのです?』と疑問を口にした。私も同じ感想です。
すると、今まで土下座していた先輩が顔をあげた。
「ジャーファル様も、本当に申し訳ありませんでした。私は財務官として恥ずべきことを!いや、人間としてもう、私は」
そう言う先輩は何度も何度も謝っていた。だから傷に響くって!『起きてください』と引っ張り起こそうとするが振り子人形のように頭を下げ続ける先輩は止まらない。
ジャーファル様、助けて!
そう思い振り返ったのだが、ジャーファル様は先輩のその行動より顔に驚いているようだった。
そして、私の方を向き悲しそうな顔をした。
「君、昨晩のこと、こんなに怒っていたのですね。気づいてあげられず申し訳ありません」
「へっ?」
「確かに私は毅然とした対応を取れとはいいましたが、まさか、ここまでとは」
昨晩のこと、私がこの先輩にセクハラされかけたことと分かるが、結局は未遂だった。そんなことで私は怒っていないし、まして先輩をおやじ狩りしたりしない。
「私じゃないですよ!」
しかし、私のそんな言葉は届かずジャーファル様は痛ましそうな顔で私を見ている。そんな中、次に部屋に入ってきたのはヴィゴさんで。
「お前、キレるならやられた時に殴れ」
「だから私じゃないって!」
結局、先輩の顔が無残なことになっていたのは、年若い女性にセクハラを働きかけたことに大層お怒りになった先輩の奥さんの仕業だった。だが、それを聞き出す前に多くの文官が年若い文官に土下座をする中年の財務官という異様な光景を目撃してしまった。
尾ひれはひれを付けた噂のせいで、私はしばらく男性文官から避けられるようになっった。
この上なく心外だ。
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