夜食


「もう帰りますよ」
「もうちょっとだけ」
「ダメです、その台詞三度目ですよ」
「でも、あと少し」
「いけません、明日もあるでしょう」

大道芸を見に来て、帰り際に駄々をこねる子供としかりつける母親。そんなような会話が繰り広げられているのは、大道芸みたいな娯楽からは遙か遠い財務担当部屋だった。

「まだ、貨幣供給量と需要の分析が終わって―」
「何度も同じことを言わせないでください、シノ」

珍しく言葉をジャーファル様に遮られた。ジャーファル様の顔が『うるせーよ』と言わんばかりである。あぁ、今日はこれでタイムアウトだ。



「今日はもう寝るだけですね」

私は一日が無事終わったことにうきうきしながら歩を進めた。そんな私の横にはジャーファル様がいる。

仕事が遅くなるとその場にいる男の先輩と居住区まで帰るのが常だが、今日のように先輩方が残っていないと、紫獅塔住まいのジャーファル様がわざわざ遠回りをして送ってくれる。『政務官に何をさせているの、南海生物と一緒に滅んできなさい』と友人には怒られたが、王宮とは言え夜は危険なので大人しくお世話になっている。それに私はこの時間がけっこう好きだ。

「君、切り替え早いですよね。先ほどまではあんなに仕事あがるの嫌がっていたのに」
「それはきりがよいところまで済ませたかったですし」
「シノがきりよくなる頃には、朝日が昇っているんじゃないですか」

答えづらい質問に私はそっぽを向くことで答えた。隣でため息をつく音が聞こえる。

「いいですか、君に任せている仕事は一日や二日で終わるものではないんです。もっと仕事を計画的に―」

あぁ、説教が始まった。これは居住区に着くまで終わらないなと思ったのだが、その場に鳴り響いた私のお腹の音に、早々とジャーファル様は口を噤んだ。

「すみません」

恥ずかしいが仕方ない。生理現象なのだから。顔に集まる熱に気付かないふりをし、私は開き直ることにした。

「君、さっき夜食食べたでしょう」
「そうなんですけどね」

昼御飯は忙しくて食べられず、晩御飯は携帯食料、夜食にスープだけじゃ、私の胃は満たされない。私の今日の食事事情を素直に言ったら、母たるジャーファル様に怒られるので言う気はないのだが、母は娘のことなんてお見通しなのだろう。『ちょっと着いてきなさい』と連れてこられたのは、白羊塔内の調理室だった。日中この部屋は、白羊塔付きの侍女が私達にお茶を入れるために使用されている。簡単な料理もここで作っているらしく部屋の隅には日持ちのしそうな野菜が籠に入っておかれていた。

今は夜遅く誰もいないその部屋で私はテーブルにつき、ジャーファル様は鍋を手にした。あまり時間をかけずに、『私も少しお腹がすいていましたので』そう言って出てきたのは乾物を使ったスープだった。

「めっちゃ美味しいです、おかあさん」
「それはよかったです、娘よ」
「いつでもお嫁に行けますね。あっ、ちがった。いつでも何人も子供持てますね」
「手のかかる娘が一人いるのでもう十分です」

そんな小芝居をしながら過ごした夜の一時。

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