子供のころ欲しかったもの


「何が欲しい?」
「はぁ?」

鬼気迫る顔で私の肩に手を乗せ迫ってくるのは職場の先輩だ。三十代後半の先輩には奥さんもいれば、10才と7才にになる息子さんもいたはずだ。この状況は非常にまずい、気がする。

「先輩、ちょっと、顔が近いのでは」
「いいから、シノちゃん、何が欲しいか言ってみなさい」

ずいずいと近寄ってくる顔に私は自分の顔をのけぞらせた。目が据わっている。

「何でも買ってあげるよ、このパパが!」

私の鼻先に興奮した先輩の息がむわっとかかり、私は条件反射で、頭突きを食らわせた。

『うっ』と言って顎を押さえ蹲る先輩から私は距離をとり、『すみません、つい』と気持ちが欠片もこもっていない謝罪をする。

「昨晩の酔いが抜けていないなら、さっさと吐いてきなさい」

この状況にそんなコメントをくれたのは、珍しく休憩をとりお茶を飲んでいたジャーファル様だった。部下の奇行にも修羅場のせいで慣れているのか、平常心。
さすが、ジャーファル様。

「いや、お願いだから答えてくれ!」

ジャーファル様に感心している私の隙を狙ってか、腰に抱きついてきたのは頭突きから復活した先輩だった。

「えっ、ちょ!いたっ!」

いきなりのことで転倒した私は頭を床に強く打ち付けた。

『本当にどうしたの、この先輩!』と頭を擦っていたら乗られた、上に。

マウントポジションだよ、ちょっと!

しかし、びっくりする私なんか少しも気にせず、先輩が私の肩に手を置き身体を揺さぶってくる。

「何が欲しい!何が!」
「ひぃ!」

怖い怖い、なにこの先輩怖い!!すごく怖い!

「何がぁぐわっ」

突如頭上から洩れたうめき声。ちょっと唾かかりましたよ、先輩。

びびる私から先輩を退けてくれたのは、ジャーファル様が投げてくれた文鎮だった。後頭部に見事にヒットしたのか、私の肩からは手が外され、先輩は患部を押さえている。

「職場の風紀を乱さないでください」

あっ、ジャーファル様、ちょっと怒ってる。声音からまずいと正気に戻ったのか先輩が『悪かったね』と私から退いてくれる。



「で、どうしたのです?」

先輩と仲良く後頭部を冷やしているとジャーファル様が先輩に話しかけた。普段穏やかな先輩だ。何かあったのだろう。

『実は―』と、話し出した先輩の内容をまとめると、どうやら仕事が忙しくて子供の誕生日を忘れてしまっていたらしい。それで息子さんは大層機嫌を損ねて口を聞いてくれない。奥さんに相談したら、さっさと誕生日プレゼントでも買ってきてあげなさい、とのこと。しかし、普段息子と会話がろくに出来ていないお父さんは困った。どうすればいい。何を買えば喜ぶ?やはりここは年の近いものに聞くしかない。で、冒頭の行為に至ると。

「先輩、それ私に聞かれても。今私が欲しいものって睡眠時間ですよ」

今の欲しいものを素直に言うと、私達を見守っていた他の文官が、『あぁ俺も欲しい』『そうだな、一番欲しい』と頷く。ちなみにジャーファル様は聞こえないふりなのか明後日の方向を向いている。

「じゃ、シノちゃんは10才のころ何が欲しかった?」

『お願いだから、教えてくれ』と懇願してくるもういい年の先輩の言葉に頭を悩ます。

私の10才ってどっち。

名実ともに10才の頃は確か当時人気だった魔法少女の変身セットが欲しかった。子供用の化粧品やコスチュームに憧れたっけ。が、変身セットなんてものこの世界にありはしない。参考にならないだろう。いや、待てよ、私が知らないだけで『君もあのシンドバッドになるれぞ』みたいなノリのシンドバッド王の変身セットとかあるのだろうか。……あまり欲しくない、却下。

こっちで10才の時には世界地図や各國の特産品が載せられた本が欲しかった。こっそり商家の父の仕事を手伝っていたから、その資料としてだ。

「世界地図とかですかね?」

『お前、やっぱりチビの時から変だったんだな』とヴィゴさんの呟きが聞こえる。そこ、うるさいですよ。分かってるけど!

「てか、お子さん、男の子ですよね?私じゃなくてジャーファル様に聞いてくださいよ」
「えっ、私ですか?」

今まで可哀そうな子を見るような視線をこっちに投げていた上司にふる。

「そうですよ、男の子なら男性のジャーファル様の方が気持ち分かるはずです!」
「えっ、分かりませんよ!」

一刀両断だ。悩む暇もなかったよ、この人。

「いやいや、別に今想像してなくても。ジャーファル様、10才のころ何が欲しかったんですか?」

そう問いかけると、ジャーファル様は珍しく目に見えて焦った。いつもと違って視線が私達の遙か上、天井辺りを彷徨っている。そんなジャーファル様の状態を気にせず、周りの財務官たちはなんと答えるか興味津々で上司を見ている。

ジャーファル様はこれは逃げられないと悟ったのか、私達に視線を合わし、しぶしぶ口を開いた。

「そ、そうですね。武k、仕事道具の手入れセットです」
「おぉ、さすがジャーファル様。小さい頃から仕事人間だったんですね」

ん?

ジャーファル様の答えを聞き財務官たちは盛り上っているが、いまこの人武器って言おうとしてなかった?まさかね。

そういや、この方って王と共に行動するまでは何していたんだろう。そんな疑問は浮かんだが、たいして聞く気にもならず次の瞬間には忘れ去っていた。

まだお互いのことを何も知らなかった頃の話。

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