04


「シノ、財務との兼務なのじゃがのー、解除じゃ」
「はぁ!?」

財務部屋から戻り、終業時刻までの2時間。今日のすべき業務は半分も終わらなかった。残業、するのか。財務部屋での書類処理のおかげで身体は疲れ切っている。

…やだな。
うん、どう考えてもやだ。
よし帰ろう。

そんな判断を自分の机でちょうど下した時だった。中央の席に座る学問担当長官に呼ばれた。

相変わらず白ひげが素敵である。

そんなことを思っていると、驚きの一言を言われた。『仕事初日に兼務解除ってどんだけだよー』と後ろで先輩が笑っている。ほんとどんだけだよ。

「私、何かしましたかね」

あれか、財務の仕事をやってしまったのが不味かったか。悪いのは筋肉。そんなことを心の中で呟いていると、長官は言葉をつづけた。

「随分向こうさんがシノを気にいってくれてのー」

えっ、解除ってあっちへ異動ってこと?

「パ、パスで。私、財務より学問がいいです。平和だし。図書館にいつでも行けるし。好きな書物入荷できるし」

ちなみに私は寺子屋推進以外に黒秤塔の図書管理も任されている。『いや、行くなよ、入荷すんなよ。仕事しろよ』って後ろで先輩が言ってるがそんなのは聞こえない。

「だめじゃ、ジャーファル殿たってのお願いじゃからの」

帰り仕度をしていた先輩も、残業のため間食のお菓子を食べていた同僚も一斉にこちらを向いた。静まり返る室内。

「ちょっ、お前何したわけ!?」

一瞬の後、室内が一気に騒がしくなる。そりゃそうだ。しがない下官を文官トップの政務官様が引き抜くとか一大事だ。だって、財務担当ってエリートだよ。兼務とは話がちがう。わめく学問官達をおさめながら、上司が訳を説明してくれた。

「おぬしむこうで月末精算手伝ったじゃろ。随分、シノの計算能力を買ってくれてのー」

やってしまった!

確かに私の計算能力はこの世界の人の中では早い方だ。それは単に前世の知識の賜物だが、この世界では得難いものである。

でも、計算がどんなに速くとも私は学問担当をしていたい。あんな仕事人間しか生きていけないような仕事場は嫌だし、何より今担当している『寺子屋設置』の仕事を完遂したい。

私の目標はシンドリアの識字率90%越えであって、財テクを極めることでも、ましてや徹夜に強くなるためでもない。

『まぁ、兌換券の案件が終わるまでとの期間限定じゃがなー』と言う上司の声を遮り私は異を唱えた。

「私、財務に移れるほど、まだ経験積んでませんし、やりかけの仕事もありますから。だから移動だけは…」
「無理じゃ、ジャーファル殿には寺子屋の予算でお世話になっとるからのー」

そこそこに予算を付けてもらえて喜んでいた3ヶ月前の私を殴りたい。だってそれを言われたら何も言えないじゃないか。

でもさ、企画者の私を他部に出したらダメじゃん!

そんなことを目で訴えたら、私の後ろにいた先輩が、『じゃ、シノの企画お前が帰ってくるまでは俺がもらうわー、実はちょっと面白そうと思ってたんだよなー』とかのたまっている。

後任に憂いがなく、文官トップからの人事異動命令じゃ、逃げ道ないじゃないか。

『……分かりました。私帰ってきますからね…ちゃんと終わったら呼び戻して下さいよ。あと、先輩、ちゃんと仕事してくださいね』と、しょんぼりと肩を落としていると上司から追いうちの一言。

「『荷物を持って、今日から来てください』とのことじゃ。財務担当は今晩が月末精算の山場じゃからのー」

目の前が真っ白になるとはまさに今の私の状態だろう。

『今日から徹夜させるとか、ジャーファル様まじやる。惚れるね』と馬鹿を言う先輩に無言でチョップをくらわした。他人事だからって好き勝手言って。


「……………」

舞い戻ってきました財務担当部屋。これが今から私の職場になるのか。死屍累々としている状況を見、ため息が出た。私もいつかこんな部屋の片隅で倒れるようになるのか。

女性としてどうよ、それ。

目が血走ったジャーファル様の顔を見ると本当に財務担当は今日が山場のようだ。

人の気配で顔を上げたジャーファル様は、私を認識した後、脇の机の上にうず高く積み上げられている書類をさし、一言『それお願いします』と言った。返す私の返事は了と伝えるのみで。

普通新しい職場でするだろう皆の前での挨拶は、修羅場中の財務担当の前では塵に等しい。無言で省略されてしまった。

後に、財務の先輩たちは『シノって、なんかいつの間にか財務担当に配属されてましたよねー』と笑っていた。

徹夜で意識が朦朧としてる中現れた私の認識なんてそんなもんらしい。

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