03


「シノ、明日から財務の仕事も兼務でよろしくだってさー」
「はぁ!?」

ジャーファル様への報告書のために徹夜をし、よろよろの身体に鞭を打ちながら仕事を終えた。そんな状態の私を待っていたのは、先輩の『今晩飲もう』みたいな軽いノリの台詞だった。

「ジャーファル様からの指名だってさ。昨日あっちで何やらかしたんだよ」
「何にもやってませんよ!」
「じゃ、今あっち月末精算中だし肉体労働担当か」
「いやいや、うら若き乙女を肉体労働させるってどうなんですか、それ」

先輩には『何にもやっていない』と言ったが、恐らく『紙幣の有効性』に関する報告書がジャーファル様の琴線に触れたんだろう。

つい悔しくて、前世と今の知識と知恵を総動員して書き上げた。この世界の文化水準だと多少斬新過ぎる意見だと自覚しつつも、自分の意見を盛り込みながら作り上げた資料。あの時は、もう二度と文句を言われない資料を作ってやると意気込んでいたが、それが原因で兼務になるなんて思ってなかった。

兼務って、具体的に何をさせられるんだろう。私の寺子屋設置の仕事に支障がでないとよいのだけど…。多分無理だ。あのジャーファル様だ。体力むしり取られるくらい働かされそうだ。

世間一般には文官トップのジャーファル様から兼任の命を受けるのはありがたいことなのだが、私にとってはありがた迷惑だ。恐れ多いので拒否なんかできないが、できるものならしてしまいたい。


「………」

兼務初日から心が折れそうです。

見るたびに荒れすさんでいく財務担当部屋を見て、私は心の中でため息をついた。

寝ているような、倒れているような判断がつかない人は増えているし、何故か脱ぎ捨てられた官服が床に転がっている。ちなみに誰かが踏んだらしく足跡つき。

学問担当部屋に帰りたい。

私は泣きそうになりながら、奥の席のジャーファル様のところへ足を進めようとした。

のだが、肝心のジャーファル様がいない。誰かに居場所を聞こうと部屋を見回すと、仕事中の方からは昨日とは比べ物にならないくらいの負のオーラが出ていた。

仕方ないので、かなり申し訳ないが、私は床で屍と化している文官を無理に叩き起こし問えば、『王がまた逃亡した』とのこと。何やってるんだ。この忙しい時に逃亡する王様も王様だし、文官を束ねているのに仕事を放り出し追いかけるジャーファル様もジャーファル様だ。

兼務に関しては全てジャーファル様の判断とのことで、手持無沙汰な私は仕方ないので、昨日同様、資料の返却や部屋の掃除をすることにした。

すると30分もしないうちにまだ精気が多少残っていそうな筋肉隆々の文官に呼ばれた。三十代半ばのその財務官は『官服って誰だが着るんだっけ』と思わせる素晴らしい筋肉をお持ちだった。

彼と私が同じ職と言っても誰も信じない。
インクの補充かな、そんなことを考えていたら。

「おい、そこのちびっ子。これ」

ちびっ子ということばに口元がひきつった。
が、あちらは文官歴恐らく十年以上のエリート財務担当、こちらは数年勤めただけの駆け出しぺーぺーの学問担当。私は感情を隠して返事をした。文官は案外体育会系で上下関係がしっかりしている。

てかそんな上下関係以前にこの人、怖い。
私の頭上からこちらを充血した眼で見下ろしている。もちろん他の財務官同様風貌は荒んでいるし、声はだみ声で。私の恐怖心をあおるには十分だった。

私はふるえそうな身体を戒め『これ』と言って渡された書類を見る。

「あ、あの、これ」
「やれ」
「い、いや、困りますよ」

渡された書類は『東南三区の果樹園における収入』の書類。あきらかに今財務担当が修羅場と化している原因の月末精算の書類である。財務担当のメインの仕事の一つである月末精算を、学問担当の私がしていいわけがない。それがたとえ単なる計算のみの書類であってもだ。

「いいから、やれっつってんだろ」

お腹の底から出される声に私の肩が揺れる。こわい。無精ひげに座りきった目はそこら辺のチンピラさえも一睨みで追い払えそうだ。もちろん私なんか抵抗できるわけなもなく。

あぁ、もう、どうにでもなれ。怒られたらこの人のせいにしよう。首になったら蓄えているお金でニートになってやる。

そんなことを考えながら私は、与えられた机で羽ペンを動かした。さっさと終わらして学問担当部屋に帰ってやる。


「あの、終わりました。ジャーファル様、中々戻られないようなので一旦出直しますね。」

そう一言で言いきって、私は回れ右をし、扉へ向かおうとした。しかし、相手は幽鬼と化している財務官。無精ひげの彼は私の首根っこをさっと掴んだ。

「帰んな小娘」

小娘になってるし!呼び方に突っ込んでいると、財務官は私の渡した書類をぱらぱらめくりながら目を通している。

「早いな、間違えてないだろうな」
「ま、間違えてないですよ………多分。検算二度してますし」
「これやっとけ」

増えた!!渡されたのは『東商業区の地代収入』で。さっきよりめんどくさいのきた。文句の視線をやれば、財務官は先ほどまでやっていた仕事を置いて、私が出した書類の確認をしている。

あの書類そんなに重要だったのかなあ?

びびりな私は先ほどの机に舞い戻ることになった。

電卓欲しいな…そんなことを考えながら、私は再び数字に向き合っていると、また声をかけられた。いやな予感しかしない。

「おい。これもだ」

そう言って渡された書類は軽い辞書レベルの厚さをしていて。

「いやいや、多過ぎです。私帰れないじゃないですか!徹夜させる気ですか」
「俺らは一昨日から帰れてねーよ」

すみません…

結局、昼も食べずひたすら計算をし、夕方頃にやっと渡された書類を終わらすことができた。

『徹夜させる気か!』と言ったのは大げさだったなと思いなおし、肩を解していると、ちょうどジャーファル様が戻ってきた。私はこれ幸いと、終わった書類を全部持ち、筋肉文官の机に置いて、『終わりました。ジャーファル様がいらしたので、私はこれで』と書類を追加をされる前にささっとジャーファル様の机に向かった。

ジャーファル様にここに来た目的である兼務内容を聞くと『シンドリアにおける兌換券導入提案』なるものをして欲しいと言われた。

無茶ぶり!

経験もろくに積んでおらず、知識も浅い自分がそんな大役できないと断ろうとしたのだが、『君は下案を作ってくださるだけでいいのですよ。そこからは他の方も入れて推敲するので』と隈がくっきりと表れ、瞳孔が開ききった顔で押し切られてしまった。

先ほどの計算書類といい『No』と言えない自分が悔しい。でも怖いものは怖いんだ。

誰だ、財務官は爽やかエリートって言ったのは。

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