02


「シノ、財務担当部屋に顔を出してきてくれんかのー」

週休二日の休みを黒秤塔にこもり読書にいそしみ、週明け『今日も寺子屋設置頑張るぞ』と仕事場である学問担当部屋に着てみれば、上司の台詞に首をかしげた。いきなりな台詞をのたまった私の上司は、口にたくわえた白いひげを触りながら、うむうむと頷いている。

「財務、ですか?」
「そう財務、なんか話を聞きたいらしいのじゃよ」

『お前、横領でもしたのか』という先輩にしっかりチョップをくらわした後、私は財務担当部屋へ向かった。

思い当たる節は…ある。寺子屋推進における予算を豪快に使っている。それの文句かな。気が重いのだが、無視するわけにも行くまい。何せ彼らは予算を握っている。下手なことなんて出来ない。まじ逃亡したい。と思いながらも私は財務の部屋の扉をノックした。

扉を開けると、
そこは地獄だった。
そう文字通り。

そしてわたしは暦を思い出した。

やっば。今、月末じゃん。

月末になると、ただでさえ忙しい財務担当は月末精算業務で鬼のような忙しさになる。徹夜が当たり前らしい。そんな中、昨日・一昨日と連続の休みをしっかり取り、つやつや状態の私。何か申し訳なく、非常にいづらい。

普段はエリートと呼ばれ、身だしなみを整え颯爽としている彼らでも、月末は屍と化す。肌にくっきりと表れている隈に充血した目、夜食であったものの臭いと汗の臭い、散らばる資料に、部屋の隅には仮眠中なのか倒れているのか分からない下官。

帰りたい…

そんなことを思いながらも、私は比較的生きていそうな仕事中の文官に用件を述べた。すると、彼は顔を上げることもなく『それジャーファル様』と返した。羽ペンの動く速度が異様だ。

何故、私みたいな下っ端を政務のトップであるジャーファル様が呼び出すんだ。頭の中で警鐘がなる。

恐る恐るジャーファル様のところに行くと、書類に影がさしたのか、鬱陶しそうに顔を上げられた。目のクマはひどいし、充血している。官服も多少よろっとしている。

そんなジャーファル様は私が名乗ると、疲れを隠すかのように取って付けた笑みを見せ、しばらく待つようにと言った。ジャーファル様はたまに部下に指示を与えながらも、羽ペンを休むことなく動かしている。

暇だったので私はさらに居場所がなくなり、インク壺にインクを足したり、紙を補充したり、床に転がっている資料を黒秤塔に返却したりと、当たり障りのない雑用をすることにした。




「お待たせしてすみません。」
「いえ、なんかお忙しいところに来てしまったみたいで」

下っ端文官にまで丁寧とか、さすがジャーファル様。一部の侍女達が言うよう『ほほ笑みの天使』だ。でも私は警戒を解くことはせず、話を聞く。

「大変なのはいつものことなので。あなたをお呼びだてしたのは、お聞きしたいことがありまして」

なんだ、私は着服してないぞ。
横領もしてないぞ。
ちょっと寺子屋に置く図書にお金を湯水のごとく使っただけで。

すぐに答えれる様に身構えていると、聞かれた内容は先日食堂で友人に話した、『紙幣の有用性』の話だった。たまたま財務担当の文官が聞いていたらしく、興味をもったようだ。そんな会話をしてる中も、ジャーファル様の目は頻りに時計に向いており。誰か人とあう約束をしているのだろうか。

「お忙しいなら、書面にまとめてきますが」

そう言うと、ジャーファル様の顔がぱぁっと明るくなった。『助かります。』そうほほ笑む彼の顔は疲れ切っていて、美人な分痛ましく見えた。単純な私はそんな疲れがにじんだ笑顔を見せられると、頑張るぞと気合が――

「では夕方までにお願いしますね」
「えっ」

同じ表情でほほ笑み続けながら、ジャーファル様は超スピードの仕事を求めた。さすが政務官様。求めるものがちがう。私は頭の中で今日のスケジュールを大幅に変更しながら、『分かりました』と答えるしかなかった。

そんなこんなで日々の業務をこなしつつ、造幣局の友人に喋った時の内容を思い出しながら、それを紙面にとりとめなしに書き綴った。

夕方に訪れると、相変わらず財務部屋はカオスなままだった。唯一変わっていることと言えば、部屋の片隅で寝ている人が別の人になっていることくらい。


「やり直しです。君は馬鹿ですか。これは報告なのですよ。論理立てて書きなさい。結論が見えません。概要を先にしっかり書いておいてください。主語述語はしっかり対応させてください。あいまいな代名詞は使わない。それに三段落目の出典はどこですか。」

かっと目を見開いたジャーファル様の口からはぽんぽんと台詞が出た。数時間前に見た『ほほ笑みの天使』は幻らしい。充血した眼がまばたき一つせずこちらを見ている。濃い隈が鬼気迫る表情に拍車をかけており、非常にこわい、こわすぎる。

「す、すみません。書き直してきます」

私はジャーファル様の手から書類をひったくり、学問担当部屋に逃げ帰った。

くそぅ。言いたい放題言われた。このままじゃ学問担当の名折れだ。

私はその夜、初めて仕事で徹夜をした。ジャーファル様に言われたことを直し、さらには前世の記憶を思い出しながら、それをこの世界にどうやってあてはめるのか、シンドリアにはどう応用したらいいのか。黒秤塔に籠って、ひたすら資料を引っ張り出しては頭を悩ました。

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