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前世を思い脳裏に浮かぶ光景と言えば、首が痛くなるほどの高さの建物。空を区切る電線。途方もない人が行き交う往来。排気ガスを出しながら走る車。

便利さと不便さをぐちゃぐちゃに砕いて詰め込んだような日本に『私』は住んでいた。普通の家庭に生まれ、ほどほどに勉強し、ほどほどに遊び、そんな人生を送っていた。残念ながら、『私』の日本人としての生は不慮の事故によりあっけなく終わってしまった。

しかし、たしかに『私』は日本という国に存在した。

次の生は地球とは異なる世界だった。生まれ変わりなんて信じていなかったし、ましてや異なる世界に生まれるなんて考えてもみなかった。時代が多少違うかもという認識だったため、ここが地球でないところと知ったときは驚いた。

しかし、それは些細なものでしかなかった。

前世の記憶があること。普通死んだらそれでおしまいのはずの記憶。それが私にはあった。

前世の記憶は日本と違うこちらの世界で生活をする上で、私を混乱させた。

一番困ったのは常識が通じないこと。水は価値あるものだし、安全なんて存在しない。短い人生ながらも前世で築き上げた私の知識は全て否定され、常識は非常識となった。日本人としての記憶は、私を頭のおかしい子にしかねなかった。

自分が異常であることを生まれた瞬間に理解した私は、記憶がある理由を探ろうとした。

しかし、悩んでも答えの出ることのない問い。そんなものに向き合い続けられるほど私は忍耐強くはなかった。

数年ばかり悩んだ後、私はこの記憶に対しての方針を改めることにした。

この記憶は異様に長くリアルで緻密な伝記として自分の心の奥底に押しとどめる。

それがこの世界では一番平和で幸せな日々が得られる近道だった。

そう分かっているのに、それでもたまに隠したものが顔を出してしまう。

この世界の人とは違う考え方、それに基づく行動。回りは異質なものを見る目で私を見た。その度に、隠して、また出たら、隠して。

父にも母にも随分と迷惑をかけた。

でも、でてきてしまうのだ、記憶が、知識が。

だって、日本人であった頃の記憶は私に深く根ざしている。私は以前の日本人の『私』でもなければ、今の世界の商家に生まれたごく普通の娘でもないのだ。

日本人の記憶とこちらでの経験や知識等が絡み合って今の私になっている。この記憶をなかったかのように封印するなんてできない。私はこの記憶と上手く付き合いながら生きるしかない。たとえ、記憶がある意味を見出せなくても。

幼い頃と違い、今の私は前世の記憶を隠すのに長けた。もちろん、たまに人に訝しがられるが、笑って誤魔化せる範囲だ。

なら、私はこの記憶を生きづらい世の中を快適にするため使いたい。世界中とはいわない、せめて自分の手が届く範囲だけでも何かできたら。

今まで助けてくれた人に恩を返すため、前世との齟齬で困る自分のため、そして何よりこの記憶に意味を見いだすために。

幼き日に考えることを止めた問い。小さな自分が危ない橋は渡るなと止めるが、それでもやれるだけ、やってみたい。

いつの間にか隣にいた男性が心配そうに私の頭を撫でてくれた。その手は心地よくて。もっとずっと撫でていて欲しくて。喜んでもらいたかった。ほめてもらいたかった。だから、強く握った拳に力を入れた。

私、頑張る。もっともっと頑張るから――

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