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問題の魔法道具をあの部屋に持ち込んだ犯人は、ヤムライハが手を尽くす前に、あっけなく見つかった。

大怪我を負い、意識がなかった住人の何人かが目を覚したので、容態に気を付けながら話を聞いてみると、自分たちが持ち込んだと白状した。仲が拗れていたシノを少し懲らしめるつもりで、彼女が手に取り、箱を開けるように仕向けたらしい。

そこまではすぐに判明した。しかし、肝心のところが分からなかった。それぞれ言うことが違う。『市場で買ってきた』『同室の友人が作った』『黒秤塔の魔導士からもらった』。誰かをかばっている風でもなく、本当にそれぞれがそう思い込んでいるようだった。

一人ずつ話を聞いてみると、『どこの店で買ったか思い出せない』『作り方までは聞いていない』『初めて見る魔導士だった』と、詳細は誰ひとりとしてはっきり述べることができなかった。

犯行に使われた魔法道具は持ち去られることも、壊れることもなく残っている。この部屋の女性3人のうち誰かに接触したのも分かっている。それなのに、黒幕に通じる手掛かりが一切ない。もどかしかった。ベッドの上で『分からない』と繰り返す彼女達に苛立ちが募っていった。

だいぶ調子が回復し、長時間話が聞けるようになった女性に、再び事件についての詳細を聞いてみるが、やはり今回も手がかりは得られそうにない。シンとともに医務室に訪れたのは、この数日で何度目になるだろうか。時間だけが無為に過ぎていく。

「思い出してください」
「すみません。本当によく分からなくて。思い出そうとすると頭が痛くなるんです」
「耐えてください」

たしかに顔は苦痛に歪んでいる。しかし、それでも思い出してもらわないと困る。強く言ってしまいそうになる自分を押さえ、同じ言葉を繰り返した。

「思い出してください」
「っ!もう、本当に…」

女性の視線がすがるようにこちらを見上げてくる。

「あなたたちはこの王宮に何を持ち込んだか分かっているのですか。事の重大さを理解していますか」

きついことを言っている自覚はある。しかし、手掛かりは彼女達しかない。ここで諦めたら、黒幕が野放しになってしまう。先日の光景がまぶたの裏に浮かんだ。

自然と眉間に皺がよっていた。

この女性が黒幕の可能性だってある。犯人ではなくても、誰か庇っていたりはしないか。何か怪しいところは。何でもよい。隠していることはないのか。

「ひっ」

私の探る視線に耐えられず、女性の口からは怯えた声が漏れた。布団を握る手が震えている。

「ジャーファル、そこまでにしておけ。彼女たちも被害者だ」

壁に背を預け私たちのやり取りを見守っていたシンの言葉で、私は仕方なく視線を逸らした。逸らす直前、女性の目に涙が浮かんでいるのが見えた。

シンがベッド横の椅子に座る私のところまで来て、女性に労わりの言葉をかけている。そのやり取りの声が虚しく私の耳を通り過ぎていく。

たしかに彼女達も被害者だ。

少し懲らしめるためとしか思っていなかった木箱がまさかこのような惨事を起こすとは本人たちも思っていなかったのだろう。彼女たちも重症を負った。

それでも、自業自得と思ってしまう私は冷たい人間なのだろう。

彼女の流す涙や嗚咽にすら神経を逆なでされた。自分を止められそうにない。そんな私を察してか、シンが目配せをしてきたので、私は黙礼して部屋をあとにした。

人払いのため部屋から出ていた医務官が私を見て驚いた顔をした。相当ひどい顔をしているのだろう。急いでいつもの表情をはりつけ、その場を離れることにした。


頭を冷やすため、私はシンの執務室に戻り仕事をすることにした。先日の事件のせいで、やらなくてはならないことが増え、大変なことになっている。さすがのシンも、日頃のサボり癖は鳴りを潜め、真面目に仕事に取り組んでいる。それで、どうにか回るというギリギリの状態だった。

ただただ無心に未決裁の書類を期日別に仕分けした。先ほどの女性の涙、脳裏に浮かぶあの時の光景。すべてを振り払うように仕事をこなせば、あんなにいらだっていた心も落ち着き、冷静に先ほどのことを考えられるようになった。

完全にシロとは言い切れないが、おそらく彼女たちは黒幕ではないだろう。黒幕なら、あのように私達に無駄に接触されることは避けるはずだ。それにあの怯えた表情に震える身体。あれが演技だとは思えない。

なら、彼女達の記憶がない件に関しては、魔法道具そのものの効果、もしくは薬か。壁などへ激突した際の一時的記憶の混濁…はないだろう。あそこまで三人の記憶が一致しないのは不自然だ。

仕事の手を止めず考えていると、耳に聞きなれた足音が聞こえてきた。程なく扉がノックなしに開き、シンが部屋に入ってきた。

その顔は、私の表情を見て、少し緩んだ。

「落ち着いたか」
「えぇ、申し訳ありません」
「俺ではなく、彼女たちにあとで謝っておけよ」

椅子にどさりと座るシンの言葉に私は頷いた。妬みや嫉みで人を害そうとしたのは許されないが、それを咎める以上の対応をしてしまった。必要とは言え、一般人の女性には辛かっただろう。

頭の中で医務室に行く算段をしていると、横からため息が聞こえてきた。

「何も出てこないな。一体何が目的なのか。単に狙いやすい居住区を狙ったのか、それともこの騒ぎに乗じて何かをたくらんでいるのか」

全く進展しない状況にシンも苛立っているのか、顎に手をあて眉を潜めている。

「当面の間は国内の警備はこのまま強化しておけよ。それと、犯人が分かるまでは、念のため、彼女たち4人から目をはなさない方がよいな」
「すでに手配済みです」

誰かは黒幕に接触しているのだ。口封じなどされてはたまらない。可能性は高くないが、もし目的がシノの命だった場合、さらなる襲撃が予想される。

仕事の手を止め、今後の方針をシンと打ち合わせた。どんなに対策を討とうと、いつもとは異なる不安がつきまとった。その理由なんて分かっている。


「お前にしては、珍しいな」

一段落したのでお茶を入れていると、シンが苦笑しながらこちらを見ている。

雰囲気が先程と違い和らいでいることから何を言われているか察した。

「そうですね。彼女をひいきするわけではありませんが、シノは大切な部下であり、シンドリアをよき国にするための仲間でもありますから」

出されたお茶に口をつけるシンは椅子に深く腰かけ完全に聞く態勢だった。経験上、下手に隠しても酷い目を見るだけだと分かっていたので、私は素直に胸のうちを話した。

「あの部屋に行き、驚きました。シノは仲間といえど、中で頑張る子です。兵士でもないあの子が血まみれになり動かないのを見て、頭の中が真っ白になりました」

シンは相槌すら打たずこちらをじっと見ている。それは私がまだ幼く、ようやくシンに心を開きかけたあの頃によく感じた視線だった。『考えていることは全部言え』と何度も言われた台詞が甦った。

「亡命中は色々大変だったと、以前シノは言っていましたが、シンドリアの国民となった今、彼女は国に守られる存在です。暴力から無縁の場所にいなければならない。それなのに、そのシノが私の腕の中で死にそうになっている。ぞっとしました」

自分達の国であるシンドリアでこのようなことが起こったこと、それが日ごろ仕事をともにする彼女だったこと、事件が起こる数分前まで話していたこと、かなり近くの場所にいたこと。

現場に着き状況を確認した私に、事実とそれによる様々な思い、焦りや後悔、疑問だったり悔しさや不安が一気に襲いかかってきた。

あの時は、現場の対応や応急処置など全て咄嗟の判断で行っていた。今さらながら最良の判断をできていたことにほっとする。間違わなかったから、彼女はまだ生きているのだ。そして何よりも―

「あの子に惜しみない治療をしていただきありがとうございました」

騒動ではっきりと言えていなかった分、今しっかりと手を合わせ、シンに感謝を告げた。『気にするな』と言うが、死の縁に限りなく近かったシノが事なきを得たのはシンのおかげだ。感謝してもしきれない。

再びあのようなことが起こってはいけない。早く犯人を捕まえなくては。

私の決意を読み取ったのか、シンはこちらをしっかりと見据え、口を開いた。

「犯人を野放しにする気はない。何がなんでも捕まえる。国民が傷つけられたんだ。俺が黙っていると思うか」

力強いシンの眼差しに私は勇気付けられた。『あなたが黙っているわけありませんね』と返しながら、随分と気持ちが楽になっている自分がいた。どうやら、相当気落ちしていたようだ。

ふと気づけば、自分が思っていた以上にシノの存在が大きくなっていた。

早く無事に起きてほしい。願うのはそれだけだ。

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