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その光景は異様だった。

倒れた棚、脚が折れた椅子、破れた服に、割れた陶器。部屋のありとあらゆるものが本来の用途をなさなくなっていた。そして、顔料をまき散らかしたように、点々と飛び散る血。それは天井にまで広がっていた。

あらゆるものが飛び交ったせいで埃が舞い、部屋に充満する香油と血の臭いに顔をしかめた。

一部を除き足の踏み場もなかったその部屋は、人が出入りできるよう、壁側に乱雑にものが押しやられていた。明かりに照らされ、その影が不規則に揺らめいている。

部屋には数カ所、血だまりが出てきていた。それが、ここにいた住人たちの状況を何より克明に語っていた。

人が休息を取り、安らぐ場所であった居住区の一室は、変わり果てていた。


「王様、彼女達の応急処置終わりました。傷そのものはほぼ治ったのですが、損傷が激しかった者に治癒魔法の拒絶反応がでるかもしれません」

部屋に戻ってきたヤムライハに俺は『そうか』と息をついた。拒絶反応は覚悟の上だ。腹部に深く瓦礫が刺さっていた者もおり、自然治癒では助かりようもなかった。彼女達に拒絶反応が出ないことを願うだけだ。

「またお医者様の話によると、頭を強く打っている者もいるので、後遺症が心配されます」

先ほどまで医者と治療にあたっていたヤムライハの顔は悲痛そうに歪んでいる。目が覚めるまでどうなっているか分からないというのが現状らしい。

彼女達の無事を祈ることはいつでもできる。俺は気持ちを切り替え、手の中にあった木箱をヤムライハに渡した。

その箱は、この部屋の中心にあったそうだ。

慎重に両手で受け取ったヤムライハの眉が徐々にあがっていった。

女性がアクセサリーでも入れていそうな、片手で掴めるくらいの大きさ。装飾は一切ないが、ずっしりとした重みと滑らかな塗装が、安くないことを教えてくれる。

そう、安物であるはずがない。

「これは5型の魔法道具ですね」

おそらくこの木箱が、この部屋に極小規模的な竜巻を起こし、物を壊し、人を傷つけたのだろう。この木箱の一帯を避けるかのように物が散らばっていたそうだ。

「これ、単なる魔法道具じゃないですね。かなりの改造が施されています。何でこんなところに逆流弁がついているのかしら」

箱そのものについて考え始めたヤムライハに、『これを国内に持ち込んだものを魔法で探せるか』と問うと難しそうな顔をした。

「やってみますが、あまり期待しないでくさい。ここまでのものを作る者が痕跡を残すとは思えません」

『頼む』と言うとヤムライハは頷き、早速研究室へと木箱を持っていった。彼女の反応からして、あれだけで犯人を特定するのは難しいだろう。

部屋の現状を見、真っ先に組織が思い浮かんだ。しかし、仮に彼らだとして目的はなんだ。わざわざ貴重な魔法道具を改造してまで、ここで何がしたかった。俺がいる紫獅塔ならまだしも、何故居住区で。

まさか、彼女か。

一瞬、会議で会ったことのあるこの部屋の住人が思い浮かんだ。しかし、ありえない。いくら、彼女が今後のシンドリアに必要となる寺子屋や貨幣の施策を推し進めているとは言え、あの組織が彼女単体を狙うとは思えない。俺や八人将を狙うのはリスクが高く避けたとしても、この国に必要となる施策を進めている者はたくさんいるのだ。彼女である必然性がない。

自分の考えをすぐさま否定したが、何か有力なものが思い浮かぶわけでもない。あきらかに情報が足りない。

居住区の者に聞き取り調査はするが、おそらく有益な情報はでないだろう。マスルールやシャルルカンが行っている港の封鎖や調査も成果は期待できない。

今できるのは、応急処置を終え医務室で眠る彼女達の回復とヤムライハの調べを待つくらいか。

「ジャーファル」
「分かっています」

迂闊な行動はしないように声をかけた俺の言葉を遮り、最後まで言わせなかったジャーファル。肩が震え、こぶしがきつく握られている。官服を赤黒く染めている血は、先ほど俺が考えたこの部屋の住人のものだろう。

ここ最近、こいつにしては珍しく楽しそうに1人の部下の話をしていた。その彼女の損傷が一番ひどかったと聞く。先ほどヤムライハが述べていた拒絶反応や後遺症の可能性も彼女が一番高いだろう。

滅多にない表情をしているジャーファルに眉をしかめた。今のこいつなら犯人が分かった途端飛び出していきかねん。マスルールに視線をやると、俺の意図を組んだのか小さく頷いた。

しかし、気が立ち気配に敏感になっているジャーファルは、こちらを見ずとも俺達のやり取りが分かるのだろう。

「シン、大丈夫です。ですが、犯人が分かった際は―」

彼の口から紡がれた言葉に俺は、仕方なく頷いた。

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